材料力学について思うこと

次期副部門長 白鳥正樹(横浜国立大学)

 材料力学という言葉に最初に触れたのは大学の学部2年の秋、専攻分野が決まって鵜戸口英善先生の同名のタイトルの講義を受けた時である。分厚い教科書を使ってひとつひとつ懇切丁寧に講じられていた姿を今思い出す。それまでの主として理学部出身の先生方が講義を担当されていた数学や物理がむずかしくてわけがわからずちんぷんかんぷんだったのに対して、授業に出て聞いていると理解できる講義ということで感心した覚えがある。そのうちどういう巡り合わせか学部4年で宮本博先生の研究室に配属され(当時は卒研の配属は出席番号順に決められ、学生の選択の余地はなかった)、それが契機となってどっぷりと材料力学の世界に浸り込んで早や約30年が経ってしまった。
 宮本先生のご指導で当時ようやく米国で流行りはじめた有限要素法(FEM)という手法を使ってこれまた萌芽期にあった破壊力学(FM)の問題を解いてみないかとのことで、同僚の三好俊郎先生と組んでこの問題に没頭した。その後この2つの手法がそれぞれダイナミックに発展し、体系化され、普及していく様を身を以て体験できたことは大変に幸せなことであった。宮本先生の先見の明に負うところ大である。
 ところで私が大学院の学生であった頃、これまでの実用を主たる目的とした工学体系に対してEngineering ScienceあるいはMaterial Scienceといったことばが大変に脚光を浴び、例えば材料の強度をミクロスコピックな立場から追及する転位論に対する関心の高まり、あるいは当時東北大学の教授であられた横堀武夫先生の提唱された、確率過程論に基づく、ミクロとマクロを統合した「材料強度学」、一方、京都大学の平修二先生の「X線材料強度学」等、材料の強度をミクロスコピックな立場から眺めることにより、解明しようとの試みが若い学徒の心を揺さぶり、精力的な研究が行われた。
 横浜国立大学に赴任して材料力学と材料強度学の講義を担当することになった。そこで、はたと困ったことがある。学生に講義する時に黒板にまず材料力学と書きその隣に英文でStrength of Materialsと書く。それでは材料強度学は英語でどのように表現したら良いのか。横堀先生は確かMicroscopic and Macroscopic Interdisciplinary Approach to Strength of Materialsというような表現をしておられたと思う。しかしこれでは講義科目名としては長すぎる。むしろ、ことばの対応関係で言えば材料強度学がStrength of Materialsで材料力学はMechanics of Materials(米国の教科書では最近このようにしているものもある)の方がふさわしいのではないだろうか。材料力学はもともとTimoshenkoのStrength of Materialsの教科書あたりにその端を発したものと思われるが、この用語を日本で最初に材料力学と訳されたのはどなたなのか先輩の先生方にお尋ねした際に、小野鑑正先生ではないかとのお話も伺ったが確たる証拠はない。確かに大学で行っている講義の範囲では、材料力学の守備範囲は強度の他に剛性の問題も扱うので材料強度学とするよりは材料力学とする方がよりふさわしいと思う。すなわち、TimoshenkoのStrength of Materialsの内容を以って材料力学と名付けられた先生の達観であると思う。むしろこの際英文名の方をTimoshenkoの本にこだわらずMechanics of Materialsにするべきではなかろうか。
 以上のようなことを自問自答しつつ講義を繰り返していたが、はからずも10年ほど前に材料力学部門の発足に際して、ニュース・レター上で部門の英文名がDivision of Mechanics and Materialsとなっているのを発見した。その後これは初代部門長の小林英男先生の御提案と伺ったがけだし名言であると感心した。ただしこれはあくまで部門名であって、講義科目ではないので、上記英文名の謂れは私の考えるところと若干視点の異なる点があるかもしれない。
 折しも日本機械学会100周年、部門制施行10年目を迎えようとしており、部門制の見直し等種々の改革を迫られている。学術的にもコンピュータ、計測機器などの進歩により、分子動力学等のミクロスコピックなあるいはメゾスコピックな領域へのアプローチに対して新たな発展がはかられようとしている。これまでの先達の築いて来られた業績を踏まえつつも、新たな柔軟な対応が迫られているように思う。


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