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本会理事が交代で一年間を通して執筆します。


No.43 「機械屋らしくない四方山話」

日本機械学会第84期会長
笠木伸英(東京大学大学院工学系研究科 教授)

http://www.thtlab.t.u-tokyo.ac.jp/kasagi-j.html

 車の運転は少ない趣味のひとつである.職住接近を選んでカー・オウナーの身分を失って早25年になるが,国内外のレンタカーとのつき合いは今も続いている.ところで,海外では思わぬ事が起こるものである.

 2002年にスペイン・マヨルカ島で国際会議に参加した際,マニュアルのフロアシフトで,冷や汗をかいた.空港で車を借りてしばらく綺麗な海岸線を走った後,一休みしようと道路脇に駐車しようとした.縦列駐車は下手な方ではないが,バックにギアを入れたつもりでクラッチを緩めると,何と,車が前に進むのである.再三繰り返しても,少しずつ前に進むばかりでバックに入らない.先で何とかなるだろうと諦めて走り出した.現地に近づき,目的のホテルを探すうち,別のホテルのエントランスに乗り入れてしまった.さて戻ろうとしたが,またバックに入らない.そのうち,バスが後ろからやってきて待っている.通りかかる人に話しかけるが,皆知らないと過ぎ去っていく.やっと親切そうな紳士が来て,あれこれ試して,シャフトを押し込んでからでないとバックに入らない機構になっていることが分かった.ギアの入れ方を訊かねばならぬ恥ずかしい思いをしたが,ヨーロッパ人でも知らない人が多いのだから,設計が変だと言うべきか.

 「バックに入らない」事件は,2003年のウイーンでもあった.借りた車は,駐車場で壁に向かって駐車してある.さて,バックに入れたつもりでクラッチを緩めると前に進む.何度繰り返しても壁に少しずつ近づき,とうとう壁まで隙間がなくなった.ついに諦めて,レンタカー会社の事務所受付に行き,おそるおそるバックにギアをいれる方法を尋ねた.一緒についてきてくれて,フロアシャフトの頭を掴み上げるとギアがバックに入ると,実習付きで教えてくれた.車の基本は万国共通と思っていたが,ギアをバックに入れる機構設計にお国柄があるだのと教えられた.

 同じ年,イギリスのニューキャッスル・アポンタインでの国際会議に出席した.週末にエディンバラまでドライブしたが,距離にして200km弱と記憶している.現地での短い滞在時間を楽しんで,帰途についた.帰りはルートA697,県道程度の対面交通.ぽつぽつと町を過ぎて,時刻は既に夜になりつつあった.ある町を過ぎて暗い道をしばらく走った頃,突然左前タイヤがバーストし,ハンドルが重くなったが,幸い落ち着いて道脇に停車することができた.トランクにスペアタイヤはあるものの,工具はない.どうしたものかと落ち込むうち,携帯電話を借りていたことを思い出し,直ちに24時間救急ダイヤルに電話する.(レンタカーに携帯電話は必須です!)出てきた相手に,あなたは今どこにいるのかと尋ねられ,はて自分が何処にいるか分からない.エディンバラとニューキャッスルを結ぶ道であるとは伝えたが,こちらの知らぬ町名を挙げられて降参する.誰かに場所を聞いてから再度電話すると答えて一旦電話を切り,通りかかる車に手を挙げるが,暗い道端,誰も止まってくれる気配はない.これは無理かと諦めかけていたら,天の助け,ゴトゴトとトラクターに乗った農夫がやってきた.大声で町の名前を尋ねたら,止まって親切に教えてくれた.Coldstreamまで4マイルとのこと,冷たい町名とは反対に,この暖かい親切は忘れられない.その後1時間半程して,レンタカー会社から助けが来てくれた.

 昨年9月にイタリアを訪ねたときのこと,フィレンツェ空港から車を借りて走り出した.道路標識を見るのに懸命で,やっと高速道路に乗り入れてほっとした頃,入れたはずの冷房の効きがよろしくない.そのうち陽も高くなってきて,じりじりと暑くなってくる.とうとう我慢ができず,ルッカという途中の町で駐車して,パネルのスイッチをあれやこれやと試してみる.どうやってみても冷房が効いてこないから,ついにヘルプセンターへ電話する.このときも携帯電話が役に立った.回線が繋ぎ替わり,担当の人が出てきて,車種を尋ねる.すると,パネルの下の方に霜の図柄マークがあるだろうと言う.「えーっ」と信じられない思いでそのボタンを押し込むと,冷たい空気が流れ始めた.リアウインドウの霜取りと思っていたボタンが,空調のスイッチだったのである.

 いずれも機械屋らしくない話である.四方山話の結末に学んだ教訓など書くべきかと思うが,また同じようなことが起きそうだから止めておこう.ただ,文化の違い,技術の違い,そして自らの思い込みから逃れることの難しさなど,痛感した次第である.

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Last Update 2006.4.14

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