流れ 2004年12月号 目次

― 特集:ナノ・マイクロスケールの熱流動 ―

1. 低圧燃焼場で生成するナノ粒子
  芝原 正彦,香月 正司(大阪大学)

2. DNAナノデバイス創製における流動ダイナミクス
  川野 聡恭(東北大学)

3. マイクロスケール熱流動センシング及び選択的コントロール
  佐藤 洋平(慶應義塾大学)

4. マイクロTASのためのマイクロ混合器
  鈴木 宏明(東京大学)

5. 表面張力を利用した二相流機器設計
  鹿園 直毅(東京大学)

6. ニューズレター12月号編集後記
  徳増 崇 (東北大学),深潟 康二 (東京大学),平元 理峰(北海道工業大学)


 


表面張力を利用した二相流機器設計


東京大学大学院
工学系研究科
鹿園 直毅



1.はじめに

  液体と気体の相変化である蒸発や凝縮は,ほぼ等温での熱の授受が可能であるため,限られた温度差で最大のエネルギー効率を実現できるランキンサイクルや冷凍サイクルの中でも特に重要な現象である.抜山(1)による沸騰曲線研究をはじめ現在に至るまで,我が国の沸騰研究が世界の先端を走ってきたことは論を待たず,数々の実用的な成果を通じて原子力発電をはじめとして産業や社会システムの高度化に大きく貢献してきた.近年では,情報化社会の進展や,環境問題の顕在化によって,高密度実装された情報機器や燃料電池等の開発が活況を呈しており,小型で高性能な冷却器や蒸気発生器へのニーズが高まっている.従来に比べて格段に小型でコンパクトなマイクロ二相流機器の設計技術の高度化が求められており,本稿では,薄液膜蒸発を利用したマイクロ蒸発器を例に,表面張力を積極利用した二相流設計技術について私見を述べたい.


2.薄液膜蒸発

図1に示すようなキャピラリー内に保持されるメニスカスの先端部の三相界面近傍では,極めて強度な蒸発が生じることが知られている(2).薄液膜部では,液相圧力plと気相圧力pvの間に式(19)で示す圧力差が生じる.

(1)


図1 溝内に保持されるメニスカス

 ここで,Kは気液界面の曲率,σは表面張力,Aはdispersion constant,δは液膜厚さである.式(1)は,液膜が凹面,または薄くなると液相圧力が低下することを示しており,これが熱抵抗の小さい薄液膜部へ液体を供給する駆動力となる.境界層近似した薄液膜流れの式を変形すると,液膜厚さの4階の微分方程式が得られ,これを解くことで局所の液膜厚さと熱流束分布が得られる(3).図2は,R123で壁面過熱度を5 ℃とした場合の計算結果であり,横軸のフルスケールは約1.2µm,液膜厚さのフルスケールが800 nm,局所熱流束のピークが約15 MW/m2であり,非常に狭い範囲の薄液膜から強度の蒸発が生じていることがわかる.


図2 局所液膜厚さおよび熱流束

  薄液膜部では,通常の膜厚が大きい場合に支配的な液膜内熱伝導抵抗が減少し,相対的に界面での熱抵抗が問題となる.等温でのギブスエネルギー変化はdg = v dpであるから,非圧縮性の液相と圧縮性の気相とではギブスエネルギーの圧力依存性が異なり,平衡となる両相の圧力は異なる.液相が極めて薄くなり液相圧力が低下すると,この関係に従って平衡気相圧力も低下する.その結果,気相バルク圧力との差が小さくなり,蒸発が抑制され,蒸発量はある液膜厚さで極大を示すことになる.従って,この場合,式(2)に示す蒸発係数fが蒸発量の予測に大きく影響することが容易に想像される.

(2)

ここで,Plvは界面近傍の気相圧力,Pvはバルクでの気相圧力である.図3に示すように,局所液膜厚さと熱流束分布は大きく変化する.図4に,液膜と壁面とのなす角度が30°以下のマイクロ領域からの積算蒸発量を示す.マイクロ領域からの積算蒸発量は,その領域の蒸発強度の減少と長さの増加の両効果が相殺するため,幸いなことに局所熱伝達率ほどは変化しない.このことは,設計において第一に必要となるマクロな蒸発量は,ミクロな蒸発係数の影響に対して結果的にロバストであり,このようなアプローチが実用的な設計ツールとしても有効である可能性があることを意味する.今後,実験データによる検証を通じて,実用的な設計ツールとして確立されることが望まれる.


図3 蒸発係数の影響



図4 マイクロ領域からの積算蒸発量


 薄液膜蒸発は,キャピラリー内メニスカスに限らず,適用範囲は広い.例えば,核沸騰の気泡下面のドライアウト部との三相界面でも本質的に重要な役割を果たしていると考えられており,Sonら(4)は,単一気泡の成長と離脱を薄液膜蒸発が支配するマイクロ領域と,気泡の挙動を追うマクロ領域に分けて数値シミュレーションによって解析している.

3. おわりに

  実用的な意味で薄液膜蒸発を積極的に利用した代表的な例として,現在広く冷凍空調の分野で用いられている管内溝付管を第一に挙げることができる.開発者の伊藤ら(5)によれば,当初1 mm程度の深さの溝を持つ管の試作を試みたが0.2 mm程度の小さい引掻き傷のような溝しか加工できず,作ってしまったものは仕方ないということで測定だけはしてみたところ,予想外の極めて高い熱伝達率が得られ,初めは実験に間違いがあるのではないかと疑ったほどであったとのことである.25年以上の歴史を持つ管内溝付管ではあるが,ごく最近まで実験的な研究が中心であり,伝熱促進機構の理論的な研究が行われ薄液膜蒸発との関連が議論されるようになったのは,HCFC22代替冷媒の研究が盛んに行われた1990年代半ば以降のことである.理論的なアプローチが遅れた大きな理由の一つは,単相流研究の影響が大きかったと個人的に考えている.すなわち,溝付面は現象がより複雑なだけで,まずは基本的な平滑面で基礎研究を行うべきであるという認識が主流であったことが,逆に二相流の場合には理論的あるいは数値的アプローチを遠ざけていた面がある.実際には,平滑面での気液二相流は流動様式が極めて複雑であるので,残念ながらその理論的アプローチは容易ではない.一方,溝付き面は表面張力効果によって気液界面の自由度が大幅に制限されるため,取扱いが格段に容易になる.さらに,伝熱促進効果も高く,まさに一石二鳥である.気液二相流は,上述のように工業的に非常に重要な流れ場であるが,単相流のようなCFDによる設計アプローチが遅れている.溝付面は,気液二相流設計を従来よりもはるかに容易なものにしうるポテンシャルがあり,マイクロ蒸発器にとどまらず,表面張力効果を積極的に設計に利用した二相流応用機器が,今後様々な分野に広まることが期待される.


文 献

(1) 抜山, 日本機械学会誌, 37, (1934), 369.
(2) Wayner, P. C., Jr., Microscale Heat Transfer, Taylor & Francis, New York, (1997), 187-226.
(3) Hasebe, S., Shikazono, N. and Kasagi, N., Proc. 2nd Int. Conf. on Microchannels and Minichannels, (2004), 453-460.
(4) Son, G., Dhir, V. K. & Ramanujapu, N., J Heat Transfer, 121, (1999), 623-631.
(5) 伊藤,木村, 機論, 37-389, B(1979), 118-126.