特集 ジョブ型雇用社会の人材育成
ジョブ型雇用社会の到来に向けた日本機械学会の取組み
はじめに
我が国では、少子高齢化による人材不足という社会的背景の下、高度専門職人材の獲得のためにメンバーシップ型雇用(終身雇用)からジョブ型雇用への転換が急速に進みつつある。また、解雇規制の緩和が政府や経済団体で議論されており、欧米のようなジョブ型雇用かつ解雇が容易な労働形態への転換の可能性も高まっている。さらに、週休3日制の導入や副業を自由化した企業が増えており、人材の流動性が今後一気に高まっていくことも予想されている。このように、我が国は少ない高度専門職人材をシェアして労働生産性を改善するとともに、労働環境の変化を通じて社会全体を活性化する方向に向かっていることは間違いないであろう。
ジョブ型雇用社会が到来すると、技術者は自己の能力・スキルとキャリア(どこでどのような仕事をしたか)の証明が求められるようになると考えられる。能力・スキルの証明には資格の取得がもっとも有効であることは論を俟たないが、一方で、技術者は自己の能力・スキルを常に高めていくこと、すなわち継続教育(Continuing Professional Development、CPD)の重要性がこれまで以上に高まっていくものと考えられる。
日本機械学会では、以上の社会情勢や将来的な労働環境の変化を踏まえて、さまざまな技術者の支援策を継続的に検討・実施している。本稿では、技術者資格と継続教育に焦点を当てて本会の取組みを紹介することとする。技術者がより良いキャリアを形成し、自己のWell-beingを実現・達成していくための一助となれば幸いである。
技術者資格の認定と資格取得の支援
技術者の資格としては、国が認定する国家資格と、学協会などが認定する民間資格がある。国家資格には、資格を有する者でなければ携わることを禁じられている業務を独占的に行うことができる業務独占資格(弁理士、一級建築士など)、企業において特定の資格保持者を必ず置かなければならないと定められている必置資格(エネルギー管理士、管理建築士など)、資格の保有者以外がその名称を名乗ることを認めない名称独占資格(技術士、技能士など)、独占権の付与されない資格(情報処理技術者、労働安全コンサルタントなど)がある。また、海外の技術者資格としては、Professional Engineer(米国)、Chartered Engineer(英国)、APEC Engineer(環太平洋地域)などがあり、技術士とAPEC Engineerなどとの相互認証が行われている。
日本機械学会では、民間資格として計算力学技術者と機械状態監視診断技術者の認定・認証試験を実施するとともに、資格取得を支援するために、対策講習会を開催している。また、技術士の資格取得を促進するため、日本技術士会との連携を続けており、毎年、ワークショップを開催している。以下、これらの取組みについて紹介する。
計算力学技術者の認定
ソフトウェア技術の発展やPCの高性能化によって、製品開発・設計業務などにおいてコンピュータ・シミュレーション(いわゆるCAE:Computer Aided Engineering)が活用されるようになり、高性能な製品の設計開発に大いに役立っている。また、デジタルツインのような仮想空間を利用した設計開発技術も進歩しており、今後、CAEソフトウェアをいっそう活用するようになるものと予想されている。
本会では、2003年からCAEソフトウェアに関する専門知識と利用スキルを認定するための認定試験を実施している。現時点で認定しているのは固体力学、熱流体力学、振動の3分野であり、それぞれの分野が初級、2級、1級、上級の4レベルに分かれている。各レベルでは、CAEソフトウェアを利用した業務経験の年数に応じて、以下のような能力・スキルを認定する形となっている。
・ 初級:基本的な解析手順を理解し、CAEソフトを用いた基本的な技能講習を修了しており、2級以上の有資格者の指導の下に基本的な技術的問題の解析を適切に行える。
・ 2級:基本的な技術的問題に対して正しく問題を設定することができ、CAE解析の内容を理解しており、さらに解析結果の信頼性を自分自身で検証することができる。よって、CAEソフトウェアを用いて適切な解析機能を選択しながら、基本的な問題を大きく誤ることなく解ける。
・ 1級:解析問題の設定や解析を適切に行うことができるとともに、解析結果の信頼性を検証するプロセスを理解している。よって、CAEソフトウェアを用いて適切な解析機能を選択しながら、CAE解析を大きく誤ることなく行える。
・上級:CAE解析に関して理論および実務の両面において幅広く深い知識と解析経験を有し、さらにCAE解析プロジェクトを企画・マネジメントできるとともに、高い倫理観を持って顧客や社会に対してプレゼンテーションできる。
なお、上級資格(上級アナリスト)は、工学設計・解析・シミュレーションコミュニティのための国際団体であるNAFEMSのCAE技術者認定資格PSE(Professional Simulation Engineer)と相互認証されている国際資格となっている。
これまでの受験者数の推移を図1に示す。コロナ禍で試験が中止されたためいったん受験者数が落ち込んだが、2021年度からCBT(Computer Based Testing)試験を導入して受験者の利便性を向上させたことにより、2023年度にはコロナ禍前の水準に戻っており、3分野合計で1,600名を越えるCAE技術者が本資格を受験した。2023年度における分野別の受験者数と合格者数は、固体力学分野:受験者859名、合格者364名、熱流体力学分野:受験者516名、合格者308名、振動分野:受験者282名、合格者122名であった。ちなみに、2003年から2023年まで21年間の累計合格者数は12,480名に達しており、技術者個人の能力証明だけでなく、企業の信頼性の証明などにも活用されるようになっている。
図1 認定試験受験者数の推移(1)
図2に、2023年度に1・2級を受験した者の所属産業分野の内訳を示す。さまざまな製造業、CAEソフトウェア関連企業などから受験者が得られており、業界を問わず多くのCAE技術者が計算力学技術者資格の取得を目指していることが分かる。
CAEは、将来、デジタル・エンジニアリングの中核をなす技術であり、CAE技術者が自らの能力・スキルを証明するために本資格をいっそう利用していただけることを期待している。計算力学技術者資格に興味のある読者は、本会ホームページ(3)を参照していただきたい。
図2 計算力学技術者試験受験者の所属産業分野(2)
機械状態監視診断技術者の認証
機械状態監視診断技術者に関する認証制度の骨格がISO 18436-1として2003年に定められ、振動診断技術者の認証に関する規定がISO 18436-2、トライボロジー技術者の認証に関する規定がISO 18436-4として発行された。日本機械学会では、これらのISO基準に基づいて、携帯または常設センサおよび機器を用いた機械振動の測定・解析を行う技術者として機械状態監視診断技術者(振動)の資格を2004年から、トライボロジーの知識を活用して潤滑管理を適切に行い、機械のメンテナンスを行うことによって大きな経済効果をもたらす技術者として機械状態監視診断技術者(トライボロジー)の資格を2009年から認証している。なお、トライボロジー資格については、日本トライボロジー学会との共同認証となっている。
機械状態監視診断技術者(振動)では、カテゴリーⅠからⅣの4レベルの認証が行われている。各レベルの認証内容は以下の通りである。
・ カテゴリーⅠ:ISO 17359およびISO 13373-1に従い、1チャンネルの振動計で振動計測が正しくできる技術者。ただし、使用するセンサ、解析方法の選択は行わず、計測結果の評価も行わない。
・ カテゴリーⅡ:1チャンネルの振動計で振動の計測とその基礎的な振動解析を実施できる技術者。計測結果を適用規格、法規に基づいて評価し、簡単な対策処置を提案できる技術者。
・ カテゴリーⅢ:機械の状態監視と診断の実施計画を構築できる技術者。さまざまな振動解析技術を駆使して診断が実施でき、振動監視の計画を構築でき、対策処置を提案できる。また、遂行業務の目的、予算、費用の評価、人材育成についてマネジメントのための報告書を書くことができる技術者。
・ カテゴリーⅣ:先端的な振動解析技術を活用できる、是正処置の提案に加えて設計変更に対しても提案できる、振動に関して指導・教育ができる、ISO規格を評価できるなど、すべての機械の振動計測と解析に対して精通している技術者。
一方、機械状態監視診断技術者(トライボロジー)では、カテゴリーⅠからIIIの3レベルの認証が行われている。各認証レベルは以下の通りである。
・ カテゴリーⅠ:決められた手順やルートなどにしたがってサンプリングを実施できるレベルの技術者。
・ カテゴリーⅡ:潤滑油試験、サンプリング、摩耗粉分析などの試験結果の分類、解釈および評価などの方法を確立し実施ができる技術者。また、潤滑油や機器類あるいはその構成要素のトラブルシューティングに対して適切に分析技術の採用ができ、さらに状態監視技術の重要性を理解して基本的な潤滑油および機械状態に関する適切な報告書および改善の推奨ができる技術者。
・ カテゴリーⅢ:潤滑油管理や機械の状態監視診断について、適切な機器の選定や、方法・手順の選定・確立ができるばかりでなく、結果についての適切な分析・解釈そして評価ができる技術者。特に機械状態監視についてはFMECA(Failure Mode Effects and Criticality Analysis)分析などが駆使でき、故障に対する影響力評価ができ、さらにパフォーマンス向上のための適切な推奨を提言できるなど、高度な技術レベルを有する技術者。
本資格取得者は米国・中南米・中近東・東南アジア・カナダ・韓国など、世界各国において、振動診断技術者の技術レベルをアピールすることができ、国内のみならず海外の事業展開においても業務品質保証の資格として役立っている。
これまでの受験者数の推移を前掲の図1に、受験者の所属産業分野を図3に示す。2010年に受験者のピークを迎えたが、その後は定常状態に達し、現在、毎年400名程度の受験者が資格取得に挑戦している。2022年度までの合格者の累計は、振動分野が計5,559名、トライボロジー分野が計1,471名である。合格率は、振動分野では、カテゴリーI:86%、II:81%、III:59%、IV:30%、トライボロジー分野では、カテゴリーI:90%、II:85%、III:35%であった。上位の資格はかなり難関となっており、資格取得者の確かな能力を認証していると言える。受験者の所属する産業分野は、エンジニアリング・メインテナンスサービス、電力・ガス業界が多いが、重工、石油・化学プラント、潤滑油といったその他の関連業界からの受験者も多数得られている。
機械状態監視技術者に関して興味のある読者は、本会ホームページ(4)や日本機械学会誌の特集記事(5)を参照していただきたい。
図3 機械状態監視技術者試験受験者の所属産業分野(5)
日本技術士会との連携
技術士は名称独占国家資格であり、技術者が取得できる最高峰の資格である。技術士は機械、電気電子、化学、金属、建設、総合技術監理など21の部門に分かれており、専門に応じて部門指定の資格を取得する形となっている。
図4に技術士を取得するまでの流れを示す。まず、大学・高専などのJABEEコース修了者あるいは技術士第一次試験の合格者に修習技術者という資格が与えられる。その後、4~7年以上の実務経験を経て、技術士第二次試験に合格することにより晴れて技術士と認定される。例年の合格率は第一次試験が概ね40~50%、第二次試験が10~30%となっている(6)。
図4 技術士取得の流れ
図5は、累積登録者数10万名を越える技術士の専門分野の内訳である(7)。技術士資格を持っていることが業務遂行上必要な建設部門の登録者数が過半数となっているが、機械部門も6.6%を占めており、全体の第三位となっている。
また、日本技術士会は国際連携に積極的に取り組んでいる。2000年には、米国、カナダ、オーストラリア、韓国、香港など13カ国が参加しているAPECエンジニアの審査・登録を開始し、Civil、Environmental、Mechanical、Electricalなど11分野での審査・登録を実施している。また、2008年からAPECエンジニアと同等の要件で国際エンジニア登録を開始し、我が国の技術士登録者はIntPE(Jp)の称号を用いることができるようになっている。
日本機械学会では、日本技術士会との連携協定を結んでおり、技術士資格の周知・広報、会員の技術士取得の支援などの活動を続けている。過去には、技術士試験(筆記、面接)の対策講座を開催したり、年次大会で特別企画を実施したりしてきた。2022年からは、本会の人材活躍・支援委員会と日本技術士会の機械部会が共同で、技術者のキャリア形成、Well-being、技術者資格の活用などをテーマとしたワークショップを毎年開催しており、技術士の取得方法やその有効性の周知などを進めている。また、本会はJABEE設立時から機械および関連の工学分野のJABEEコース認定を担当しており、修習技術者を増やすことによる技術士の資格取得を支援している。多くの本会会員が技術士を目指すことにより、我が国の機械工学のレベルアップが図られることを期待したい。
図5 技術士の登録者数(7)
継続教育の支援
転職が普通のジョブ型社会になると、社内教育は衰退していくと予想される。費用を掛けて人材育成しても他社に高給で引き抜かれるばかりでは、社内教育の存在意義が失われるであろう。このため、技術者個人に自ら能力・スキルを向上する取組みが求められ、継続教育(CPD)やリスキリング(学び直し)がより重要になって行くと考えられる。また、費用の点から、継続教育は学協会が提供する講習会やセミナーが主体になるのではないだろうか。
日本機械学会では、以上のような認識の下、人材育成・活躍支援委員会が中心となって、講習会の充実、利便性の向上に取り組んでいる。2022年度には、本会が開催する講習会やセミナーをまとめた一覧リストをホームページに掲載する体制を整えた。この一覧リストは、四力学、設計技術、生産技術、e-learningから成る「対象レベル別、分野別 講習会リスト(基礎編)」、および計算力学、計測技術、設計技術、生産技術から成る「対象レベル別、分野別 講習会リスト(応用編)」という構成になっている。図6に、基礎編冒頭のスクリーンショットを示す(8)。会員はこの一覧リストを眺めるだけで受講を希望するテーマや関連情報に関する情報を得ることができ、講習会の受講計画を容易に立てられるだけでなく、直ちに申し込みができるようにすることを計画している。また、複数の講習会をまとめて技術者にとってより望ましい人材育成コースを提供するため、講習会のパッケージ化について検討している。例えば、前述の計算力学技術者(熱流体力学)であれば、数学、熱力学、流体力学、数値流体工学、技術者倫理などの講習会をパッケージにして、一括して受講できるようにするなどが検討されている。
人材育成・活躍支援委員会では、そのほかに多様な人材育成関連の取組みを進めている。本委員会のホームページ(9)を閲覧していただけると幸いである。
図6 講習会の一覧リスト画面
おわりに
本稿では、技術者資格と継続教育を中心に日本機械学会の取組みを紹介した。各種資格の取得がこれからの技術者にとって重要となることはほぼ明らかであろう。本稿が本会会員や読者のキャリアを考える際の参考になれば幸甚である。
ジョブ型社会になったとき、技術者はどのようにキャリア形成を図って行くべきであろうか?また、技術者の満足度は高まるのであろうか?正解は誰にも分らない。これからの技術者が自らのキャリアを積んでいく過程で日本機械学会を利活用していただければと切に思う次第である。
参考文献
(1) 日本機械学会, 日本機械学会の現状 (9)資格認定・認証事業, 日本機械学会誌. Vol.127, No.1266(2024).
(2) 計算力学技術者の資格認定, 日本機械学会,https://www.jsme.or.jp/cee/uploads/sites/3/2024/06/pamphlet2024.pdf
(3) 計算力学技術者認定委員会, 日本機械学会, https://www.jsme.or.jp/cee/news/2024/06/2395、
(4) 機械状態監視資格認証事業,日本機械学会,https://www.jsme.or.jp/jotaiweb/
(5) 日本機械学会, 特集 機械状態監視認証事業20周年, 日本機械学会誌, Vol.126, No.1260(2023).
(6) 日本技術士会, 試験・登録状況, 日本技術士会, https://www.engineer.or.jp/sub02/
(7) 日本技術士会, 日本技術士会概要パンフレット, 日本技術士会,https://www.engineer.or.jp/c_topics/000/attached/attach_260_1.pdf
(8) 日本機械学会, 対象レベル別、分野別 講習会リスト(基礎編),日本機械学会, https://www.jsme.or.jp/event_project/basic/
(9) 日本機械学会, 人材育成・活躍支援委員会, 日本機械学会, https://www.jsme.or.jp/human-resources-support/(注:すべてのURLの参照日は2024年10月31日)
<フェロー>
山本 誠
◎東京理科大学 工学部機械工学科 教授、2024年度会長
◎専門:数値熱流体工学、マルチフィジックスCFD
キーワード:特集 ジョブ型雇用社会の人材育成
表紙:経年変化してグラデーションに紙焼けをした古紙を材料にコラージュ作品を生み出す作家「余地|yoti」。
古い科学雑誌を素材にして、特集名に着想を受け、つくりおろしています。
デザイン SKG(株)
表紙絵 佐藤 洋美(余地|yoti)