LastUpdate 2006.5.12

J S M E 談 話 室

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No.44 「金型人間」

日本機械学会第84期副会長
香月正司(大阪大学名誉教授)



 日本は欧米の技術レベルに追いつけ追い越せの掛け声の下に総掛かりで突っ走ってきた結果,小型化,高性能化,品質管理,精度,生産性,自動化,省エネルギー,などなどいろいろな分野で大きな技術発展を遂げてきた.しかし人口,とりわけ技術者人口が減少に向かうという過去に考えることのなかった状況変化の中で,これまでに発達した技術レベルをいかに維持し,いかに次に伝えるかは大きな課題である.しかもそれは技術の話にとどまらず,社会を維持するためにどのような人をつくるかという問題である.

 アメリカの大リーグに渡った新庄選手が予想外の活躍をしたが,たとえ彼のファンであっても予想外のことであっただろう.では,なぜ彼が活躍できたのだろうか.たしかタイガースに入団した当初は彼も華々しく活躍したが,チームに定着するとだんだんと信頼性の低い選手になってしまった.しかし何か大きなイベント試合になると不思議に活躍する選手でもあった.あの選手使いのうまい野村監督がサジを投げたのは,まさに彼が宇宙人と呼ばれるほどの型破り人間で,「いくら言っても通じない,何を考えているのか分からない」ところに最大の原因があったのではないだろうか.

 日本では多くの場合,監督やコーチがそれぞれの理想をめざして選手を指導するが,それは監督やコーチが経験した範囲においての理想であり,誰にも通じる万能法ではなく,特に型破りタイプには通用しないのだと思う.人間は何をさせても千差万別,個々の能力にばらつきがあるように,能力を向上させる方法にもそれぞれ違いがあってしかるべきである.

 アメリカでの公式戦前の練習法は,へとへとになるまで反復練習する日本の練習風景とはまったく違うもので,かなりの部分に個人の自由意思でメニューを選択できるシステムになっている.しかも,コーチの役割は各選手の相談相手でありアドバイザーであって,決して指揮者ではない.したがって,自分に合うものを探し当てた者が成功するのであって,他人が上手くいったからといって,自分に合わないものをいくら習ったところで決して大成しないのである.この決定的な相違はどこから来たのか.西洋の文化は絶対神のもとに皆平等な自律型社会を作り上げたのに対し,わが国では大勢に認められなければ疎外されてしまう他律型社会を作ってきたことが,すべての根底にあるように思える.一言で言えば,皆と同じであることが最も安心な金型成型日本人である.

 わが国の教育に当てはめるとどうであろう.小中学校の基本教育のレベルはまずまずであったと言える.しかしその結果に基づいて選考したはずの大学入学後はどうかというと,はなはだ心許ないことがしばしば指摘される.欧米の大学生は大学から大学院時代にぐんぐん成長するのに対し,日本の大学生は比較的型にはまったタイプに収まってしまい,何事にもそこそこの人間になってしまうという話をよく耳にする.これは何を意味するのだろう.今年,大学に新庄君が入学してきたとすると,型破り人間に合った教育法,あるいは彼がもっと特技を伸ばす教育を大学が提供できるだろうかという問題である.

 最近,横並びの平等教育の弊害が指摘された結果,秀でた者の能力をさらに伸ばす教育が求められ,できる者には飛び級をという制度ができた.しかし,制度ができれば学生は自然に伸びるだろうか.決まりきったことをさっさとこなす者が飛び級するのであって,型破り人間が飛び級をするわけではない.ラジオ体操は全員が一斉に同じことをする.名将と言われた野村監督も森監督も,所詮ラジオ体操の先生として優秀であっただけのことで,勝手なことをする子供達の個々の能力を引き出す力のある監督ではなかったということである.号令のもとに一斉に同じことをさせるタイプの教育は,厳しい教官のもとではそれなりの成果が挙がるがそれ以上は望めない.その先へ進むのは本人の意欲と優秀なコーチのアドバイスであって,ラジオ体操教育しか経験のない先生と,ラジオ体操教育しか経験のない学生の組み合わせから,非凡なものが簡単に生まれるとは思えない.結局,教育は社会全体がするもので,教育が変わるためには社会全体が変わらねばならないということになる.それは日本人がアメリカ人になるということと同じくらい時間が掛かる問題である.

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