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2025/6 Vol.128

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技術のみちのり

新時代を運ぶ世界初の液化水素運搬船 川崎重工業(株)

山田ふしぎ

2023年度学会賞(技術)
「世界初の液化水素運搬船の開発」
川崎重工業(株)

水素社会実現を目指して

化石燃料に代わる次世代エネルギーとして期待される水素。海外から大量の液化水素を輸送するため、川崎重工業(株)が世界で初めて開発したのが液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ(図1)」だ。

図1 液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」

川崎重工が水素に着目したのは2010年頃。オーストラリアの安価な褐炭(品質の低い石炭)から水素を製造し、それを液化して日本に輸送するプロジェクトを立ち上げた。輸送手段に液化水素を選んだのは、水素は液化すると体積が800分の1になり、大量に運ぶことができるからだ。そこで液化水素の長距離大量輸送技術を開発し、それを検証するための試験的な運搬船を建造することになった。プロジェクトマネージャーの村岸の元に技術者たちが集まり、(国研)新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成を受けて、2011年頃から開発に着手した。断熱システム設計担当の山城は当初、簡単に開発できるものと考えていた。というのも川崎重工は、種子島宇宙センターのロケット燃料用液化水素貯蔵タンクや内航(国内の貨物輸送用)LNG(液化天然ガス)運搬船を設計・建造してきた実績があるからだ。ところが2012年頃から本格的に開発がスタートし、検討会が開かれると、一筋縄ではいかないことがわかったのだ。

 

貨物タンクの開発

開発する船の全長は116m。内航LNG運搬船をベースに船を設計し、液化水素を貯蔵するために、容量1,250m3の蓄圧式貨物タンク1基を搭載する。

貨物タンクの開発で大きな課題が浮き彫りになった。一つ目は断熱性能だ。液化水素(-253℃)はLNG(-162℃)よりもはるかに低温で、侵入熱により気化しやすいため、LNG用タンクより約10倍も高い断熱性能が必要となる。

タンクの構造は、地上用液化水素貯蔵タンクと同様の真空断熱二重殻構造を採用した。魔法瓶のような内槽と外槽の二重構造になっており、内槽と外槽の間の空間を真空にして、対流による外部からの熱の侵入を防止する仕組みだ(図2)

図2 蓄圧式液化水素貨物タンク

貨物タンクの形は内航LNG運搬船のタンクと同じ、円筒型にした。圧力容器としては球型のほうが適しているが、このサイズの圧力容器であれば円筒型のほうが球型より多くの液化水素を積み込めるからだ。

またタンクの構造材には、水素脆化(水素が金属を脆くする性質)に対して耐性を持ち、極低温環境での使用に適したオーステナイト系ステンレス鋼を採用した。

内槽の支持構造

二つ目の課題は内槽を支える方法だ。構造と材料が専門の奥村は入社したばかりでいきなり、この難題に直面した。

航行中の船体は揺れるため、内槽を外槽に接触させずに安定して支える構造が必要なのだ。また、温度変化による内槽の伸縮も考慮しなければならない。液化水素を入れると、内槽は冷やされて収縮する。一方、外槽は断熱構造によって常温を維持するので変化しない。そのため、内槽と外槽の間で温度差による相対変位が生じるのだ。そこで内航LNG運搬船の円筒型タンクを参考にして、内槽の前後2カ所を支えるサドル構造を採用した。

さらに、サドルは熱の侵入ルートにもなるため、サドルの材料には熱伝導率が低く強度に優れた物質を使用しなければならない。樹脂分野の研究開発をしている浦口はさまざまな材料の熱伝導率と圧縮強度を比較して検討した結果、ガラス繊維強化プラスチック(GFRP)を選定した。

難題を乗り越えろ

どのような形のサドルにするか。これが最大の難題だった。みんなでアイデアを出し合って考えた結果、バランスの良さで円筒型に決定した。そして熱の侵入を低減するために、GFRP製サドルを円筒型にし内部を空洞にして、できる限り厚みを薄くした。それから内槽に金属製スリーブを溶接し、そこにGFRP製サドルをはめ込んだ(図3)

図3 タンクの支持構造

こうして内槽の前後2カ所に、GFRP製サドルを円弧状に1列に並べた構造ができ上がった(図2)。サドルは外槽には固定していない。外槽の上にサドル付き内槽が乗っているだけなので、内槽が温度変化で伸縮すると、サドルが外槽の上をスライドして内槽を支える仕組みになっている。このアイデアが成り立つかどうかを確かめるため数々の実験をした。真空中でサドルは滑るのか、滑った時にどんな応力がかかるのかなど、すべて確認し終わるのに5~6年もかかった。また、ふく射による侵入熱を軽減するために、人工衛星に使用している積層断熱材を内槽の外側全面に巻いた。

2020年3月に貨物タンクは完成した。浦口は「すいそ ふろんてぃあ」と名付けられた船にタンクが搭載されるのを見て、達成感を感じた。「自分はこういう物作りをしたいと思って、この会社に入社したのだ」と。

荷役実証試験そして航海試験へ

神戸空港島に建設した液化水素荷役実証ターミナル「Hy touch神戸」で2021年6月から4カ月間、24時間ぶっ通しで荷役実証試験を行った。基地のローディングアームシステムが船のタンクに接続され、液化水素の積み込みが始まった。タンクの断熱が不十分だと、液化水素を入れてもすぐに蒸発してしまう。タンクに液化水素が溜まり始めた時、村岸は感嘆した。

タンクの断熱性能を確認する試験では、タンク内に貯蔵された液化水素の数日間の侵入熱を計測した。山城にとっては、10年かけた断熱システム開発の答えがわかる瞬間だ。侵入熱量が設計での想定通りだと知った時、山城は水素社会の扉にかかった鍵が開く音を聞いた。

2021年12月、長距離海上輸送実証試験のため、「すいそ ふろんてぃあ」はオーストラリアに向けて出港した。支持構造設計担当の上田は貨物タンクの性能をモニタリングするために乗船した。船が揺れて荷重がかかった時の支持構造に発生する歪みをセンサで計測し、データを分析するのだ。計測結果は良好。荷重による発生応力は想定していた通りで、歪みも小さい。支持構造が優秀であることが証明できて、上田はほっとした。船はオーストラリアで液化水素を積み込み、2022年2月に神戸に帰港した。

商用化への道

こうして、大量の液化水素を安全かつ確実に海上輸送できることが実証された。技術者たちが自分のやるべき事を把握し、課題を一つずつ乗り越えていったことが成功に導いたのだ。今後は商用向け大型運搬船の開発へと進む。現在、開発中の液化水素運搬船のタンク容量は4万m3だ。すでにタンク容量が16万m3(4万m3/基×4基)という大型船の基本設計も完了している。

村岸たちを含む開発設計陣は、国土交通省や日本海事協会と協力して、国際海事機関IMOに働きかけ、液化水素の海上輸送におけるルール整備にも取り組んでいる。商用化実現へと歩み出した日本。日本の技術が水素社会の扉を開けた。

取材・文 山田ふしぎ

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