LastUpdate 2012.3.12

J S M E 談 話 室

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JSME談話室「き・か・い」は、気軽な話題を集めて提供するコラム欄です。
本会理事が交代で一年間を通して執筆します。

No.105 「学会と社会」

日本機械学会第89期広報理事
佐藤 勲(東京工業大学 教授)

佐藤勲
(いつも飲んだくれているわけではありません・・)

 唐突ですが、ここ数年、NHKの「ブラタモリ」という番組を楽しんでいます。毎回、東京近郊の様々な場所をめぐって、その場所にまつわる歴史や文化、社会や技術を紹介する番組ですが、出演者の軽妙洒脱な語り口、切り口に加えて、身近な土地や施設の背景とそれに関連した蘊蓄が垣間見られる点が魅力です。私自身は生まれも育ちも東京近郊ですが、街の成り立ちや歴史には知らないことの方が多く、行ったことのある所であれば「そうだったよね」と共感し、行ったことのない所についてのコメントには「へー」と感心しています。私の身の回りにも同様の感触をお持ちの方も少なくないようで、地味ながら番組の話題で盛り上がることも何度かありました。

 同様に、雑誌やWeb上に時々掲載されている、ゴールのみを定めて旅程を楽しむ紀行もの、特に国際的な紀行ものも興味をもって眺めています。土地々々の風土や習慣の記述に感心したり、レポーターがトラブルに巻き込まれた際の対処を(他人事だからこそ)楽しんだりしています。こうした地域密着型の生活・歴史紀行ものは昔からあったのでしょうが、何故か気になるようになったのは、馬齢を重ねたためでしょうか? ただ、こうした番組や記事の見方は、他の方々とは少し異なっているのではないかと思うことがあります。通常、こうした番組や記事の興味の中心は人々の生き様そのものにあるのでしょうが、時々、機械システムや工学の視点でこうした内容を眺めている自分に気づいて苦笑させられることがあります。現代とは社会情勢が異なる時代の人々、日本とは文化の違う国の人々が、我々の目から見ると不便と感じるものごとを何故受け入れて、幸福を感じていた(いる)のか等は、科学技術の発展と人類の幸福の関係を考える上で、実に興味深いテーマであると感じます。

 こんなことを考えるようになったのは、最近、大学の職務の関係で、人文社会系の大学の先生方や学生さんと、人材養成について話をする機会に恵まれたからかもしれません。いま、各大学では、社会のグローバル化とそれをリードする人材養成を背景に、大学院教育の改善に注力しています。こうした取り組みの中で、理工系の大学院において学生に「人間力」と呼ばれる能力を涵養する教育システムがたくさん提案されています。私が在籍する大学でもこうした仕組みを実施していますが、理工系を中核とする大学故に、人間力育成には特別の仕掛けを新たに構築する必要があります。ところが、人文社会系の教育では、こうした仕掛けが最初から組み込まれているきらいが感じられます。多くの人の集合である社会を対象とする学問を学ぶためには、人々と関連を持つ必要があり、それ故に自ずと人間力が身に付く仕組みになっているようです。このあたりは、スキルが第一義に求められる工学分野にどっぷりとつかってきた私にはなかなか理解しにくいところでもあります。

 理工学の分野では、技術の高度化に伴って学問領域がますます先鋭化しています。本年4月に21番目の部門としてマイクロ・ナノ工学部門が発足することからわかるように、機械工学の分野でも同様です。このことは、機械工学を支える学理の奥義を究めるために自然な流れだと思います。ただ、人の役に立つ、あるいは社会に直接影響を及ぼすもの・ことを創造する工学分野には、人との繋がりをはじめとする人間力が必ず求められるはずで、学問領域の先鋭化とともに、分野を超えたコミュニケーションなどに意識を持って取り組んでいかなければいけないようにも感じています。科学技術の発達が人々の幸福を支えてきたことは紛れもない事実です。一方で、その科学技術が高度化・尖鋭化するにつれ、その進展が人々の生活をどう豊かにしていくのか、見えにくくなっているという指摘もあたっているように思います。この橋渡しをするのも、学会に求められている重要な役割でしょう。

 特に日本機械学会は、比較的ブロードな機械工学分野を中核とした多くの人々の集まりですから、まずはここに集う人々の間で、細かい専門分野の違いを超えて、いろいろなことを語り合う機会がもっとあってもよいのかもしれません。こうしたことを通して、最新の機械や先鋭化した機械工学の役割が人々に理解され、浸透していくことを期待しています。遠い将来、信濃町を取り上げた紀行もので、「ここに日本機械学会という学会があって、我々の生活にこんな影響を及ぼした」と紹介され、視聴者に「へー」とか「そうだったよね」と感心してもらえるように。

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