LastUpdate 2009.6.2

J S M E 談 話 室

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JSME談話室「き・か・い」は、気軽な話題を集めて提供するコラム欄です。
本会理事が交代で一年間を通して執筆します。

No.76 「スケールをシフトすると」

日本機械学会第87期副会長
岩渕 明(岩手大学 教授)


 大学院博士課程の講義科目に聞きなれないと思う「スケールシフト工学」を開講している.日本で唯一であろうが,そのコンセプトは担当者である筆者さえ明確には理解してないので,講義をやりながらPDCA的に構築している.
 さて,スケールシフト工学とは何か?筆者はトライボロジーを専門としているが,その発端は実験室での結果が実際の部品等に展開した時の結果に対応しないことへの疑問である.見掛け上の条件(応力や速度)を同じとしても結果は異なる.何か足りない.トライボロジーの中でもフレッティング摩耗(すべり振幅が100ミクロン以下の摩耗現象)を専門としているが,その摩耗機構を説明するとフレッティングは特異だと思われて,おしまい.しかしマクロな摩耗現象では無視されている現象がフレッティングでは顕著になると考えており,無視できるかどうかがスケースシフトのポイントで,その限界を説明し,適した対応を考えることがスケールシフト工学と考えている.
 物質を見るときに,例えば炭素Cを考えると原子レベル(物理学的)か,分子レベル(化学的)か,細胞レベル(生物学的)かで,その機能は異なってくる.その細胞が何兆個となる人間では?機械工学でも材料学における転位の運動モデルはミクロ・ナノの現象としてスマートに解釈できるが,マクロな現象としての多結晶体の材料の塑性挙動を転位で説明がつくか?そのミクロとマクロの連携は昔(私の学生時代)から指摘されながらも現在でも十分ではないと理解している.分子動力学においても計算できる転位の数は数万個が限界であろう.
 時々提案型の実用化研究プロジェクトの評価を行っているが,先生方の研究シーズがなかなか実用化レベルまで到達しない.始めは何でも可能といいながら,結局何にも適用できない多くのプロジェクトに直面している.それは,研究提案者が実験室レベルから実機レベル(大きなスケール)への適用の際の問題点を十分に把握していないことによるであろう.企業においては試作から量産へのスケールアップは日常であろうが,それでも経験的な要素が大きいと聞いている.
 地球温暖化は人類の危機をもたらす.機械技術者としてそれに対しどんな貢献ができるか,学会としても重要な課題である.しかし時間的なスケールで見ると,地球の歴史が44億年として現代の人類の歴史は高々1万年,地球環境の変化が近年急速だとしても,ここ200年間が異常なほど安定だったと見れば,どうなるか?どちらがノーマルでどちらがアブノーマルか?地球と人類の関係を人間と新型ウイルスの関係に見たらどう見えるだろうか.発熱を,体温をちょっと上げてウイルスを滅ぼす防衛反応とみると,地球温暖化は傍若無人な人類を苦しめようとする地球あるいは太陽(神)の仕業と考えよう.現在の人類は滅亡するかもしれないが,地球にはまた青々とした緑が回復し,石油・石炭も数億年後には蓄積され,新たな生命体(次世代の人類?)が地球上を謳歌する.そして遺跡の中にわれわれの生活・文化の跡を発見する.「あー,第2の猿の惑星か?」宇宙からは数千億光年からの光が届いているではないか?
 結局,物を見るときにスケールの違いで何が違って何が同じなのかを,最近特に関心を持って考えている.組織論的にも機械学会と数千人規模の専門学会,数万人の大学と数千人の大学では行動・機能に違いが求められる.数十人の会社と数千人規模の会社の社長に求められるクオリティーの違いは何か.
 自然科学,工学,社会科学などのスケールシフトに関する多くの事例を集めながら体系化できたら面白いと,密かに新たな分野の構築を狙っている.


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