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日本機械学会のリーダが気軽に話題を提供するコラム欄です。
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No.10 アジア諸国との付き合い方−「欧米崇拝」の亡霊

日本機械学会第80期会長
伊東 誼(学際X革新研究センター)
 長期的な景気低迷で暗いニュースが多い世の中であるが、若い人々の海外旅行熱はけっこう高い。しかも、最近では手軽に安く行けるアジアが人気であり、書店の棚には色々な旅行案内書と旅行エッセイ書が並んでいる。ここで、旅行エッセイ書では、例えば「怪しいアジアの歩き方(黒澤、下条共著、1997、KKベストセラーズ)」のように、バックパツカーが執筆したものが面白く、筆者も時々読んでいる。一般的な旅行案内書が表街道の情報を提供しているとするならば、これらエッセイ書には、足で稼いだ草の根的な情報、すなわち裏街道の情報が満載されている。それでは、このような書が技術の世界にあるであろうか。残念ながら皆無に等しい状況にある。しかも、表街道の情報も十分とは云えず、アジア経済研究所のスタッフを初めとして、アジアの技術に興味を持っている文系の方々による書や報告書などが散見されるに過ぎない。
ところで、物つくりの国際展開が進み、最近では我が国に代わって中国大陸が世界の物つくりの基地として浮上し始め、「アジア、アジア」とアジアへ執着した話題が多くなってきている。この物つくりでは、「人と人が生でぶつかる」ことの多い工場現場という空間が大きな役割を果たすので、「裏街道の情報」は、アジア諸国と付き合っていく上で非常に貴重である。現今では、アジア諸国で地道に学術・技術協力に貢献、展開している生産及び販売拠点、あるいは合弁企業で活躍している技術者は数多い。当然の帰結として「表街道や裏街道の技術及び関連情報を満載した書」があっても良いと思われるが、何故無いのであろうか。生産技術者の筆下手も一因かと思われるが、それだけではなく、どうも我が国の生産技術者に潜在意識として残っている「欧米崇拝」が影響しているようである。すなわち、欧米先進国に於ける技術や関連情報を紹介すると、それ成りに反応はあるが、アジアの生産技術の紹介は見向きもされないようである。又、アジアの国の言語で会話ができても特段の評価を得られるわけではない。しかるに、我が国が受け入れている外国人留学生の多数派は、中国大陸を始めとしてアジア諸国からであるという矛盾を抱えている。
 この欧米崇拝と言う亡霊は、我が国だけの問題ではなく、かえってアジア諸国の方が強い。これは、帝国主義が横行した時代にアジアでは、我が国とタイ以外は欧米列強の植民地とされた歴史的経緯に負うところが大と考えられる。もっとも、中国大陸は、99ヵ年の租借地として一部の地域が植民地化されたに過ぎない。これに関しては、我が国自身がかって台湾、朝鮮半島や満州(現中国東北部)を植民地として支配し、又、太平洋戦争でアジア諸国や南洋諸島を占領した歴史的事実がすぐに話題となり、我が国の立場を難しくしている側面もある。要するに、欧米崇拝は、反面教師、あるいは万華鏡の如く作動して、我が国の生産技術者がアジア諸国と付き合う際に陰に陽に大きな障害となることがある。その一方、アジア諸国は、例えば次のような問題を抱えている。すなわち、欧米諸国で学位を取得して母国に戻った技術者は、我が国の技術事情に疎く、同じ国内で日本企業と付き合いのある技術者との間に極端な理解の差があり、それが円滑な学術・技術協力の発展やアジア諸国の独自技術の開発などを妨げている。
観点を変えてみれば、我が国は、明治維新以来先進工業国から技術を導入して発展を続け、1980年代頃から韓国や台湾等のアジア諸国へ技術輸出を行なってきたので、技術供給側と技術の受取り側という両方の立場が良く判る世界でも珍しい存在である。本来ならば、この稀有な立場を有効に活かして、欧米先発工業先進国に差をつけてアジア諸国に展開できたはずである。しかし、現実は、そのようになっていない。そこには、アジアより欧米へ常に目を向けている我が国の態度や形を変えて生き残っている欧米崇拝の意識が障害として存在しているようである。日本機械学会が主導権を発揮して、技術面は当然として、経済や社会環境、歴史的背景、現今の国際情勢などを含めて総合的な見直しを行い、望ましいアジア諸国との学術・技術協力の姿を再構築すべき時期である。
アジア、アジアと喧伝する割には、アジアとの付き合い方が未だにぎごちないという感を持たざるを得ない今日この頃なので、今回はすこぶる真面目な話しの展開となった。願わくば、せめて欧州のように、学位論文を審査する際に他国、特にアジア諸国の教授を日常茶飯事と言う感覚で審査員に加えられる体制を早く実現したいものである。

以上


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Last Update 2003.2.10

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