LastUpdate 2014.4.1


J S M E 談 話 室

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JSME談話室「き・か・い」は、気軽な話題を集めて提供するコラム欄です。
本会理事が交代で一年間を通して執筆します。

No.123 「特許で日本を元気に」

日本機械学会第91期庶務理事
池田 英人((株)IHI 主席技監)

池田 英人

 「メインエンジン・スタート。SRB点火、リフト・オフ!」・・・ロケット第一段にあるメインエンジンから轟然と炎が噴き出した。・・・ロケットは発射台を飛び出し、追いかけるカメラの中であっという間に大きな炎の塊になった。そのまま、計画通り種子島南東の上空へと小さくなっていく。

 池井戸潤の『下町ロケット』のプロローグの抜粋である。読まれた方も多いのではなかろうか。3年前、友人と飲んでいたとき、面白いからこの本を読んでみろと薦められた。翌日、本屋で購入し読み始めると、2009年1月23日に種子島で見たH−Uロケット15号機打上げの光景そのものであった。そのときの度迫力と感動を思い出し、一気に読んだ。

 もちろん15号機打上げは大成功であったが、本の中ではロケットは予定軌道をはずれたため爆破指令を受け打上げ失敗。そこから主人公の波乱万丈の人生が始まる。主人公は打上げ失敗の責任をとって機構の研究者を辞め、父親が経営していた蒲田にある中小の精密機械製造業(以下、T社)の社長、わかりやすく言えば町工場の社長に転じた。ある日、売上の一割近くを賄っていた取引先のA社から内製化を理由に突然取引停止を通告される。その穴を埋めるべく営業活動するも、急にはその穴を埋められず、資金繰りに窮してメインバンクであるB銀行に融資を依頼するが、研究開発費が売上に結びついてないことを理由に融資を断られる。メインバンクが融資を渋るくらいだから、他銀行は言わずもがな。そうこうしているうち、ライバル関係にあるC社から特許侵害で訴えられ、多額の損害賠償金を突きつけられる。しかも第一回口頭弁論では相手の知財を専門とする凄腕弁護士に圧倒される。係争が世間に知れ渡ると、T社が訴訟に負けて販売差し止めともなれば部品交換などに支障を来たすので発注をキャンセルしたいと、その余波は他の取引先にも及んだ。仕事はますます減り、このままでは一年待たずに倒産に向かってまっしぐらに突き進んでいるのは明らかだった。

 しかし、捨てる神あれば拾う神あり。銀行融資が難しい中、T社の高い技術力を評価して十分な額とはいえないものの出資を申し出る人が現れる。ベンチャーキャピタルである。また、第一回口頭弁論での形勢不利をどこから嗅ぎ付けたのか、社長の元妻が相手の弁護士と同じ事務所に所属していた知財専門の凄腕弁護士を紹介してくれる。その弁護士は、社長が発明した技術の素晴らしさを認めた上で、その特許には穴があるのでC社はその穴を突いて周辺特許を固めてきたと指摘し、今からでも追加出願するよう指示する。最後はT社がC社を相手に特許侵害で訴えて刺し違えることになるが、裁判所による和解で差し引きT社が勝利する。

 喜びも束の間、ロケット打上げを担当している大手重工メーカーD社から特許を売って欲しいとの申し出が来る。D社はT社と同じキーとなる部品の内製化を目指して開発に取り組んでいたが、出願でT社に一歩先を越された。D社にしてみれば、この技術がなければ期限までにロケットを打上げられなくなるので、T社の特許は喉から手が出るほど欲しい特許である。そんなことはお構いなくT社従業員は直ぐに入金される特許売却を進言するが、社長は悩んだ末、特許売却を断り製品納入の道を選択する。それに反発したD社はT社が納入業者に相応しいか否かの評価を行うと通告するが、それはあくまでも建前で、本音は不合格にして特許売却を要求することにあり、T社は執拗な嫌がらせを受ける。しかし、このことがT社社員のプライドに火を付け、それまで意見対立していた社長と従業員が団結することになり、評価テストに合格すると同時に、D社はやむなくT社から製品納入することで決着する。

 最後は主人公が研究者ではなく部品納入業者社長の立場で立ち会う中、その部品を組み込んだロケットが種子島から打上げられ、見事成功裏に終わる。

 ざっとこんなストーリーである。三重苦、四重苦の中、中小企業が大企業をぎゃふんと言わせる構図がこの本の醍醐味で、弱いものが強いものに勝つ、判官びいき好きな日本人にはたまらないストーリーである。

 しかし、それだけで終わらせるのはもったいない。T社はロケットを飛ばすのに欠かせないある部品の基本特許を持っていたからこそ、C社との特許侵害訴訟に勝てたし、ベンチャーキャピタルから出資を受けることができたし、特許売却を迫るD社から執拗な嫌がらせを受けつつも最後は特許売却せずに製品納入の選択肢を受け入れてもらうことができた。このストーリーの場面場面で勝敗を決めたのは実は強い特許の存在である。大企業だから強いのではない、中小企業でも強い技術に裏打ちされた強い特許を持っていれば大企業に十分伍していける。今までにこれほどまで特許にスポットを当てた小説があっただろうか。訴訟の問題、権利範囲を広く取る特許の書き方、譲渡か社内活用かといった特許活用法など大変示唆に富んだ書物で、特許教育のテキストとしても素晴らしい。

 閉塞感が漂う昨今の日本社会において、もう一度元気を取り戻す原動力はイノベーションではなかろうか。中小企業であろうと大企業であろうと、また大学、国研含めて、日本全体がいくつものイノベーションによって自信に満ち溢れた元気な社会になることを期待したい。もちろんその技術は強い特許で保護されていることは言うまでもない。

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