日本機械学会が担う技術者教育
講習会「CFD の基礎とノウハウ」流れの本質の理解
講義の背景
日本機械学会流体工学部門では「CFDの基礎とノウハウ」という基礎的な講習会を長年にわたり実施している。ここでは、その講習会の最初の一コマ「流れの本質の理解」について、講義の背景や目的、また、講義の一端を紹介する。
学部や大学院で機械工学を学んだ人は流れ学や流体工学に関する講義を1回は受講していると思う。しかし、その理解は表面的なものに留まっており、せっかく勉強しても、テストで点を取ることはできても、研究開発や製品開発に使えるレベルには達していないことが多い。例えば、この講習会の受講生に、「流れの基礎方程式は何ですか?」と質問すると、「連続の式とナビエストークス方程式です」という回答が返ってくる。「では、それぞれの式は物理的に何を表していますか?」という質問をすると、「質量と運動量の保存を表しています」という回答が返ってくる場合もあるし、返ってこない場合もある。さらに、「では、ナビエストークス方程式の各項は何を表していますか?」という質問をすると、「左辺第1項は非定常項、第2項は非線形項、右辺第1項は圧力勾配項であり、第2項は粘性応力項です」という回答が返ってくる。間違いではない。続いて、「それぞれの項の物理的な意味は何ですか?」という質問をすると、このあたりからまともな答えが返ってこなくなる。さらに、「そもそも保存則とは何ですか?」と質問すると、正解が返ってきたことは今までに一度もない。
「保存則」という意味を理解していなくとも、設計手順を教えてもらえれば流体機械を設計することはできる。また、最近の市販のソフトウェアはとてもよくできているので、ナビエストークス方程式の各項の物理的意味を理解していなくても、自分が設計した流体機械の性能を予測したり、流れを可視化したりすることはできる。しかし、いくら最適設計技術やAIが進歩したとしても、流体に関連した製品の性能を抜本的に向上させようとすると、仕様そのものを検討する必要があり、そのためには流体現象の本質を理解しておくことが必須となる。
流れの性質の理解
流体工学に関する多くの教科書は数式の説明から始まる。ナビエストークス方程式を一般的な形で示すと、
\[
\frac{\partial \rho u_i}{\partial t} + \frac{\partial \rho u_i u_j}{\partial x_j}
= -\frac{\partial p}{\partial x_i}
– \frac{2}{3} \mu \frac{\partial}{\partial x_i} \left( \frac{\partial u_k}{\partial x_k} \right)
+ \mu \frac{\partial}{\partial x_j} \left( \frac{\partial u_i}{\partial x_j} + \frac{\partial u_j}{\partial x_i} \right)
+ \rho f_i
\]
と書ける。ρは流体の密度であり、xi はデカルト座標であり、云々という説明をしても、流れの性質を理解していない人が複雑に見える数式を理解することは容易ではない。i、j、kの3つの添え字が出てくるが、それだけでも頭がこんがらがって、式の意味を理解する気が起こらない。
連続の式やナビエストークス方程式は質量や運動量の保存を表しているが、これらは流体の運動を数学的に表現しているに過ぎない。流れの本質を理解するためには、数式を理解するよりも、流れの重要な性質を理解する方がはるかに簡単である。この講義は、数式はほとんど使わずに、流れの重要な性質である「粘性」と「対流」を説明し、そのバランス次第で発生することがある「乱流」について、その起源や特徴を説明している。連続の式やナビエストークス方程式を知らなくても、これらの重要な性質や特徴を理解すれば、明日からでも研究開発や製品開発に応用することができる。なお、この講義は流体工学や機械工学の基礎を理解していることを前提としていない。
講義内容の一端
講義内容の一端を紹介するので、興味があれば一読いただきたい。
保存則
多くの人は保存則を理解していない。この講義は保存則の理解から話を始める。物理学でいう保存とは、なくなったり、発生したりしないことであり、このような性質を満たす量が「保存量」であり、保存量に対するバランスが保存則である。質量、運動量、エネルギーが保存量である。ただ、これだけでは禅問答になってしまう。保存則を理解するためには、検査体積(Control Volume)の中の一般的な量のバランスを理解する必要がある(図1)。
図1 検査体積の中の一般的な量のバランス
検査面(Control Surface)は検査体積を取り囲む面であり、検査面から出入りする量や検査体積内で発生する量を考える。検査面から入る量(Inflow)もあれば出る量(Outflow)もある。また、検査面から別の形で入ってきて、考えている量に変換されることもあり、変換流入量(Transferred-in)とよばれる。例えば、力は運動量の変換流入量であり、検査体積内の運動量は単位時間あたり、検査体積に作用している力だけ増加する。生成量(Production)は検査体積の内部で生まれる量である。これらの量を足し合わせると、検査体積内の増加量(Increase in Storage)とバランスする(次式)。
増加量=流入量−流出量+変換流入量+生成量
本題に戻ると、保存量とはこの式が表すバランスにおいて、生成量がない量を意味する。
乱流の発生
乱流の数値計算では乱流粘性という言葉が現れるので、乱流の起源は粘性にあると勘違いしている人も多い。粘性は乱流の発生と消滅を支配するが、乱流の起源ではない。乱流の起源は流れの対流効果であり、簡単な数式によって、対流効果から乱流が発生することを理解することができる。また、一端発生した乱流において、粘性効果はほとんど意味を持たない。乱流は本質的には非粘性現象なのである。レイノルズ数が10,000の円柱の後流に乱流が発生する様子を図2に示す(1)。
図2 円柱後流に乱流が発生している様子(1)
乱流の功罪
「乱れる」という言葉は悪い印象を与えるので、乱流は層流よりも悪い流れ、という印象を持っている人が多い。しかし、乱流には層流よりも良い面もたくさんある。例えば、乱流の境界層は層流の境界層よりもはく離し難く(図3)、熱伝達率も高い。流体設計では乱流であることを積極的に利用すべきであるが、そのためにも流れの基礎を理解しておくことが必須となる。
図3 角を回る流れ(上:層流、下:乱流)(1)
以上、講習内容の一端を紹介した。興味を持たれた読者はぜひ、講習会を受講されたい。
2025年6月26日開催
参考文献
(1) Milton Denman Van Dyke, An Album of Fluid Motion (1982), The Parabolic Press.
<名誉員・フェロー>
加藤 千幸
◎日本大学 理工学部 研究特命教授
◎専門:流体工学、流体機械、空力音響、数値計算
キーワード:日本機械学会が担う技術者教育
表紙:経年変化してグラデーションに紙焼けをした古紙を材料にコラージュ作品を生み出す作家「余地|yoti」。
古い科学雑誌を素材にして、特集名に着想を受け、つくりおろしています。
デザイン SKG(株)
表紙絵 佐藤 洋美(余地|yoti)