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Molecular Bio-science から Molecular Diagnosis の未来

オリンパス株式会社
ライフサイエンスカンパニー
ライフサイエンス事業統括室長
植田康弘
1.はじめに

 近年、遺伝子・タンパク質解析の研究成果を基に、将来のテーラーメード医療を目指す研究開発が活発化している。このあらたな医療の時代を、当社の取り組みを紹介しながら俯瞰してみたい。

2.医療技術の方向性

 1970年代から20世紀の終わりにかけては、エレクトロニクス・コンピュータの技術進歩と普及に伴い、医療技術が急速に進歩をした「ME(Medical Electronics)の時代」といっても過言ではない。代表的なものとしては、X線CT、MRI、内視鏡などがあげられる。この間に、内視鏡下手術に代表されるように低侵襲治療も大きく進んできている。

  では、21世紀はどのような方向に向かうであろうか。

  大きな特徴として、分子生物学の進展により生命科学研究が進み、疾病の発生機序レベルでの解明と治療が進むと考えられる。

  図1は医療技術の方向性を示したものである。

  診断においては、内視鏡による組織生検による病理診断に加えて、細胞・タンパク・遺伝子レベルでの診断が行われ、より一層の早期発見が進むであろう。一方、治療においては開腹手術等による臓器を切り取る医療から、内視鏡等による低侵襲治療が一層進む。また、治療指針を決める上で、遺伝子情報が大きく寄与するであろう。

  臓器から組織へ、組織から細胞・タンパク・遺伝子へと診断治療の対象がミクロ化しながら、病気を治す医療から、患者を治すテーラーメード医療へと大きく変わる可能性をもっている。工学の視点では、これらの大きな動向に対応した新たな研究開発が求められてくる。

3.オリンパスにおけるMolecular Bio-science研究

 オリンパスは、2003年4月より社内カンパニーとして「ライフサイエンスカンパニー」を発足し、ゲノム医療事業を中核として生物顕微鏡・臨床検査システム関連の事業を進化させようとしている。この一端を先の医療技術の方向性と絡めてご紹介したい。

図2に示す分子間相互作用解析システムは、1分子蛍光分析法を採用した新しいタンパク質機能解析装置である。 生体内に近い環境下で分子の多項目データを同時計測でき、タンパク質・DNA等の相互作用解析を高感度、低ノイズ、高効率、低ランニングコストで実現する。1分子蛍光分析法とは、ドイツのEvotec Technologies社と共同開発した方法であり、共焦点レーザ光学系によって1フェムトリットル(1000兆分の1リットル)という超微小領域中で生体構成分子の挙動を捉え、蛍光ラベルされたプライマーの増幅産物を1分子レベルで計測することができる。384穴専用プレートの採用により、多数サンプルを連続的に測定することができ、SNPタイピングへの適用を目指している。

図3に示す第2世代DNAマイクロアレイシステムは、オランダPamGene社のPamchipと呼ばれる独自の3次元構造の基板(フロースルー型多孔質フィルター)を採用したマイクロアレイシステムであり、2次元基板を用いた従来のアレイに比べ、スピード、感度、再現性を飛躍的に向上させることができる。例えば遺伝子発現解析の場合、サンプル添加からアレイ画像取得までを2時間以内で、突然変異/多型解析では30分以内での解析を可能としている。

 図4は、遺伝子解析用のDNAコンピュータである。DNA同士の化学反応を演算に利用しており、遺伝子発現頻度計測のサンプル注入から定量反応までの全工程の自動高速処理を実現している。将来的には、DNAコンピューティング技術のもつ大容量、超並列性等の特長を生かし、SNP解析や疾患遺伝子の検出などへ汎用性を追及することで、遺伝子診断やゲノム創薬などへの貢献を目指している。

 生命科学の研究は、上記の遺伝子・タンパク質に加えて、生きた細胞へと研究の対象が進みつつある。これらの研究では生きた細胞内での遺伝子やタンパク質の機能を解析するために、遺伝子工学的手法で細胞に忍び込ませた蛍光を読み取りそれを画像化して解析するという、いわゆる蛍光イメージングが多く用いられるようになっている。この方法により病気のメカニズムを細胞レベルで解析する研究が盛んに行われつつある。

 図5は、こうした研究動向に対応して新たに開発した共焦点レーザー走査型顕微鏡「FLUOVIEW FV1000」である。世界初のツインスキャンシステムの搭載に加え、細胞内の複数箇所の同時観察や、分解能、明るさのアップなど様々なニーズに応えるために開発されている。これからますます拡大するバイオの市場に向けて、この「FLUOVIEW FV1000」投入を皮切りに、当社のゲノム事業とのシナジーにより、細胞機能解明の研究ニーズに応えていきたいと考えている。

4.Molecular Bio-science から Molecular Diagnosisへ

 分子生物学、基礎医学の研究は、遺伝子・タンパク解析研究から、さらに生細胞へと対象を広げつつある。この基礎研究の成果は、必ずや臨床医学に結実するであろう。

 抗がん剤に代表される薬剤の個々人の特性に合った処方により、副作用を抑え効果的な投与が実現する。感染症診断、先天性の遺伝子疾患の診断、がんに対する超早期診断や治療指針の判断材料、生活習慣病に対する診断からの予防医療への指針などが提供されていく可能性がある。これらは、テーラーメード医療の実現につながるものであるが、単に新たな診断方法が加わるのみでなく、医療構造そのものを変える大きな影響を与える可能性がある。

 オリンパスは、生物学・基礎医学分野で欠くことができない顕微鏡事業をもち、これに新たに遺伝子・タンパク解析関連の機器・サービスを加えつつある。また、これらの研究成果は臨床の遺伝子診断へとつながるが、ここでは、生化学・輸血検査の自動分析システムを中核とする臨床検査システム事業をもつ。さらに、臨床診断治療の重要な一角をなす内視鏡事業をもつ。つまり、研究から検査、検査から診断、診断から治療へと、バイオサイエンスを軸に点が線、面へとつながる可能性をもつ。

 こうしたライフサイエンス研究の流れを作り、新たな医療の時代に貢献をしていきたいと考えている。

5.技術の融合と医工連携

 バイオサイエンス関連の研究開発は、今後も益々加速されていくであろう。従来の技術領域・産業と比較して、この領域での研究開発の特徴的なポイントを述べておきたい。

 ポイントのひとつは、いかに複数の技術領域を融合して展開できるかである。

 基礎研究段階においては、従来からのメカニクス・エレクトロニクス・オプティクス、情報通信技術に加えて、分子生物学の領域が融合して初めて優れた研究が進む。DNAチップが、遺伝子工学とマイクロマシン技術の融合により登場したことは好例である。とりわけニーズとしての優れた分子生物学の誘導が重要と言えよう。

 ポイントのふたつめは医工連携である。

  臨床研究段階においては、臨床医学との連携が極めて重要となる。特に、ニーズとしての優れた医学研究が、これらを結実させるポイントとなる。内視鏡が早くから産学連携、医工連携により今日の医療に大きく普及するようになったことはその好例と言える。

 折りしも、国家産業技術戦略等にて、日本の医療機器産業は欧米を中心として圧倒的な輸入超過の課題を抱え、日本発の先進医療技術の開発が求められている。医療機器のみならず、バイオサイエンス領域における先端分析技術分野においても同様の傾向にある。今、日本に求められているのは、こうした技術の融合と医工連携にあり、とりわけ日本から発するバイオサイエンス研究、臨床研究が待望されるところでもある。

6.おわりに

 遺伝子レベルでの疾患の解明、医療技術の高度化、医療費の削減、医療の快適性など、医療分野は、今後一層の複雑化を伴いながらさまざまな変化をしていく。解析機器、医療機器開発もこうした変化に対応していく必要がある。一方、普遍的なこととして、「低侵襲化」のキーワードに代表されるように、患者さんへの苦痛を低減することができる医療技術を提供していくことがあげられる。低侵襲診断治療技術開発を通して「患者さんへやさしい医療」を提供していくこと、またライフサイエンス研究を通して次世代の医療へ貢献することを、我々の使命と認識し、常に夢を描きながら、この夢を一歩一歩実現していきたい。

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