日本機械学会サイト

目次に戻る

2026/1 Vol.129

装置製作:高山芳の
(多摩美術大学大学院美術研究科デザイン専攻 統合デザイン領域 在籍)
金属・磁石・モーターなどの単純なメカニズムを用いた装置は、重力や摩擦を受け入れながら、ある行為を繰り返します。その姿は、私たちが呼吸し、脈を打ちながら生きていることを思い出させます。本誌では、学部の卒業制作である 10 体の装置〈脈拍〉を中心に、全 12 体の作品を紹介します。

バックナンバー

特集 DEI 宣言

大学教育におけるジェンダード・イノベーションの実践

高丸 理香(お茶の水女子大学)

ジェンダード・イノベーション

ジェンダード・イノベーション(Gendered Innovations: GI)は、2005年にスタンフォード大学のロンダ・シービンガー教授によって提唱された概念であり、性差を指標として用いることで知的なコミュニケーションを促進するアプローチである。科学技術や学術政策には、無意識のうちに差別や排除が組み込まれてしまう現実が存在する。しかし、たとえ当事者であっても、その影響によって生じている不利益や不平等に気づくことは容易ではない。

この背景には、女性研究者の少なさや、学術分野における男女比の偏りが関係している。日本における進路決定に関する調査によれば、高校生の「理系」進学希望者のうち、女子の約半数が「医療系」を志望し、男子の多くは「工学」「理学」を希望しており、男女で違いが見られる(1)。さらに「工学」「理学」を専攻する大学生のうち、大学院(修士・博士)に進学する女性の割合は男性と比べて低い(2)ことが明らかになっている。

政府や大学は、このような学術分野や職業における性別の偏りを是正するため、これまでに「数を整える(女性や少数グループの参加を増やす)」「制度を整える(研究機関の構造変化を通じてキャリアの包括的な平等を促進する)」という二つの戦略的アプローチを進めてきた(3)。しかしながら、依然としてジェンダー平等の実現には至っていない。

そこで、セックス(生物学的な性別)やジェンダー(社会的・文化的に形成された性別)に配慮した「知識の再検討(性差分析)」を行い、社会のあらゆる領域に根付く無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)を可視化しようとする試みがGIである。すなわち、「知識を整える」という第三の戦略的アプローチ(3)によって、新たなイノベーションを創出しようとするものである。

たとえば、工学分野の事例として、自動車の衝突実験では長らく男性を標準としたダミー人形が使用されていたため、事故による女性ドライバーの重症リスクが高いことが、性差分析によって明らかになったことは広く知られている(3)。他にも、スタンフォード大学のウェブサイト「Gendered Innovations」にさまざまなケーススタディが紹介されている。なお、スタンフォード大学「Gendered Innovations」の日本語翻訳サイトは、お茶の水女子大学ジェンダード・イノベーション研究所が運用している(図1)

図1 スタンフォード大学ウェブサイト「Gendered Innovations」
(日本語翻訳サイト)

このように、GIの真の目標は、単に性別によるバイアスを発見することにとどまらず、そこから新たな付加価値や方向性を導き出し、実用的なイノベーションへと結びつけることにある。

先の自動車衝突実験の例では、性差分析の結果を契機として、性別、体格、体形、年齢など多様な人々に配慮したダミー人形の改良が進み、より多くの運転者が安全に利用できる製品開発につながることが期待されている。

デザイン思考とジェンダード・イノベーション

ここまで見てきたように、GIを担う研究者や技術開発者には、性差を分析するスキルに加え、得られた結果をもとに既存の知識やアイデアを組み合わせ、新たなモノや価値を創出する力が求められる。さらに、異なる立場の人々と協働し、互いの強みを活かしながら価値を生み出す「イノベーション人材」であることが期待される。なぜならば、無意識の思い込みを発見するためには多様な視点が不可欠であり、イノベーションは個人の力だけで生まれるものではないからである(4)。ただし、どれほど多様な知識や専門性を集めたとしても、イノベーションを生み出すような独創的なアイデアを得ることは容易ではない。

そのため近年では、イノベーションのためのアイデアを戦略的に創出する方法論として、デザイン思考(Design Thinking)が注目を集めている。デザイン思考とは、創造的な問題解決を通じて社会のニーズに応えるアプローチであり、「共感」「問題定義」「アイデア創造」「プロトタイプ」「テスト」という、人間中心デザインを目指した5つのデザイン・プロセスから構成される発想法である(5)(6)

その特徴として、第一に生活者(ユーザー)の視点を重視すること、第二に他者との相互作用を通じて認知の枠組みを修正することが挙げられる(7)。こうした特徴は、当事者が抱える不平等や不利益の発見をイノベーションへとつなげようとするGIの理念と高い親和性をもつ。したがって、GIの視点からアイデアを検討する際には、デザイン思考を有効なツールとして活用できると言える。

GI視点のアイデアを考える授業

そこで、本稿ではお茶の水女子大学で開講しているデザイン思考を活用したGIの授業について紹介したのち、大学教育におけるGIを担う人材育成のあり方について思案したい。

授業の概要

お茶の水女子大学では、ジェンダード・イノベーション研究所が設立した2022年度より、研究からイノベーションへの橋渡しに重要な「女性イノベーター」の育成を目指し、GIに関するアイデアを製品やサービスに変えるための方法を学ぶ授業を開講している(8)。2022年度から2年間は、アントレプレナーシップ教育の関連科目として、座学を中心とした「入門編」と入門編で考えたアイデアを実際に製品やサービスとして形にする「実践編」の二本柱で実施していた。ところが、学生アンケートでは、「入門編の授業だけではGIを深く理解する時間数が足りない」との意見があがった。そのため、2024年度からは「入門編」をアントレプレナーシップ教育の科目から切り離し、GIに特化して学ぶことができる授業「ジェンダード・イノベーション入門」を新たに開講した。

授業内容を再構成するにあたり、開講当初から取り入れている「デザイン思考によるアイデアの発見」と「授業外でのプレゼンテーション」という枠組みは、授業の核として継続した。これは、シービンガー教授が2022年に来日された際に、「学生によるアイデアの発信は、ジェンダー視点を持つイノベーション人材を育てるうえで重要な取り組みである」とコメントくださったことを踏まえたものである。

現在の授業構成は、まず座学によってGIの基本概念を学び、その後、国内外の多様な専門領域で活躍するGI研究者による講義を受講する。この際に、限られた授業回数の中で幅広いGI研究に触れることができるようにするため、授業外学習として多様な研究者による講義をオンデマンド教材にして提供した。その後、グループワークにおいてGIの視点に基づいたアイデアを検討し、最終的に学外関係者に向けて成果を発表するという流れである。参考として、2024年度の授業内容を表1に示す。

表1 授業内容(2024年度)

また、学外発表の場としては、ジェンダード・イノベーション研究所が年4回程度開催している「産学交流会」のプログラムの一部として位置づけている(9)。さらに、2025年度には、大阪・関西万博のウーマンズパビリオン「WA」スペースで実施されたシンポジウムにも発表の機会を設けた。発表に参加した学生のアンケートからは、「教員以外のさまざまな立場の人たちから意見をもらうことで、アイデアを具現化することの面白さだけでなく、その奥深さや難しさにも気づくことができた」といった感想が出ている。

学生と産学関係者が協働する新たな学びの実践

産学交流会のプレゼンテーションに参加した学生は合計59名であり、各年度の内訳は2022年度12名、2023年度20名、2024年度6名、2025年度21名である。

授業では、アイデアを検討する際の前提として、学術論文等における性差分析の結果を必ず参照するよう繰り返し指導している。これは、GIにおいて「知識の再検討」が重要なプロセスとして位置づけられているためである。加えて、学生自身が関心をもったテーマの先行研究を調査する過程で、新たな気づきや疑問が生まれ、当事者の視点から深く考察することを促す狙いもある。

テーマ設定の方法は、アントレプレナーシップ教育科目として開講した2022・2023年度と、ジェンダー教育科目として開講した2024・2025年度とで異なるアプローチをとった。2022・2023年度は、初めて産学交流会で学生発表を実施する年度であったことから、企業の参加者が自社との関連を感じやすいよう、業界を意識したテーマ設定を行った。具体的には、オフィス、都市・街づくり、化粧品、食品、繊維、医療・医薬品、金融、保険、農業、AI・テクノロジーの10領域である。

一方、2024・2025年度は、2022・2023年度の企業参加者から「学生とGIについて議論・交流する場を持ちたい」といった意見が多く寄せられたことを受けて、学生のアイデアに対するディスカッション形式を加えた。まず、学生が自身の関心をもとに考案したGI視点のアイデアを発表し、その後、学生と企業の参加者とで、それらの実現可能性や社会的インパクトについて議論を行うという流れである。

大学生によるGI視点のアイデア

2022年度から2025年度までの4年間で、授業を通して学生が考案したGI視点のアイデアは29件にのぼった(2022年度:12件、2023年度:5件、2024年度:6件、2025年度:6件)。なお、発表者の人数と産学交流会の時間枠の関係により、2022年度および2024年度は個人による発表、2023年度および2025年度はチームによる発表となった。発表者の学年や専攻は開講年度によってばらつきがあるが、全体として文系が多い傾向にある。

学生によるGI視点のアイデアを表2に示す。「テーマ・タイトル」を見ると、女性向け(6件)、男性向け(7件)、ジェンダーフリー(3件)と、自身の性別に限定しない、多様な視点による提案がなされている。これは、性差研究の結果をもとに、性別による偏りや不平等が生じている領域に対してアイデアを検討したことと関係していると考えられる。たとえば、2024年度の「当たり前を疑う視点:男女ともメイクをする時間への提案」では、発想当初は社会人女性の“身だしなみ”とされるメイク時間の効率化を目指していた。しかし、メイクに関する幅広い性差分析結果を調べる中で、メイクをしたい男性が職場で感じる不便さに気づき、最終的に、男女ともに安心してメイクができる環境づくりを提案するアイデアへと発展した事例である。すなわち、関心を持ったテーマが自身の日常生活における不便さや困難から出発したとしても、性差研究の文献調査を通じて、それが必ずしも自身の性別に特有な不利益ではないことに気づき、他の性別や立場へのまなざしが生まれることを示唆している。

表2 学生によるGI視点のアイデア(2022~2025年度)

大学教育におけるGIの展開と可能性

本授業の実践を通して、学生は性差研究を学ぶことで、自身の関心や日常生活の出来事をGI視点から考えられるようになったことが分かった。特に、デザイン思考のプロセスを導入したことにより、性別や立場の異なる他者を想像する力が育まれるとともに、ジェンダー平等に向けた具体的なアイデアを構想するための基盤づくりにつながった点は、本教育プログラムの成果として位置づけられる。また、産学交流会において学生と企業参加者がアイデア実現に向けた議論を交わすことで、双方に新たな発想を促す機会となっている。

以上のことから、これからの大学教育においては、授業の枠にとどまらず、産学官の連携を活かした交流の場を設け、学生のアイデアを社会実装へとつなげる体験を創出する仕組みづくりが求められると推察される。GI視点の大学教育とは、多様な関係者によって構築される学びの営みでもあり、見落とされがちな人々がより生きやすい社会の実現を思い描ける人材を育成することではないかと考えている。


参考文献

(1) 実証研究1 高校生を対象とした進路選択に関する大規模調査 結果概要, 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第3期課題「ポストコロナ時代の学び方・働き方を実現するプラットフォームの構築」(研究開発責任者:石井クンツ昌子),
http://www-w.cf.ocha.ac.jp/cos/pdfjs/web/viewer.html?file=http://www-w.cf.ocha.ac.jp/cos/wp-content/uploads/2025/09/cf50617a160a7d9597abbeaa25cad3da.pdf(参照日 2025年11月5日).

(2) 河野銀子, 大学におけるジェンダーバランス改善に向けて-女子の大学進学実態と理系進路選択支援事業の現状から, 日本物理学会, Vol.79, No.6(2024), pp.303-306.

(3) Gendered Innovations, スタンフォード大学(日本語翻訳, お茶の水女子大学ジェンダード・イノベーション研究所), https://genderedinnovations-ochanomizu-univ.jp/index.html(参照日 2025年11月5日).

(4) Edomondson, Amy. C., Creating Psychological Safety in the Workplace for Learning, Innovation, and Growth(2019)〔野津智子訳, 「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす(2021)〕.

(5) Brown, T., Change by Design Revised and Updated: How design thinking transforms organizations and inspires innovation(2019)〔千葉敏生訳, デザイン思考が世界を変える アップデート版(2019)〕.

(6) スタンフォード・デザイン・ガイド デザイン思考 5つのステップ, スタンフォード大学ハッソ・プラットナー・デザイン研究所(2012).

(7) 森永泰史, デザイン思考とアート思考の再考, 京都マネジメント・レビュー, Vol.46(2025), pp.1-18.

(8) 授業「ジェンダード・イノベーション入門」, お茶の水女子大学ジェンダード・イノベーション研究所,
https://igi.cf.ocha.ac.jp/education/(参照日 2025年11月5日).

(9) ジェンダード・イノベーション産学交流会, お茶の水女子大学ジェンダード・イノベーション研究所,
https://igi.cf.ocha.ac.jp/collaboration/exchage/(参照日 2025年11月5日).


高丸 理香

◎お茶の水女子大学 ジェンダード・イノベーション研究所

◎専門:社会学、ジェンダー研究、キャリア教育、ジェンダー平等と女子枠

キーワード: