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本会理事が交代で一年間を通して執筆します。


No.35 「創造性と知識の引き出し」

日本機械学会第83期庶務理事
工藤一彦(北海道大学)


 ちょっと前に「知識工学」というのがはやったことがある。人間の推論をコンピュータにやらせるというので、たとえば「IF○○ならTHEN△△」というルールを多量に入力しておくと、これらを自動的に仕分けして組織化し、○○という条件をいくつかいれると、これらすべてにマッチしたてきとうな答えをだしてくれるというもので、医学的診断にはある程度成功しており、また「渋谷で日曜の夕方、デートに最適な予算15000円までの西洋レストラン」というような限定された範囲の知識に関する検索は比較的うまくいっていたようである。しかし人間の一般的知識というものは数が膨大で、かつ相互に矛盾する知識(雨がふったら楽しい/不愉快、は、恋人と一緒かどうか、傘を持っているかどうか、道が舗装されているかどうか、などによる)が無数にあり、これらは多くの影響変数の関数となっているので、これらをきちんとルール化するというのは至難のわざであり、結局「知識工学」は下火になってしまったようである。

 ひるがえって、我々工学者に必須の創造性という非常に人間的な活動は、これまで経験と学習により頭の中にためこんだ多くの(上記のような影響変数と関数に関する)個別の知識と、それの活用法から成り立っている。これまで「創造性開発」というと、後者の知識の活用法、すなわち、頭の中に潜在的に存在している個別の知識の中から、目的に合致したものをうまく選び出す技術、が中心的に考えられ、「頭をやわらかくする」と称してゲームまがいのものが供されていた。しかし、材料がなければいくらうまい料理人でも料理ができないのと同じことで、多量の個別的知識が生きた形で頭の中に集積されていないかぎり、いくら「頭がやわらか」くてもなにもでてこない。
 また、現代の産業界での開発・発明の場では、これまで世の中にまったく存在しなかったものを発明することはほとんどなく、たいていは既存の原理・ものの組み合わせ、あるいは他の分野の知識・物・原理を流用することで新しい分野で新しい製品・機能を生み出す場合が多い。

 というわけで、筆者は学生に「頭の中の「知識の引き出し」をできるだけふやしておくように」と日頃から言っているわけである。この「知識の引き出し」とは、自分の今やっている分野に関係なく、広い分野の知識を、活用できる形で頭にしまっておくことを言う。「活用できる形」とはなにか。たとえば、「カップヌードルは熱湯を注ぐと3分間で食べられる」という知識は、それだけではカップヌードルを食べるための知識であって、他への活用はできない。これに対し「カップヌードルの麺は、多孔質になっているので、お湯が内部に浸透しやすいため、短時間で茹でることができる。またこのような機能を発揮させるための麺の多孔質化は、油で揚げる、あるいは真空乾燥で、麺に含まれた水分を抜くと実現される」ということを知識として頭の引き出しに入れておくと、物の水分浸透性を増す、あるいは多孔質化するときに活用ができることになる。どのくらいの穴なら有効かは、必要になったら改めてカップヌードルの麺を調べてみたらよいのであって、はじめからあまり数量的な情報を覚える必要はない。要はその裏にある定性的な原理(水分浸透性増加には多孔質化が有効で、多孔質化のためには高温にしたり真空にしたりして水を抜くと実現できる)と、その本質的利用価値(水分浸透性増加、多孔質化ができる)を覚えて置けばよいのである。

 したがって、この「知識の引き出し」に入れる知識を準備するためには、世の中にあるがままの知識(カップヌードルは熱湯を注ぐと3分間で食べられる)そのままではなく、その本質的原理と利用価値を調べる必要がある。これには世の中すべてのものに「なぜだろう」「これはどうなっているのだろう」「これはどうしてこうなるのだろう」と常に興味を持ち考えることが必要である。また雑誌、新聞、論文等を読んでいても、その文章が目的としている結論以外に、知識の引き出しにいれるべき情報を多数ひきだすことができる。このような世の中の現象を活用できる形で「知識の引き出し」に蓄えるやりかたを学生に身につけさせるにはどうすればよいのか、は今の大きな問題である。無感動の世代と呼ばれる今の若い学生に好奇心を持たせることの難しさを感じているしだいです。

 以下、学生時代に講義で聞いたり本で読んだりし、印象に残っている「引き出し入りの知識」をご披露いたします。

1. 電車のプラスねじ
 設計の授業のときであった。先生が「私はプラスドライバ1本あれば、電車を分解してみせる」とおっしゃった。これは、電車に乗って中を見回すと、ほとんどのものがプラスねじで取り付けてあり、またねじの頭がすべて露出していることを説明されたものであった。これに対し、車や飛行機に乗ると、ねじの頭はほとんど見当たらない。後者では一部を除いてはねじの頭を隠しているのではなく、ねじを使わない締結法を採用しているためである。ねじによる締結法を採用するには、ねじ穴をあけ、また雌ねじを切り、プラスねじを用意する必要がある。それぞれ1箇所○円かかり、全部足すと馬鹿にならない。それに対してねじを用いない締結法は、乗せてたたけば締結できる、といったものが多く、コストと見栄えがいい、とのことであった。
 私は、不用品は捨てる前にばらして中身を見るのが趣味であるが、このばらすときに、まずケースを開ける必要がある。たいていのものはコストダウンとデザイ的配慮からねじが外に露出しているようなものはほとんど無く、はてどこから手をつけるべきか、と迷うものが多い。慣れてくると、まず底のラベルをはがすとねじの頭が出てきたりするのであるが、このへんだろうと無理にドライバーを突っ込むと、バリッと割れてしまうということも時々起こる。でもどうせ捨てるものであるから勉強のつもりで最後まで分解(破壊?)してみるのである。最近ばらしたものは、VTR、携帯電話、FF式ストーブなどがある。この分解(破壊)のもう一つの利点は、1個の有料粗大ごみが、多数の無料の燃えないごみに変身することである。(清掃局の皆様ごめんなさい)

2. 電車のドアの角の溶接跡
 今は新品同様の電車が走り回っているので、あまりこういった経験はないが、学生の時の材力の講義で先生からこんな話があった。「電車のドアのある部分の入り口の上の角のところを見て御覧なさい。たいてい溶接してグラインダーで削った跡があります。これは電車の側面にドアのような大きな穴をあけると、角のところに応力集中でひびがはいり、それを補修した跡です。」その日の帰りの電車で気をつけてみると確かに溶接跡が一杯あった。また電車の側板はベコベコしていた。昔の海老茶色の省線電車と呼ばれる電車であった。
 また最近といっても御巣鷹山にジャンボが墜落した頃の話であるが、ある会社で飛行中のジャンボジェットの機内圧を高めに設定したので、地上と高空を往復するたびに機体にかかる応力が過剰となり、操縦席の窓の後ろ側にひびが入ったことがあり、飛行機に乗る前のボーディングブリッジからこの補修跡が見られた。これは、飛行機の機体の断面は、内圧に耐えるため通常は円形であるが、ジャンボの前部は2階建てのため、側面が平面になっている部分があり、その部分についている操縦席の窓の後ろの部分から応力集中でひびがはいったものである。
 以上、応力集中の実例として印象に残った例である。

3. 船は進水時が一番厳しい
 これも大学の材力の講義のときだったと思いますが、「船は分厚い鉄板でできていて丈夫そうに見えるが、海の上に浮いているから形を保っていられるのであって、巨人がへさきを持って空中に持ち上げると、ボッキリと折れます。したがって進水時に、船台から斜めに滑り降りて水中にお尻から突っ込むと、後ろだけ浮力がかかるので、応力的には非常に厳しい状態になります」という話を聞きました。船の強度的な概念が非常に具体的なわかりやすい言葉で説明され、今でも覚えているしだいです。

4. 潜水艦の奇妙な音
 これはある本で読んだ話。旧日本海軍で、新しい潜水艦の潜航試験を行ったところ、潜航中に司令塔付近から大きな音が発生した。潜水艦は隠密行動を旨とする艦種であるので、これは一大事である。振動の専門家が呼ばれ調べてみると、これは水中で一定の速度を出すと発生することが判明した。きっとこれはなにかでカルマン渦が発生し、それが艦体のどこかと共鳴したのであろうと推測した。音が出る時の速度からカルマン渦の発生原因の物体の直径を推定し、司令塔の外側を調べてみると、はたしてその直径を有する旗を固定する棒が発見された。この棒を切り取ると音は止んだ。
 これもカルマン渦が身近に感じられる例であった。

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Last Update 2005.8.15

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