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No.32 『車両軽量化と事故』

日本機械学会第83期副会長
尾田十八(金沢大学大学院自然科学研究科 教授)


 4月25日JR福知山(宝塚)線で快速電車が脱線し建物に衝突、107名もの死亡者を出した事故は、大型連休のスタート時でもあって、JR等を利用する多くの人々に大変な恐怖感を与えた。そしてこの事故発生時から、その原因としてスピードの出しすぎ、緊急ブレーキ、置き石、またそれらの複合説等、いろいろの説が評論家の方々やJR関係者を含めて出された。この中で私が特に奇異に感じたことは、「軽量車両で曲がりきれず?カーブで速度超過か」(4/25付神戸新聞)、「事故は車両軽量化が誘因?」(同4/26付)などの車両軽量化悪物説が流れたことである。
 そもそも速度超過をしておればカーブを曲がりきれないのは、むしろ慣性力の大きな重量車両の方と思われるし、これまで車両が軽量であることが原因で事故が生じたという話は聞いたことがないのである。
 それではなぜこのような説が生じて来たのであろうか。これはどうも事故時の車両の状態があまりにもショッキングなものであったことの影響と思われる。つまり脱線した車両がビルに激突し、大きく変形したことである。従来の鋼製の車両ではここまでひどく変形することはなかったと思われる。このこと、つまり車体が大きく変形したことはたしかに車両軽量化と関係している。しかし重要な点は車体が変形する事象は、脱線した後にある速度の車両がビルに激突したことで生じたものであって、脱線事象を誘起したこととは基本的に別のことである。どうも多くの評論家の方々はこの点を混同されているように思う。
 たとえば軽量車体の自動車が、オフセットインパクト負荷や横から受ける、いわゆるサイドインパクト負荷に弱いことは良く知られている。しかしこのことは、交通事故が生じた後の現象である。何も軽量車体の自動車が常に交通事故を生じやすいものでないことは明らかである。
 一般に車両に限らず、自動車や航空機等の輸送機器は軽量化することがその運行エネルギを減少させ、加速性、操縦性も向上させることになり、最も重要でかつ基本的な設計技術である。したがって、日本の幾つかの車両メーカーも、これまでその車体構造材を 鋼製→ステンレス→軽量ステンレス→アルミ合金→高力アルミ合金 へと変遷させて来ており、またそれに対応して生ずる強度や振動、騒音問題もダブルスキン構造やBAHパネルの採用等で解決する種々の工夫を行って来ている。
 つまり、私がここで言いたいのは、これまでの日本における車両の設計は十分な信頼性をもって行われて来ているはずで、単に思いつきのような形でこの重大な事故に対する原因を簡単に述べてもらっては迷惑する方々が多勢いるのではないかということである。事実この事故に関しては正式な機関(兵庫県警捜査本部や国土交通省航空・鉄道事故調査委員会など)による原因調査が入り、その日時が経過するに従って前述のような説は全く聞かれなくなって来ている。
 軽量化技術は資源・エネルギ等の点から地球にやさしい技術であり、今日あらゆる製品開発に望まれているもので、日頃よりこの方面に感心を持っている者として今回の大事故での原因について出された風説に対して一言述べさせていただいた。

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Last Update 2005.5.16

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