LastUpdate 2012.11.1

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No.110 「機械学会のJIS規格関連活動について感ずること」

日本機械学会第90期企画理事
酒井 信介(東京大学 教授)

酒井 信介

 さして機械学会に貢献することもなく過ごしてきた自分が、企画理事という大役を仰せつかってから早1年半が経過した。理事会の都度、膨大な量の審議項目を目にするにつけ、いかにこれまで機械学会の活動を知らなかったのかと反省させられた。その一方で、これまで、目にしてきた審議項目の中に、これでよいのかと疑問に感じることもいくつか存在した。その中で、特に印象に残っているのが機械学会のJIS規格関連活動に関わることであったので、この機会に紹介させていただきたい。

 筆者は、機械学会の中では現在、発電用設備規格委員会の委員を務めており、それ以外にもその下部のタスクや、委員会、分科会を経験するなど、規格策定活動には多くかかわってきた。また、他学協会においても、圧力機器やクレーン関係の規格策定活動に参加している。経済産業省においては日本工業標準調査会(JISC)という審議会の下の専門委員会委員を務めている。このような立場上、どうしても機械学会のJIS関連活動を、他学協会の活動との比較で見るようになってしまい、また経済産業省からの見方も小耳にはさむような機会がある。JIS規格の開発に、学会が主体的に動いているということは、その産業分野に影響力をもつことを示し、またその産業に属する人達が機械学会内で活動していることになる。従って、JIS規格開発活動が、学会と当該産業分野との結び付きを測る一つのバロメータになると考えられる。その意味で、機械学会のJIS規格に関係する活動について、一度振り返ってみる必要があるのではないかと感じた。このような観点から、私のできる範囲で調査を試みた。

図1 機械学会から他学協会等に移管されたJIS規格件数の推移

図1は、機械学会が原案作成団体となっていたJIS規格が、他学協会等に移管された件数の推移を調査した結果である。記録が残っている1976年から2009年まで表示している。近年、移管する件数が増えているが、一方で新たに機械学会が原案作成団体となって制定する件数も増えているので、トータルの件数は格別に減少しているわけではない。これは、時代とともに多くの学協会が誕生し、JIS規格の内容に応じて担当するべき学協会の見直しが活発に行われていると見ることもできる。しかし、移管されたJIS規格の内容を見ると気がかりなことがでてくる。表1は、目にとまった移管JIS規格とその移管先をピックアップしたものである。

表1 機械学会から他学協会にJIS規格開発が移管されたものからの抽出

 移管されたJIS規格は、コンベヤ、ガスタービン、クレーン、工作機械、油圧機器、内燃機関、歯車など、通常機械分野に深く関連すると思われるようなものばかりである。移管された経緯は明らかではないが、JISの見直しに当たって、経産省、あるはい関連工業会から問い合わせが来るものの、JIS規格開発を担当する人材の確保が機械学会内ではむずかしく、組織を構成できないことが推測される。当該産業の初期の活動は、機械学会内で行われていたとしても、やがて学会外に当該産業のための工業団体や学協会などが発足し、その分野の人材も移動したことが考えられる。当然の帰結として、そのJIS規格開発にかかわる活動は、当該学協会でしかできないことになる。これも時代の流れでやむを得ないのかもしれないが、機械と関係する産業分野の人材が学会外に流出し、その分野に関する情報が機械学会内で十分に捕捉できなくなるとしたら、“機械”を冠する学会としては気になるところではある。

 たまたま、筆者はクレーン協会でも活動することから、クレーンにかかわるJIS規格に関係することを調べてみた。「天井クレーン」や、その「構造部分の計算基準」などクレーンと関係するJIS規格・7規格の原案作成が1992年から2007年にかけて順次、日本クレーン協会に移管されている。これらの制定の時期を見ると、最も古い「天井クレーン」は1950年である。一方、日本クレーン協会が創設されたのは1963年である。クレーン協会側の記録を見ると、1990年に当時の工業技術院からJIS関連規格の委託を受けており、その翌年にJIS原案作成委員会が設置されている。この流れから、最初にクレーン関連JIS規格を制定する段階では、未だクレーン協会は創設されておらず、当初は日本機械学会が原案作成の役割を果たしていたことが想像される。クレーン協会の創設後は、JIS規格の改訂段階で、原案作成団体として機械学会よりは、クレーン協会が適当であるという判断が働いたのであろう。また、「移動式クレーン」については、2000年以降関連JIS規格がクレーン協会にて原案作成されているが、その時点ではもはや機械学会を経由することなく、初期の段階からクレーン協会にて原案作成が行われたようである。表1の他の機械製品規格についても、多かれ少なかれ類似の状況があるものと推察される。このように、各工業会の活動が成熟するまでは、機械学会がその産業の基盤を支えるという役割を果たすのも重要なことであると思われる。一方、工業会のみでJIS規格開発をするまでに成熟していない場合には、今でも機械学会が原案作成の役割を果たしていることになる。このような規格も多数存在している。

 最近の注目するべき、JIS原案作成の動きとして、2010年に機械学会で8種類のJIS規格の制定が行われた「製品の幾何特性仕様(GPS)」規格が挙げられる。欧米では、生産システムの新しい流れに対応するために、幾何特性仕様を厳密に解釈するためのGPSという考え方の重要性が認識されている[1]。このうち、寸法公差のJIS規格はもちろんのこと、幾何特性仕様という観点からのJIS化も重要である。この規格は、幅広い工業会の生産システムにかかわることであり、今後は、グローバリゼーションに対応した部品の設計、加工、計測の観点からも重要であることは言うまでもない。ところが、この規格は、どこか特定の工業会と結び付きが強いものではなく、幅広い工業会に関係してくる。従って、特定の工業会団体が原案作成団体となることもむずかしい。このような性格の規格については、機械学会が原案作成団体となることが、まさにふさわしいのではないであろうか。

 というわけで、この原稿を書こうと思った動機である機械学会のJIS関連活動に対する懸念も、調べてみると杞憂であったように思う。つまり、機械学会から関連工業会へJISの原案作成の移管が進んでいるのは、産業界全体としてミッションに応じた再編が行われているという見方ができる。各工業会が成熟して、独自にJIS原案作成できるようになったときには、むしろ移管することが望ましいのであろう。それまでの間、機械学会がJIS原案作成の役割を果たしてきたのであれば、それはそれで評価できる。一方で、幅広い工業会に影響のある規格については、機械学会がJIS原案作成を行うことがふさわしいと考えられる。ただし、産業界全体としてみたときに、どこかが司令塔となって、このような交通整理をすることが必要と思われるが、どこがその司令塔の役割を担っているのかが私には見えないのが気がかりである。機械学会であるのか、経済産業省であるのか?

 ポンプについても、関連JIS規格の移管の動きがあることから、学生時代にポンプの講義を受講した大橋秀雄・東京大学名誉教授に上記の状況も含めて感想を尋ねてみた。返ってきた答えは、「機械学会のミッションはこれからの若い人が考えなさい」というお叱りであった。還暦を迎える私は、お世辞にも若いとは言えないが、先生から見ると、私はいくつになっても「できの悪い学生」のままなのかもしれない。

 最後に本稿作成にあたり、ご多忙の中、貴重な情報をご提供いただいた日本クレーン協会、技術普及部・荒井 良祐氏、経済産業省、産業技術環境局・内藤 智男氏、東京大学大学院工学系研究科、精密工学専攻・高増 潔教授に謝意を表します。


参考文献
[1]高増 潔、「製品の幾何特性仕様(GPS)の国際標準化の動向」、日本機械学会誌、Vol.113、No.1103、pp.777-780(2010)

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