LastUpdate 2015.10.1


J S M E 談 話 室

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JSME談話室「き・か・い」は、気軽な話題を集めて提供するコラム欄です。
本会理事が交代で一年間を通して執筆します。

No.141 「鉄道と流体力学」

日本機械学会第93期財務理事
福西 祐(東北大学 教授)

福西 祐

 趣味の話をさせていただこうと思います。

 普段あまり自分の趣味をおおやけにはしておらず,研究室の学生たちに「先生の趣味は流体力学ですね」などと小馬鹿にされております。しかし,どこで匂いを嗅ぎつけて来るのか,私の研究室には飛行機好きや鉄道好きの学生が多く集まる傾向にあります。

 小学校に上がる前,私の夢は将来電車の運転手になることでした。当時は奈良盆地南端の御所(ごせ)市という所に住んでおりました。この町には当時の国鉄和歌山線が通っており近鉄南大阪線支線の御所線の終点でもあったので,大阪まで1時間で出られる場所でした。週末には大阪にしばしば出かけました。大阪梅田の阪神百貨店の屋上遊園地は庭みたいなものでした。我が家の裏庭から国鉄和歌山線が見えたのですが,当時はまだ蒸気機関車が現役でした。蒸気機関車の場合,煤だらけになるのを避けるべく一番前の車両には乗らないというのが常識で,後ろの方でも煙くないわけではありませんでした。そのためか,今になっても蒸気機関車にはあまり心が動かされません。好きだったのは近鉄電車の先頭に陣取って前方の線路をずっと見ていることでした。複雑なブレーキ操作を事もなげにこなす運転士さんはヒーローそのものでした。当時は始発の近鉄御所駅から大阪の阿部野橋駅まで直通の準急があり,ほぼ確実にベストポジションが確保できました。

 小学校高学年からは父親の仕事の関係で鹿児島に移住したので,盆と正月に御所の祖父母の家に寝台特急で帰省するようになりました。その頃には時刻表マニアになっており,毎月時刻表を買って,日本中のダイヤに目を光らせていました。たまに特急の停車時間が1分長く変更したりされたのを見つけては悦に入っていたものです。ダイヤの大幅改正とかが近づくと大興奮するわけなのですが,発表されてしまうと頭の中の時刻表を大幅にリセットしなくてはならず,ちょっとしたパニック状態になったものです。寝台特急に乗る前に時刻表を見ながらすれちがうはずの列車とその場所をまとめたメモを作ります。夜中に目が覚めるたら通過する駅の名前をすかさずチェックして,「もうすぐ特急さくらとすれちがうはずだ」と眠いのをがまんして待っているわけです。そして「さくら」が通り過ぎて初めて安心して寝ることができるというわけです。もちろん当時は西鹿児島駅から大阪駅までのすべての駅名が頭に入っていました。恐竜マニアを卒業して中学生半ばで天文マニアが始まるまでの間の時期です。ちなみに並行して飛行機マニアでもありました。鉄道と飛行機に関しては,未だに卒業しておりません。

 うちに来る学生たちを見ていると,大部分が「乗り鉄」「撮り鉄」なのですが,ドアの閉まる音,モーターのうなり音,駅のアナウンスを録音して喜んでいる「録り鉄」なんていうのもおります。私自身は「ポイント」に惹かれます。レールの繋ぎ方を変えて駅へ進入する列車の行き先を決めるあのポイントです。ポイント部分の動きは角度にして数度だけなのに,大きな列車が入線する番線を決めてしまうところがたまらないのです。列車が1番線に入るのも5番線に入るのもいくつかのポイントの小さな動きで決まってしまうのです。小さな違いが結果として大きな違いを生むという点で,これは非線形なシステムに通じるところがあります。

 私が専門とする流体力学はその基礎方程式であるナビエ・ストークス方程式に非線形項を含んでおります。例えば流体の流れはきれいな流れである層流と乱れた乱流に大別できます。多くの場合,流れは最初のうち層流なのが,やがて乱流になります。流体の摩擦抵抗や熱伝達が層流/乱流の流れの状態で大きく変わってしまうので,どちらの状態で流れているかは重要です。層流の流れが「細いワイヤー1本」で乱流に変化し,流れの性格がとたんに変わってしまいます。その結果「何が起こるかわからない」ことになり,好奇心が大いにくすぐられ,「流体運動は面白い」ということになっているのだと思っております。強い非線形性がある故に,「天気予報がまた外れた」と非難される気象予報士の方々にはお気の毒ですが,非線形性のおかげでわれわれ流体屋は飯が食えているということになります。

 最後にもう一度鉄道の話に戻ります。日本の鉄道はそのほとんどが標準軌(レール幅が1435mm)か三六軌間(1067mm,狭軌)です。新幹線や一部の私鉄が1435mm軌間で,JRの在来線などが1067mm軌間です。ところが,1435mm軌間用の車両と1067mm軌間用の車両の双方が乗り入れるところはレールが3本必要となり,三線軌条と呼ばれます。秋田新幹線の一部,箱根登山鉄道の一部,京急逗子線などにあります。青函トンネル付近においても北海道新幹線の営業が2016年3月に始まると,1067mm軌間の貨物列車も通れるように三線軌条が使われる予定です。レールが3本となるとポイントが複雑になり,私には光輝くような存在となります。学生たちには「三線軌条を見るために先週末初めて逗子まで行っちゃったよ」と言いつつ,実はそれが5回目だったりするわけです。鉄道のことを書いていると止まらなくなるので,この辺りでおしまいとしたいと思います。

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