スケールシフト思考― 視点を変えると世界が変わる
第1回 スケールシフト学の発想の発端

▼学長は孤独
半年前、機械学会からメールが届いた。「『スケールシフト学』なる本が面白いので、まとめて学会誌に連載しませんか」、という内容であり、疎遠になった機械学会から何でと考えた。どうも研究者のパワーが落ちてきたという印象を持っている由。私は機械工学のトライボロジ分野の研究者であったが、これという実績も持ち合わせていない。でもキャリアを考えると普通の研究者とは若干違った経験もしてきたという自負もあり、研究者の多様性の一つとして自分を振り返りながら何かしらの参考になるのではとこの依頼を引き受けた。
別に社会的に大きな仕事をした人が成功者とは考えないが、学会の理事、副会長の頃雑談的に「機械工学出身者の社長は少ないね」という議論をしたことがある。工学の主要分野である機械工学の出身で大学の学長になった人も少ない。私は2015年から5年間岩手大学の学長を務めたが、当時の国立大学協会86大学の学長のうち医学系の学長が40名ほど、工学系が30名弱の中で、機械工学出身者は私と金沢大学の山崎光悦先生の2人だけであった。もう少しリーダーとしていてもいいよね、という印象である。
さて、当然大学はそれぞれ異なったミッションを持つので学長の仕事のウェイトは異なる。私は学長時代、大学の管理運営で忙しく動いた。学長は労働者ではないので8時間労働の適用外であるが、有事の際には24時間、365日大学に駆けつけなければならない。給与は大学で一番高いが、時給にすれば教授よりも安いと指摘された。平常時は朝9時に出勤し、夜7時に帰宅するが、その間平均午前1回、午後2回程度の会議があり、学外の会議(多くは懇親会付き)も平均すれば週1.5回はあったであろう。
学長室の扉を閉めそこにこもることは好きではないので平時は時間があればさまざまな部署に出かけて雑談(情報収集)していた。だから一人になるのは職員が帰宅した後になる。一日の予定をこなした後、仲間を誘って飲み(情報交換)に行く学長もいたが、アルコールが得意ではない私は一人学長室の机に向かって種々考えごとをしていた。そんな時ふと「オレは元々研究者だよな。でもアカデミックな仕事を何もしていないなー」と焦燥感に駆られた。理事・副学長の時代には大学院生の研究指導は認められていたが、学長になると研究室から完全撤退なので、呼ばれれば別だが自分から研究室に顔を出すことは遠慮した。そもそも学長は管理運営に専念なので、余計な仕事をすればクレームが来る。自分はもはや研究者ではないとの開き直りもできるが、でも物足りない。共通講義に1コマ講義してくださいと頼まれれば、喜んで引き受けてしまう。根っからの教師だと自覚する。
学長をして1年後ぐらいに体調を崩して医院に行ったら、「ストレスです。仕事、飲酒、喫煙をやめたら治りますよ。でも仕事は辞められないでしょうから、酒かたばこのどちらかでも止めてみましょう。」とのアドバイスに「では酒を止めます」と即答した。以後、懇親会に出てもノンアルコールである。下戸の私はそれまで10時ごろ酔って帰宅すると、ソファにバタンキュウ。夜中の1時ごろ目が覚めて風呂に入ると、今度は寝付けない。寝不足のまま出勤しても仕事がはかどらない。そのため禁酒のアドバイスは渡りに舟であった。宴席を断れば付き合いが悪いと言われるが、ノンアルコールなら酔った気分にはなるが、家に帰れば一仕事できる。
実験屋にとって、設備無し、人無し、もちろん金なしでアカデミックな仕事として何ができるのか、しばし考えた。定年退職を目前にしての学長就任であり、これまでの研究をまとめ、例えば「フレティング」の本を書こうとも考えたが、教員としてはありきたりである。他の研究者との違いは何だろうと考えた。多くの研究者をみれば定年(超えて)まで同じテーマの人もいれば、ドラスティックに変わった人もいる。私の場合は下記のように(研究)環境が変わり、種々の経験、体験に伴ってテーマも変わったし、研究の視点も変わった。それが自分の特徴であろう。そこでの結論はトライボロジや機械工学に留まらず、さまざまな分野を経験してきたことで何かまとめられるのではないこということである。ではその経験とは何か。列挙してみれば、
①研究者になった動機
②研究分野の御大と知己になったこと
③東北大学、英国ノッチンガム大学、岩手大学と3つの大学を知ったこと
④学会での部門や本部の委員
⑤地域連携への取組み
⑥プロジェクトの申請と実施
⑦JSTを初めてとしてさまざまな評価委員
⑧東日本大震災復興と復興委員会委員
⑨副学長、学長による大学運営
などがある。他人に比べて多様な経験を積むことができたことはラッキーというより他はない。逆に失ったものもあるであろう。
そこで出した結論はこれまでの研究や経験を振り返り、したためていた「スケールシフト」の本を書こうということであろう。これこそ私にとってのアカデミックな仕事となる。学長になる前から、大学の教員は研究してそれを教育に活かすことが任務であると言い続けてきた。研究による知の創造である。学長でも知の創造に貢献しているという見栄もあったかもしれない。本を書くとはどんな読者を対象にと聞かれたが、あくまでも自分の大学教師としてのまとめである。学長としてそんな時間があるのとも聞かれた。それは大丈夫、酒を飲まずに家に帰ったら寝るまで時間があるから…。
このような背景のもと、2018年3月に「『スケールシフト学』考―新たな視点で科学する」(1)を自費出版した。ところが出版後、面白いが難しいという感想をもらったが、その中に「今度は何を書きますか。楽しみにしてます」と何人かに言われた。面白いことに、自分自身も書き終わった、という達成感よりも、まだ書き残したことがあると作家の如く執筆の色気が出てきた。それならと工学から離れるが、社会科学的スタンスでスケールシフト学2「スケールシフトで考える地方と中央―地域再生のための戦略」(2)を学長退任(2020年3月)に合わせて刊行した。学長退任後は(地独)岩手県工業技術センターの顧問として週1日の出勤なので、学長時代より時間ができた。それで学長時代から平泉文化や蝦夷に関する知的好奇心を持っていたのでスケールシフト学3「日本は120人の縄文人からはじまった-工学者が考える日本の古代史」(3)なる歴史(人文系)をテーマに2025年1月に刊行した。スケールシフトが学問になるかは別としてその考え方が工学(自然科学)から社会科学、人文科学までも適応できたのではと一種安堵感を持っている。
“スケールシフト学”なるものを提案し、今回それを学会誌で紹介できる機会を学会から与えられたことは喜びでもあり、重い荷物を背負わせられたとも思う。しかし本稿は、スケールシフト学の概要を説明することではなく、機械工学の研究者でも機械分野にとらわれることなくその基盤を用いて種々の課題に挑戦、展開できると示すことが趣旨であろう。機械工学を極めた人を執筆者に選ぶのが編集委員会としては常套手段であろうが、私の登場は、機械工学の世界にもチョット変わった研究者がいること(いたこと)で、研究者の多様性を示すことと理解している。参考になるかな?

図1 苦悩する宮沢賢治像(岩手大学)
▼スケールシフト学の発想の発端
発端
岩手大学は1996年(平成8年)の博士後期課程設置の申請時に、担当予定教員に新たな講義科目を求めた。トライボロジの研究者が大学院博士課程で新たな科目を立ち上げるとすれば、何かの枕詞をつけて「○○トライボロジ特論」とするであろうが、教育(人材育成)という点で教師の立場で何か大きな視点が欠けているような気がしていた。モヤモヤ感かもしれない。先端技術と称して機械工学の各研究者の領域が狭く深い方向に進んでいることに少なからず違和感を覚えた。「親の背中を見て子は育つ」というが、親が意識していなければ子は知らずに成長する。親がそれに気付いて子と一緒に成長しようという姿勢が必要と感じた。その違和感は大学と社会(工業界)との研究ベクトルの乖離かもしれない。あるいは役に立つ研究をしたいという工学者の意識であろう。そこで考えたのが「スケールシフト工学特論」である。自分の立ち位置にこだわらず、学生個々の研究の社会的価値なりをPBL形式で議論することを趣旨とした。
ではそのことを考える元々のきっかけは?
テーマは忘れたが、学会で若手研究者(40歳前)として自信をもって研究成果を発表した。しかし、目をかけていただいていた企業の先輩研究者から
「岩渕さんの結果は企業では使わないよ、使えないよ」
という指摘があった。皆さんはこう言われたらどう感じるだろうか。
ほめられれば誰でもうれしいが、けなされたと感じるかもしれない。私もそう思った。しかし、先輩故のポジティブなアドバイスととらえて、それが何故なのかを考え始めた。それが上述のモヤモヤ感なのである。
突き詰めていけば、理学と工学という立場の違いと考えた。同じ自然科学でそれぞれの課題を追及するが、前者は知的好奇心が優先であり、メカニズム解明なら解明できただけでハッピーである。後者はモノとして実際に役立つ研究でなければならない。性能が良いものを開発しても、社会実装(企業が導入する)のためにはコストがかかる。高ければ使われない技術になる。あくまでも技術はビジネスツールとして考慮されるものなのだ。
結局、上の疑問に対する解として2つを考えた。
①実フィールドと研究室の環境の違い
②考慮する数の違い
である。
図2は日本機械学会基準「摩耗の試験法」(1999)で用いたトライボロジ研究における立ち位置を示す図(4)である。大学での研究はカテゴリーⅥに位置するデータである。種々の因子の影響を探るためにできるだけ単純化(ピュアな環境)した手法である。一方で企業側は実用化に向けてⅤからⅠへと環境を変えて開発を進める。従ってⅥからⅠへはストレートには行けない。あくまで我々の研究は有用性を示したとしても特異的な条件での結果と言える。

図2 摩耗試験法の区分
②の意味を図3で示す。研究者は同一条件の実験を3~10回繰り返し、その平均値を求める。そしてばらつきの中で最大値をChampion Dataとして発表する。一方で企業技術者は最大10倍以上の実験をこなし、良品範囲±3σで最小値に注目する。製品の品質保証において不良品によるリコールが最も注意するリスクであるからである。多量生産で言えば、100万台/年を超える数である。この考慮する量が桁違いに異なる。

図3 平均値とばらつき
このように、大学研究者と企業技術者には視点の違いがあることを考えた。スケールシフトを考える発端は若いときから芽生えており、学長時代はそれの再考と言える。
▼スケールシフト(学)の定義
それでは聞きなれないスケールシフトとは何なのか。当然、単なる図の拡大ではない。機械工学から出発したので、尺度として物理量と捉えている。例えば、長さ、時間、力、速度、質量、温度、電流…など(表1)である。シフトするとは考慮する物理量の大きさを変えてみることである。通常我々はある範囲でモノを見、考える。物体の寸法を変えると従来の方法(加工法、効率)には限界が生じ、新たな方法が求められる。また、流体の流れでいえば支配因子(方程式)の限界が生じ、いわゆる遷移現象が生じる。すなわち考慮した尺度を変えると、同じ現象でも違って見えることで、異なった結論や判断を考えなければいけない。
その後、機械工学から離れてさまざまな事象を検討し始めて、最終的には
「立ち位置を変えることで、見かた・考え方を変え、新たな最適解を導出するための手法」
と定義する。その結果、普遍的な現象とみなしていたものが、実は特異な現象であることに気付いたり、またはその逆の場合だったりもあろう。2Dの図面で球とみなしても側面図を見ることで、球ではなく円筒や円錐かもしれない。
これから連載を始めるが、皆さんがどんな印象を持つか楽しみである。少しでも参考になればと思う。
表1 通常の世界での物理量のスケール範囲
⻑さ: 10-4(0.1mm)〜108m ⇒範囲1012
時間: 10-3 sec〜3x108 sec(100歳)⇒1011
⼒ : 10-3 N〜107 N⇒1010
速度: 10-3 m/s(1mm/s)〜100 m/s(360km/h)⇒105
質量: 10-6kg(1mg)〜106 kg(1000 ton)⇒1012
温度: -20℃〜10,000℃ ⇒104
電流: 10-5 A (10μA)〜100 A ⇒107
電圧: 10-6 V(1μV)〜106 V⇒1012
参考文献
(1) 岩渕明, 『スケールシフト学』考―新たな視点で科学する, (2018),白ゆり.
(2) 岩渕明, スケールシフトで考える地方と中央―地域再生のための戦略, (2020), 白ゆり.
(3) 岩渕明, 日本は120人の縄文人からはじまった-工学者が考える日本の古代史, (2025), 白ゆり.
(4) 日本機械学会基準 摩耗の標準試験法 JSMES 013, (1999), 日本機械学会.
<名誉員>
岩渕 明
◎岩⼿⼤学 名誉教授(前学⻑)
◎専⾨:機械⼯学、トライボロジ
キーワード:スケールシフト思考― 視点を変えると世界が変わる
装置製作:高山芳の
(多摩美術大学大学院美術研究科デザイン専攻 統合デザイン領域 在籍)
金属・磁石・モーターなどの単純なメカニズムを用いた装置は、重力や摩擦を受け入れながら、ある行為を繰り返します。その姿は、私たちが呼吸し、脈を打ちながら生きていることを思い出させます。本誌では、学部の卒業制作である 10 体の装置〈脈拍〉を中心に、全 12 体の作品を紹介します。