流れ 2005年4月号 目次

― 現場で用いられる流体力学 〜どのように使われているか〜 ―

1. ものの健全性と流動数値解析
  萩原 剛(東芝 電力・社会システム社)

2. エアーシャワー装置用フリップフロップノズルに関する研究
  本多 武史,向井 寛(日立製作所)

3. 大規模シミュレーションによる原子炉熱設計の現状
  高瀬 和之(日本原子力研究所)

4. Fluid Mechanics in Manufacturing Industry-Development of Scroll Compressor
  アノワル ホセイン(Anwar Hossain)(アネスト岩田株式会社)

5. 編集後記
  岩本 幸治(愛媛大学),小出 瑞康(新潟産業大学),平元 理峰(北海道工業大学)


 


ものの健全性と流動数値解析


(株)東芝 電力・社会システム社
電力・社会システム技術開発センター
機器・システム開発部
萩原 剛・グループ長

 現場で用いられる流体力学というテーマで執筆を依頼され,若干のとまどいをおぼえつつ筆を執った.若い学生の方々などにもわかるように自分の現場でどのように流体力学が用いられているか,例を用いて示せという趣旨と聞いている.わたしの職場は,電力や社会インフラの研究・技術開発を担当する部署であり,グループとしては原子力関係の機器の健全性を評価する仕事を行っている.主業務はプラント機器の耐震・振動などに関する研究である.このあたりに冒頭に述べたようなとまどいをおぼえる理由があり,読者の方々にも少し奇妙に感じられる方がいらっしゃるかもしれない.私見ではあるが,企業で用いられる流体力学の用途には大きく分けて二通りあると思う.一つは,流れや熱の移動を評価することで製品にとって最適な性能を引き出そうとするものであり,これには例えば自動車のボディの流体抵抗を低減したり,電子機器内部の空冷流路をうまく設計することで空冷ファンの消費電力を下げようとすることなどが含まれると思う.一方で,このような製品の性能というよりは,製品が壊れないこと,すなわち製品の健全性(いいかえればものの健全性)について,流れが引き起こす様々な事柄を検討することに流体力学が必要とされることがある.わたしの場合には,主に後者の目的で流体力学を用いることが多い.そこで,自身の例を引いて,ものの健全性の評価にどのように流体力学を用いているのか?また,どのような点に苦労があり,どのような視点が要求されるのか,とくに流動数値解析の現場での用いられ方などについて,経験の浅いものなりに感じたことなどを述べようと思う.

 さて,はじめの例は製品そのものについて調べる場合である.図1は弊社の製品の一つである改良型沸騰水型原子炉の鳥瞰・断面図である.原子炉の中にはいろいろな構造物が設置されており,またポンプによって大量の水が炉心に供給されている.図の下のほうには柱状の構造物が多数あるのがおわかりいただけると思う.このような場合,当然,流れにさらされて構造物が振動することが懸念され,また,そのような振動によって不具合が生じないかを設計の時点で検討を行わなければならない.おそらく最も古くから行われている方法は,図2に示したようなスケールを縮小したモデルによって流れをみるというものである.モデル試験は,流れのイメージを掴む上で有用であり,なにが起きそうかを洗い出す上では,いわゆるヌケが生じにくいという利点がある.流れによる振動には,直交する流れによって引き起こされる振動や,流れの乱れによって引き起こされる振動など様々な現象が考えられる.しかし,頭の中でイメージしたこと以外の現象が起こる可能性も否定できない.特に性能の最適化ではなく製品の健全性を調べる場合には,このようなヌケが生じないことは大変重要である.そのため,モデル試験で流れや振動の状況を把握することには大きな意味がある.モデルにおける流れの定性的な把握には気泡や粒子を混入することによる流れの可視化が行われることが多いが,残念ながら複雑な構造をもつ流路では必ずしもすべての部分での流れをみることができるわけではない.図2に示した装置ではかなり冒険をし,ほとんどの構造部材をアクリルで製作し,少なくとも定性的な流れの概況程度はみえるように工夫をしている.図3は図1で下方にみえる柱状構造物の群の間隙の流れについて,図2のモデル装置の底部のアクリルを通してみた様子である.流れの概況をみるためには気泡を混入している.しかし,このような工夫をしてもモデル装置全体で定量的に流速や圧力分布をはかることはかなりの困難がある.また,もしも測定できたとしても実規模でのRe数の違いの影響を考えると,モデル試験ですべてを知ることはむずかしい.そこで流動数値解析の登場となる.どのような数値モデルをつかって解析を行うかは,モデル試験で洗い出した要因によって変わってくるため,時には新たに解析コードを作らなければならない場合もある.しかし,もちろん図4にあげたように汎用の解析コードでも間に合う場合もある.以上を考えてみるとわたしの場合には,流動数値解析のよいところは,複雑な構造の流路でも解析できるということよりも,複雑でとてもセンサが入らないような場所をみることができることにある.

 第2に,製品に起こる現象そのものではなく,そこで起こる現象の基本メカニズムを流体力学から検討する例をあげる.図5は異なる大きさの径をもつ円柱構造物で,どのような振動が生じるかを検討した時の解析結果である.こちらは第1の例と違って,知りたい現象がある程度わかっていて,より詳しく知りたいという場合が多い.つまり,第1の例では流れをながめることに重点がおかれていたのに対して,こちらはより詳細に流れをみつめるということだと考えていただきたい.このようなときに,従来は基礎試験によって詳細に測定を行うことが多かったが,最近は流動数値解析に代替される場合も増えてきたように感じられる.流動数値解析を用いる利点としては,センシングの容易さが挙げられる.試験ではLDVなど少数の非接触測定手法を除けば,センサをいれることの影響から免れえることは少ない.また,試験ではセンサの数はさまざまな条件によって制約を受けることが多い.これに対して流動数値解析では理想的にはセンサのサイズは極小であるし,センサの数はメッシュの数だけあるといってよい.流れによる振動を調べる場合,圧力を知る必要に迫られることが多いが,圧力などはセンサのサイズや設置などに非常に制約をうけるものの一つである.さらに,もう一つ,流動数値解析の利点をあげるならば,同時性である.図6にわたしの同僚である清水武司氏が流れによる円柱の振動をシミュレーションした結果をあげた.このような動きをみる場合には,構造物の動きと流れの動きが互いにどのような関係にあるのか,圧力や流速が構造物の変位,速度や加速度などとどのような関係にあるのかを調べることが重要である.これらは時間的に同時刻に測定することが望ましく,その意味では流動数値解析では非常に多くの物理量を同時に取得できるという点で大変魅力的である.このようにわたしの場合には,メカニズムを知りたい場合にもセンシングの容易さということが流動数値解析を選択する一つの動機になっている.

 以上に,わたしの仕事の中で流動数値解析がどのように使われているかを述べさせてもらった.少しとりとめのない文章になった感も否めないが,わたしの言いたいことは次のようなことである.よく流動数値解析は試験に比較して速くて安いということをいわれる.しかし,わたしの実感としてはむしろ流動数値解析は高性能のセンサのようなものである.しかも,このセンサは理想的な単純体系だけなく,複雑な構造をもつ製品の,みることも難しいようなところについても語ってくれる.このような利点が現場で必要とされる流体力学として重宝されるようになってきたのではないだろうか?

図1.改良型沸騰水型原子炉
図2.1/5スケール炉内流動試験装置


図3.気泡で流れの様子をながめる
図4.流動数値解析で流れをながめる


図5.流れをみつめる
図6.動きを調べる