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2025/4 Vol.128

表紙:経年変化してグラデーションに紙焼けをした古紙を材料にコラージュ作品を生み出す作家「余地|yoti」。
古い科学雑誌を素材にして、特集名に着想を受け、つくりおろしています。

デザイン SKG(株)
表紙絵 佐藤 洋美(余地|yoti)

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特集 マテリアル分野におけるデータ駆動研究の進展

データ駆動によるミクロ組織情報の活用

井上 純哉(東京大学)

はじめに

材料設計においては、所望の特性を有する構造や化学組成を見出し、それを実現するためのプロセス条件を明らかにすることが目的となる。そのため、プロセス、組織、特性の連関を明らかにする試みが広く行われてきた(1)。特に、結晶構造や組成が特性を支配する機能材料分野では、計算科学や実験により得られた大量の材料データ(組成、結晶構造、特性など)をデータベース化し、機械学習やデータマイニングなどの手法を用いて解析するマテリアルズ・インフォマティクスがその有効な手法として確立され、例えば全固体電池向けの固体電解質(2)や燃料電池用触媒(3)などの開発において目覚ましい成果を挙げている。

一方で、鉄鋼材料をはじめとする構造材料においては、結晶構造や組成だけでなく、マルチスケールなミクロ組織の形態が特性に大きな影響を及ぼす。さらに、これら組織形成には、さまざまな非平衡現象が複合的かつ競合的に関与するため、材料設計はより複雑なものとなる。そのため、構造材料分野においては、原子レベルからマクロな製品レベルまで、さまざまなスケールのシミュレーションや経験則を統合し、材料の特性や挙動を予測するIntegrated Computational Materials Engineering(ICME:統合計算材料工学)と呼ばれる枠組みが広く検討されている(4)。我が国においても内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)を通して(5)、Mintシステムとして実装され、鉄鋼、アルミニウム合金、ニッケル合金、チタン合金など、さまざまな材料系においてもその有効性が示されている。

しかしながら、ICMEのようなモデル駆動型のアプローチは、複雑なミクロ組織への適用において計算コストが著しく増大するという課題がある。また、与えられたミクロ組織から特性を予測するような因果律を順に辿ることが前提となっており、因果関係が必ずしも明確でない材料挙動への適用は困難である。そのため、ICMEに代わる新たな手法として、データ駆動型のアプローチも盛んに議論されている。中でも、Convolutional Neural Network(CNN)、Generative Adversarial Network(GAN)、Variational Auto-Encoder (VAE)、Diffusion Modelは煩雑な組織推定への応用が特に期待される深層学習モデルとなっている。しかし、極めて複雑なミクロ組織に関しては十分に議論されていないのが現状である。その大きな障壁の一つが、利用可能なデータ量の問題である。一般に深層学習の学習には、数万から数十万といった膨大なデータが不可欠となる。しかし、SEM像などミクロ組織のデータセットは、その取得に高度な専門知識や時間、コストを要するため、大規模なデータセットの構築は困難である。

本解説では、以上の認識のもと筆者らが開発してきた、ミクロ組織情報をもとにプロセス、組織、特性の連関をデータ駆動で抽出する枠組みの概要を紹介する。

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