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2026/6 Vol.129

装置製作:高山芳の
(多摩美術大学大学院美術研究科デザイン専攻 統合デザイン領域 在籍)
金属・磁石・モーターなどの単純なメカニズムを用いた装置は、重力や摩擦を受け入れながら、ある行為を繰り返します。その姿は、私たちが呼吸し、脈を打ちながら生きていることを思い出させます。本誌では、学部の卒業制作である 10 体の装置〈脈拍〉を中心に、全 12 体の作品を紹介します。

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「穴埋め体質」を払拭して、「発見」の楽しさを知ろう!

吉村 達彦

はじめに

筆者は自動車会社の実験技術者として、デザインレビュー手法DRBFMを提案展開してきたが、最近、色々な会社と向き合うコンサルタントとして、非常に危惧していることがある。それは実験技術者の立場が品質偽装問題等で危うくなっている背後で、人々の間で蔓延している「穴埋め体質」で、お客様に満足してもらう製品を提供する力が弱まって、単に効率(時短)を追い求める集団になっていないかと言うことである。
実験もレビューも技術者の気づき(創造性)を引き出し、お客様の期待に向かって製品を改良する機会なのだが、単に与えられた「穴」を埋めるだけの行為と考えられて、時短だけを追っていないだろうか?
本論では、一実験技術者である筆者が「未然防止手法」を構築した経緯を紹介し、蔓延する「穴埋め体質」からの脱却を勧める機会としたい。

未然防止への問題意識

筆者が「未然防止」を強く意識するようになったのは、日本の自動車会社の実験部で強度・信頼性評価を担当していた時、上司から「お前たちは問題が起きれば、問題解決も再発防止もちゃんとできる、どうして問題が起きる前にそれを防止できないのか?」と半ば冗談のように言われたことに始まる。本来、試作車や部品を使って将来起こり得る問題を実験で示し、世の中での発生を防ぐことが実験部署の役割である。自社の製品が「信頼性/強度」という点で高い評価を得ていたことは事実で、筆者たちもそれに貢献している自負はあった。それにも関わらず「できていない」と指摘されたのである。従来の延長ではこの状況を変えられないと考え、「未然防止」という新しい発想に取り組むことにした。

実験技術者とは

読者の中には、開発プロセスの中での、実験は「単に設計が目標を満足することを示すだけの仕事」で、設計者自身が行っても良い仕事と考えている人も多いだろう。
振り返ってみると、創業当時(1930年代)自動車の実験は、試作車を使って、いろいろな走行方法で高い操縦技能と感性を持った技能者が運転/評価し問題を発見して、対策をしていたと思う。自動車業界で、技能者が尊敬される伝統はここに発端があると思う。しかしそれだけでは信頼性/耐久性の問題等は発見できないこともあり、それをベンチの実験や、各種測定で発見できないかを検討/実行してきたのが、筆者が入社した当時(1968)の主要なテーマだった。そのような実験手法を作りながら、さらに数値解析も自らソフトを組みながら検討していった。その都度、大きな進歩がもたらされる一方で、手法の限界もあり、失うものもあったと思う。そのような弱点を理解しながら、設計の弱点も理解し、実験方法を選択し、実行し、設計の問題点を示して、対策提案をするのが、実験部門の役割だった。つまり図1のように、企画/設計/実験が対等の立場で仕事を進めていたと思う。

図1 企画/設計/実験の関係

 

この頃、ニクソン著「信頼性管理の理念と実践」(1)という書籍が刊行され、筆者たちに多くの知見を与えてくれた。その中でニクソン氏は「設計」と「開発(Development)」の関係を論じており、この「開発」という仕事が、実験の仕事だと理解した。ニクソン氏は「実験者が信頼性を向上するための、より実際的で有用な方法は徹底した実験、試験を行って、なるべく早期に(設計の)弱点を明るみに出すことである。このやり方は製品の問題を1つも生じさせないような試験は製品の能力について何も教えていないという考えに立脚している。このような試験が最も弱い部分を明確にし、また使用時に経験されるような故障を短時間簡単な試験で発生させうるかどうかが、その技術者の能力の優劣の証明になる。
実験技術者はすべての設計変更についての試験を、それがいかに仔細な変更であろうとも決して省略してはならない。この法則を守らなかったことが多くの事故の原因になっている。

設計者は成功に強い関心を持たねばならないし。実験者は失敗に強い関心を持たねばならない。
実験者が真の意味での技術者でなければならないし、その責任の範囲は設計者と同じくらい大きく幅広い。彼は設計者の重要な特質である創造性の代わりに、批判的態度と、外的要因及びその効果を具現化するの能力を要求されること以外は、設計者と同じレベルの技術的知識と能力を持つことが必要である」と述べている。

設計者が「正」を主張、実験者が「反」を示し、新しい気づきに至る「合(アウフヘーベン)」、つまりヘーゲルの弁証法を期待しているとも言え、設計者と実験者の共同作業で創造的な結果を引き出すということである。

実験者に必要な創造性

筆者は、この実験者に必要な能力は、問題を「発見」する能力という意味で、実験者に必要な創造性ではないかと思い、日本創造学会に参加して、議論を深めた。そこで、COACH法という発想法を考案し、高橋誠著「創造力事典」(2)にも掲載してもらえた。
良い発想のための3条件として
C:Concentrating:集中する。切羽詰まる。
O:Objective:弛緩する。客観視する。
A:And
CH:Challenging:挑戦的気持ちで、諦めない。
を選んだ。「集中」と「弛緩」という全く反対の状況を作ることが、良い発想につながる条件であると考えたのである。基本はものを徹底的に観察することにより集中し、徹底的に議論することにより弛緩するという状況を作ることが実験者の創造性を発揮する条件だと考えたのである。1980年代になり、実験評価システムが充実すると、実験は実験サイドにお任せという状況になってきていたように思う。そのような状況の中で、上記のような上司の言葉だったのである。

デザインレビューに注目

1900年代後半にISO9001が日本に紹介され、会社としてどうするかを一部の部署が検討し「この内容なら、以前からのやり方で十分できている」という判断で、認証取得は行わないことにした。しかし、筆者はその中にある「Audit」という項目は制度としてはできていないのではないかと思ったのである。逆にいうと組織間やサプライヤーとの日常のコミュニケーションは非常に良い会社だったので、特に行事としてのデザインレビュー(以下DR)は必要ないという判断だった。それでも、あえてDRをしようと考えたのは、市場で発生する問題を振り返ってみると「ものをよく見ていなかった」とか「設計と実験のコミュニケーションが不足していた」ということが多くの問題の背景にあったからである。
自社には「監査」とか「審査」という言葉がなかった。「監査改良」でなければいけないという初代社長の遺訓がしっかり引き継がれているのである。「製品に価値がつかない仕事(審査)は無駄」という考えの基本である。つまり、DRは設計審査であってはならないのだ、「設計改良」でなければならないのである。DRは、「設計の弱点に気づいて設計をもっと価値の高いものにする機会」でなければならないのだ。これを実験前に設計者と行えば設計の改良もできるし、適切な実験(評価)手法の決定にも繋がり「どうして問題が起きる前にそれを防止できないのか?」ということの対策になると考えたのである。つまりDRは設計者と実験者(レビューアー)がもの(図面)を見ながら「集中」し、対等の立場で議論をすることによって「弛緩」するところに「発想/気付き」が生まれると考えたのである。
実験者が設計の失敗を指摘するというのは、責任のある設計者は受け入れたくないであろう。通常は客観的な実験結果でそれを示すのだか、DRでは議論でそれを示さなければならない。お互いに技術的議論を尽くすと同時に、「お客様視点」の議論が大切になる(図2)。ニクソン氏が言う外的要因と言うのは、設計者と実験者の間ではなく、それ以外の要因、究極は「お客様」である。つまり「お客様の方向」を向いて議論を尽くすことが大切なのである。

図2 お客様の方向を向いて議論

 

そこで、FMEAをDRで使うということから始めた。しかし、それまでもFMEAを実施していたサプライヤーから提出されるFMEAは、いかに設計が正しいかを証明する手段になっていて、膨大なFMEAが提出されるのに議論するところがほとんどなく、失敗だった。
そこで、DRのもとになる資料の様式を自ら開発することにしたのである。FMEAを左から右へ辿っていくと、それは設計者が設計の際に考える思考プロセスになっている。元々FMEAは設計者が自らの設計をチェックするためのものだから、ワークシートは設計者が考える思考順序になっていることは適切である。しかし、お客様の視点という意味では、お客様の使い方はリスクの点数で評価すると言うことになり、どちらかというと技術視点になりがちである。自動車のようにお客様の使用環境条件が非常に複雑で多岐にわたるものは、お客様の使い方の議論を点数ではなく、もっと具体的な表現にした方が問題への気づきにつながると考えた。それをベースに、図面をみると設計者の考え方がよくわかるし、設計と実験の議論のベースとして、より有効なシートになると考えたのである。そこで各項目のタイトルを技術用語ではなく、お客様サイドで何が起きるかと言うプロセスの言葉にした。例えば「故障モード」を「心配点」に変更するなどである。ここで、リスクが点数ではなく、具体的な言葉で表せたから、あとは問題がありそうな場所を明らかにすれば、集中して議論ができることになる。それを恣意が入りやすい点数ではなく、客観的に示せる「実績のある設計と差のあるところ」とした。「お客様のところで受け入れられている設計からの差がなければ、それは受け入れられるといえる」と言う考えである。差がリスクであると定義したのである。厳密な技術用語では「差がハザード(危険)」であると言うのが正しい表現になるが、ハザードという言葉は日本語ではあまり使わない言葉なので「差はリスク」であると言っている。
差にはどんな種類があるかというと、例えばある設計のレビューを考えた時
変更:設計者が主体的に変更したところ
変化:設計者が主体的に変更したわけではないが、設計が影響を受ける変化。例えば市場の変化等
差:その他の差。例えば2つのものを比較したときの差
の3つがあると考えた。
これを「(創造的)未然防止」と呼び、デザインレビューの方法をDRBFM(Design Review based on Failure Mode)という名前をつけ、社内展開を始めたが、順調にできたわけではない。筆者はその途中で九州大学に転籍。筆者の考えを引き継いで、単に設計と実験のDRだったものを社内/社間でも行えるシステムに広げ、展開・定着を図ってくれた後輩達には非常に感謝している。DRBFMを完成させたのは彼らだと言いたい。

社会にDRを勧める

大学で教鞭を取るようになり、いろいろな企業とお付き合いするようになると、この未然防止手法を直接適用してもらうには、それぞれにいろいろな障害があることがわかった。多くの企業でISO9001の影響もありDRを実施していたり、挑戦しようとしていたが、多くは「設計審査」という名前から、設計の問題を設計者どうしで審査する会になっており、最終的に宿題は出すが、承認者が設計を承認する会になっていた。設計者は設計の説明資料は作るが、図面も物もないDRが多かった。仲間内でのレビューで、お互いに設計の背景を大体は知っている同士なので、細部の議論になりにくく、それがのちの問題発生に繋がっていた。ニクソン氏のいう批判的精神を持ったレビューアー(実験者)もいないのである。
図面を比較しながら、細部の差を発見し、問題を議論し、対策するDR(DRBFM)を紹介するにはまさに打ってつけの状況だったのである。そこで、未然防止をタイトルにしたこの業界では最初の書籍「トヨタ式未然防止手法GD3(3)を出版し、創造的未然防止手法として、展開を始めた。
DRが、設計の問題を発見し、もっと良い設計にして設計者を助ける場だということを理解してもらうためには、DRBFM手法だけでなく、背景の考え方GD3(図3)を理解してもらわなければならなかったが、そこがなかなか難しかった。DRのために「カルチャーまで変えなければならないのか…」という反論も返ってくる。筆者は「DRBFMはカルチャーを変えるための手段でもある」と言っているのだが…。

図3 GD3の構造

 

すなわち、GD3というカルチャーを普段の仕事の中でも作ることが、常日頃のチーム間のコミュニケーションによって製品を良いものにしていく必須の条件だと考えている。それを理解してもらうためにDRBFMだけでなく、試験結果のレビューに使えるDRBTRや、通常の打ち合わせで差に着目して、議論をするDRBDPを提案して、とにかくGD3のカルチャーを作ってもらうことを勧めた(総称してDRBXX)。これで、ほとんどの打ち合わせにDRBXXを使いGD3に沿った議論を行い、問題を発見し製品をもっと良いものにする体制が整ったことになる。大切なのは、ワークシートを埋めることではなく、打ち合わせの場でどうやって「気づき(創造性)」を引き出すかと言うことなのである。

米国での経験

その後、筆者は米国の自動車会社に勤める機会を得て(Executive Director for Reliability & Durability)未然防止をさらに客観的に見ることができるようになった。
筆者はここでの第一印象を図4のように示した。

図4 米国での第一印象

 

米国の問題は責任体制や手法ではなく「お客様考える意識」今の言葉で言えばPMF(Product Market Fit)なので、それを強化したいと宣言した。PMFは開発の最初の段階で完全なPMFを追求してそれを手戻りなく通すのではなく、お客様に製品が渡るまでの全ての工程で、PMFを目指して、製品に付加価値をつけていく工程だと考えなければならない。つまり全ての工程で「正」「反」「合」を繰り返すレビュー(議論)を行うということである。ウォーターフォール開発からアジャイル開発への変革をリードしてきたとも言える。それを明確にするために、図5のようなカップのモデルを提示し、レビューでPMFを目指して、製品に付加価値をつけて行くことを明確にした。

図5 カップのモデル

 

日本に帰国:国民病「穴埋め体質」の発見

日本に帰って、コンサルタントを始めてみると、実は、日本の多くの会社で図4のバランスが米国のようになっていることがわかった。色々なところにコミニュケーションの壁が存在するのに注目して、「繋ぎ脆化症候群」とか「蛸壺化」と言っていた。
米国の会社では個人の役割と責任は非常に明確で、個人間の情報受け渡し手法も明確である。むしろそれが、各工程間での地道なコミュニケーションを難しくしており、それがPMFを目指しての価値創造を難しくしていた。それに対して、日本では米国ほど、役割や責任は厳しく規定されていないのに、コミュニケーションの壁が存在し、PMFの向上に目がいってないのである。各個人がそれぞれの役割を狭い範囲で限定し、そのアウトプットで正解を示す手法を知っているようである。「正解を示す・・」それは学生時代に試験で穴埋め問題を解く時に鍛えた能力である。穴が与えられれば簡単に埋めることができる能力である。それを筆者は「穴埋め体質」と呼んでいる。開発等の仕事のアウトプットは情報である。そのアウトプットをどうやって後工程に渡すかは、情報を生み出すのと同じくらい大切なことであるが、それを穴埋め問題化してしまっていないだろうか?(図6)

図6 情報を前後工程で共有し、付加価値をつける

 

たとえば実験部署が実験結果を設計部署に伝える際も、◯X表とわずかなコメントを設計部署に送って完了、そこには「正」「反」「合」の議論もないのが現実ではないだろうか?これが「効率化」の成果だと思っていないだろうか。

図7 穴埋め体質の蔓延

 

企業が先進の手法を取り入れても、この穴埋め化による「効率化」が、それらの手法を無意味なものにして、また新しい手法を取り入れるという、悪循環に陥っているようにも見える。この「穴埋め体質」は個々の企業の問題ではなく「国民病」と言っても良いだろう。
穴埋め体質が蔓延している現在、問題の背景をじっくり観察したり、議論したりすることが、無駄だと考えてしまい、そこで引き出される気づき(発見)を知らないまま過ごしてしまっていないだろうか?
筆者が未然防止の手法として展開している3つの手法DRBXXも、埋めるべき穴を与えていることになる。これを埋めるだけなら、穴埋め体質に染まった人たちにはDRBFMもFMEAもFTAも、その他の手法も皆同じということになってしまう。「背景にあるGD3をカルチャーにすることこそが大切だ」と言っても、聞く耳を持たず、「精神論だ」とか「複雑怪奇」だと言って非難する人が現れるのである。

「穴埋め体質」を払拭しよう

本誌連載記事の評論に
「・・日本の自動車関連業界を中心に「変化点」にこだわっている企業が散見される。この企業を観察すると毎月リコールを発生し、そのトラブルの内容がますます深刻化しているように思える。そもそも「変化点」とはファッション用語である。女性のスカートの変化点を捉えて生地をデザインする。男性のネクタイ幅の変化点を捉えて生地をデザインするなどを示せば、納得できるであろう。変化点探索は「百害あって一利なし」といえよう。日本の技術者に「王様は裸」と言える勇気を持ってほしい・・・」
と述べている。「変化点に着目」→「変化点にはファッションデザイナーが着目している」→「変化点探索は百害あって一利なし」→「毎月リコールを発生」と断言している。この連鎖の背景も根拠も示されていない。ただ短い言葉(穴)を繋いだだけなのである。
筆者はファッションデザイナーも立派な設計者で、マーケットの「変化」をみて設計している(PMF)視点は見習うべきと思う。先に述べたように「変更」「変化」「差」は、どれも注目すべきリスクなのである。
さらに、この連載で
「・・本来FMEAとは、世界にたった一つしか存在しないが・・大変困ったことにFMEAの方言が、複雑怪奇なFMEAモドキとなり日本の自動車企業で繁殖している」「このモドキが活躍していれば日本中、いや世界中が取り入れているはずなのに、残念ながらガラパゴス化している。なぜなら「毎月がリコール」を発生しているからである。・・」
と述べている。筆者はこの「FMEAモドキ」はDRBFMと理解して読んだが、「FMEAモドキがある」→「毎月がリコール」この間を関連のない短い言葉(穴)で埋めただけで、穴埋め体質の典型である。参考までにDRBFMは米国自動車技術会(SAE)でデザインレビューの手法として、規定されており(4)、FMEAとは全く目的が別の手法なのである。米国等海外でも使用されておりガラパゴスにはなっていないので、心配ご無用である。DRではいろいろな資料を持ち寄って議論するが「DRを主目的にした手法」というのは他にはあまり類を見ない手法なのである。この執筆者は上記の説明の後で、自ら開発したFMEAを紹介しているが、これは「本来一つしかないはずのFMEA」のガラパゴスではないのだろうか?
この連載ではリコールを非難する言葉が何度も出てきたが、リコール制度はお客様を守るための制度で、企業にとっては大きな損失なるが、米国などでは「リコールされた車は問題が解消された信頼できる車」という評価があるくらいである。リコールが多いというだけで非難されるものではないのである。
弁証法の「正」「反」「合」の反が大切であることを上で述べてきたが、この「反」は相手を罵倒し、自分を目立たせるための「反」であってはならないのである。次のステップを発想して「合」につながる「反」でなければならないのである。与えられた「穴」を短い言葉で埋めて批判をすれば、正解になり、仕事は終了、そこで何を得るのか、新たな「合」など考えない時代になりつつあるのではないだろうか。それをSNSやスマホの文化が後押しし、考えることが罪悪のような時代になっていないだろうか?
実は最初のテーマ「お前たちは問題が起きれば、問題解決も再発防止もちゃんとできる、どうして問題が起きる前にそれを防止できないのか?」の、できていたはずの「問題解決/再発防止」も、この「穴埋め体質」で怪しくなっていないかと危惧される状況になってきたように思う。問題解決の際「真因を見つけて対策する」は多くの人に理解されていると思うが「問題の穴」と「真因の穴」が与えられたとしたら、穴埋め体質に染まった人には、それを埋めるのは簡単なことである。そこで、真因に至るプロセスを「なぜ、なぜ」と結べというのだが、真因を決めたら間を3つや4つのプロセス用語で埋めることは簡単なことである。一方では「現象に対策してはいけない」と強く言われるので、ものを全く観察しようとしなくなってしまった。そこではGD3が成立していないのである。GD3のサ(差に着目をして)、ワ(ワイガヤ)、ゲ(現地現物)による発見が問題解決、再発防止への必要条件であることは未然防止と変わりないはずである。問題解決の際、起きている事実の連鎖を観察して、議論する手法として、FPA(Failure Phenomena Analysis)(5)という手法を考案し展開しているが、これも穴埋め体質に染まった人々には「複雑なだけで役立たず」と言われるかもしれない。
また、問題解決の再発防止だけでなく、DRでも「レビューアーの振り返り」を実施し、Continuous Improvementに繋げることを勧めている。振り返りは単に同種の失敗を防ぐだけでなく、次のステップに向けて確実に成長する機会である(図8)。ここでも「振り返り」というと、いくつかの決まりきった言葉を探して、穴を埋める作業と考えている人が多い。

図8 振り返りは次の成長への確実なステップ

 

これまで、色々な手法を導入してきたが、いまひとつ定着してこなかったと感じている企業は多いのではないだろうか?そこに「穴埋め体質」が蔓延していなかったか、振り返ってみてはいかがだろうか?効率化を理由に、穴埋めに走って、結局成果が得られなかったと感じたら、GD3カルチャーを構築することを勧めたい。穴埋め体質で「楽(らく)」を取るか、GD3で発見の「楽しさ」を実感するか・・である。
これから生成AIが「穴埋め体質」と関連して、さらに複雑な様相を呈するようになるだろう。筆者は「生成AIは一人の人格と考えて付き合えば良い」と言っている。現在の生成AIは徹底的に人に寄り添ってアウトプットを出してくれるという意味で評価されているが、今後はいろいろなタイプの生成AIが出てくるであろう。「正」「反」「合」の視点で言うと、「正」のあなたに寄り添ってくれるAIは力付けてくれたり、補足してくれるかもしれないが、新しい発見のもとになる「反」は期待できない。ニクソン氏がいう「批判的精神と外的要因及びその効果を具象化する能力を持った技術者=実験技術者」が活躍できる場になるはずだが、実際には「論理的説得力に欠け、穴埋め的批判しかできない技術者(?)」や効率優先の名の下に「正」ばかり追う世の中になっていかないだろうか?「穴埋め体質を払拭しよう」と強く言いたい。
穴埋めの答えが正しければ、発見の楽しさなど味わう必要はないのだろうか?「楽(らく)」を取るのか「楽しさ」を取るのか究極の選択を迫られているのかもしれない。


参考文献
(1) ニクソン, 信頼性管理の理念と実践, (1975), 日科技連出版社.
(2) 高橋誠, 創造力辞典, (2002), 日科技連出版社.
(3) 吉村達彦, トヨタ式未然防止手法GD3,  (2002), 日科技連出版社.
(4) 米国自動車技術会編, FMEA Fourth Edition, (2008).
(5) 吉村達彦, FPAで身につけるAIに負けない発見力, (2024), 日科技連出版社.


<フェロー>

吉村 達彦

◎元・トヨタ自動車(株)、元・九州大学教授、元・ジェネラルモータース、現・ジーディーキューブコンサルティング代表、工学博士(東北大学)

◎専門:信頼性・材料強度学・創造学