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No.26 魅力ある講義を目指して

日本機械学会第82期編修理事
山口克彦(京都工芸繊維大学 教授) 


  本年4月に国立大学の法人化がスタートした。各大学はそれぞれの個性や特色を発揮するために、従前にも増して、独自の工夫をこらした教育・研究・地域貢献等に力を入れている。
 一昔前のキャッチアップ型の時代には、外国の文献が読め、数式の誘導ができ、マニュアルを理解して機器の操作ができるといった、いわば答えがある問題に対処するための専門知識があれば事足りていたが、最近のように、答がわからない未知の問題を解決しなければならない、あるいは見本がない新しい技術を開発していかねばならない状況になってくると、上記のような専門知識だけでは対処できない。これらの専門知識に加えて、創造性やチャレンジ精神を身につけた技術者・研究者の育成が不可欠である。
 筆者は学部3年次に塑性加工学の講義を担当している。塑性加工学の内容は、数式を多用する他の講義科目に比べると身近で実際的な面が多いので、学生にとってはイメージしやすい科目である。このような科目の特徴を活かし、創造性の涵養にも重点を置いた講義を心掛けている。創造性豊かな学生を育成していくことは容易なことではないが、一つの方法として、新しい技術の開発や工夫・改善などできるだけ多くの例をあげ、問題点を解決するための基本的な考え方や試行錯誤のプロセス等を紹介することによって、学生になるほどと思わせることが有効ではないかと感じている。学生に面白いと思わせ、やる気を起こさせることができれば、柔軟な発想も生まれてくるであろう。このような期待をこめて、講義では、原理的に面白い加工法の開発や問題点を解決した事例などを紹介することにしている。
 講義内容をより良く理解させるためには、まずイメージづくりが大切である。そこで講義には、関連する材料や製品のサンプルを必ず持参することにしている。講義の始めにこのような具体的な物を見せると、学生の目がその物に集中して講義の雰囲気ができあがる。次に、講義への導入として身近な質問を投げかける。例えば曲げ加工の講義では、同じ板厚のアルミニウム板と軟鋼板を持参し、「これらの板を同じ角度まで曲げた場合、スプリングバックはどちらが大きいか」と言って数人の学生に尋ねてみる。ほとんどの学生が軟鋼板と答える。そこですかさず、「一般的にはアルミニウム板の方がスプリングバックは大きい。その理由は講義が終わればわかる。本日は、このスプリングバックについて説明するから、一生忘れないことを一つだけ頭に入れること」と前置きして本論に入る。この間、約4?5分である。これだけで、ざわついていた教室は静かになり学生の注意を講義に引き込むことができる。講義が魅力あるものになるかどうかは、この導入部が非常に大切であると感じている。
 講義では、スプリングバックは材料の弾性回復に起因する現象であること、したがってスプリングバックの解析では塑性加工であっても弾性の関係式が出てくることなど、基本となる考え方を説明する。そして単純理論によって均等曲げに対する式を導き、スプリングバックに影響を及ぼす主な因子は材料の縦弾性係数E、降伏応力Y、加工硬化指数n、板厚t、工具の曲げ半径Rなどであることを示す。また、各因子の影響程度を目視で把握できることが解析解のメリットであることを説明し、これからの技術者は、コンピュータによる数値計算の結果が妥当であるかどうかを判断するためにも、自分で簡単な解析が行える力を養っておくことが重要であることを付言する。さらに、まとめとして、アルミニウムと軟鋼板では縦弾性係数Eが小さいアルミニウムのほうが一般にスプリングバックが大きくなること、しかしアルミニウムと高張力鋼板では強度(降伏応力Y)が大きい高張力鋼板のほうが結果的にはスプリングバックが大きくなる傾向にあること等を説明する。
 最後に、このようなスプリングバックの予測は、例えば自動車ボディーのプレス成形においては製品精度や金型設計の点から非常に重要であることを付け加え、実際面とも密接に関係していることを示す。また、以上の取扱では材料の縦弾性係数Eは一定であるとしてきたが、材料によってはEの値が塑性変形の進行に伴って減少するものがあり、このような材料のスプリングバックを正確に予測するためには、塑性変形中の縦弾性係数Eの変化にも注意することが必要であるという最近の研究結果を紹介する。このようにして講義を締めくくると、学生は自分達が今学んでいることが最先端の研究や技術開発にも非常に近い位置にあることを認識し、また来週も講義に出席しようかという気持ちになる。このように、学生にやる気を起こさせる講義を心掛けることが大切であると感じている。
 先に述べたように、筆者は講義の最初に「一回の講義で一生忘れないことを一つだけ頭に入れること」と言っているが、それは、これを実行すれば卒業までの4年間に約1200もの基礎的な重要事項が身に付くからである。これは、1科目15週、1年間に20科目(40単位)取得するとして単純に計算したものであるが、これだけのしっかりした基礎知識があれば、どのような課題に対しても「当たらずとも遠からず」の答を出せる技術者になる筈である。また、これらの基礎知識に加えて「好奇心」や「なぜ?」といった未知への探究心が加われば、独創的・先駆的な仕事ができる技術者・研究者になれるものと確信している。
 さて最後に、上記のようなしっかりとした基礎的知識に加えて、元気がよくチャレンジ精神旺盛な学生を育てるにはどうしたらよいであろうか。これは魅力ある講義を行うよりもはるかに難しい問題であり特効薬は思いつかないが、筆者は「小走りに歩く」、「大きい声で話をする」、「笑顔で挨拶をする」といった三つのことを学生に勧めている。これらはいずれも、日常生活の中で自分をアクティブにする手軽な方法である。少なくとも筆者の研究室の学生についてみる限り、これらのことを毎日意識的に励行すると多少は効果がありそうである。
 以上、魅力ある講義を目指して筆者が日頃考えていることを述べてきたが、講義を魅力あるものにしていくためには、教材の準備、講義前のリハーサルはもちろんのこと、新しい技術情報や国際会議のトピックス、さらには若者の興味や関心など、余談・雑談として紹介することができるような話の種をできるだけ沢山持っていることも必要である。「あの講義には出たほうがよい」といった評判が先輩から後輩にひとりでに伝わるようになれば、なんとか合格ではないかと思っている。

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Last Update 2004.11.17

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