TED Plaza
Self-rewetting流体への期待(地上から宇宙まで)
阿部宜之

産業技術総合研究所
エネルギー技術研究部門
宇宙技術グループリーダー

1.Self-rewettingとは?

 本ニュースレターの44号で、九州大学の大田先生にも”self-rewetting流体“の一端を御紹介頂いたが、特異な表面張力挙動を示す高級アルコール水溶液の気液相変化を特徴づける総称で、2003年9月に東京理科大学の河村先生に御命名頂いた。

 宇宙環境に代表される微小重力環境での流体の挙動は、いわゆる“濡れ”と“表面張力”に支配される。“濡れ”にこだわると、それだけで議論が激しく沸騰してしまうが、ここではあくまでも常に良好な濡れが維持されているという前提のもと、表面張力のみに着目している。図1は加熱面に形成された沸騰気泡の3相界線近傍を非常に模式的に示しているが、通常の単成分液体がサブクール下にあると、特に微小重力環境では、気液界面に形成される温度勾配によって生じるマランゴニ効果によって、乾燥面が拡張していく方向に液体の流れが生じる。一方、高級アルコール(炭素数4以上)の希薄な水溶液であるself-rewetting流体は、表面張力が温度と共に増大するという特異な性質を有し(1)、しかも低濃度での非共沸組成ではアルコール成分が選択的に蒸発するため、気液界面に温度勾配と共に濃度勾配が形成され、しかも両者によって相乗的に生じるマランゴニ効果は、単成分とは逆に、乾燥面に液体を供給する方向に強い流れを生じ、これは顕著な沸騰伝熱促進につながる。

2.宇宙技術への応用

 Self-rewetting流体の特異な性質を、無重力で最も有効に発揮する方法のひとつはウィックレス・ヒートパイプである。ヒートパイプ容器内面との良好な濡れが確保されていれば、凝縮部(温度が低く、アルコール濃度が高い)から蒸発部(温度が高く、水分濃度が高い)に、マランゴニ効果によって液体は自発的に壁面に沿って戻る。原理は倉前らがエタノール水溶液を封入したガラス管を用い、落下坑での微小重力実験によって実証した(2)。筆者らはself-rewetting流体を用いたウィックレス・ヒートパイプについて、微小重力下での一連の基礎実験を経て、通常の銅製ヒートパイプと同等の材料、製法で銅ヒートパイプを製作し、航空機の放物飛行による約20秒間の低重力環境を利用して、主要な熱輸送特性を取得した(3)。図2は、低重力における3種のヒートパイプ

・1−ブタノール水溶液(ウィックレス)
・1−ブタノール水溶液(コンポジットウィック)
・エタノール水溶液(ウィックレス)

の熱輸送特性の比較であり、蒸発部と凝縮部の平均温度差から求めた熱抵抗値を、熱入力に対してプロットしてある。

 Self-rewetting流体である1−ブタノール水溶液を用いたウィックレス・ヒートパイプでは、熱入力が低く蒸発量が少ない条件では熱抵抗がウィック型ヒートパイプに比べて高いが、熱入力が高く蒸発量が増大すると、むしろウィック型よりも熱抵抗が低下する。また、ドライアウトに関しては、ウィックレス型のほうがむしろウィック型よりも高い値を示した。しかし、ウィック型では低重力中の20秒間に急速にドライアウトに至ることはなく、蒸発部、凝縮部の温度変化からドライアウトの兆候が検知できた程度であったのに対して、ウィックレス型では、ドライアウトが低重力環境下で急速に進行していった。実際の応用では、蒸発部にのみ、一部ウィックを設けるなど、急速なドライアウトを防ぐ手段が必要となるかも知れない。一方、図2の比較から、同じ水溶液でも濃度差マランゴニ効果のみが作用するエタノール水溶液では、ウィックレス・ヒートパイプとして動作はするものの、熱抵抗が高く、ドライアウトも非常に低い熱入力で発生しており、self-rewetting流体の優れた特性がわかる。

 本概念をベースとしてさらに発展させて、ポリイミド、銅/ポリイミドの膜材料を利用し、超軽量(<1kg/m3)、高性能(>500~1000W/kg)でFlexibleInflatableDeployableな機能を有するウィックレス型ヒートパイプラジエターパネルの実現を目標としている。同様にself-rewetting流体の応用に関する研究に着手しているナポリ大学と共同で、ESA(欧州宇宙機関)が定期的に実施しているエアバスA-300の放物飛行による低重力実験テーマとして提案し、1年後の放物飛行キャンペーンで低重力下での展開、折り畳み、熱輸送等の動作実証を目指し、プロトタイプの試作も鋭意進めている。図3は、基本となるポリイミド膜の真空ホットプレス法により試作した複流路パネルである。

3.地上技術への応用

 パソコン、パワーエレクトロニクス等、各種デバイスの冷却にヒートパイプが用いられていることは周知であるが、通常は水が作動液体として用いられている。ウィック型ヒートパイプに関しては、ウィックにおける通常の毛細管力に加えて、表面張力流の役割について、通常の表面張力挙動を示す流体ではウィックでの液の帰還を妨げるという報告もなされている。特に表面張力の効果が顕著となる小寸法のヒートパイプ、さらには次世代型ヒートシンクとして注目されているマイクロチャネル等でself-rewetting流体の特異な表面張力挙動が発揮されることが予想される。筆者らは、コンポジットウィックを有する直径4mm(通常のラップトップPCに使用されている)および8mm、全長250mmの2種類のサイズのヒートパイプについて、作動液体を変えた性能比較を行った(4)。図4は4mmのヒートパイプの熱輸送特性の比較で、最大熱量のプロットはドライアウトに対応している。4mmヒートパイプでは、特にself-rewetting流体によるドライアウトリミットの増大が顕著であり、また熱抵抗も低減されている。8mmヒートパイプでは、self-rewetting流体による熱抵抗の低減効果が顕著となるが、ドライアウトは水ヒートパイプとほとんど差は無い。なお、8mmヒートパイプではself-rewetting流体として1−ブタノール水溶液と1−ペンタノール水溶液の2種類をテストしてが、1−ペンタノール水溶液を用いたヒートパイプでは、熱抵抗、ドライアウト共に、水ヒートパイプよりもむしろ劣る結果となった。明白な理由は不明であるが、凝縮部での過飽和濃度、水溶液充填時の脱気の問題、などが考えられる。

 目下、早期の市場化を目指し、通常のウィック型ヒートパイプでのself-rewetting流体の最適化を進めており、さらに、非常に微細な沸騰気泡を発生するSelf-rewetting流体の特長を利用して、次世代型冷却デバイスと期待されているマイクロチャネル、今後消費電力の増大に伴い適用が必須と考えられている携帯電話搭載用薄型ヒートパイプ(水を作動媒体としている限り性能が著しく劣る)等へのself-rewetting流体の応用も進めている。

4.ナノSelf-rewetting流体

 近年、ナノ粒子を混入させた流体を用いることによる熱伝達の向上が報告されており、ヒートパイプの作動媒体に用いて、特に蒸発部の性能向上を図ることができたという報告もなされている(5)。佐藤らは、1−ブタノール水溶液に金属ナノ粒子を混入させることにより、図5に示すように、温度上昇に伴う表面張力の増大温度域がより低温化し、増大傾向もより顕著となることを見出した(6)。現在、筆者らは佐藤らと共に、金のナノ粒子を混入させたself-rewetting流体を用いてヒートパイプを試作中であり、今後“ナノSelf-rewetting流体”ヒートパイプの可能性を追求していく。

参考文献

(1)         R. Vochten & G. Petre, “Study of the heat of reversible adsorption at the air-solution interface”, J. Colloid and Interface Sci., 42 (1973), 320-327.
(2)         M. Kuramae & M. Suzuki, “Two-component heat pipes utilizing the Marangoni effect”, J. Chem. Eng. Japan, 26 (1993), 230-231.
(3)         Y. Abe, K. Tanaka & A. Iwasaki, “Thermal management with self-rewetting fluids”, Microgravity Sc. Tech., XVI (2005), 148-152.
(4)         Y. Abe & K. Tanaka, “Heat transfer devices with self-rewetting fluids”, Proc. IMECE2004, (2004), IMECE2004-61328.
(5)         C.Y. Tsai, H.T. Chien, P.P. Ding, B. Chan, T.Y. Luh and P.H. Chen, “Effect of structural character of gold nanoparticles in nanofluid on heat pipe thermal performance”, Mater. Lett., 58 (2004), 1461-1463.

(6)         佐藤ほか,”表面張力異常を示すナノ流体の特性“,化学工学会第37回秋季大会講演予稿集(2005), Q125.

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