LastUpdate 2010.6.17

J S M E 談 話 室

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No.87 「探査機「はやぶさ」の帰還に思う自律と信頼
     ―40億キロ,7年間の飛翔を支えたもの―」

日本機械学会第88期庶務理事
藤井孝藏((独)宇宙航空研究開発機構 教授)

藤井孝藏

 ほとんどの主要紙が一面トップで取り上げたのでご存じの方も多いと思いますが,探査機「はやぶさ」が地球に戻ってきました.当初MUSES-Cという名称で呼ばれたこの探査機は,2003年5月に打ち上げられ,約2年後,遥か彼方に位置する長径500メートルほどの小惑星「いとかわ」に到着,試料採取のためのタッチダウンに成功しました.その後,姿勢制御の喪失,通信の断絶など多くのトラブルにみまわれましたがプロジェクトチームはそれらを1つ1つ克服し,最終的に7年間,40億キロを越えるフライトを終えて,6月13日の夜中にオーストラリアのウーメラ実験場に直径40cmほどのカプセルを落下させ,探査機自体は天寿を全うし(燃え尽き)ました.再突入の映像は,ある新聞が「完全燃焼」と書いたのにふさわしい美しさでした.もっとも耐熱材がきちっと機能したおかげでカプセル機器ボックスや熱シールドがともに回収されたので,「不完全?燃焼」が正しいのかもしれません((^_^).

 「はやぶさ」は宇宙科学の中でも,いわゆる工学ミッションとして企画されました.小惑星探査という理学的目標も定義されてはいますが,数年にわたるイオンエンジン運用,大きさも形状も未知の小惑星に接近・軟着陸するための画像処理や高度計などによる自律機能,最後の正念場となった高速の地球再突入に向けたカプセルの耐熱や動的安定性確保など広範囲の工学技術がそこかしこにちりばめられています.果たしてカプセルから小惑星のサンプルが見いだせるのかはわかりませんが,理学的な目的達成の正否によらずこの探査機はすでにその目的を十二分に達成したと考えていただけたら幸いです.

 はやぶさを支えてきたものは,わずかな可能性も諦めずに探る忍耐力,経験と知識に基づいて決断する勇気など運用担当の方々を知る立場からは語り尽くせないのですが,その基本となるのは「自律」と種々の制限の中でそれを補う「人」の関与です.通信には数十分もかかりますから,送られるデータを元に地球上で判断を下し,指示を送るといった衛星運用は絶望的です.自律機能が実現の鍵となった重要な基盤要素であることは間違いありません.一方で,観測ペイロード機器等との搭載重量トレードオフから,完璧にあらゆる状況を想定し冗長システムなどを用意して探査機の「自律」を支えるという対処法はできません.最も合理的な方法として,想定される範囲で最大限の自律機能を搭載し,想定外の状況に自律で賄えないところを人間が関与して判断することで合理的な運用が実現されます.実際には,冷静な状況判断に基づき思いもかけない妙手を考え,失った自律機能を限られたコマンドで補うことで何とか帰還にこぎ着けたことが多々あったことは報道等で伝えられている通りです.

 話は全く変わりますが,最近は研究活動をはじめ日常の仕事が窮屈で,何をやるにも閉塞感を感じます.目標設定,評価,情報管理(セキュリティ),リスク対応,グリーン購入,監査などなど,昔がよかったとだけ言うつもりはありませんし必要性を否定もしませんが,何をやるにも気遣いが必要で,面倒な手続きを要求されます.企業の方からも異口同音に同じ話を聞きます.これらをまとめて「内部統制」とかいう言葉が幅を効かせています.誰がInternal Controlの和訳の名付け親かは知りませんが,「内部統制」という言葉に窮屈で気分を害するイメージをいただくのは私だけでしょうか.この言葉には,そこで働く人間や人間的な要素よりも組織体や制度を重視した響きがあります.組織においては,資産や事業が大切ですが,人材の大切さは言うまでもありません.設計最適化・設計探査的な言い方をすれば,働く意欲,使命感といった「設計変数」は成果という「目的関数」にとても強い相関があることは間違いがありません.

 では,人間重視に戻すキーワードは何でしょうか.それは「自律」ではないでしょうか.責任を伴う自主判断に任せるべき部分は多く,それによって管理負担はかなり軽減されます.目標設定や評価は,管理というより,広い視野の中で自分の責務や目標を自ら考える機会を提供することに意義があります.自律の意識があれば,わざわざ言うまでもないことです.セキュリティや効率化も,大切な基準だけを示してもらい,それなりの規範を自らに課していくのではだめなのでしょうか.残念ながら,組織は,職員の自律を信じず,滅多にないリスクにまで完璧に対処し,細かい手続きや規則を作ります.結果,「自律」している人たちに余分な負担をかけ,業務や研究の効率化を妨げている例をたくさん見ます.それだけでは済まない場合もあるのはわかりますが,管理側から完璧な「統制」(すべてについて地上からの運用)を目指すのではなく,職員(探査機)を信頼し,その自律に任せた上で,課題に対応するという危機管理(地上からの危機対応運用)で対応するのはどうでしょう.組織が職員を信頼し,職員は自律によって与えられた自由度を活かして気持ちよく,かつ効率的に研究や業務を行う姿の実現を「はやぶさ」の自律から学びたいと思います.

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