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日本機械学会のリーダが気軽に話題を提供するコラム欄です。
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No.7 職人気質はなぜ金にならないのか、どうしたら金になるのか
   −技術者及び技能者の地位向上とマスコミの技術報道


日本機械学会第80期会長
伊東 誼(学際X革新研究センター)


 もう半年程前になるであろうか、NHKニュースのなかで「消え行く川口の鋳物工場」とそのような環境で働く62歳の鋳物工の話しが放映された。筆者も同じ62歳であり、ちょうど40年前には、池貝鉄工(株)に入社して、同社の川口工場(鋳物工場)で粉塵や砂等にまみれて実習中であったので、懐かしく拝見した。最近、「物つくり立国」、「経済不況を脱出できる新産業の創出」などが話題となり、マスコミが技術を取り上げることが多くなった。それは、技術者、技能者として喜ばしいことではあるが、どうも取り上げ方が中途半端である。「匠の技」、「職人仕事」、「物つくり工房」等というキャッチフレーズを多用して奇麗事で誤魔化しているのではと疑いたくなる。なにしろ、放映内容をみていると、技術の本質を掴んでおらず、視聴者に間違った理解を与えるのではないかとも危惧されるシーンが多い。逆に、このような放映態度は、「技術者や技能者の地位向上」を妨げているのではと僻んで考えてしまう。ちなみに、日本工学会の傘下には、100を超える工学技術系の学協会があり、放映内容に適する専門家は数多くいるので、何故、そのような第三者のコメントを付さないのであろうか。第三者的な評価、判断は職人の基本素養であるのに!!
 さて、ニュースの核は、同僚でも判らない技能を駆使して、肌のきれいな鋳物を作る、高度に熟練した技量を誇る鋳物工とそれをビデオや聞取りで記録して「高度に熟練した技量をデータベース化」して誰でも同じ鋳物を出来るようにする研究に取組んでいる大学の助教授の話しである。要するに、現在、経済産業省が進めている「デジタルマイスター」と呼ばれるプロジェクト研究の一つである。問題は、これだけの技量を持っている、親しみを込めて云えば職工さんの給料、すなわち「技量に見合う処遇を受けているか否か」には言及していないことである。恐らく「お持ちの技量からみればずいぶんと低い給料ではないか」と推察される。まさに今流行りの「Under-employment(保有する技量や資格等からみると一段下の職で仕事に従事していること。印度あたりでは潜在失業者とみなされる)に等しい処遇であろう。もう一つの問題は、一緒に働いている同僚も判らないような「高度な熟練」を大学の助教授が記録し、デジタル化すれば、何故誰でも同じ鋳物が作れるようになるのかという疑問への回答がないことである。こんな簡単に「熟練技能がコンピュータ環境へ移植できるのか」というイメージを見ている人に植え付けてしまう放映である。そういえば、以前にもレンズ磨きの職人の話しを放映していたが、一万分の一ミリを強調し、そこには個人依存の熟練した技があるとしながら、点数で評価することが紹介されていた。個人依存の熟練技能は、とても定量化できるものではない。さて、一万分の一ミリは、さすがに熟練工とうなるところであるが、かっての池貝鉄工では、大学卒の技術者でも、少なくとも0.5/100〜1/100mmの段差を触覚で判別することは、鉄鋼材料の火花試験、あるいは設計図面を検図する際の「鏡文字」とともに、基礎素養であった。放映内容をみていると、技術者や技能者の職が如何なるものか判っていないという感を益々強くし、これでは一般大衆受けをしない職人の「しかるべく貰うものを含めての地位向上」は難しいと考え込んでしまう次第である。
少々話は違うが、今年の2月16日付け朝日新聞にヤンゴン発として「アジアの6大学に衛星で"仮想教室"」と題して、いわゆる遠隔教育の話しが掲載されていた。ミャンマー、ラオス、インドネシア、タイの六つの大学で北陸先端科学技術大学院大学の教授陣が双方向で「インターネット技術」の授業を行なうとの報道である。その企画自体は非常によいことで、今後も精力的に授業を拡張してもらいたい話しであるが、気になるのは「アジアを一つの教室にする試み」と、あたかも他には存在しないような報道の仕方である。科学・技術がこれ迄以上に身近になるに従って、マスコミによる中途半端な報道も目立つようになってきた。このように、技術に係わる報道は、いま一つものたりないところがある。「情報の速報性」を重視するニュースとは違って、少々時間遅れがあっても、技術の本質を正しく捉えて「情報のより深い理解を助ける報道」の方が重要ではないであろうか。JABEEの発足や技術者のCPD,更には「技術者の倫理」が最近大きな話題となり、その一環として「技術者や技能者の地位向上」運動を起こすことも企画されている。技術に関する報道が、この動きに追い風となることが大きく期待される。
ちなみに、旋盤工としての腕は物凄く良いが、「江戸っ子は宵越しの銭をもたない」と大酒飲みで年中貧乏であった祖父さんを思い出すと、しょせん技術屋や職工は貧乏が普通なのかも知れないと、同じく「大酒を飲みながら妙に納得している」今日この頃ではあるがーーー。

以上

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Last Update 2002.11.12

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