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完全埋め込み型全人工心臓の開発 :国立循環器病センターにおける開発現状

国立循環器病センター研究所
人工臓器部
本間 章彦
1.はじめに

 人工心臓は悪くなった心臓の代わりに血液を全身へ送るポンプ機能を代替する人工臓器です。機能の面から補助人工心臓と全人工心臓に分けることができます。補助人工心臓は患者の弱った心臓と並列に取り付けられ、不足する自己の心拍出量を補う目的で使用されます。一時的な補助や心臓移植までのブリッジ使用(bridge use)として現在、全世界で数千人の患者さんに臨床使用されています。しかしながら体外に駆動装置を必要とし皮膚を貫通するドライブラインでつながれる生活を強いられるため、患者の生活の質(quality of life)の低下や、常に感染の危険にさらされているという問題があります。また慢性的なドナー心不足により、移植まで数年にわたって装着する場合もあり、最近では補助人工心臓を心臓移植のブリッジ使用ではなく、心臓移植に替わるものとして生涯使用できないか(Destination Therapy)という試みもなされています。

 一方で悪くなった心臓を取り除き機械の心臓と完全に置き換える全人工心臓の研究開発も行われています。この全置換型人工心臓は、血液ポンプだけでなくポンプを動かすアクチュエータやコントローラ、バッテリーなどの全てのパーツを体内へ埋め込み、電力や情報伝送は皮膚を介して電磁誘導や光などを用いて行い、皮膚を貫通するラインのない、患者の完全な社会復帰を目標としたシステムです。米国においては1ヶ月以内に70%以上の確率で死亡する可能性のある重症心不全症例や心臓移植の適応から外れた症例を対象として、完全埋め込み型全人工心臓の臨床試験が2001年6月より始まりました。当施設においても純国産の平均的体格を有する邦人にも埋め込みが可能な小型の人工心臓という社会的要求に対し、1987年より電気油圧駆動式完全体内埋め込み型全人工心臓(EHTAH:Electrohydraulic Totally implantable Artificial Heart)システム(図1)の開発を始め、2003年より全システムを体内へ埋め込んだ慢性動物実験による評価を開始しました。

2.電気油圧駆動式完全体内埋め込み型全人工心臓(EHTAH)システム

 人工心臓にはその駆動方式により様々な種類が存在しますが、当施設において開発中のEHTAHシステムは、ダイアフラム型の血液ポンプを油圧により駆動する方式をとっています。本システム全体の構成は、体内に設置される血液ポンプ、油圧アクチュエータ、体内回路、経皮的エネルギ伝送(TET)システム、経皮的情報伝送(TOT)システム、および体外に設置される体外回路、体外電池、通信用コンピュータからなり(図2)、全体の重量は約2.5 kg、容積は約870 mLとなっています。体内へ埋め込むことが前提であるこれらのシステムは埋め込みに適した形状設計、小型化と軽量化、および発熱をいかに抑えるかが非常に重要となってきます。血液ポンプ駆動ユニットは心臓を取り除いた空間に設置され、ダイアフラム型血液ポンプ、摩擦ポンプとブラシレスDCモータからなる油圧アクチュエータから構成されています(図3)。左右の血液ポンプは心臓の心室の役割を果たし、ポンプの入口は左右心房に、出口は大動脈と肺動脈にそれぞれ接続されます。血液ポンプの入出口には機械弁が設置され、ポンプの駆動に伴って開閉することにより血液を逆流することなく送り出すことができます。血液ポンプは真空注型ポリウレタン樹脂により作られ、熱可塑性ポリウレタンエラストマ製のダイアフラムにより血液室と油室に分けられています。摩擦ポンプ内のインペラが正逆転することにより作り出された油圧により左右の血液ポンプのダイアフラムを交互に駆動し、血液を送り出す仕組みとなっています(図4)。限られた生体内のスペースを有効に利用するために、一つのアクチュエータで2つのポンプを駆動できる機構になっています。油圧媒体には生体に害の少ないシリコーンオイルを使用し、モータ部にはブラシレスDCモータを使用しています。血液ポンプの左右の合計容積は390 mLであり、駆動時の一回拍出量は75〜80 mLとなっています。本血液ポンプ駆動ユニットの大きな特徴として、左右血液ポンプが可動するようになっており手術中の操作性を向上させています。また発熱源であるモータ駆動用のFETを摩擦ポンプ側面に設置することにより、ポンプ内のシリコーンオイルを通じてダイアフラムから血液中へと熱を逃がす機構になっています(図5)。アクチュエータの外壁の材質にはチタンを用いています。

 体内回路は体内へ埋め込まれた全ての装置を制御するためのCPU回路、モータの駆動を行うドライバ回路、電力伝送や体内電池の充放電を制御するTET回路、通信を行うためのTOT回路の4つの部分により構成されています。体内回路は皮下へ埋め込みを考慮して平らで角を落とした外形状となっており、材質にはチタンを用いています。

 システムを駆動するための電力はTETシステムを用いて電磁誘導により皮膚を介して体外コイルから体内コイルを通じて供給されます。体内コイルは環状コイルの半分が体表から突き出るように皮下に埋め込まれ、その表面は皮膚で完全に覆われています。また外部コイルを巻いた半円形のフェライトコアは体表から突き出た内部コイルの開口部を通してもう片方の半円形のフェライトコアと結合し、環状のコアを作り装着されます。皮膚を貫通するケーブルがなく皮膚は完全に閉じられているので感染防止が期待できます。動物実験等において、エネルギの伝送効率は20 W伝送時に86.2%、最大エネルギ伝送能力は60 Wを確認しています。

 体内電池は緊急時のバックアップ用として、またシャワーなどの簡単な入浴ができるようにTETシステムを取り外したときに使用されます。電池にはリチウムイオン2次電池を用い、ベンチ試験において充放電回数600回以上、動物実験において電力供給時間は73.5分、充放電時表面温度は上昇1.2 ℃以下を確認しています。体内電池も体内回路と同様に皮下への埋め込みを考慮して、ケースの材質にはチタンを用い角を落とした平らな形状となっています。

 人工心臓を体外から制御するために、TOTシステムは皮膚を介して赤外光により情報伝送を行います。人工心臓の拍動数や左収縮比率、左右モータ回転数、設定回転数に達するまでの左右立ち上がり、立下り時間などの制御パラメータの送受信を行います。体外カップラは駆動条件を変えるときだけ、皮膚を介して皮下に埋め込まれた体内カップラと対面設置されます。位置決めはカップラに埋め込まれた磁石により容易に行えるようになっています。カップラは送信素子である赤外光レーザーダイオードと、受信素子であるフォトトランジスタからなり、伝送速度は9600 bps、送受信素子間の最大偏心許容距離は11 mmとなっています。

3.血液ポンプ駆動ユニットのin vitro性能評価

 生体循環を模擬したオーバーフロー形モック試験装置を用いて評価した血液ポンプ駆動ユニットの拍出流量特性と効率特性を図6に示します。試験条件として、左右血液ポンプの前負荷を10 mm Hg、右ポンプ、左ポンプの後負荷をそれぞれ20 mm Hg、100 mm Hg、左収縮比率を50%とし、血液ポンプの駆動状態が完全充満・完全駆出となるよう左右回転数を調整しました。ここで人工心臓のシステム効率は消費電力に対する左右血液ポンプのそれぞれの揚程と拍出量の積から得られるシステムの仕事の割合として求めています。揚程は後負荷と前負荷の差とし、拍出量はオバーフローモック装置における実測値を用いています。左血液ポンプの拍出量は拍動数150 bpmまでほぼ線形に増加し、最大流量は拍動数150 bpm時に12 L/minであり、最大効率は拍動数50bpm時に15.4%となっています。耐久試験においても最長で4年以上の駆動実績を持っています。

4.EHTAHシステムのin vivo性能評価

 EHTAHシステムを18頭の仔牛(体重:63〜87 kg)に埋め込み、生体内における機能、温度上昇、解剖学的適合性などについて慢性動物実験により評価を行いました。血液ポンプ駆動ユニットは胸腔内に、そのほかのユニットは右胸壁皮下へ埋め込みを行いました。また、左右心拍出量差を代償するために、心房カフ中隔壁に直径5 mmの小孔を作成し、心房間シャントを設けてあります。18例中5例において約1ヶ月以上(70日、31日、30日、27日、26日)の生存を得ました。主な実験中止理由は呼吸不全や感染症であり、デバイスが原因となる実験中止は3例でした。

 70日間の最長生存例において、実験継続期間中は良好な循環状態を維持することが可能でした。油圧アクチュエータ、体内回路、体内電池の表面温度は、それぞれ40±1 ℃、39±1 ℃、37±1 ℃で維持することが可能でした(図7)。TETシステムやTOTシステムについて、評価を開始した初期の2例において体内コイルの断線や通信不調が確認されましたが、体内コイルの補強および螺旋状電線の使用、ケーブルの電磁シールドによるノイズ対策により、それ以降は大きな問題は認められず安定した電力伝送と通信が可能でした。体内電池についても実験プロトコールに従った毎日約40分程度のシステムの駆動が可能でした。体内電池により約60分間のシステム駆動を行った例ではTETによる駆動に切り替えた後、約3時間程度で電池の満充電が可能でした。電池充電時を除く期間、システムの駆動に必要なTETの入力電力は約23Wであり、DC-DC伝送効率は約80%に達しています(図8)。

5.まとめ

 生体内へ埋め込む人工心臓には通常の機械とは異なる厳しい条件が求められています。患者の限られた体内のスペースへ埋め込むために小型軽量あることはもちろん、周辺組織を圧迫することなく心房や血管へスムーズに接続できる解剖学的適合性を備えた形状である必要があります。感染を防止するために皮膚を貫通するケーブルのないシステムが求められ、システムの構成要素は全て埋め込む必要があります。また生体適合性に優れた材質が求められ、デバイスの温度上昇も抑えなければなりません。一度埋め込んだデバイスは簡単に修理や交換ができないため、メンテナンスフリーで数年以上動き続けることのできる性能と、特別な防水や断線対策も求められています。これらの条件を満たした上で求められる性能を実現する必要があります。当施設では以上のような観点から、慢性動物実験によるEHTAHシステムの生体内評価、耐久性評価を行っており、システムの改良を続け、数年後の臨床応用を目指しています。

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