後輩へのメッセージ
若手研究者へのメッセージ
背戸 一登
日本大学総合科学研究所
「千里の道も一歩から」と言う諺がありますが、全ての道に繋がる言葉だと思いますね。私は1971年に東京都立大学大学院博士課程を修了しましたが、最初に日本機械学会論文集に投稿論文が掲載されたのが1970年(昭和45年)9月号でした。タイトルは「機械構造物の振動特性計算法(アナログ計算機による方法)」でした。これが私の研究者人生における第一報となりました。第二報は同論文集に掲載された「閉ループ機械振動の研究、第一部38−310(昭47-6)、pp.1295-1310」です。2006年に日本大学理工学部を定年退職いたしましたが、巻頭の諺を意識し始めて日本機械学会論文集に論文投稿を重ねているうちに丁度100編に達しましたので、背戸研究室日本機械学会論文集100編達成記念集と題して纏めました。この記念集は私が研究者として歩んできた人生の日記帳であり備忘録となりました。そこで、これに纏わるエピソードとメッセージをお届けしたいと思います。前記2題目は私の恩師・富成襄先生から戴いたものです。当時の日本機械学会には論文講演と普通講演という2通りの講演発表形態がありまして、前者は機械学会論文集に投稿することを前提に原稿を作成し発表するものです。発表可となった論文について、投稿論文の内容に関わる複数の有識者に論文の写しが送られて、事前にその方々(指名討論者と呼ばれていた)から質問状が届きます。その質問状に対する回答状を作成し指名討論者に送ると共に、講演会場で論文を発表しますが、原則として指名討論者が会場に出席しており、発表の後、会場からの質問の前に指名討論者から質問状が読み上げられます(欠席の場合は座長が代読)。講演者は回答状に沿って答えるわけですが、当然に回答内容に対する更なる質疑応答が行われるわけです。講演後も書面によるやり取りがあり、指名討論者の理解が得られた段階で質疑応答内容にそった論文審査が行われます。採択された論文については、その全ての質疑応答内容も論文の後に掲載されます。当時は論文講演論文の制限は10ページまで許されましたから、更に質疑応答ページが掲載されるわけです。前記「閉ループ機械振動の研究」の例ですと本論文が10ページ、質疑応答文が6ページになっております。質疑応答文だけで、現在の論文1編分です。当時はそのようなゆとりがあったのですね。論文講演については、質疑応答を含む発表時間も45分間与えられておりましたから、掲載された論文については重みがあったと思います。
私にとって大変幸運だったことは、機械力学分野の新進気鋭の柴田碧先生(当時東大生研助教授)、佐藤壽芳先生(当時東大生研助教授)、大野進一先生(当時東大生研助教授)、富田久雄先生(当時東芝、後武蔵工大教授)、黒田道雄先生(当時成蹊大学教授)のお歴々から質問状を頂いたことです。質疑応答を通して研究者として鍛えられましたし、論文の書き方や何たるかを学びました。大学院学生時代にこのような先生方の知己を得たことは本当にラッキーだったと思います。このようなご縁があって、その後もご指導やご鞭撻、ご厚情を戴いております。私は機械学会に学部3年(1965年)のときに入会し、一昨昨年に継続40年を迎えまして、名誉員の称号を戴きましたが、私にとって学会は幅広い交流と知識を得る場であり、私は正に学会によって育てられたと確信しております。
講演発表時のコメントで忘れられない一言があります。論文講演題目「閉ループ機械振動の研究」を最前列で聞き終えられた亘理厚先生(機械力学分野の重鎮、当時東大生研教授)から、「君、このテーマは大きすぎるよ!」と指摘されたことでした。この研究内容は、工作機械で発生するびびり振動を閉ループ発振と捕らえて、工作機械構造物の動特性をアナログ計算機で解析し、減衰の付与によってびびり振動が防止できることを理論と実験によって示したものでした。確かに、研究内容は閉ループ機械振動の1事例に過ぎません。しかし、先生の著書「機械力学」などで振動を学んだ私にとって、その先生から直接コメントを戴いたことは大変な感激であり、物凄い励みになりました。
前記の研究のキーワードには、伝達マトリクス法、構造物、モデリング、制振、動吸振器などがあります。当時のデジタル計算機は未熟でしたから、振動解析にはアナログ計算機が良く用いられました。アナログ計算機で工作機械構造物の振動解析を行うにはモデリングが必要です。工作機械構造物を構成する部材は分布定数系ですから、アナログ計算機に乗せるためには集中定数系で表す必要があり、部材を組み合わせて全体としてのモデルを作成しなければなりません。そのために考案したのが「八端子信号伝達線図」です。これは部材の両端を変位、たわみ角、曲げモーメント、せん断力の4変数で表し、両端の4変数間を複数のばね要素と質量で結合したモデルです。このようなモデルで表した各部材を組み合わせて全体系を表現し、アナログ計算機で解析することができるようになりました。これはマルチボディダイナミクスの先駆けだと自認しております。今はデジタル計算機が全盛の時代ですが、アナログ計算機の良さは物理現象の理解に大変役立つことでした。自然の法則に反した回路を組むと赤ランプが付いて誤りを指摘してくれました。私にとって大変懐かしい計算機です。
この研究で忘れられないのは動吸振器との出会いです。工作機械のびびり振動は内部減衰の付与によって抑制できることが分かりましたが、その付与する方法が問題です。動吸振器は1928年にDen Hartogらによって設計法が明らかにされておりますが、調整法が難しいので限定的使用に止まっておりました。私は可調整型動吸振器を考案し、工作機械構造物の減衰を高める手段に応用しました。結果は素晴らしいものでした。切削時に激しいびびり振動を起こしていた工作物と刃物が動吸振器を利かせることによってピタリと収まったのです。今でも其の時の感動は忘れられません。そのことを契機に私と動吸振器の長い付き合いが始まりました。このときの体験を基に、私は学生には何か成功体験を与えるように勤めております。
私の人生の研究テーマは前記2編の論文がベースになっております。亘理先生からご指摘を受けたように、私にとってそれ程大きなテーマだったのです。具体的な目標は構造物のモデリングと制振・制御法です。1971年に都立大学大学院を修了し、防衛大学に奉職すると共に、最初に手がけたのが温度依存性の無い可調整型動吸振器の研究でした。動吸振器の減衰には主にオイルダンパが用いられておりましたので、温度変化の影響を受けやすいものでした。私はそれに代えて永久磁石を用いた磁気ダンパに着眼しました。しかし、まだ今日の高性能希土類磁石の無い時期ですので、制振に磁気ダンパが用いられた研究報告例はありませんでした。動吸振器の設計にはダンパの設計式が不可欠ですので、電磁石と銅版やアルミ板を用いてダンパの設計式を導出しました(機論、1部、44巻378号(昭53)pp.542-553)。フェライト系の永久磁石を用いて、磁気ダンパでも構造物の制振が可能なことを実証しましたが、多分これは世界初の事例だと思います(これでパテントを取得)。その直後にコバルト系の希土類高性能永久磁石が開発され、周知のように最近では磁気ダンパが制振用デバイスとしてポピュラーな存在となりました。
モデリングは研究者にとって永遠のテーマですね。万物、数学的に表現できれば内部構造のメカニズムが解明できるし、希望する形に再設計も可能ですね。私の定義ではその数学的な記述法がモデリングです。私は大学院学生時代からそのモデリングに興味を持っておりまして、前記の8端子信号伝達線図も構造物のアナログモデルです。しかし、それでは物足りなくて、分布定数系柔軟構造物の振動挙動が集中定数系モデルで正確に表現できて、しかもそのモデルの質点位置が物理座標上で任意に指定できるモデリング法を捜し求めておりました。モード座標上で集中定数系モデルを作成する方法は良く知られておりますが、それでは質点位置が物理座標上で指定できません。それが任意に指定できるモデルであれば、センサやアクチュエータの設置場所が特定できますので、状態推定器不要、構造的フィルタの適用(振動の節の利用)が生まれますが、何よりも物理座標上で解析設計が可能になります。この願いは当時研究生として私の研究室に来ていた光田慎治氏(コマツ研究所)との共同開発によって達成され、低次元化物理モデル作成法と名づけて(機論C編、57巻542号(1991)pp.3393-3399)柔軟構造物の振動制御に広く活用しております。1993年に日本大学に移ってからも、田島洋氏(コマツ)との共同開発によって拡張低次元化物理モデル作成法(機論C編、68巻673号(2002)pp.2591-2598)を得ました。これは構造物の振動に加えて大変形を伴う運動の制御にも適用できて、マルチボディダイナミクスにも組み込み可能なモデルです。次なる課題はこのモデリング手法の簡略化と汎用ソフトウエアへの組み込み問題ですが、そろそろパワーが尽きてきたので、それは次世代に譲りたいと思います。
制振、振動制御の分野では、動吸振器の多モード制御への拡張や、アクティブ動吸振器、ハイブリッド動吸振器の研究を手がけてきましたが、わが研究室独自の研究テーマに構造物の連結制御を挙げることができます。これは複数の構造物を制振装置で連結して、同時に振動制御する方法ですが(機論C編、65巻639号、(1999)pp.42864292)低次元化物理モデル作成法が役立っております。この方法は実構造物に世界で始めて適用されました。2001年に晴海再開発地区に建設されたトリトンタワーズがそれですが、200メータ、175メータ、135メータの3棟の超高層ビルの風による揺れを2機のアクティブブリッジによって制御するものです。これは日建設計の先見性と石川島播磨重工業のパイオニア的な努力によって実現されました。提案者として研究者冥利に尽きる思いでした。この方法の特長は、大地震に対応できること、低周波長周期振動に対応できること、利便性・快適性・安全性を満たすことができること、などが挙げられますが、総合的都市設計を考えないと実現し難い問題があります。しかし、長周期巨大地震が都市部を襲うことが懸念されている今日、また長周期地震による超高層ビルの揺れを制御する有効な手段が無い今日、その難問に対応可能な連結制振法が日の目を見ることを期待している昨今です。
その他、歩行ロボットやロボットアームの制御、光サーボの制御、主塔構造物の制御などに纏わるエピソードがありますが、紙面の関係で割愛します。最後に私が体験的に得たことから、次のメッセージをお伝えしたいと思います。
1. 継続こそ力なり。
2. 独創性は必要性から生まれる。
3. よき友人・人脈は財産なり。
4. 成果の整理。それは次のステップに役立つ。
5. 学生には成功体験を与えよう。
私は機械学会論文集が50編に達したあたりから100編が目標になりました。野球選手も200勝とか2000本安打とかを目標にして日々研鑽しておりますね。正に継続する努力こそ力になりますね。必要は発明の母と言いますが、研究上必要であってもそれが無ければ自分で作り出すしか在りません。気が付いてみたらそれが独創的な研究であったり致します。磁気ダンパを用いた動吸振器や低次元化物理モデルはその範疇にあります。振動の節を使った防振ハンドルは苦肉の策として生まれました。必要情報は友人や企業の人脈から戴くことが多いですね。長松昭男先生(当時東京工大、現法政大学)、斉藤忍氏(石川島播磨重工業)、石浜正男氏(当時日産自動車中研、現神奈川工大)、村井秀次氏(当時コマツ研究所)、清水信行先生(当時千代田化工、現いわき明星大)、久谷益士朗氏(三井造船)の方々から難問を頂戴しましたが、解決することによって次の独創に繋がる体験を致しました。大変ありがたいことだと感謝しております。今までの研究を整理して一冊に纏めて感じたことは、どのページにも愛着があり、必要な情報に立ちどころに到着でき、其の時出したアイデアや方策が瞬時に思い出されることです。結果の整理は大事です。起こって問題の解決に役立ちます。
最後に、私は学生の教育研究指導において、何か成功体験を持たせることに努力していることを記しておきます。私の大学院時代の体験から、それが研究や仕事への意欲をいっそう掻き立てるからです。
愚考が何かの参考になれば幸いです。
平成19年2月記す。