25. スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス

25・1 概論

2015年10月30日(金)~11月1日(日)に立命館大学びわこ・くさつキャンパスにて伊坂忠夫委員長の下,シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス(SHD)2015が開催され,一般参加者170名(会員134名,会員外36名),学生参加者76名(会員67名,会員外9名)計246名の参加と一般講演106件があった.市民公開講座として伊藤 久美女史(GEヘルスケア・ジャパン株式会社 チーフ・マーケテイング・オフィサー)より特別講演『2020東京オリンピック アスリートから高齢者支援を目指すGEヘルスケアの挑戦』,フォーラム(市民公開講座)『関西発の世界標準(スポーツ・人間・健康)』が行われた.また新しい試みとしてチュートリアル『ヒト・モノ・コトの計測と感性モデリング』三輪 洋靖(国立研究開発法人 産業技術総合研究所 人間情報研究部門)『筋骨格シミュレーションの理論と応用 』長野 明紀(立命館大学 スポーツ健康科学部)がなされた.機器展示には12企業が参加し,参加者99名の懇親会で盛会であった.

本部門関連の海外活動としては7th Asia-Pacific Congress on Sports Technology(APCST)2015がスペインのバルセロナで開催され,スポーツ工学に関連する講演がなされた.本部門関係者も多数参加した.

〔伊藤 慎一郎 工学院大学

25・2 スポーツ工学

スポーツ工学は造語である.起源は,1989年に設置された「スポーツ工学に関する調査研究分科会」(主査:三浦公亮)にさかのぼる[1].国内では,アシックスにスポーツ工学の名を冠したスポーツ工学研究所[2]があり,国外では,英国シェフィールドハラム大学の機械工学科にスポーツ工学研究センタ[3]がある.本会は,英国機械学会のスポーツ工学部門に次いで,スポーツ工学・ヒューマンダイナミクスを部門として組織化した世界のさきがけである.2019年のワールドカップラグビーや2020年の東京オリンピック・パラリンピックを控え,本会のポテンシャルをスポーツに活かす好機である.

スポーツの研究は,従来,体育分野を中心に熱心な取り組みが行われてきた.研究対象は,主に人間であった.一方,エンジニアは,人間に加えて,用具も研究対象にしている点が特徴である.人間に関する部分は,例えば,身体運動を高速度カメラにより撮影し,運動のコツを知る[4],或いは,筋骨格モデル[5]を解き,或いは,人の制御器の数理モデル構築[6]により,人間の内側の神秘に迫ろうとする研究スタイルである.用具に関する部分は,例えば,怪我をしにくいシューズの開発[7, 8]や飛びと安定性が両立したゴルフクラブ[9]を開発する研究スタイルである.とはいえ,人間に関する研究と用具に関する研究を完全に分離することは,無理であり,またナンセンスでもある.その意味で,スポーツ工学とヒューマンダイナミクスは切っても切れない縁がある.最近は,人とモノの両方をうまく調和させることにより,スポーツパフォーマンス向上を目指した研究や健康で文化的な生活を追及する研究も増加している.例えば,元々は水泳解析用に作られたSWUMを入浴姿勢評価に応用した研究[10],棒高跳びにおける棒材料特性と筋活性度の同時最適化[11]やスキージャンパの安全性や飛距離,建築費を目的関数としたジャンプ台の最適設計[12](図1)もある.勿論,測定センサの開発[13, 14]や知的好奇心をくすぐるような研究[15]も根強く行われており,世間の耳目を集めている.

図1 2016年1月22日,クラレ蔵王シャンツェ.2015年度に7億円の予算,半年の工期をかけて改修された.スキージャンパの安全性,飛距離,建設費を目的関数として最適設計された.
図1 2016年1月22日,クラレ蔵王シャンツェ.2015年度に7億円の予算,半年の工期をかけて改修された.スキージャンパの安全性,飛距離,建設費を目的関数として最適設計された.

〔瀬尾 和哉 山形大学

25・3 ピッチングマシン

笹川スポーツ財団の2013年の調査報告書[1]によると,わが国で野球(キャッチボールを含む)を年1回以上実施した経験のある青少年および成人の人数(実施人口)は,年間約700万人と推計されており,サッカーと並び国民的スポーツの一つである.野球の競技人口が増加したため,打撃練習における投手の負荷が過大になってきた.そこで,投手の代わりを務める機械として考案されたものが投球機いわゆるピッチングマシンである.米国や英国を中心に1920年代頃には初期の投球機が出現している.日本で初の実用的な打撃練習機は,1958年に中日ドラゴンズが使用していた「万能式ピッチング・マシン」と記述されており,当時の実物が東京ドームにある野球殿堂博物館に保存されている[2].当該マシンは,長さ約1 mの円筒状の砲身を有し,ワイヤーとバネを用い手動で投球する機構である.

2015年現在,市販されているピッチングマシンを投球機構で大別すると,アーム式,エア式,ローター式(ローラ式)の三つに分類される.アーム式は,球速を変更することはできるが,カーブ等の変化球(球種)を投げることは難しい.エア式は,発射圧力を制御することにより即座に球速を変えることができるが,球種はスピンパッドで行われるため,ボールのスピン数を制御することは困難である.一方,二ローター式(二ローラ式)は,対向する二つローラの回転数とロール角を任意に変更することにより,幅広い球速で種々の球種が投球できる.しかし,ロール角は球種によって決まるため,例えば直球では垂直方向に,カーブでは45度傾斜した方向にセットされる.この状況下でボールを投球しても打者は,投球前に球種を容易に推測できるため,実戦的な打撃練習効果が減退してしまう.

そこで,2010年頃から三つのローラをY字型に配置した三ローラ式マシンが開発され,注目を浴びている.2014年には逆Y字型に配置したものや配置を可変できるタイプの三ローラ式マシンが製造,販売されている.三ローラ式は二ローラ式と比較してロール角の変更が不要で,ボールを三つのローラで挟持するため,滑りが少なくスピン効率が高く,投球精度も二ローラ式よりも高い特徴を有している.価格は多少高価となるものの,2015年にはそれまで三ローラ式マシンを製造していなかったメーカも新型の三ローラ式マシンを順次投入してきており,三ローラ式が今後のピッチングマシンの主流を成すものと予測される.

ローラ式のマシンで最も重要な課題は,ボールと接触するウレタンゴムの形状および摩擦摩耗特性である.ウレタンゴムは,温度依存性があるため機械的特性が季節によって大きく変化し,特に低温になる冬期では表面が硬化する特徴がある.この対策として,2015年にローラ周囲をヒーターで一定温度に制御する三ローラ式マシンが開発された.また,耐摩耗性の高いウレタンゴムの開発やボールの縫い目形状を考慮したローラ形状の最適化なども引き続き行われており,ローラ式マシンのスピン性能の向上と年間を通じて投球精度を高く維持できるものと考えられる.

一方,従来からバッティングセンター等の複合施設では,有名投手の投球フォームと同期させた映像装置が採用されている.最近は高輝度LEDを用いたものやバーチャルリアリティ(VR)技術を取入れたリアルな打撃を体感できるバーチャルバッティング,さらに2015年には打撃時の打者自身の打撃フォームを瞬時にリプレイできるものも出現し,今後さらに映像装置やVR技術の高度化が進むと予測される.

今後のピッチングマシンの機能や性能としては,硬式および軟式野球用とも無回転のナックルボールや回転軸(スピン軸)が進行方向に向いているジャイロボールが投球可能なこと,ボールの縫い目姿勢に関わらず,ホームベース上で72 mm(ボール1個分)以内の高い制球精度を有することであり,近い将来,プロ野球の一流投手を超える高性能ピッチングマシンが開発されることを期待する.

〔酒井 忍 金沢大学

25・2の文献

[ 1 ]
伊藤慎一郎,宇治橋貞幸, スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス 部門発足に当たって,日本機械学会誌, Vol.118, No.1161(2015)p.86.
[ 2 ]
アシックススポーツ工学研究所, URL http://corp.asics.com/jp/about_asics/institute_of_sport_science,(参照日2016年5月9日).
[ 3 ]
Cnetre for Sports Engineering Research, Sheffield Hallam University, URL https://www.shu.ac.uk/research/specialisms/centre-for-sports-engineering-research,(参照日2016年5月9日).
[ 4 ]
城所収二, 近田彰治, 永見智行, 矢内利政, ソフトボールの打撃で飛翔中に打球の軌道を変化させるインパクト特性, シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2015 USB(2015)全10頁.
[ 5 ]
小池関也, 見邨康平, 関節トルクの発揮様式を考慮した野球打撃動作の動力学的分析, シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2015 USB(2015)全10頁.
[ 6 ]
村井伸行, 杉原知道, 立位時の人の重心制御系がなす力学系同定と可視化, シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2015 USB(2015)全9頁.
[ 7 ]
Tsuyoshi Nishiwaki, Mai Nonogawa, Application of Topological Optimization Technique to Running Shoe Designing, Procedia Engineering, Vol.112(2015)pp.314–319, DOI: 10.1016/j.proeng.2015.07.251.
[ 8 ]
澤田大輔, 原野健一, 西脇 剛史, シューズソールリサイクル材複合ゴムの開発, シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2015 USB(2015)全6頁.
[ 9 ]
下野智史, 児玉斎, 鈴木克幸, 応答局面を用いた最適ゴルフシャフト選定システムの開発, シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2015 USB(2015)全8頁.
[10]
藤井隆直, 鎌田彩花, 中村遼太, 加藤智久, 中島 求, 入浴姿勢における浴槽壁面反力の推定アルゴリズムの構築, シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2015 USB(2015)全5頁.
[11]
林 祐弥, 大島 成通, ODEを用いた三次元筋骨格モデルによる棒高跳びの最適化, シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2015 USB(2015)全7頁.
[12]
瀬尾和哉,二瓶裕治,渡辺龍太郎,仰木裕嗣, 蔵王ジャンプ台ランディングスロープの最適設計, シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2015 USB(2015)全8頁.
[13]
高畑智之, 渡辺諒, グェンミンジューン, 高橋英俊, 松本潔, 下山勲, 気圧変化センサを利用した高度変化計測, シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2015 USB(2015)全4頁.
[14]
竹井裕介, 松本潔, 下山勲, 発汗計測のためのフレキシブル湿度センサ, シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2015 USB(2015)全5頁.
[15]
小西康郁, 奥泉寛之, 大野 智之, 飛翔中の卓球ボール周りのPIV, シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2015 USB(2015)全6頁.

25・3の文献

[ 1 ]
澁谷茂樹, わが国のスポーツ人口, 競技人口を考える, スポーツアカデミー, 笹川スポーツ財団,(2013).
[ 2 ]
野球殿堂博物館, URL http://www.baseball-museum.or.jp/index.html,(参照日2016年4月20日).

 

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