LastUpdate 2016.2.4


J S M E 談 話 室

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No.144 「世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)に携わって」

日本機械学会第93期庶務理事
高田 保之(九州大学 教授)

高田 保之

 表題のWPI(World Premier International Research Center Initiative)という文科省のプログラムをご存知だろうか.平成19年度から始まったプログラムで,世界のトップクラスの研究者が,是非そこで研究したいというような研究拠点を作って,大学のシステム改革を進めようという目的で設置された研究拠点である.現在,全国に9つの研究拠点が設けられているが,唯一工学系主導で運営されていて,機械系の人間が関わっているのが九州大学カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所(I2CNER)である.私は3年前からI2CNERの副所長として運営に携わっている.I2CNERの所長はイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校(UIUC)機械工学科のPetros Sofronis教授であり,昨年亡くなられた本会元会長の笠木伸英先生もプログラム・オフィサーとしてI2CNERの面倒を見ておられた.

 さて,このI2CNERでは拠点長が外国人ということもあり,米国の大学方式の運営が導入されている.私は学内派遣教員として工学研究院機械工学部門の教授も兼務しているため,両方の運営の違いを極めて対比的に眺めることができる.I2CNERの公用語は英語であり,研究所の運営を議論するScience Steering Committee(SSC)での議論もすべて英語である.人事制度もUIUCと同じなので,採用,昇任も米国流である.

 I2CNERでは助教以上は独立(independent)な研究者と位置付けられる.助教,准教授,教授が対等な独立した研究者として扱われており,研究所のミッションとロードマップに沿った研究であれば自由に研究テーマを選べる.ただし,自由である分,食い扶持は自分で稼がなければならない.ポスドク以上の専任の研究者は,毎年厳しい評価を受ける.各人Bio Data File(BDF)という1年間のアクティビティをまとめたレポートを提出し,30分の個人面談で評価を受けるのである.アクティビティが研究所の基準に満たなかったり,外部評価の影響で研究テーマが研究所のミッションに沿わなくなった任期付きの研究者は,任期更新がなされないので,次の行き先を探さねばならない.私が副所長になってから,いくつかそういう事例を見てきた.

 教員の採用や昇任もまた大変である.候補者はCVとリサーチプロポーザル,自分を評価することが可能な研究者(Evaluator)のリスト(5名)を提出しなければならない.当然,すべて英語である.Faculty Recruitment Committee (FRC)が行う書面審査を通過した候補者に対して,プレゼンと質疑を実施する.ここまでは日本の大学の採用手続きと同じであるが,I2CNERの場合はここからがまた大変なのだ.本人がリストアップする評価者の中から2名ほど選定し,FRCが推薦する評価者3名の合計5名に対して,所長がメールで評価を依頼する.評価者は日本人からも選定するが,欧米など国外から3名以上は選定する.要するに候補者は世界中に知り合いがいないといい評価書を書いてもらえない.評価が芳しくないために,昇任や採用に時間を要した事例もある.助教の人事でさえ,海外の研究者による評価は必須であるから,若い時から国際的に活動していないとやっていけない訳である.

 I2CNER自身も厳しい評価にさらされている.毎年夏にプログラム・オフィサーが世界中から評価者を連れてサイトビジットにやってくる.サイトビジットの2か月ほど前に,I2CNERは文科省にアニュアルレポートを提出し,評価者はそれを事前に渡されて読み込んでから現地調査にやってくる.所長をはじめ,主任研究者によるプレゼンとQ&Aが行われ,評価グループによるレポートがまとめられる.評価する側も大変で,この委員の1人である本会のS.HRI理事の話によると,昼間は丸一日プレゼン(英語で)を聞いて,ホテルに帰ってからも夕食時にミーティング(英語で)をやったあと,各自の部屋で翌朝までにレポート(英語で)を出さないといけないそうである.酒も呑めずに,いったい何のためには博多に泊まるのか,いつも疑問に思っていて,もう辞めたいというのが彼の口癖になっている.

 この評価グループの評価によっては研究部門の改変や前述のような研究者の入れ替えが行われる.自分が若い頃こういう厳しい環境に入れられるととてもやっていけないだろう.間近に見ていて非常に厳しいシステムだと正直思う.それに比べると古巣の工学部の機械系は天国である.2,3年大した業績を出さなくても何も言われない.定年が見えてきたような老骨の身にとっては,機械系のぬるま湯が非常に心地よいのである.出ると風邪を引きそうで,いつまでもこのぬるま湯に浸っていたい気分だ.

 誰も読まないことを前提に本音を書いてしまったが,日本の大学(自分の大学だけかも?)は改革意識に乏しく,国際化に対応できていないのではないかとつくづく思う.なので日本の大学のランキングは地球の平均気温とは反対に確実に低下しつつある.こういうWPIの運営に携わって,面倒くさいことは多いけれども,いろんな点で勉強になったし,国際的なネットワークも広がり,アクティビティも上がったように思う.大学の教員としては恵まれていると感謝すべきだろう.

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