LastUpdate 2007.8.17

J S M E 談 話 室

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No.59 「完全自律小型無人ヘリコプタの開発秘話」

日本機械学会第85期編修理事
野波健蔵(千葉大学 教授)


 私の現在の研究テーマの1つに「自律小型無人航空機の研究開発」というテーマがある。今は番組そのものが無くなってしまったが、2005年2月1日放映のNHKプロジェクトXで一部が紹介された。2005年2月1日の内容は、広島県の小さな繊維関連企業が倒産の危機を乗り越え、ラジコンヘリのおもちゃ産業へ転進し、自律小型無人ヘリとして産業用ヘリ事業に発展していく過程を描いていた。ここで、私は企業に自律小型無人ヘリの開発を持ちかけ、日本では最初にホビークラスの小型ヘリ、総重量約17kgの完全自律制御に成功したというストリーで、「挑戦者たち」として紹介された。完全自律で小型無人ヘリが飛行に成功したのは2002年8月3日炎天下の昼下がりであった。
 この成功の影には約5年間の苦難の日々があった。そもそも完全自律小型無人ヘリコプタの構想を抱いたのは今から約10年前であった。1997年に故元小渕首相が当時外務大臣のときにオタワで「わが国は今後対人地雷全面禁止条約に調印し、対人地雷除去活動に国家事業として積極的に参画する」と演説した時にさかのぼる。このとき私は自分の制御技術が生かせると感じ、「小型無人ヘリコプタに地雷探知センサを搭載して、完全自律で地上すれすれを飛行し地雷原や地雷そのものを特定ができないか?」と思った。当時、日本はもちろん米国を含む海外でも小型無人ヘリが自律制御で飛べる技術は確立されていなかった。もちろん、大型ヘリや中型ヘリの自律制御技術は実用段階にあったが、重量80kg以上の機体が地面近くを飛行すると風の吹き降ろし(地面効果とよぶ)のため地雷や不発弾を誘爆するため飛行が禁止されていた。
 このため、まず小型無人ヘリコプタの自律制御技術を確立することから開始するという、今思えば壮大な構想を描いていた。1998年4月に1名の学生とともに「小さなプロジェクト」を開始した。このとき同時に地上を移動する地雷探知ロボットの研究もスタートした。最初はラジコンヘリを購入してコンピュータ制御に改造するためのハードウエアの製作やプログラムの開発に学生数名と専念した。また、プロポという操縦装置でラジコンヘリをリモコンで飛ばせるようにトレーニングもした。幸い学生が約半年で上達してくれて自在にリモコンで飛ばせるようになった。これは空中で自動制御が不能となったときヘリを手動操縦に切り替えて安全に回収するためには不可欠の技術であった。研究も3年目を迎える頃からあせりが出てきた。3年間ハードウエアとソフトウエアの開発をじっくり行い、考えられるあらゆることをやってきたが、決定的な自律制御の成功には至らず、もう研究を止めようとまで思いつめた。しかし、ドクターの学生を抱えて博士論文のテーマを途中で変えることは大変なことであり、それもままならず長いトンネルの中で悶々とした日々を過ごしていた。自律ヘリの研究では数式モデルを導いて制御を行っていたが、2002年の6月頃、ある修士学生が実験と理論の僅かな違いを指摘した。このことがきっかけで数式モデルを再度見直して2002年8月3日に完全自律制御のホバリング実験に日本で最初に成功した。その感激を今でも良く覚えている。「実験データにすべては隠されている」ということを身をもって感じたものである。
 これ以降は、経済産業省などからの競争的資金の支援の下で研究成果が加速され、同時に応用を意識して企業との共同研究も広がり、送電線点検巡視や河川の点検、防災レスキュー用情報収集、交通の監視、血液の輸送などユーザーからのいろいろな問い合わせや応用の可能性の話が持ち上がってきた。とりわけ、電力会社がインフラ監視として有人ヘリコプタで定期的に実施している山岳地帯の高圧送電線の点検巡視作業、接近樹木監視への適用がすでになされている。さらに、新しいUAVs(Unmanned Aerial Vehicles)の自律制御の共同研究や、より小型のMAVs(Micro Air Vehicles)と呼ばれる機体の開発、そして、空中のみならず海上や湖面・河川を自律で航行して海図や湖底などを測量する10kg程度の小型自律走行ボートなどの研究を進めるに至っている。
 学生1名でスタートした小さなプロジェクトが、10年を経て「完全自律小型無人ヘリコプタ」で博士の学位取得者3名を出し、現在、企業派遣技術者3名、ドクター6名、マスター5名、学部生3名の大きなプロジェクトに成長した。UAV・MAVの研究分野は現在世界中が開発を競っている分野である。とりわけ我が国を除く欧米先進国は「Homeland Security」の名の下に軍事目的で精力的に研究開発しているが、民生用としても無限の可能性を秘めており、我が国こそ民生用として目的意識的に開発する意義があると思われる。

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