LastUpdate 2014.9.22


J S M E 談 話 室

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No.128 「『誇大妄想狂だけが生き残れる』時代」

日本機械学会第92期編修理事
中橋 和博(宇宙航空研究開発機構 理事)

中橋 和博

 iPhone6が発表されて話題になっています。私も愛用の古いiPhoneを替えたく思っているところですが、そのことで以前に新聞に出ていた以下の文章を思い出しました。新聞名や日付はメモしておかなかったので、引用なしで記載することを許して頂きたい。

 “業界地図を一変させる破壊的イノベーションは、あらぬ方向から突然やってくる。米インテルのアンドリュー・グローブ氏は「偏執狂でなければ生き残れない」と名言を吐いたが、技術革新のスピードが極めて速い現在は「誇大妄想狂だけが生き残れる」時代なのかもしれない。”

 この記事を読んだとき、直ぐにSteve Jobs氏を思い浮かべました。ボタンの数を最少化して指で操作するiPhoneやiPadは偏執狂でないと出来なかったでしょうし、その大胆さは誇大妄想狂とも言えます。こだわりと完璧さを求めるJobs氏のもと、Apple社内で既存の電子手帳や携帯をとことん試して、何が問題か、どうすれば誰もが使えるようになるか、等を探求してあのiPhoneが出来たのでしょう。数年先の電子部品の可能性や社会要求を的確にとらえて革新的なハードを作り、それに付随してアプリや音楽ソフトを取り込む仕組みを考えてハードの価値を何倍にもしたことなどはApple社の企画力・技術力のお蔭でしょうが、偏執狂のJobs氏の牽引力があったからこそであるのは誰しも思うところです。

 さて、私は大学で流体力学の他に航空工学入門や航空機設計の講義を長く担当してきたのですが、流体や設計論だけでは学生に飽きられるので、飛行機の歴史や、今こんな飛行機が研究されている、未来の飛行機は、というような話題を授業の合間に入れていました。考えてみれば、ライト兄弟に始まる飛行機の発達も偏執狂が牽引してきたと言えます。飛行機の開発初期だけでなく、例えば70年代後半、ジェット旅客機が飛び交う時代ながらも人力飛行機で賞金を獲得し、今では無人機の大きな会社AeroVironment社を作った故Paul MacCready氏、太陽エネルギーで世界一周を目指しているSolar Impulseの牽引役であるBertrand Piccard氏等は私にとって尊敬すべき“偏執狂”です。

 最近では飛ぶことの“偏執狂”が空だけでなく宇宙にまで進出してきました。革新的な飛行機を何機も作り出したBurt Rutan氏が率いるScaled Composites社は、飛行機とロケットの組み合わせで宇宙の入口まで行くSpaceShipOneを2003年に成功させ、それがもう一人の“偏執狂”のRichard Branson氏に宇宙観光会社Virgin Galacticを創立させています。SpaceX社のElon Musk氏も革新的な事業化ですが、宇宙輸送に価格破壊をもたらしつつあるという点で尊敬すべき“偏執狂”の一人でしょう。日本人ではホンダジェットを作った藤野道格さん、何度もお会いした彼を“偏執狂”と呼ぶのは心苦しいですが、革新的な飛行機を作った一人として歴史に名を刻むでしょう。

 さて、宇宙航空研究開発機構(JAXA)航空本部においても革新的な技術を目指している偏執狂的な研究者がたくさんいます。実用化に向けて着実に成果を挙げている研究は楽しみですが、まだまだ先の技術、本当にできるのかと疑問に思うものも多々あります。ゲームチェンジとなる技術を産み出すには多様な研究開発の自由を認めないといけないのですが、公的研究機関として、且つ研究者の総数も限られているので、長期戦のリスキーな研究だけをしているわけにはいかず、メーカーと一緒になって行う実用的開発や試験という直近研究との両睨みでの活動にならざるを得ないところです。ちょうど今年の6月、JAXA宇宙科学研究所の川口淳一郎先生が日本学術会議の公開シンポジウムとして「航空宇宙、船舶海洋分野における研究開発と利用応用の橋渡しとバランス〜双方向の流れをめざして〜」を企画されましたが、長期と短期、萌芽と実用研究との間のバランスは公的研究開発機関の難しい課題です。

 最初に示した新聞記事に、「偏執狂」とともに「誇大妄想狂」の言葉もあります。厳しい技術競争の場で飛び抜けるには誇大妄想こそ大事ではないかと思います。

 私事になりますが、航空CFDのレイノルズ平均からの脱却、と称した研究を10年少し前に開始しました。スパコンの性能が10年で1000倍近くも向上しているので、CFDも単純かつ高密度な格子でもって物理モデルへの依存を減らす方向へと転換することを主張したものです。その研究の立ち上げの際には、いずれは100億格子点の流体計算をと誇大妄想していましたが、一昨年にそれ以上の格子数で見事な計算結果を元学生が出してくれました。私の誇大妄想に優秀な部下や学生達が付いてきてくれたことを嬉しく思う限りです。

 今、JAXA航空の業務として新たな誇大妄想の話が出てきています。ジェット旅客機は50年かけて燃費を4分の1にしました。それを更に半減する技術をつくる、というものです。エンジンの燃焼器やファン・タービン、機体空力や複合材主翼の新しい製法など、燃費半減という目標に対する技術ブレークダウンを議論しています。それでも目標に足りなければジェットエンジンと電動モーターのハイブリッド推進も必要か等、誇大妄想がますます膨らんでいて議論は楽しいものです。

 “技術革新のスピードが極めて速い現在は「誇大妄想狂だけが生き残れる」時代”、との言葉を改めて噛みしめている最近です。

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