2.2 血球計数の歴史

東亞医用電子(株) 研究所

中本博幸

1.はじめに

 病気の診断や治療効果の確認に臨床検査は有用である。臨床検査の目的は体の変化を定量化する、つまりデータとして捉えることにあり、生体を直接観察する生体検査と血液などの体液を採取後に行う検体検査とがある。表題の血球計数は検体検査のなかの血液検査に分類されるもので、血液中に含まれる赤血球,白血球,血小板などの成分を分類計数する検査のことである。

 自動化が行われる以前の血球計数は顕微鏡で赤血球や白血球を1個ずつ数える方法で行われていた。この方法は煩雑で測定精度・簡便性・個人差などの問題があった。電気抵抗式と呼ばれる初めての血球計数の原理は1956年W.H.Coulterにより考案1)された。その後測定精度の改善,測定項目の拡大など様々な改良が加えられ1970年代には、血液を前処理することなく全自動で血球計数が行えるようになった。1980年代には更に白血球のサブタイプであるリンパ球,好中球などの分類や若い赤血球である網赤血球といった項目が追加されていった。電気抵抗式の改良型とともにレーザを使用したフローサイトメータが血球計数に使用されだしたのも、これらの新しい項目を測定するためである。フローサイトメータは光学技術を用いた原理で顕微鏡が発展したものである。現在の装置は光源にアルゴンレーザが使用されており、その原型は1969年,Los Alamos研究所で確立された2)。

 血球計数の歴史は他の計測分野でも同様であると思われるが、どの様な項目(生体成分)を、要求される精度を満足し、どれだけ簡単な操作で測れるかの歴史であった。

2.測定原理

 図1に電気抵抗式の原理を図2にフローサイトメータの原理を示す。電気抵抗式は電解質溶液に浮遊した血球が細孔を通過する際、細孔領域(有感域という)での電気伝導度が絶縁体と見なせる血球が通過することにより変化することを利用したもので、電気抵抗の変化は血球の体積に比例する。測定対象である血球は図3で示すように大きさと単位体積あたりの含有量がそれぞれで異なる。血液を適切な濃度に電解質溶液で希釈することにより、赤血球と血小板は体積の差から測定できるが、白血球は含有量が他の血球に比べて少ないため希釈しただけでは精度よく測定できない。そこで界面活性剤などの赤血球溶血剤を使用し、赤血球の影響を除去した後、白血球を計測する方法が採られている。界面活性剤は白血球にも作用し細胞質の収縮などが起こる。白血球にはリンパ球や好中球などの役割が違うサブタイプがあり、溶血剤でこれらのサブタイプの白血球の体積に差をつけ電気抵抗式で白血球を細分類することも行われている。血球の特徴は大きさやpH,界面活性剤に対する細胞膜の耐性の違いだけではなく、血球内部に含有されている物質も種類により異なる。これらの物質は血球の役割に密接な関係があり、血球機能を解析する上で血球表面や内部の物質を分析することは重要である。フローサイトメータでは血球の大きさ情報に加え、適切な試薬を使用することにより血球の表面抗原量やDNA,RNA量を定量することができ、試薬を変えるだけで検出対象が変わる汎用的な装置として発展していった。

図1 電気抵抗式の原理
直径100μmのアパーチャ(細孔)を血球が通過するときに生じる電気抵抗の
変化を検出する。

図2 フローサイトメータの原理 
フローセルに適切な蛍光色素で染色した血球を1個ずつ1列に流し,ほぼ血球1個分の
大きさに絞り込んだアルゴンガスレーザ光を照射することにより,個々の血流の散乱光
強度(血球の大きさの情報),蛍光強度(血球の核酸量など)を計測する.血球を1個
ずつフローセルの中心部に流す流体技術はシースフロー方式と呼ばれている.


 赤血球は直径約7μmのくぼみ円盤状の形状をしており,役割は生体組織への酸素の運搬である.7μm以下の毛細血管にもパラシュートに似た形状に変形して入っていくことができる.血液中に最も多く存在し,私の場合468万個/μPあります.






白血球は生体防御の役割をもっており,異物の貧食や抗原抗体反応の主役で大きさは種類によって異なる.写真はリンパ球で直径約10μmの球状で内部に核を持っている.私の場合は白血球数が6800個/μPで,その約38%がリンパ球です.






血小板は血管の修復が主な役割で,血球中では最も小さく直径が2〜5μmの円盤状の形状をしている,写真は活性化した血小板で,血管が破損した場合,その情報が血小板に伝わり,形状を変化させて偽足をだし血管壁を粘着・凝集し破れた血管を修復します.わたしの血小板数は18万個/μPです.





図3 血球の走査型電子顕微鏡写真とその特徴


3.測定項目の拡大と簡便性・測定精度の追求

 図4に当社の年代別の主な血球計数装置を示す。血球計数の基本的な項目は赤血球数,白血球数,血小板数,ヘモグロビン量,ヘマトクリット値とMCV,MCH,MCHCの8項目でMCV,MCH,MCHCは赤血球数,ヘモグロビン量,ヘマトクリット値より算出される貧血の指標となる項目である3)。これらの項目は1960年代からほぼ10年で自動化され、更に1975年には前処理が必要ない全自動の装置(CC-710)へと発展していった。装置の全自動化にあたり、当時はまだマイクロプロセッサ(マイコン)が実用化されておらず、流体制御にエアーロジックと呼ばれるAND,OR素子を使用して複雑なシーケンス制御を行っていた。しかし全自動化された装置は、抗凝固剤入りの試験管(採血管)に採血した血液を吸引させるだけで血球計数を行うことができ、それまでの希釈・溶血といった前処理が必要な半自動型装置に比べ、操作性,測定誤差が大幅に改善された。血球計数の難しさは血球を溶血剤などで化学変化させ計数することにある。反応時間・温度など条件を一定にすることが正確な測定結果に繋がり全自動化はこのような面でも重要なポイントであった。マイコンの実用化は血球計数装置においてもインパクトのあるものであった。初めてマイコンを搭載したCC-720ではサンプラに採血管を乗せるだけで、血液の撹拌から吸引・希釈まで全て自動で行えるようになった。またデータ処理面でも精度管理など測定精度を向上させる仕組みが構築されていった。最新のヘマトロジシステムではベルトラインで複数の装置を連結し、10本の採血管を乗せたラックが装置間を移動し、ほぼ無人で血球分析が行えるようになった。

図4 当社の年代別の主な血球計数器


4.血球計数から血球分析へ

 血球は骨髄で産生され分化後、末梢血管に放出される。末梢血管中の血球数は個人個人で基準値(基準となる値で正常値とも言われている)が若干違うものの経日的にほぼ安定した値をとることが知られている。血球計数は血球の産生と消費のバランスを検査するものであるが、疾患によりこのバランスが崩れた場合、産生(造血能)の異常か消費が亢進状態にあるのか調べる必要がある。造血能の異常をきたす疾患には白血病,再生不良性貧血など難治性のものが多くあり重要な検査となっている。骨髄中の初期の赤血球は核を持っている。この有核赤血球はその後脱核し網赤血球と呼ばれる未成熟な段階を経て赤血球へと分化する。網赤血球とは細胞質のリボソームにRNAが残存しているもので、ヘモグロビン合成が進むにつれてRNAは消失する。赤血球の寿命は約120日であり、その増減だけでは骨髄での造血能を知ることができないが、新たに産生された若い赤血球である網赤血球を測定することにより骨髄での赤血球造血能を知ることができる。網赤血球の測定は、その特徴である赤血球内のRNA量をフローサイトメータで定量することにより行われている。このように血球計数は数のカウントから血球内の物質を分析し、血球の細分類ができるように進化していった。現在では血球計数の基本となる8項目に加え白血球5分類(リンパ球,好中球,単球,好酸球,好塩基球)と網赤血球の測定が自動化されている。


5.今後の取り組み

 血球計数の歴史をいわゆる自動化と測定項目の拡大の視点でまとめた。現状の姿になるまで30年以上の歳月を必要としたが、小宇宙と称される人体にはまだまだ未知の部分が多く残されている。臨床検査分野では分子生物学的な分析など様々な研究開発が行われており、今後更に多くの有益な生体情報が得られるものと思われる。一方で、我々はより簡便に苦痛を伴う採血をせず血液検査を行う無侵襲血液分析技術の研究開発に取り組んでいる。健康は多くの人の願いであり、21世紀に向けて高度な診断技術とともに、より安全で簡便な予防医学への展開が今後重要となると考える。


参考文献

1) 粉体工学会編: 粒子径計測技術,日刊工業新聞社 p200-p214

2) 天神 美夫,高橋 学,他(編):フローサイトメトリー ハンドブック p14〜19, 1984

3) 上田 國寛,森 徹(編):検査リスティング,医歯薬出版


著者プロフィール

1951年5月生まれ,1975年3月大阪府立大学電気工学科卒業,同年 東亞医用電子(株)入社,主に血球分析装置の研究開発を担当,1997年より研究所研究部長

研究・専門テーマ:生体成分の分析

東亞医用電子(株) 研究所研究部

 (〒651-2271 神戸市西区高塚台4丁目4番地4号)






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