2017年度環境工学部門長
 齋藤 潔(早稲田大学)

はじめに

 このたび2017 年度の環境工学部門の部門長を拝命いたしました早稲田大学基幹理工学部の齋藤です。どうぞよろしくお願い申し上げます。大学を卒業してから四半世紀にわたってヒートポンプ技術を中心としてそのダイナミクスの究明と最適設計・制御に関する研究を進めてきました。

 私が研究を開始した当時、ヒートポンプ技術は住環境の快適性を向上させる空調技術として急速に普及している状況でした。その後、地球温暖化問題の顕在化に伴い、わずかな電力で空気熱や未利用エネルギーの有効利用を可能とする画期的な省エネルギー、環境対応技術として、世界的に認知されるようになりました。

 化石燃料燃焼由来の二酸化炭素排出量が非常に少ない素晴らしい技術ですが、その一方で動作流体である冷媒として多用されるフロンの地球温暖化効果が大きな問題となっています。地球温暖化係数が低い冷媒の開発や選定も進み、間もなくこの問題も解決されることと思われますが、オゾン破壊係数、エネルギー効率、コスト、安全性など様々な要素が複雑に絡み合い、環境にとって何が最適かを見極めるのが難しい時代となりました。このような時代において、環境工学の役割がますます重要となっていることは、科学者であれば誰もが認識していることかと思います。では、環境工学に求められているのは何でしょうか?

「公害問題」から「環境問題」へ

 環境問題は「事件」から「公害」へ、「公害」から「環境」へと、限られた地域の問題から国を越え、地球規模の問題へと拡大してきました。我が国では、1890 年頃の足尾鉱毒事件、1910 年頃のイタイイタイ病などが「事件」として発生していました。それが、1956 年の水俣病あたりから地域、国レベルの「公害問題」となりました。レイチェルカーソンが「沈黙の春」を発表し、公害問題への警鐘を鳴らしたのは1962 年でした。

 1972 年にはローマクラブが「成長の限界」を発表し、1987 年にはオゾン層破壊物質に関するモントリオール議定書採択、1992 年にリオデジャネイロで開催された地球サミットでの気候変動枠組み条約採択で、環境問題は地球規模で解決すべき課題との認識されはじめました。2007 年に開催されたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)と「不都合な真実」のアル・ゴア米元副大統領のノーベル平和賞受賞を契機に、環境問題は人類共通の課題として認識されるにいたりました。

 我が国においても公害問題、環境問題に関する法律の整備が進められてきました。1949 年の東京都工場公害防止条例制定を嚆矢とし、1952 年の島根県と山陽パルプ・大和紡績との公害防止協定締結などを経て、1967 年には公害対策基本法を公布、1993 年には地球規模の環境問題の国際協力に適応するため環境基本法が制定され、今日にいたっています。

 環境に関する法体系としては、@有害物資規制、A廃棄物規制、Bエネルギー規制に大別されます。有害物質規制としては大気汚染防止法、水質汚濁防止法、PRTR 法(特定化学物質)など、廃棄物規制としては廃棄物処理法、家電リサイクル法、フロン類回収破壊法など、エネルギー規制には省エネルギー法、地球温暖化対策推進法、エネルギー政策基本法などがあります。

 2016 年5 月13 日の閣議決定において、我が国はCOP21 パリ協定や2015 年7 月に国連に提出した「日本の約束草案」を踏まえた「地球温暖化対策計画」を策定し、2030 年度には2013 年度比で26%削減するとの中期目標とともに、長期的目標として2050 年までに80%の温室効果ガスの排出削減を目指す非常に厳しい数値目標を設定しました。このように法体系の整備が着実に進み、今後の方向性も明確化されつつあります。

環境ジレンマ

 このようにルールの整備は進んでいる一方、環境問題に対し具体的に何をすれば良いか、との問いに答えるのは簡単ではありません。

 先ほどフロン問題に触れましたが、当初フロンは無害で究極の冷媒として開発されました。ところが、オゾン層を破壊することが判明し、忽ち環境破壊の主要因の一つとされるようになりました。この問題に対処すべくオゾン層破壊係数ゼロの代替フロンが開発されましたが、地球温暖化物質との指摘に新たなる冷媒の開発を余儀なくされました。

  オゾン層を破壊することなく、地球温暖化にも影響を与えない冷媒の探索は今も続いています。ある時点において最善の結果を得られたとしても、新しい知見により負の要素が判明する、ということは今後もありうると考えておく必要があるでしょう。

 人類の最大の関心事である経済活動と環境保全活動とはトレードオフの関係にあり、いきすぎた環境保全活動は企業活動のコストを押し上げ、逆に環境保全活動を萎縮させてしまうことすらあります。先進国においては国民の意識も高く、様々な環境対策も進み、政策誘導もあり環境保全活動がむしろ経済活動に有利に働くとみなされるようになりつつあります。

 一方、発展途上国においては環境保全活動が経済活動の足枷になるのを嫌い、先進国からの押し付けだとして軋轢を生じており、新たなる南北問題とも言うべき状況を生じています。

 先進国の間でも、すこしでも自国に有利に進めようとの主導権争いが生じており、環境問題は国家間の政治問題として一人歩きをはじめ、また、アクティビストと呼ばれる一部団体による科学的裏付けのない主張もあり、もはや純粋な科学的知見だけで解決できる問題ではなくなったと言っても過言ではありません。

 環境問題には利便性・快適性との対立もあります。
車、パソコン、空調機器などの普及によって我々の生活における利便性、快適性は大きく向上しました。しかし、当然のことですがこれらの機器の駆動にはエネルギーが必要で、普及とともにより多くの二酸化炭素を排出することになります。

 一方で、産業廃棄物の処分場を巡って行政と住民の間でしばしば係争が生じているように、利便性、快適性を享受しておきながら、マイナス面の負担は嫌がる、いわゆるNIMBY(Not in my back yard)現象もしばしば見受けられます。このように環境問題は人類の存続のためには避けられない問題でありながら、個人、地域、国家などあらゆるレベルで利害の衝突がみられ、極めて複雑な様相を呈しています。

環境工学として何をすべきなのか?

 このように環境問題が地球規模での課題となった今日、利害を乗り越え世界各国が一致団結して課題解決に取り組まなくてはなりません。幸いにして、モントリオール議定書(オゾン層保護)、パリ協定(地球温暖化防止)、バーゼル条約(有害廃棄物越境移動規制)などの地域・国家間の取組が着実に進展しています。

 このような取組を支えているのは科学的な裏付けに基づいた知見であり、多くの環境工学の研究者が貢献しています。これからも時代とともに環境問題の最重点課題は移り変わっていくでしょうが、問題の本質を解明し、対応策の科学的根拠を明らかにし、何をすべきかについての指針を明確にすれば、地球規模の取組に向けた合意が可能となります。

 そのためには、私利私欲のない中立的な立場から、真に何が環境に良いのかを見いだす取り組みが必要です。うわべだけの知識の寄せ集めではなく、機械工学をベースにアカデミックな立場で本質的な科学的事象に切り込むことが可能な日本機械学会の環境工学部門こそ、環境問題への対処の中心的な役割を果たすべき最も重要な組織です。環境問題への対処のために環境工学がなすべきことは明らかだと確信しています。

おわりに

 環境工学部門は、振動・騒音問題を担当する第一技術委員会、資源循環・廃棄物処理技術を担当する第二技術委員会、大気・水環境保全技術を担当する第三技術委員会、そして環境保全型エネルギー技術を担当する第四技術委員会に分かれて活動を行っています。

 多岐にわたる環境問題を環境工学という切り口でくくり活動していくのは、難しいことではありますが、環境問題解決のために環境工学部門では様々な活動を進めています。公平公正で本質を突いた情報を皆様に提供する機会として多くの行事も実施しております。是非とも部門の活動、各種行事に積極的にご参加いただければと思います。

 部門にとって最大の行事の一つが環境工学総合シンポジウムですが、本年は浜松での開催となります。会場は浜松駅に直結している浜松アクトシティーで、アクセスは抜群です。また浜松は、多くの産業が生まれた産業都市であるだけでなく、本年からスタートした大河ドラマの井伊直虎ゆかりの地でもあります。そこで、最先端の環境技術の紹介に加え、井伊直虎が眠る井伊家菩提寺、龍潭寺の見学会を企画しております。
是非ともご参加いただければと思います。

 本年度も環境工学部門をよろしくお願いいたします。

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