昨年度から伝統ある日本機械学会の庶務理事を拝命し、田中前会長、長島現会長のご指導の下に微力を尽くしています。この度、JSME談話室「き・か・い」コラム欄に随想を書くにあたり、何が皆さんの参考になるのかと随分思い迷いましたが、平成5年以来、私が関わってきた香川大学工学部・大学院工学研究科の創設余話をご提供し、その役目を全うさせていただくこととします。
すでにご高承の通り、世の中は変容しています。価値観、政治、経済は言うまでもなく、学問、大学も自己変革を始めています。科学技術の中心を担う工学も例外ではありません。工学は、これまで人類の文化・文明の発展に多大の貢献を果たしてきましたが、同時に、環境汚染・人間性無視・テクノ災害など負の遺産を産み出して来たのもまた事実です。これからの工学は、過去の負の遺産の解消にも力を注がなければなりません。
一方、これまでは「何ができるか」を追究するキャッチアップ型の技術開発を得意としてきた我が国は、世界第二位の経済大国となった今こそ、「何を作るか」「何をすべきか」を追究するフロントランナーとしての視点を整え、人間、社会、自然、人工物という工学の対象をグローバルな視点から正しく理解し、人に優しく自然と共生する自律調和型の科学技術の創造・開発に積極的に挑み、国際社会の期待に応えながら、科学技術創造立国を目指す必要があります。さらに工学はそれ自身がひとつの文化となりつつあります。今後の工学に携わるものは、全人格的素養とグローバルな視点を持つことが不可欠です。
このような時代の要請に応えて、平成9年10月、小兵ながら全国どこにもないユニークな4学科−「安全システム建設工学科」「信頼性情報システム工学科」「知能機械システム工学科」「材料創造工学科」−より成る国立大学最後の工学部(入学定員合計260人、第3年次編入学定員別枠20人)が香川大学に創設され、翌年4月から学生受け入れを開始しました。その後順調に学年進行の歩みを進め、平成14年春には各学科を母体とした4専攻の大学院工学研究科修士課程(入学定員78人)を開設。今春にはこの修士4専攻を博士前期課程とし、またそれらをそのまま煙突形に積み上げて4専攻の博士後期課程(入学定員22人)とする前期・後期課程の博士課程を創設し、博士後期課程に第一期院生33人を迎え入れました。このような煙突形の博士課程の設置が認められたのは、旧帝大系を除けば全国的に極めて珍しく、本学部に対する関係方面の高い評価の表れと自負しています。
本学工学部の創設理念は「文理融合」です。それぞれの専門分野の知識や技術力はもちろんのこと、21世紀を生き抜く技術者として必要な経営能力、ベンチャーマインド、人間理解、倫理観、国際感覚、歴史的視点など柔軟な文系的思考力を身に付けた、視野の広いバランスのとれた技術者を養成します。また、大学院工学研究科では、学部創設理念を教育研究の根底に据えた上で、地域において果たすべき役割を明確に認識し、自ら価値あるプロジェクトを起こし、リーダーシップを発揮して目的を達成する能動的かつ複眼的な能力を有した高度な技術者・研究者の養成を目指しています。このように、幅広い工学のバックグラウンドを持ち、自己を的確に表現し、国際社会で縦横に活躍できる新世紀の工学プロフェッショナルこそ、我が国のみならず世界が求めている人材だと確信しています。
本学部・大学院工学研究科は、他とは一味違ったユニークな持ち味を持っています。組織を動かすのは人、まずは客観的で透明な教員選考基準。完全公募制によって希望者を募り、その選考は研究業績、社会的評価、リーダーシップおよび教育歴の四つの尺度について点数評価するとともに、国内外からの推薦状の提出を義務付けています。工学部長選考の立候補制、副学部長制、教授会の代議機能を持つ運営委員会も導入しました。
ボーダーレス時代をたくましく生き抜くためには、国際感覚を身に付けることが不可欠です。このため、フランスのサボア大学、ドイツのミュンヘン工科大学およびボン・ライン・ズィーク大学、カナダのブリティッシュ・コロンビア大学、中国の上海大学・哈爾浜工程大学・中国電子科学技術大学、さらには韓国の韓国海洋大学校等々、著名な外国の大学工学系学部と学術交流協定やインターンシップ実施協定を締結し、教員や学生の交流、共同研究、国際インターンシップ等を精力的に推進しています。外国語でのコミュニケーションや異文化理解が重要なことは論を待ちません。
創設理念「文理融合」の実現を目指して適切なカリキュラムを構築するとともに、地域産学官連携の中心的役割を担って、共同研究・受託研究・プロジェクト研究等の積極的な推進、科学技術フォーラムや国際会議・シンポジウム・ワークショップの開催を精力的に進めています。産学官連携の象徴的存在としての寄附講座はすでに「基礎地盤動力学(穴吹工務店)講座」「メンテナンス工学(四国機器)講座」および「ベンチャービジネス創生工学(香川証券)講座」の三つを設置しています。また、大学発ベンチャーとして「(株)スペースタグ(資本金6千万円)」「(株)VRスポーツ(2千万円)」「(株)複合医工学研究所(1千万円)」、学生ベンチャーとしては「(有)かがわ学生ベンチャー(3拾万円)」「(株)未来機械(3百万円)」などがすでに設立されており、教職員・学生のベンチャーマインドも着々と醸成されています。
広報活動も極めて重要と受け止め、広報室並びに広報メディアセンターを設置して、宣伝パンフの作成・配付、記者発表の開催など情報の双方向受発信に注力しています。さらに、ラジオやテレビを利用して教員や工学部の諸活動の定期的な広報を行うなど、地域に、日本に、そして世界に開かれた工学部・工学研究科の完成・発展を目指して、これまで以上に精力的に各種の取り組みを続けて参ります。大いにご期待下さい。
一方この間、平成13年6月に国立大学の構造改革の方針いわゆる「遠山プラン」が世に出て以来、国立大学は未曾有の大改革・大競争時代を迎えました。本学も、昨年10月に旧香川医科大学と統合、医学部を擁した6学部の新しい香川大学に生まれ変わり、さらに今春からはすべての国立大学が法人化され、学長および法定数の理事から成る役員会、主に経営面を審議する経営協議会、主に教学面を審議する教育研究評議会などの設置、中期目標・計画の策定・認可、その評価結果に基づく運営費交付金等の受領など、これまでの国立大学とは大きく異なった組織形態、民間の経営的発想を取り入れた大学運営が強く求められています。しかしご心配は無用です。工学部はこれらの要請を先取りした形で創設来諸活動を精力的に進めており、国内外の大学、試験研究機関、民間企業など多様な各層から馳せ参じた一騎当千の優秀な教授陣が、教育・研究・管理運営・社会貢献・国際貢献・国際通用性などのあらゆる観点から、真に地域に貢献し、個性輝く魅力ある開かれた学部・大学院づくりに全力を傾注しています。どうか、今後とも何卒よろしくご指導・ご鞭撻賜りますようお願い申し上げます。
さて、みなさんは、スキーのジャンプ競技でこれ以上飛ぶと危険だということを示すK点の存在についてはご存じのことと思います。危険だと言われても、このK点越えの大ジャンプを成功させなければ、優勝は覚束ないわけです。バブルがはじけて以降の日本は、今全力を挙げてこのK点越えの大ジャンプを試みていますが、越えなければならない様々なK点が存在し、我々を苦しめています。
第1が「金融問題」のK、次いで「系列」「雇用」「官業」「企業会計」のK、さらには「建設」と「起業」のKがあります。これらを見事に飛び越えれば、最後に「景気」のK点がクリアーされるでしょう。
K点を超えるにはどうするか。困難に立ち向かい全力を尽くすことは当然ですが、その際横並びの金太郎飴となることを避けることです。狭い専門分野のみの馬鹿にならずに、文理融合の精神を縦横に発揮し、幅広い視点から自分の主張を明確に発信し、他との差別化を図り、個性を輝かせることが大切です。特に我が国の明日を担う若い会員のみなさんには、どうか思い残すことなく若いエネルギーを思う存分にぶつけて、様々なK点を乗り越え、大きく世界へ羽ばたく様、ご活躍を心から期待しています。
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