前部門長の挨拶


前部門長 高橋 宏
(湘南工科大学)

 部門長の大役を終えて,内心ホッとしている.大過なく無事終えたという安堵とともに,やり残したことに対する心残りもある.私は,23年ほど企業のエンジニアとして勤め,その後大学に転職したため,産業界と学界の狭間にある学術学会の役割についてかねてから思いがあった.企業のエンジニアとして学会のあり方を考える時,時代の流れを強く意識せざるを得ない.わたくしが新入社員として企業に入った四半世紀前は,「1年に1回は論文投稿.また,必ず大会で発表し,いろいろな意見を聞いてきなさい.また,そうした学会活動を通して社外のネットワークを作りなさい.」と,先輩から口やかましく言われたものである.学会で競合他社の魅力的な発表を食い入るように眺めたこともあるし,その発表者と懇親会で意気投合したこともある.また,大学の先生にいろいろ意見をお聞きし,それが縁になり新しい商品の研究が始まったこともあった.こういう雰囲気が昔の学会には,あったような気がする.

 今はちょっと違う.もちろんすべての学会が違うのかは,わからないが,わたくしの専門とする分野の中で,上記のような昔の面影はあまりない.大会などでの企業からの発表は激減し,企業内でも「わざわざ,学会で発表するのはわずらわしい.」との声があるとも聞いている.確かに,学会主催の大会で発表するのには,準備に時間がかなりとられる.会社に勤めるエンジニアも時間と心の余裕がないと,学会発表は容易ではないかもしれない.今日の業務結果に追われている状況では,なかなか学会へ眼を向けることは難しいのも事実である.昨年のリーマンショックに端を発した経済危機から「学会に論文を発表する時間があったら会社の仕事をしろ」というのも経営者として,わからないこともない.しかし,逆にそういう時こそ,次の足がかりを作っていかなければならない.もちろん,こうした視座は,多くの経営者が意識していることであるが,「そうはいっても・・・」なのである.

 では,この厳しい状況の中で,企業,大学と学会の関係はどのようであればよいのだろうか?
  たとえば,「企業が学会を利用して大学の技術を移行し,その結果,差別化商品で成功し,成功体験が語り継がれながら更なる実を結び,それがまた新しい発想を生みだしてゆくというスパイラルを構築できること」がひとつの理想的関係であろう.しかし,企業が商品化するまでの長期的な支援や巨額な費用の発生がかかわる時,費用対効果の論理に翻弄され,きれいごとのスパイラルに成長しないことは容易に予想される.

 こうした背景を鑑みて,情報・知能・精密機器部門の役目を考える.部門のホームページの中で述べているように,機械工学で基本とされる材料力学、流体力学、熱力学、機械力学等を「縦糸」とすれば、本部門はいわば情報・知能・精密・医療等をキーワードとする「横糸」の位置づけといえ,より産業や社会に近い立場で創造的な活動を進めうる部門である.つまり,横糸として技術をまとめ,商品化してゆくパラダイムに近い位置にいるのがわれわれの部門である.部門内で活躍されている先生方は,大学の先生になられる前に,企業で活躍された方が多く,縦糸技術を横糸技術で束ねながら商品化に貢献された実体験をお持ちの先生方が多い.まさに,理想的なスパイラルのプロセスの成功体験者がおられるわけである.こうした個別の縦糸技術のみならず商品につなげてゆく横糸を織り成す,メタなアプローチの方法論こそが産業界と学界との接点のひとつと考える.この接点のマッチングをするのがわれわれの部門の大きな役割のひとつではないだろうか.

 私が企業にいた時,大学との共同研究はなかなか難しいといわれていた.大学の研究の視点と企業の技術開発の視点に時間的,量的,質的な齟齬があり,なかなかWIN-WINの関係が創り出せなかった.こうした齟齬を埋めるヒントが,われわれの部門にはあるような気がする.ぜひ,情報・知能・精密機器部門のイベントに参加いただき,縦糸の研究・技術だけでない横糸の織り成す妙を体験していただきたい.

Last Modified at 2009/11/5