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No.23『シミュレーションとのつきあい

日本機械学会第82期財務理事 川田 裕(三菱重工業(株)高砂研究所) 


 辞書でsimulationを引くと(1)pretend(ふりをする),(2)act like, imitate(まねをする),(3)模擬実験をする、といった意味が出てくるが、特に模擬実験という分野で、ミュレーションにおけるこの20年の技術の進歩は著しく、現代の機械製品の開発、設計はシミュレーション抜きには考えられないものになっている。
 入社後与えられた仕事の一つにウォータハンマ解析があった。これは管路特性と共にポンプ、水車の完全特性をインプットして、プラント過渡時の管内の圧力、流速の変化を求めるシステムシミュレーションであった。当時大型化する火力発電所の循環水管、水力発電所等の発電設備や大型ポンププラント、造水装置等の、起動、停止、トリップ、負荷遮断等の過渡現象に於ける機器の健全性を確保するための予測計算で、プラント建設時の事前模擬実験として重要な位置付けであった。本解析は、予測だけでなく多くの事故の原因究明にも役立った。この仕事を通じて、いかにシミュレーションでは実験結果による検証が重要であるか、またシミュレーションに使用する境界条件やモデル化がいかに結果に大きい影響を与えるものであるのかについて学んだように思う。
 今から約20年前の1985年の春頃に、大阪である講習会に出席した。そこで紹介されたのはCFDの汎用ソフトの初期バージョンで、Sun社のエンジニアリングワークステーション(EWS)を用いて3次元の解析結果を画面上にカラフルなコンター図で表示するものであった。その解析のスピードとカラフルなコンター図は、大型汎用機IBMのスピードと白黒の等高線に慣れていた目には、大変斬新でショックを受けた。汎用ソフトとEWS(Sun 3)の組み合わせで、当時としては驚異的なスピードとインプットの容易さで各種の幅広い問題の解析が可能となった。
 汎用コードの出現以来、基本的にその枠組みの中でソフトとハードの向上がなされた。またCFDの分野ではFEMと同様に汎用コード全盛となり、特定の用途以外には社内的に新たな流体解析コードを作るということは殆どなくなった。
 その後のソフトウェア技術の主な進歩としては、非構造格子、移動境界、乱流モデル、並列解析、3D CADとの連携等があり、CFDの取り扱うことの出来る解析可能な対象が、自由表面流、キャビテーション、反応流、燃焼流といった現象の定常解析はもとより、LESを用いた非定常流、騒音、流体関連振動、非定常燃焼といった高度に解析精度の必要な問題に拡大した。
 現在の製品開発現場では前述のようにシミュレーションは欠くことの出来ないツールとなっており、CFD(流体、熱流動、化学反応流)とFEM(構造強度、振動、伝熱)は設計に非常に多く使用されるようになった。またこの延長として、これらの解析ツールを組み合わせた設計システムや、ミュレーションを繰り返し走らせて設計の最適解を求める最適化ツールの実設計への適用も現実に行われるようになった。
 多くの汎用コードの中身はブラックボックスであり、計算手法だけでなく現象も知らないユーザが使用するのにはチェックが必要である。また最適化等のツールは出来ても、計算データ等の作成に時間がとられ、その分設計の基本コンセプトや検討に割ける時間が減っているように思われる。とりあえずミュレーションをやってみてその結果を見て考えようと行った風潮が出てきているのは残念である。
 近年、実験はコストがかかるので、実験を減らしてシミュレーションに代替するといった傾向は経済原則からやむをえないものと考える。しかし新たな事象の発見という側面に関しては、シミュレーションは実験に及ばない。シミュレーションを実験と組合せて上手に製品開発に活用する技術競争での優位性確保が、今後の日本の製品競争力で勝ち抜くための必要条件となっていると考える。
 一方、最近の事例として、ミュレーションを検証せずに使用して失敗する、その限界、使用法、境界条件を考えずに誤った結果を出す、といった問題も生じるようになってきた。コードの精度、適用限界を知るための検証実験には、一般に非常に手間がかかる。この便宜を図るのに、例えばこれまでの主要な機械学会論文集の実験データを補足・充実して検証データベースの作成に機械学会がリーダシップ的役割を担ってはどうか。
 現在、文科省のITプログラムである戦略的基盤ソフトウェアプロジェクトに関係している。このプロジェクトではCFD以外にバイオ、ナノ現象のシミュレーションや構造解析技術の新たな開発がなされているが、学側がベンチマークを行うとともに、積極的に産側のニーズを開発に取り入れるという意味で画期的である。またコードの検証にも力を入れており評価できる。この試みが産学の連携を加速し、産側への先進的ツール提供といった面で、日本の産業界の競争力向上に寄与できることを期待したい。
 今後とも企業の製品開発においては、CFDその他の「シミュレーション」という強力なツールとは、長所短所を十分に理解してうまく付き合って成果を出していきたいものである。

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Last Update 2004.7.16

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