日本機械学会サイト

目次に戻る

2025/1 Vol.128

表紙:経年変化してグラデーションに紙焼けをした古紙を材料にコラージュ作品を生み出す作家「余地|yoti」。
古い科学雑誌を素材にして、特集名に着想を受け、つくりおろしています。

デザイン SKG(株)
表紙絵 佐藤 洋美(余地|yoti)

バックナンバー

特集 ジョブ型雇用社会の人材育成

ジョブ型雇用社会に向けた職業能力開発の推進

新野 秀憲・村上 智広(職業能力開発総合大学校)

はじめに

昨今、「ジョブ型雇用社会」や「ジョブ型雇用制度」を取り上げた記事が、新聞紙面をにぎわしている。終身雇用や年功序列賃金を特徴とした旧来の日本型雇用制度に対して、ジョブ(職務)に人材を割り当てるジョブ型雇用制度(1)は、特段新しいわけではなく、欧米では極めて一般的な雇用制度である。かつて「Japan as Number One」(2)として持てはやされた日本企業の国際的な競争力や存在感の低下が喧伝される中、リスキリング(学び直し)やリカレント教育に代表されるスキルアップによる成長産業への労働移動の円滑化、グローバル規模による優秀な人材獲得の強化、労働生産性改善に向けた労働者のモチベーション向上といった新たな動きが見られる中で、日本型雇用制度からジョブ型雇用制度への移行は必然かもしれない。

本稿では日本の製造産業の動向を分析するとともに、ジョブ型雇用社会の拡大に伴って職業能力開発が最重要の社会課題になることを指摘する。また、ジョブ型雇用社会に求められる人材像、人材育成において重要な技能伝承について職業能力開発(3)の観点から考察し、効果的と考えられる方策を提示したい。

日本の製造産業を取り巻く環境と人材育成の重要性

近年、少子高齢化社会の到来による労働人口の減少、生産拠点の海外移転による国内産業の空洞化、エネルギーや原材料の高騰によるコスト競争力の低下といったさまざまな要因により、日本の製造産業のプレゼンスおよび国際競争力は著しく低下している(4)

現在の製造産業を取り巻く環境は、図1に示す政治的要因、経済的要因、社会的要因、ならびに技術的要因によって記述される。図に集約された要因群には、経済的要因、社会的要因、ならびに技術的要因に人材育成に関わる要因が数多く含まれている。今後、日本の製造産業のプレゼンス向上および国際競争力の強化には人材確保と人材育成が基本的に重要であることは明らかである。

図1 日本の製造産業を取り巻く環境

ジョブ型雇用社会に求められる人材像

職業能力は職務遂行に必要な労働者の能力であり、一般的には図2に示す技能、知識、ならびに態度の三要素から構成される(5)。なお、「技能」および「姿勢・態度」は暗黙知に代表される非認知能力であることから、単純な言語表現は困難であり、実践を伴った教育訓練を必要とする。

図2 職業能力の構成要素

ジョブ型雇用制度では、ジョブに必要とされるスキルが規定されることから、ジョブ型雇用社会では労働者は自らの意思でキャリアを選択し、所要のリスキリングを経て、職務の選択が可能になる。その結果、労働者は主体的にキャリア形成の実現をめざして、自らの価値、職業能力を向上することが求められる。

ジョブ型雇用社会の拡大に伴って職務内容や職務専門性への意識が高まり、求められる人材には、基本的な職業能力を備えるだけではなく、図3に示すように新たに自律性、自己管理能力、キャリアプランニング能力等の具備が求められる。

図3 ジョブ型雇用社会に求められる人材像

職業能力開発施設における公共職業訓練

産業界のニーズや産業構造の変化に対応可能な人材育成を推進するため、国(高齢・障害・求職者雇用支援機構を含む)や都道府県等の実施する公共職業訓練は、習得させる技能・知識の訓練内容と訓練期間に基づいて、表1に概要を示すように普通職業訓練・高度職業訓練の訓練体系に区分され、さらにそれらの訓練を長期と短期の訓練課程に区分される。なお、職業能力開発施設では、離職者訓練、在職者訓練、求職者支援訓練、生産性向上支援訓練、高度技能者養成訓練といった広範な職業訓練業務に加えて、施設・設備の貸出しや職業訓練指導員の派遣も行われ、産業界で必要とする人材育成を支援している。

表1 公共職業訓練の概要

雇用のセーフティネットとしての職業訓練は国の責任により実施され、国・都道府県・民間の三者で役割分担され、国の産業基盤である製造技術分野を中心とした職業訓練は職業能力開発大学校および職業能力開発促進センター、地域の実情に応じた職業訓練は都道府県の職業能力開発校、その他の多様な職業訓練は民間教育機関等が担当している。

上述以外にも産業構造の変化や地域ニーズに基づいてさまざまな職業訓練プログラムが用意されている。製造産業界では、リスキリングやリカレント教育などのスキルアップの要求が高まり、公共職業訓練施設の存在価値がさらに一層高まっている。

技能伝承の体系化と今後の展望

年功序列制度や終身雇用制度の下では、雇用の流動性は確保されず、技能、経験的知識、勘、ノウハウは人に依存し、人に蓄積される。定年退職や転職で人が職務を離れるとそれらは散逸するのが一般的である。そのように暗黙知に依存し、形式知への変換が進まなければ、日本の製造産業はデジタルトランスフォーメーション(DX)やグリーントランスフォーメーション(GX)のような新たな変革から取り残されることが危惧される。

職業訓練指導員の養成を最重要ミッションとする職業能力開発総合大学校では、1961年4月の創立以来、科学・技術・技能を三本柱とする建学の理念に基づいて教育訓練を進めている。図4に科学、技術、技能の相互関係を模式的に示す。図において暗黙知の技能を科学的アプローチにより、定式化し、形式知の技術へと変換するとともに、技術の高度化、体系化を行っている。なお、技能実習と並行して工学教育の学習により、技能が効果的に浸透可能であることは、本大学校の教育訓練で確認されている(6)。このことは効果的に技能を身につけさせるためには、経験だけではなく、科学的根拠に基づいて論理的に理解させることが有用であることを示唆している。図5は、上述の科学的アプローチに基づく技能伝承の効率化による職業能力の進化サイクルを示す。

図4 科学・技術・技能の関係

図5 職業能力の進化サイクル

図6は、令和5年度に職業能力開発総合大学校内に整備された技能分析スタジオ(Skill Analyzing Studio, SAS)における技能分析実験の風景、表2はSAS内に構築された各種計測系のシステム構成を示す。現在、SASは技能の科学的分析およびデータベース化、科学的指導法の開発、指導員養成等に活用されている。また、2028年に愛知県で開催予定の技能五輪国際大会「WorldSkillls Competition 2028」の日本代表選手の強化にも活用されている。

図6 技能分析スタジオにおける技能分析

表2 技能分析スタジオの計測系の構成

なお、職業能力開発に関する最高学府である職業能力開発総合大学校は、科学・技術・技能を三本柱とする建学の理念に基づいて「職業能力開発に関する学理の究明と応用」に取り組み、新たな学術領域である「技能科学」(7)の創成と確立をめざしている。

おわりに

日本型雇用社会制度からジョブ型雇用制度への移行が進展する中、人材育成の重要性が一段と高まっていることから、ジョブ型雇用社会に求められる人材像を示すとともに、職業能力の教育訓練の在り方について職業能力開発の観点から検討を行った。その結果、ジョブ型雇用の拡大に伴い、公共職業訓練施設の存在価値がますます高まっていること、効果的な技能伝承には、技能実習だけではなく同時に科学教育を行い、科学的根拠に基づく論理の理解が必要であること、技能・技術・科学の三位一体による教育訓練が有効であることをそれぞれ指摘した。

全国に配置されている職業能力開発施設の職業訓練指導員は、国家の産業基盤の強化に多大な貢献をしている。職業能力開発に関する最高学府であり、職業訓練指導員の養成を最重要ミッションとする職業能力開発総合大学校は、雇用のセーフティネットである公共職業訓練の存在価値を世に提示し続ける必要がある。


参考文献

(1) 濱口桂一郎,新しい労働社会―雇用システムの再構築へ, 岩波新書, (2009).

(2) Ezra F. Vogel, Japan as Number One – Lessons for America, Harvard University Press, (1979.5).

(3) 新野秀憲,職業能力開発に関する学理の究明と応用, 職業能力開発技術誌・技能と技術, Vol.57, No.308, (2022), pp.1-4.

(4) Hidenori Shinno, Hayato Yoshioka, Sihar Marpaung, Quantitative SWOT Analysis on Global Competitiveness of Machine Tool Industry, Journal of Engineering Design, Vol.17, No.4, (2006), pp.347-356.

(5) 厚生労働省職業能力開発局編,新訂版・職業能力開発促進法, 労務行政, (2002).

(6) 村上智広, 我が校の人材育成理念とシステム-技能と工学を兼ね備えた指導人材の養成-, 工業教育, Vol.46, No.272, (2010), pp.40-43.

(7) 原圭吾編著,技能科学によるものづくり現場の技能・技術伝承, 日科技連出版社, (2019).


<名誉員>

新野 秀憲

◎職業能力開発総合大学校 校長、東京工業大学(現 東京科学大学)名誉教授
◎専門:工作機械工学

 

<正員>

村上 智広

◎職業能力開発総合大学校 教授・教務部長
◎専門:塑性加工学

キーワード: