LastUpdate 2010.9.14

J S M E 談 話 室

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No.90 「6月の花嫁」

日本機械学会第88期編修理事
中井善一(神戸大学 教授)

中井善一

 6月,国際会議で訪れたプラハの街角で花嫁を見た.なぜ,6月の花嫁は幸せになれるのだろうかと思い調べてみると,Juneは,ローマ神話の結婚をつかさどる女神の名に由来するためであるとか,諸説があるようであるが,いずれにせよ,ヨーロッパの6月は1年中で最も雨が少なく良い天気が続くことが,このような伝承が続いてきた理由のようである.

 しかし,プラハの6月は暑かった.今年の夏は日本でも暑かったので,6月の平均最高気温を調べると,プラハは21.4℃,東京は25.2℃で,平均最低気温は,プラハは10.5℃,東京は18.9℃である.平常であれば,6月のプラハは過ごしやすいのであろう.気温の差以上に,日本では,6月は梅雨の季節である.条件が違うことを考えずに,ヨーロッパの風習を持ち込むと失敗するかもしれない.

 同じようなことは,他にもあるのではないだろうか.あるビジネスモデルが成功すると,それが成功した背景を考えずに,別の条件下でも同じことをして失敗する,あるいは,時代が変わっても,方針を変えずに経営を続けた結果,経営の神様と言われた人の会社が破たんするなど,バブル崩壊後によく見た風景である.

 工学においても同じであろう.ある条件のもとでうまくいっている技術が,常に有効なわけではない.表面的に模倣するだけではなく,どのような条件下で成功したかを,基本に立ち戻って考えることが必要である.

 そんなことは十分に分かっていると言われるかもしれないが,人は往々にして無視してしまうものである.アムステルダムのスキポール空港の男性用便器の中には蝿の絵が描いてあることはよく知られている.使用者は,その蝿に当てようとするので,周辺にこぼれることが少なく,この絵を描いてから清潔になったということで日本の空港でも真似をしているところが幾つかある.しかし,日本の空港の場合,効果があるようには思えない.欧米と日本では,便器の形が全く異なっている.日本の形状では,絵に当てようとすると一歩前に出るのではなく,一歩下がらなければならないように思う.しかも,絵は蝿ではない.ローソクのように見える絵もあり,かえってためらってしまいそうである.

 下品な話になってしまったので話題を変えよう.プラハを訪れたのは,材料の疲労に関する国際会議Fatigue 2010に参加するためであった.日本材料学会疲労部門委員会編・疲労研究の歴史によると,英国の機械学会は,疲労研究をするために鉄道技術者たちが設立したそうである.すなわち,疲労研究は,機械工学研究の原点である.しかし,昨今,疲労の研究をしているのは時代遅れであると言う人もおり,日本の大学や企業において疲労研究をする研究者は減り続けている.ナノ・バイオなど政府が重点的に推し進め,研究費の潤沢な分野に研究者が移動したためである.そのような分野に機械工学の研究者・技術者が進出することも大事であるが,疲労現象が完全に理解されたわけではなく,疲労が関係した事故は起こり続けている.古くから研究され続けてきた機械工学の基盤分野においても,近年発明された各種の顕微鏡などの最先端の技術を用いれば,新たな知見が得られることも多い.また,書籍を読むだけで実際に体験しなければ本質を理解できないこともある.基礎がしっかりしていなければ,基本に立ち戻って考えることはできないのではないだろうか.

 守破離という言葉があるが,これは,千利休が残した茶道の心得

    規矩作法
    守り尽くして
    破るとも
    離るるとても
    本ぞ忘るな

が語源のようである.しかし,「守破離」ばかりが強調され,「本ぞ忘るな」があまり重要視されていないことに危惧を感じる.

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