LastUpdate 2009.10.13

J S M E 談 話 室

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No.80 「NASAとの共同研究の経験」

日本機械学会第87期編修理事
藤田 修(北海道大学 教授)


 約15年ほど前に、国のあるプロジェクトの枠組みの中で、米国航空宇宙局(NASA)と共同研究を行う機会があった。研究課題は、微小重力環境を利用して宇宙火災安全性にかかわる固体材料の燃焼機構を調べる、というものであった。当時、北海道には世界最大の落下実験施設である地下無重力実験センター(JAMIC)があり、一方でNASAには航空機KC-135による微小重力実験飛行があり、双方が所有する研究手段を相互に有効利用して研究を推進しようとするものであった。
 当時私の研究室に、関連課題に取り組んでいた優秀な学部学生(仮にA君とする)がおり、本人にこのプロジェクトへの参加の意志を聞いたところ、喜び勇んで参加するとの返事を得た。早速、NASA側との頻繁なやりとりが始まり、まずはNASA研究者との北海道の施設での共同実験が始まった。これと並行して、日本側の装置を米国へ持ち込み航空機実験を行う準備も着々と進められた。当時は、9.11同時多発テロよりかなり前の時期であり、技術的な情報交換や日本人研究者のNASA所内への出入りは比較的自由にできた。航空機実験実現のためには、NASA側の実験装置搭載プラットホームに日本側装置を搭載する際のインターフェース調整や、燃焼実験であるがゆえの装置の安全審査など、難しい点はあったが、これらの作業は思い切ってすべてA君に任せ、すべてクリアしてくれた。この間、時間が2年ほど経過し、当初学部学生であったA君は修士2年となり、この研究を継続すべく博士課程への進学の意志を固めていた。
 さて、A君がD1になった年に、いよいよNASAにおける航空機実験を実施することになった。実験には、装置準備を含め約4週間必要である。最初の2週間は、主に装置の組み立てである。このために、まずA君を単独でNASA(グレン研究所,Cleveland)へ送り込み実験準備を進めてもらうことにした。実は、A君はこれが初めての海外旅行であり、それがNASAの研究者・技術者とともに装置を完成させるという役割を担ったものとなった。このような過程を経て、装置は完成したのであるが、ここで全く予想もしていなかった困難が発生した。本実験を実施するにあたり、米国と日本の間でいくつかのAgreementが交わされていなければ、実験ができないというのである。例えば、航空機に事故が有った際、搭載した装置がすべて失われても、日本側が損害賠償を一切行わないことを確認したAgreementが必要であった。さらにこの問題をややこしくしたのが、この実験が国のプロジェクトの枠組みの中で実施されるものであったため、このAgreementが日本政府と米国政府(この場合、米国側の署名は国務長官になる)の間で取り交わされなければならない、というのである。これは、とてつもなく時間のかかる作業で、結局、美しく完成された装置を前に、泣く泣く実験をあきらめ日本へ引き揚げることになったのである。しかも、この実験成果を学位論文の主要な内容にする予定であったA君は研究面でも苦況に立たされることになってしまった。
 結局、A君は大学実験室で得た実験結果をとりまとめ無事学位を取得することができたのであるが、当時は本当にこのような形で学生を、研究プロジェクトに参加させることが良かったのであろうかと、自問する毎日であった。A君は多くの労力をこの研究につぎ込んだが、結局実験自体を実施することができなかったのである。しかし、A君は大学卒業後、大学でのこのような一連の経験をそのまま活かせるような仕事につき、海外との共同研究を中心的に推進する立場で著しい活躍をしている。今思えば、上に書いたような厳しい状況に置かれるなかで、何とか答えを見つけようと苦しんだ経験が、現在の大きな飛躍の糧になっているように思える。今でも、研究室として、企業や国のプロジェクトに関わることがあるが、その内容が将来の学生の糧になるものであれば、積極的に学生に主体的な役割を担わせて良いのではないかと考えている。
 なお、上の航空機実験は、国のプロジェクト期間が終了して数年後に、改めて北海道大学とNASAグレン研究所の間に限定したAgreementを交わし実験を実施することができた。当時すでに就職していたA君にもこの実験には参加してもらった。


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