LastUpdate 2013.11.5


J S M E 談 話 室

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No.119 「産と学を経験して」

日本機械学会第91期編修理事
塩幡宏規(茨城大学 名誉教授)

塩幡宏規

 大学卒業後,民間企業28年間,大学13年間の計41年間の勤めを終えこの3月末に定年退職を迎えました.この間,研究・教育にかかわり,企業から見る大学,大学から見る企業の双方を体験したことは,私にとって素晴らしい経験をさせていただきました.以下,これらの経験での感想を述べてみます.

 企業では振動など機械構造物のダイナミクスに関する研究を主体としてきました.入社当時は高度経済成長時代のもと,重電機器で代表される重・厚・長・大といわれる製品の記録品の開発が活発であり,その後,情報機器などで代表される軽・薄・短・小といわれる製品を対象とする機械と電気を融合した技術であるメカトロニクス技術が推進されてきました.その後,コンピュータの開発と共に機械系CAE(Computer Aided Engineering)技術が促進され,実験解析がコンピュータシミュレーションに一部おきかえられてきました.このように,機械技術者にとって対象とする製品,また研究・開発の手法も時を経て大きく変わり,この変化への対応が要求されました.企業内研究者にとって,研究成果の製品開発への貢献が主たるものであるため,目標は明確であり,しかも期限限定であります.目標達成のための責任感,緊張感,不安感など多くありますが,達成した時の満足感は研究者冥利に尽きます.もちろん時には失敗も経験します.

 現在,多くの大学は,教育・研究・社会貢献を3本柱としています.筆者が大学在学中の1970年初期は大学紛争の時期で,社会貢献の中でも産学連携などは攻撃の格好の的になっていました.今時代は大きく変わり,社会貢献事業は大学にとって重要な役割となっています.また教育・研究は主に学生を対象とする人材育成であり,成果の評価は一方的ではなく,また時間のかかるものであります.一方,社会貢献は主に産学連携活動であり共同研究を主体で進められてきました.活動の成果は,短期間では地域交流の活発さや共同研究数として評価されますが,研究成果の移管による地域産業の活性化にはある程度の期間が必要になります.しかしながら,大学や教員の定量的な評価として,入試の競争率,論文の引用件数,科研費などの外部資金獲得等があげられています.大学の立場でみると,これら定量的な評価だけで大学や教員の成果を決めつけるには無理があり,教員の責任感,達成感は短期的なものではなく,とくに人材育成の観点からすると長期的な判断が重要と考えます.また,最近では,産業のイノベーションにおいて産学連携は必須であり,その重要性がますます強調されてきています.

 企業から大学へ身を転じてから,大学と企業とではどちらが良いですかという質問を受けます.こういう質問は一般的に興味がある話題となるわけですが,答えるほうにとってはなかなか答えにくいものです.でも何かを言わなくてはいけないので,まず,「どちらも良い点と良くない点がありますね」と答えています.これだけでは何のことかわかりませんので,私の個人的な考えと断ってよい点を次のように答えています.
企業のよさ:@よい研究成果には年ごとに表彰制度があり達成感がある.Aグループ活動やプロジェクト型研究開発により幅広い技術を習得しやすい.B研究に時間意識(スピード感)がある.
大学のよさ:@自由な発想での研究推進ができる.A学生の教育(人材育成)に活かすことができる.B産学連携を通していろんな企業と連携できる.

 以上の良さはときには欠点となり,欠点と言われたものが良さになることも多々あります.結論的には,環境の良しあしを比較するのではなく,その環境に順応し,良さを最大限有効に活用することが大事であると思っています.

 企業内研究者は外部発表に制限があります.これが企業の最先端研究の保護の観点からやむを得ないと思いますが,逆に社会の大きな流れを見逃し,内部の論理に執着することにもなりかねません.産業のグローバリゼーションが進む中で,企業の研究者はもっと外部とのコンタクトを強めていくことも必要かと思われます.このために,学会の果たす役割は大きいと思います.

 大学での研究に対してはコスト意識,製品に対する意識が弱いと言われます.たとえば,研究のための研究,論文のための研究,絵に描いた餅などがその例です.これは一部あたっているかとも思われますが,少し違っているとも思われます.研究者は一般的に多くの情報量を持っています.この中には,目の前のニーズだけでなく近未来のニーズもたくさんあります.現在のIT化された社会で,しかもグローバルな視点で活動していくためには,近未来またはその先までも視野に入れた研究が必須となってくると思います.もちろん目前のニーズを無視してもよいというわけではありません.短期的・中長期的なニーズに応える活動としては,産学連携を有効に活用することが重要になってきます.

 今後,前述の産業のグローバル化に対応するためには,産学が連携して多様な変化,多様なニーズに対応できる人材育成が特に重要になると思われます.これが結果として,将来を見据えた研究活動へとつながると思っています.

 以上個人的な感想を述べましたが,産と学のよりよい連携により機械技術のますます発展を願っています.

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