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No.56 『二十世紀COE

日本機械学会第85期副会長
本阿弥眞治(東京理科大学教授)


写真 Johnston教授, Eaton教授と筆者、2006年6月

はじめに
文部科学省の昨今の研究支援は、21世紀COEに見られるように研究費を重点化する傾向が強まっている。教育に関しても特色ある教育を実施している高等教育機関に対しては、各種のGP(Good Practice)による予算の重点配分が進められている。このような重点化施策の目標は、高等教育機関における研究の国際的な競争力を増し、高等教育機関を卒業あるいは修了した学生が国際的に通用するようになることである。
今から、四分の一世紀前、筆者は米国スタンフォード大学に在外研究員として1年間滞在した。当時の乱流の世界的研究拠点に身を置いた経験に基づいて、現在の21世紀COEを眺めることは大変興味深い。分野が流体力学の乱流研究に限定された話題であるが、21世紀COEと世界的な研究拠点というキーワードが共通しているので、遠い過去を持ち出すことをお許し願いたい。

二十世紀COE―世界的研究拠点
1979年から80年は、日本製乗用車が低い燃料消費率を売り物に徐々に米国市場に登場し始めた時代である。日本企業は盛んにシリコンバレーやミシガン周辺の大学に留学生として社員を送り出していた時期でもある。そのような時期にシリコンバレーに位置するスタンフォード大学機械工学科Thermosciences DivisionのHTTM グループに所属したので、そこでの研究体制について詳しく述べてみたいと思う。
第一に複数指導制について述べる。HTTM(Heat Transfer and Turbulence Mechanics)グループでは其の名の通り、乱流の熱流体現象を取扱い、二十名近くの博士課程の学生は乱流の実験か数値計算に関するテーマを与えられていた。尚、修士課程や学部の学生は、講義を中心としたCourse Workが課せられ、研究にはPart timeのアルバイトとして協力する程度である。学生の指導に関し、博士論文の主査に相当するPrincipal Supervisorは決められているが、学生は複数の教授から指導を受ける複数指導制が取られていた。研究テーマが近い学生数名とそれぞれの学生の指導教授は月数回、グループミーティングに出席し、学生は、複数の教授の前でProgress Reportと称して、研究の進捗状況を報告する。筆者は流線曲率境界層と剥離流れの二つのミーティングに参加し、博士課程学生の研究の進め方をつぶさに見ることができた。ミーティングにはJohnston教授やMoffat教授、そして今は亡きKline教授やFerziger教授が顔を揃え、自由闊達な雰囲気のもとで学生と議論していたことを思い出す。更に、学生は、Post Docやサバティカルの教授からもコメントを貰うことができ、複数指導制のメリットが十分に活かされていたように思う。
第二にダイナミックな教員採用に触れる。当時の学部長はKays教授で、学科主任はReynolds教授が務めていた。HTTMグループには乱流に関する世界的な研究が絶えず求められ、特に若手の教員には、世界の研究動向を見据えて、研究分野が割り当てられていたように思われる。単相複雑乱流で博士号を取った研究者を教員として登用する際は、彼に対して数年間で二相乱流の分野で米国のトップになることを求めていた。これはかなり厳しい条件が付されていたと感じた。又、このように絶えずその研究分野のトップとなることが可能な能力を有する人材を採用していたとも言える。乱流のそれぞれの分野を総括できる人材登用がなされ、1990年代、実験に関しEaton教授、数値計算に関しMoin教授がそれぞれReynolds教授の後継者として運営にかかわっていたようである。
第三に世界的な研究拠点について述べる。ある研究機関が、将来を見据えた方向性をもって教員と博士課程学生の人的資源の集中化を図ると、必然的に世界の研究者がその研究機関に目を向けるようになる。当時のHTTMは人的資源の豊富さと学科主任の先見性により、世界的な研究拠点になったように思う。研究を介してキャンパスへの来訪者が増え、来訪者はWorkshopやセミナーで話題を提供し、学生、教授達は居ながらにして世界のトップレベルの研究に触れることができる。併せて、来訪者は、教授や学生達と個別に討論し、色々な情報交換を通して、研究上のヒントを得ていたようである。このような状況で成果を総括したのが、1968年の乱流境界層会議、ならびに1980‐81年スタンフォード複雑乱流会議である。スタンフォード大学が乱流の世界的な研究拠点を内外に示した機会でもあった。
将来を見据えた研究課題に的を絞り、人的資源の集中化を図り、乱流の研究成果を社会に還元することは、将にCOEの20世紀版に他ならず、それを大学の一学科が成し遂げたことは大いに参考にする必要がある。

おわりに
フランス大統領選挙では、サルコジ候補とロワイヤル候補の争点が世界の注目を集めている。国際競争力の強化によるアメリカ型の強いフランスか、ヨーロッパ型の福祉国家を目指すフランスを選択するか、選挙民は問われ、世界はどちらを選択するか、注意深く見守っていた。結果的には強いフランスを選択したわけであるが、両者の差は僅かであった。21世紀COEは国際競争力を高め、強い大学を目指すアメリカ型と言えないこともないが、このようなシステムが日本でうまく定着するか否かは、COEに身を置いている若い研究者の人材育成の成否にもかかっていると思われる。
2006年6月サンフランシスコでAIAAの会議に出席した折、Thermosciencesの研究室を再訪する機会を得た。風洞など当時の実験装置もないことはないが、光学ベンチに顕微鏡と各種レーザ光源が並ぶ幾つもの実験室を目にし、乱流からマイクロ熱流体にシフトしながら社会の要請に応える柔軟性が窺えた。そして、多くの当時の学生が米国のみならずヨーロッパの大学や研究機関に職を得て、先のAIAA会議でも精力的に活動している態を見ると、HTTMが世界的な研究拠点を形成し、その過程で世界的に活躍する人材を育成していたことがわかる。将に道元が述べているように「霧の中を歩めば、覚えざるも衣湿る」ことを実感した次第である。

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Last Update 2007.5.14

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