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2025/11 Vol.128

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学会賞受賞論文のポイント

数ミリ秒にひそむディーゼル噴霧燃焼のしくみー応答曲面モデルがつなぐ研究と設計ー

栗本 直規〔(株)デンソー〕

2024年度日本機械学会賞(論文)受賞

Identification of significant design factors for diesel spray combustion control through comprehensive experiments with various multi-hole nozzle internal geometries

渡辺 直樹, 栗本 直規, 芹澤 一史, 吉野 睦, Scott Skeen, Lyle M Pickett

International Journal of Engine Research 23(2):1468087420983755
DOI: 10.1177/1468087420983755

ミクロンの精密技術が生みだす、美しい炎の世界

最新ディーゼルの燃料噴射装置(インジェクタ)は油圧駆動式である。インジェクタのなかにある数ミリほどの小さな弁をピエゾなどで動かし、燃料の圧力を解放しながら、針弁を数百ミクロンほど上下動させる。部品のクリアランスは数ミクロンと髪の毛よりもずっと小さい。いくつもの精巧に作られた部品で組み上げられた機械は工芸品にも思える。ポンプで二千気圧にも加圧された燃料は0.1mmほどの孔から勢いよく飛び出し、燃料の霧をつくる。霧のなかでは、炭素の数が少ない軽い成分はすぐに蒸発し、重い成分は遠方で蒸発する。反応が始まると、燃料分子からは水素が引き抜かれ、酸素が付いて内部異性化したり、ラジカルに分解したりする。炭素が10個以上もある燃料分子は段々と小さくなり、最終的に明るく輝く炎をつくる。これらはすべて、ほんの数ミリ秒・数センチという短い時間・狭い空間で起きる。炎がうまく燃えないと煤などの有害物質が発生する。現在のディーゼルでは噴射タイミングを何段階にも細かく分けて“きれい”な炎をつくることを目指す。すなわち、機械(古典力学)と化学(分子の変化)が絡み合うディーゼル燃焼に対して、機械のアプローチで化学反応の制御を試みるのだ。

 

研究と設計、実験と計算、機械と化学を行き来して

筆者は噴流を制御する実験研究で学位を取ったあと、デンソーに入社し、ピエゾインジェクタの量産設計に従事した。本受賞論文の起点は、2009年にノズル内の流れが燃料の霧に与える影響を解析するように求められたことだ。当時の流行りだったようで、最新ソフトにはキャビテーションや噴霧モデルなどが実装され、それらを組み合わせて、複雑なエンジン現象を計算で可視化できるようになっていた。上司もそのような微視的な仕事を期待していたが、残念ながらその意に反して、設計変数(図1)が噴霧形成に与える影響をまとめた応答曲面モデルをつくるという巨視・統計的な方向に仕事を進めてしまった(1)。方向性が違うとチクリと言われたことを思いだす。当時から事象の中身よりもまず並列関係にある事柄との関係を理解することに自然と心が向いていたようだ。

図1 Nozzle geometry(1)

噴霧の次は反応に興味をもち、2012年からの2年間は勝手を言って米・プリンストン大で反応をモデル化する研究に取り組ませてもらった。筆者自身は機械工学の出身だったので化学のあれこれを理解するのに苦戦したが(しかも英語)、自由度の大きな化学反応モデルの振る舞いを詳細な中間生成物のデータセットで縛る、という思想はしっくりきた。機械と化学が何となく分かった気になると全体を隅々まで理解したくなった。2015年からは微細な渦を扱う非定常の流体計算と化学反応モデルを連成させ、産油地ごとに組成の異なる燃料の燃焼をモデル化する研究を始めた(2)(3)。重箱の隅をつついたような仕事だが、厳密性を詰めるところは性分にも合っており随分と没頭した。このとき、会社では熱や電動化製品のCAE(Computer Aided Engineering)もみており、燃焼で非定常計算や多くの変数のパラメータ最適化に取り組んだことをきっかけとして、詳細モデリングとシミュレーション最適化を骨子とした組織を立ち上げた(ちなみに導入した計算機のHost名には次女 菖子から一字をとって“Iris”と、ナレッジ共有サイトは長女 桂子と韻を踏んで“CAE-CONNECTION”とさせていただいた)。

噴霧燃焼シミュレーションでは、燃料組成からノズル内部の流れ、霧の形成、蒸発、反応まで、幾つものモデルを繋ぎ合わせる。計測の不確かさ解析にならって、それぞれのモデル定数の不確かさの影響を分析すると、最終的な計算結果はいかようにも変わってしまうことが分かった(3)。燃料組成、噴霧、蒸発、反応などのそれぞれのモデルを実験で合わせ込んでいるにも関わらず、合わせ込みのわずかな不確かさは伝搬して増大し、最終結果は使い物にならないくらい大きく変わってしまうのだ(カナダの天然資源省と組成分析をしたり、アーヘン工科大と衝撃波管や急速圧縮装置で高級炭化水素の着火データを取得したりもした)。このようにして、個別のモデル精度を追求するだけでは全体で実用的な精度を達成することは難しく、最終的な実験結果によって全体モデルに強い制約を与えることが必要だと実感するようになった。一方、実験は実験で、試作したノズルはいかに精巧に加工しても出来栄えはばらつくし、燃料の組成も同じではない。さらに、着火は連鎖分岐反応という倍々ゲームを経るから温度の感度は特に高く、容器内温度の不均一さで結果は大きく変わってしまう。先人たちは当然ここまでのすべてを知っていたので、米・サンディア国研のような管理の行き届いた設備ができているのである。愚者は経験に学ぶとは言ったものだが、筆者なりに量産と研究、機械と化学、実験と計算、国内と海外を行ったり来たりすることで、極めて狭い領域ながらも部分と全体を踏まえながら当領域に関わることができた。

設計現場に役立つことにこだわった、応答曲面法

このような経緯で、噴射ノズルの微細な形状がディーゼル燃焼に与える影響を統計モデルにまとめる実験研究に行きついた。ノズルは市場を網羅するようにさまざまなものを試作し、精度を求めて燃焼計測は米・サンディア国研で行った。実際に1年半にわたって研究員を派遣して、合計1,000回以上にわたる実験を力技で繰り返した。得られたデータから応答曲面モデルをつくり、設計因子と燃焼の主従関係を階層的に把握できるように工夫した。

最後に研究の意義をまとめたい。近年はモデルベースの設計が当たり前になっている。公差などのわずかな違いを作り込むことは、国内製造業の競争力のひとつであり、この部分のモデル化は決定的に重要と考える。本研究では、実際に市場で問題となるようなモノの「わずかな」違いが燃焼に与える影響を定量した。これによって、自由度の大きな噴霧燃焼モデルに制約が与えられ、モノの作り込みをデジタルで行えるようになる。さらに収集したデータを統計モデルにまとめたことで、多忙な現場実務者が設計に使えたり、時空間スケールが異なるシステムとも連携したシミュレーションができたりする。筆者としては、応答曲面モデルが自動車だけでなく船舶・産業機器・ガスタービン分野などでも広く長く引用され、モデルベース開発の一助となることを期待している。


参考文献

(1) N.Kurimoto, M.Suzuki, M.Yoshino, Y.Nishijima, Response Surface Modeling of Diesel Spray Parameterized by Geometries Inside of Nozzle, SAE Technical Paper (2011), 2011-01-0390.

(2) N.Kurimoto, N.Watanabe, S.Hoshi, S.Sasaki, Numerical Modeling of International Variations in Diesel Spray Combustion with Evaporation Surrogate and Virtual Species Conversion, SAE Technical Paper (2017), 2017-01-0582.

(3) 栗本 直規, 渡辺 直樹, JIS2 号軽油の多成分噴霧燃焼シミュレーションにおける不確かさ解析, 自動車技術会論文集, Vol.50, No.1 (2019).


<正員>

栗本 直規

◎(株)デンソー 先端技術研究所 AI研究部長

◎専門:流体工学、熱・燃焼工学、計測モデリング

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