LastUpdate 2007.11.12

J S M E 談 話 室

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No.62 「情報爆発と熱力学第二法則と機械学会」

日本機械学会第85期庶務理事
福本英士((株)日立製作所 機械研究所 所長)


 ブロードバンドの普及で、家庭でもオフィスでも出張先でもいつでもどこでも大量の情報に接することができるようになった。逆に地球上どこにいても、24時間情報が追いかけてきて逃げ場を失いつつある。情報爆発の余波を身をもって感じる今日この頃である。
 エントロピーという何やら不可解な概念で説明される熱力学第二法則は、私にとって最も興味深い法則である。私のつたない理解によれば、エントロピーとは無秩序性の尺度で、あるシステムが整然としていればエントロピーは低く、乱雑になれば高くなる。法則の教えるところでは、熱は必ず温度の高いところから低いところに流れ、そのことでエントロピーは常に増大し続け、世界が全て同じ温度の混沌になって止まるそうである。調和と秩序を生み出そうとする我々技術者の営みは、自然界の大きな法則の中では混沌への時計をわずかに早回ししているということであろうか。
 興味深いことに、大量に飛び交う情報の世界にも、情報エントロピーという概念がある。正確さを欠いた曲解であることを承知で少々乱暴な想像を働かせると、情報も意味のある"正しい"情報から意味希薄な"曖昧"情報に向かって流れ続け、世界中が希薄な情報、即ちノイズに満ち満ちたところで止まると仮想してもあながち間違いとは言えないような気がする。実際、送られてくるメールの山の処理やネットサーフィンで数時間を費やしたあとでは、秩序のない混沌の中に迷い込んだ感覚にとらわれるのは、整理の苦手な私だけではあるまい。しからば、ますます氾濫する情報の中でわれわれのなすべきことは、混沌から熱をくみ上げ、局所的にエントロピーを下げるヒートポンプのように、情報をくみ上げる仕掛けを作り出すことにありそうである。
 一見、ランダムに情報が飛び交っているように見えるネットの世界にも秩序が存在することが知られている。「スモールワールド」として知られる「クラスター構造」と「弱い絆」の秩序が、実は学術論文の共著者関係を調べることで発見されたと聞いた。日常的な科学研究活動は、密に絡み合った科学者の「クラスター」が、「弱い絆」によって互いにつながれたものであることが、ネットワーク理論で証明されているのである。
 ここまで来て、機械学会という「スモールワールド」の魅力に思い至った。100億ページを超え増殖し続けるインターネット社会の中で、情報世界を渡り歩くためには肥大化した検索エンジンに身を任せるのではなく、より質の高いスモールワールドを作り上げることが必要ではあるまいか。日本の機械系研究者・技術者を網羅する4万人のネットワークは、氾濫する情報に秩序をもたらし、有用な情報を即座にくみ上げる、理にかなった、優れた仕掛けである。
 ノイズに埋もれた情報を、時間をかけて探す人と、常に意味ある情報の流れを持った人では成果のスピードと質の差は歴然であろう。機械学会は間違いなく価値ある情報をもたらすネットワークである。ただし、その価値を決める一つの要諦は、受身の情報収集から情報発信などの能動的なアクションへの転換にあると思う。論文投稿、学会発表、講演会参加などを、自分に向かった情報の流れを作るための戦略的なアクションととらえ、実践することが大変重要である。身近なところでは、何かを提案すること、口にすることで予期せぬところから思わぬアイデアを得ることがあり、これは情報発信によって効率よい情報の流れができた好例であろう。
 ますますスピード化する世の中だからこそ、自ら属するソサエティのメンテナンスとそこへの情報発信に手間をかけ、アイデアの創生やシナジー効果の発揮を加速することが非常に重要である。またそうすることが、顔のない情報の洪水にさらされている日常の中で、情報のやり取りを人と人との顔の見えるコミュニケーションに引き戻す早道でもあると信じている。

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