LastUpdate 2016.9.1


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本会理事が交代で一年間を通して執筆します。

No.150 「ゴルフと複合材料の不思議な関係」

日本機械学会第94期庶務理事
川田 宏之(早稲田大学 教授)

川田宏之

 プラスチック基複合材料(PMC)の強化繊維の一つであるPAN系炭素繊維が1961年に発明されてから約半世紀が経過しました。この間、炭素繊維自体の性能向上はさることながら、PMC製造プロセス等の地道な技術開発が繰り返され、これまで機械構造物の極限性能を追求する特別な用途にしか使われなかった炭素繊維が、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)として民間航空機や量産型自動車のメインの構造材料になり始めています。

 さて、ウッド系ゴルフシャフトはCFRP製であり、特にドライバーに関しては現時点でこれ以上の材料は見当たりません。プロの世界では300ヤードを超えるティーショットが標準になり始めていて、トーナメントコースの改造が当たり前のように行われるようになってしまいました。ゴルフにおいて飛距離は最大のアドバンテージになっていて、飛ぶクラブはトッププロだけでなく、一般ゴルファーにとっても最大の関心事です。年齢差があっても同じフィールドで楽しめるのもゴルフの大きな魅力ですが、極論すればアマチュアがプロのトーナメントにて上位で戦えるのも道具に依存する割合が高いスポーツならではないでしょうか。
 スコアをお金で買うことはできません。しかし、多くのゴルファーは自分にあったクラブを常に探し求めていて、お金でスコアを買おうとしています。それだけ魅力的なクラブが市場に沢山あるということですが、何が自分にあっているか分からず、クラブフィッテイングの専門家から適切・適当なアドバイスを得て、それを信じてある一定の期間使用し、やっぱり合わなかったと言って買い直します。この無限ループに等しい勘違いの繰り返しが市場原理となっています。勿論、ボールストライクの技術的向上に伴って、より重量級もしくはプロ仕様モデルへとステップアップして行くこともゴルフクラブが売れ続ける要因となっています。誤解を恐れずに申し上げると、筆者も率先してゴルフ産業の活性化に貢献しております。

 これまで、CFRPは成形に時間を要する、リサイクル性に不適、何より高価であるとの理由で一般的な用途展開が敬遠されてきましたが、近年のCFRPの大躍進は目を見張るものがあります。一般論として、機械構造材料としてのCFRPの使用率が加速した原因はいくつかあります。これまでの革新的と言われるCFRPの生産技術や材料開発を俯瞰すると、(1)中間基材である半硬化性シート(プリプレグ)の発明、(2)オートクレーブ成形法やVaRTM(真空含浸工法)などの高精度な成形法の確立、(3)Pan系T800、T1100GやPitch系炭素繊維に代表される高強度・高弾性炭素繊維の開発などが挙げられます。

 (1)のプリプレグの開発は、この分野のノーベル賞級の発明と称賛される技術であって、CFRPの成形精度を一気に高めることになりました。そもそもプラスチック基複合材料では、強化繊維の配向性を高めて、いかにできるだけ多くの繊維を樹脂に効率良く含浸させるかが最大の課題でありました。プリプレグとは、引き揃えた強化繊維に樹脂を含浸させ、薄いシート状の形態をしているものです。樹脂である熱硬化性樹脂の硬化反応を途中で停止(半硬化状態)させていて、このシートを何枚か積層し、加圧・再加熱させることで所定のCFRP板が完成する仕組みとなっています。加熱硬化にはオートクレーブと称する大型の圧力容器が必要です。プリプレグを用いた成形では、繊維の配向角を変化させることで擬似的等方性材料にすることや、型に合わせて積層することによって自由な曲面を成形することも可能となっています。
 ゴルフクラブでも高性能炭素繊維(3)から成なるプリプレグ(1)を使用して、手作業で金属の棒に巻いて成形します。この際、炭素繊維の種類や繊維の配向角度を変化させていて、予めカットされている何枚かのプリプレグを場所毎に張り合わせて作成します。その後、熱収縮テープを表面にらせん状に巻き付けて硬化に際して半径方向の圧力がかかるようにし、オートクレーブ(2)を用いて加熱・硬化します。硬化後、型から脱型しCFRP製中空パイプが出来上がります。
 このプリプレグの選択や配向角度の組み合わせは企業のノウハウそのもので、重量や重心位置を変化させ、さらに振った時のたわみ方を微妙に変化させてシャフトの特徴を決定づけています。設計自由度が増えた分、何でも作れるようになってしまい、多種多様なシャフトが生産できるようになってしまいました。先に紹介したように、複合材料の技術的進化を全て取り込んでゴルフシャフトが生産されていて、プロから一般ゴルファーまでがその恩恵に預かっている訳です。

 以上のように、CFRPの異方性材料としての特徴を最大限に利用して、高強度・高剛性ならではの工業製品としてのシャフトが市場に出回っています。他の工業製品(航空機・衛星など)と同等もしくはそれ以上に最先端の成形技術や最高品質のカーボン繊維が惜しげもなく投入されていることは驚愕に値します。要するに、ユーザとしては自分に合っていると過信するに十分過ぎる程の性能を有するシャフトが市場に多数ラインナップされています。

 飛ばすためには、ある程度のしなり感が必要で、バックスイング時の力のため方と切り返し時のタイミングが異なるため、「百人いたら百通りのシャフトがある」というのがメーカ側の主張です。ところがここが不幸の始まりで、飛距離を追及すると当然のことながら打点のバラツキとフェースが正対しないために、球が曲がってしまうことが起こります。曲がらない球を打ちたい場合は、たわまない(しならない)シャフトが適切だと分かっていても、さすがにこの選択はありえないと思います。ヘッドスピードの速さだけでなくシャフトに蓄えたひずみエネルギーを効率良く伝達させることができれば、ゴルファーにとっての最高のシャフトとなることは言うまでもありません。自分に適合したクラブが見つかってゴルフが上手になれる、あるいはもっと飛距離を出せるとの考え方は、ある意味で正論です。しかし、既にこの時点で技量を道具の性能のせいにしている、あるいはスコアをお金で買おうとしているに他なりません。

 複合材料の進化とゴルフの不思議な関係を紹介しましたが、多様な選択を提供できるCFRPの進化は特筆に値します。研究対象としての複合材料は興味が尽きませんが、高性能なCFRPの特性を十分に発揮できないことに苛立ちを感じている今日この頃です。

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