4. バイオエンジニアリング
4.1 はじめに
4.2 生物運動のバイオメカニクス
4.3 インパクトバイオメカニクス
4.4 リハビリテーション工学・福祉工学
4.5 治療機器
4.6 ティッシュエンジニアリング
4.1 はじめに
バイオエンジニアリング部門は,部門発足以来,機械工学を基礎としたバイオ・医療・福祉工学分野へ大きく貢献してきた.さらに近年は,急速に発展する生命科学,情報科学などの大きな流れと学際的に融合することで,バイオエンジニアリング分野の飛躍的な発展が期待されている.これまでの積み重ねられてきた同分野の基礎的な研究の深化のみならず,それらを実用化し医療・福祉工学への応用・発展に大きく寄与するため,超高齢社会おける課題解決と次世代産業の創出を目指した,「人生100年工学」とも呼ぶべき新しい工学展開が強く望まれる.これらの活動を担う次世代の人材育成を目指した若手研究者・大学院生による研究交流活動が活性化しつつあり,将来戦略として,国際交流活動を含めた医工連携や新領域の開拓が進められている.
本年鑑では,当部門がカバーする研究分野を3分野15テーマに分類し,各テーマが3年ごとに紹介されるように企画されている.本年度は,「バイオメカニカルエンジニアリング」分野から「生物運動のバイオメカニクス」と「インパクトバイオメカニクス」,「バイオメディカルエンジニアリング・ライフサポート工学」分野から「リハビリテーション工学・福祉工学」,「治療機器」,および,「バイオテクノロジー・バイオインフォマティクス」分野から「ティッシュエンジニアリング」のテーマを取り上げ,各専門家に最近の研究動向をまとめて頂いた.
〔安達 泰治 京都大学〕
4.2 生物運動のバイオメカニクス
2018年7月8-12日に開催された8th World Congress of Biomechanics(WCB2018)(Dublin, Ireland)(1)では,2016年に他界されたアレクサンダー教授を偲ぶBiomechanics in nature, a tribute to Prof R. McNeill Alexander というセッションも設けられ,自然界におけるさまざまな生物のバイオメカニクスが紹介された(2)(3).昆虫や鳥など馴染み深い問題を初めとして,飛ぶ蛇,エビの嗅覚,食虫植物,猫の髭,カメレオンの尻尾,貝の殻,植物の自己修復,つる植物の登攀性など,多様な発表がなされた.また,Plenary talkとして,石川拓司教授(東北大学)のBiomechanics can provide a new perspective on microbiology(4)があり,関連する Microbial biomechanicsというセッション(5)も設けられた.
2018年8月29日-9月1日には,7th International symposium on Aero Aqua Bio-mechanisms(ISABMEC2018)(Tokyo, Japan)(6)が開催された.昆虫や鳥の飛翔,魚の泳ぎ,生物の構造や機構,微生物運動,水中ロボット,群れ,生物模倣などに関して,6件のキーノート(Richard J. Bomphrey; The Royal Veterinary College, David L. Hu; Georgia Institute of Technology, Roberto Di Leonardo; Sapienza University of Rome, Tatsuo Motokawa; Tokyo Institute of Technology, Silas Alben; University of Michigan, Yasuyuki Toda; Osaka University)を含む46件の発表がなされた.この会議に関連して,Journal of Aero Aqua Bio-mechanismsに特集(7)が組まれる予定である.
本学会のJournal of Biomechanical Science and Engineering(JBSE)には飛翔に関する論文(8)(9)が掲載された.また,機械学会論文集には,泳動推進体に関する論文(10),蠕動運動を用いた推進に関する論文(11)が掲載された.第31回バイオエンジニアリング講演会(2018年12月24日-25日,郡山市)では,バイオミメティクスに関して9件の発表があった(12).
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)(13), Journal of the Royal Society Interface(J. R. Soc. Interface)(14)やJournal of Experimental Biology(JEB)(15)にも生物のバイオメカニクスに関連する論文がよく掲載される.2018年以降の動物,植物,微生物のバイオメカニクス関連の論文として,PNASには24編以上,J. R. Soc. Interfaceには50編以上,JEBには76編以上が掲載されている.これらの論文の対象は,生物の多様性に対応して,非常に多岐に亘っている.総括できるようなものではないので,以下にJ. R. Soc. Interfaceに掲載された論文で扱われている対象の一部を例示する.
・火アリの集合体の性質を個体の物理的な特性や運動から説明する
・象は鼻を使って小さい食べ物を固めて食べやすくしている
・乱流境界層内でのサメ肌の抵抗低減に関係して受動的な鱗の逆立ちが生じている
・イガイの接着力は低酸素状態で低下する
・ショウジョウバエの飛行が熱対流によってどのように影響されるか
・魚のように能動的に動く泳動体の隊列の形と流体力学的な相互作用の関係
・翼弦方向への柔軟性が羽ばたき翼の安定性を向上させる
・トカゲの2足走行では胴体と尾の腰に対する角加速度が重要
・歩行,走行,ホップ,スキップ,ギャロップなどを再現できるバネ質量の2足歩行モデル
・距骨の形状の力学的特徴から化石の残る中新世時代のサルの運動形態を推定する
・クモの巣(袋状や漏斗状など)の3次元形状を断層映像から再現する
・非晶質な生物由来材料として非常に弾性率が高い花粉外膜の力学的特性
・ヤモリの足に着想を得たシリコンエラストマー微細構造の接着特性
・トンボの翅脈の特徴抽出による機能分類の試み
・損傷を受けたカサガイの貝殻の修復
・自家蛍光の特性を用いた昆虫のクチクラの弾性率分布の計測方法
・海中の構造物へのフジツボなどの付着を表面形状(窪みや凹凸)を利用して防止する
・二つの外葉からなる蝶や蛾の口吻の羽化時の形成には唾液の表面張力が関与している
・物体と接触すると柔軟に曲がるがそれ以外では真っ直ぐな形状を保つナナフシの触角
・多層のクチクラ層である甲虫の上翅の力学的特性
・ホップとジャンプの両方が得意な砂漠カンガルーネズミの後足の筋骨格系
・ミミズの穴掘り能力の指標となる蠕動運動によって生じる圧力の計測
・弾性流体力学の問題となる細長物体の流体中での運動を表す粗視化モデル
・鉛直姿勢でのトンボの後上方への飛行の観察とCFDによる力や流れの計算
・ナナフシの足の微細吸着構造の反応拡散モデルによる分類
・ジュラ紀の草食爬虫類の歯の化石のエナメル質分布の中性子CTによる測定
・ウニ(タコノマクラ目)の骨格の仕切り壁が軽量で高強度な構造を形成している
・種内での闘争に使われるヒツジやヤギの角の微細構造と力学的特性
・生物一般に見られる毛状構造の柔軟性,長さ,直径の変化,微細構造,毛同士の間隔など
・弱い風には葉が揺れ強い風には枝が揺れるという樹木全体の風による振動現象
・多数の精子が鞭毛によって泳ぐときに生成される大規模流れのモデル計算
・傘のような形をしたコケ植物のメスの生殖器をまねたピペットによる流体輸送
・植物(R. ciliatiflora)の種は弾けて飛んでいくとき高速回転して抵抗が減る
・地上型レーザスキャナを用いた樹木の形状計測の応用としての耐風性の見積もり
・流体構造連成によって生じる動的な局所抵抗が泳ぎや飛行に貢献する
・サメ表皮の小歯状突起を真似た微小突起が迎え角の小さい翼の揚抗比を向上させる
・経年変化をした絹の構造赤外線分光と動的熱解析を用いた構造やガラス転移点の測定
・トモグラフィックPIVを用いたヒタキの羽ばたきによる後流渦の可視化とパワーの見積もり
・二枚貝(オオノガイ)の稚貝の入水管からのろ過摂食の特徴
・中央脈と葉身の成長に伴って生じる葉の振動現象
・気泡を利用した水生昆虫チビミズムシ(M. sholzi)の大音量発生
・微細構造による摩擦の非対称性に及ぼす基質の硬さや粗さの影響
人のバイオメカニクスと同様,自然界のバイオメカニクスも流体や構造,材料,動力学,情報,制御といった問題を総合的に内包している.現象の面白さ,対象を理解したいという欲求,バイオミメティクスとしての応用への展開を含め,興味が尽きない.
〔後藤 知伸 鳥取大学〕
参考文献
(1)8th World Congress of Biomechanics(WCB2018)
http://wcb2018.com/online-programme/(参照日2019.3.27)
(2)Biomechanics in nature I, a tribute to Prof R. McNeill Alexander
https://app.oxfordabstracts.com/events/123/sessions/841?view=published(参照日2019.3.27)
(3)Biomechanics in nature II, a tribute to Prof R. McNeill Alexander
https://app.oxfordabstracts.com/events/123/sessions/793?view=published(参照日2019.3.27)
(4)Ishikawa, T., Biomechanics can provide a new perspective on microbiology
https://app.oxfordabstracts.com/events/123/sessions/621?view=published(参照日2019.3.27)
(5)Microbial biomechanics
https://app.oxfordabstracts.com/events/123/sessions/675?view=published(参照日2019.3.27)
(6)7th International symposium on Aero Aqua Bio-mechanisms(ISABMEC2018)
http://www.abmech.org/isabmec2018/(参照日2019.3.27)
(7)Journal of Aero Aqua Bio-mechanisms
https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jabmech/list/-char/en(参照日2019.3.27)
(8)Nakata, T., Noda, R. and Liu, H., Fluid-structure interaction enhances the aerodynamic performance of flapping wings: a computational study, JBSE, Vol. 13, No. 2(2018), DOI: 10.1299/jbse.17-00666.
(9)Nakata, T., Noda, R. and Liu, H., Effect of twist, camber and spanwise bending on the aerodynamic performance of flapping wings, JBSE, Vol. 13, No. 2(2018), DOI: 10.1299/jbse.17-00618.
(10)山野彰夫, 井嶋博、自励発振を用いた泳動推進体の適応制御に関する基礎検討、日本機械学会論文集、Vol. 84, No. 864(2018), DOI: 10.1299/transjsme.18-00054.
(11)嵯峨宣彦, 手銭聡, 佐藤俊之, 永瀬純也, 遠藤匠、ミミズの筋構造を模した蠕動運動型ロボットの開発、日本機械学会論文集、Vol. 84, No. 861(2018), DOI: 10.1299/transjsme.17-00548.
(12)第31回バイオエンジニアリング講演会
https://www.jsme.or.jp/conference/bioconf18-2/datas/program_181201v6.pdf(参照日2019.3.27)
(13)Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
https://www.pnas.org/(参照日2019.3.27)
(14)Journal of the Royal Society Interface
https://royalsocietypublishing.org/journal/rsif(参照日2019.3.27)
(15)Journal of Experimental Biology
http://jeb.biologists.org/(参照日2019.3.27)
4.3 インパクトバイオメカニクス
インパクトバイオメカニクス研究は,日本国内では自動車技術会や日本機械学会が主な発表の場となっており,自動車技術会のインパクトバイオメカニクス部門委員会や,機械学会バイオエンジニアリング部門所属の分科会では傷害バイオメカニクス研究会や頭部外傷症例解析研究会において,医学,工学,理学,リハビリテーション学など,多角的な観点から学術交流が行われている.
インパクトバイオメカニクスは,人体が外部衝撃を受けた際の傷害発生メカニズムの解明や,傷害基準値,傷害低減手法の開発を研究領域とし,その始まりは米国の軍事関連の研究に遡る.毎年米国で開催されるStapp Car Crash Conferenceは,衝突安全の分野では世界で最も水準が高い学会であり,62回目の会議が2018年11月にサンディエゴで開催された.米国から8件,フランス,日本よりそれぞれ3件の計14件の論文が,8件の短報が発表された.
胸腹部と傷害のセッションでは,加速度計,荷重計,変位計などのセンサーが搭載された人体ダミーを,自動車を想定した台車(スレッド)に乗せた衝突試験に関する発表があった.人体ダミーとの比較に屍体の胸部を用い,下肢(膝)の拘束とエアバッグの位置の違いによる胸部のたわみと傷害リスクの関係(1)を調べた発表や,スレッド試験における人体ダミーの挙動を人体有限要素モデルで再現し,肩や腰のベルトの形状や装着位置が胸部のたわみに及ぼす影響(2)を調べた発表があった.また,小児と成人のヒト肋骨を用いた振り子による衝撃曲げ応答試験より,肋骨の構造的特性が肋骨骨折に与える影響(3)を調べた発表や,ヒト胸部に結合している上肢や表面組織,内臓を取り除いた組織の衝撃試験より,肋骨周囲の結合組織が肋骨の挙動に与える影響(4)を調べた発表もあった.このような成果は,人体ダミー,コンピューターモデルの開発や特性変更に新たなデータを提供するだけでなく,胸部の傷害基準にも貢献する.また人体ダミーの人体特性に対する忠実度(Biofidelity)を評価する判断材料にもなるデータである.
頸椎,頭部・脳組織反応と損傷のセッションでは,ヒト頸椎の傷害リスク曲線やヒト頭部有限要素モデルに関する発表があった.戦場での爆破により頸椎に上下方向の加速度が加わることで発症する頸椎損傷について,戦闘用ヘルメットを被せた屍体の頭頸部に落下試験を施行し,傷害リスクを計算した発表(5)や,モデルの妥当性を屍体実験から得られた脳組織と頭蓋骨の相対運動から計算した脳組織のひずみにより検討した発表(6)があった.その他,実際の交通事故による傷害データの解析や衝突時のエアバッグ作動による緊急通報システムの日本における取り組み(7)や,人体ダミーの有限要素モデル(8)や,歩行者と自動車との衝突モデルの開発と妥当性についての研究(9)などが発表された.
また,毎年欧州で開催されるインパクトバイオメカニクスに関する国際会議International Research Council on the Biomechanics of Injury (IRCOBI) が2018年9月にギリシャのアテネで開かれ,上述に加え,交通事故の傷害疫学,シートベルトやエアバックなどの拘束装置,脊椎損傷,脳震盪などのスポーツ外傷,ヘルメットの有効性,衝突直前の運転者の回避行動,下肢傷害など,多岐にわたるテーマの発表があった.
一方,コンピュータシミュレーションによる傷害リスク予測を臨床応用しようという試みも近年増えている.2018年11月に米国ペンシルベニア州ピッツバーグで開かれた米国機械学会主催のInternational Mechanical Engineering Congress & Exposition (IMECE) では,頭部外傷症例の事故解析から頭部の受傷状況を再現し,脳損傷,特に受傷直後に発見が難しいびまん性軸索損傷(DAI)や高次脳機能障害の発症リスクを予測するという発表があった(10).
このような動向は日本国内でも需要があり,2018年2月(東京ドームホテル),2019年3月(淡路夢舞台国際会議場)に開催された日本脳神経外傷学会においても同様の発表があった.コンピュータシミュレーションによる傷害リスク予測は,小児・幼児虐待の実態把握や,画像診断では特定しにくい軽症頭部外傷や高次脳機能障害の補助診断ツールとしての開発が期待される.
しかし,より正確に脳損傷の発症リスクを予測するためには,組織・細胞レベルの機能的な耐性値が要求される.例えば,DAIは頭部衝突により脳組織が変形し,脳内の神経軸索(神経線維)にひずみが負荷されることにより発症する.また軸索は脳内で配向性を持っており,材料特性だけでなく,耐性値にも異方性があると考えられる.異方性の材料特性を組み込まれた頭部有限要素モデルの開発はこれまでにも報告があるが,神経細胞の耐性値に関してはより詳細なデータが必要である.2018年のStapp会議でのベストペーパー賞(前年度のStapp会議での発表の中から傷害低減に関連するインパクトバイオメカニクスの分野に最も貢献した論文に対して贈られる)はまさに神経細胞の耐性値についての論文であった.このような発表が今後も増えることが期待される.
〔中楯 浩康 信州大学〕
参考文献
(1)Albert, D. L., Beeman, S. M., Kemper, A. R., Assessment of Thoracic Response and Injury Risk Using the Hybrid III, THOR-M, and Post-Mortem Human Surrogates under Various Restraint Conditions in Full-Scale Frontal Sled Tests, Stapp Car Crash J, Vol.62 (2018), pp.1–65.
(2)Mizuno, K., Yoshida, R., Nakajima, Y., Tanaka, Y., Ishigaki, R., Hosokawa, N., Tanaka, Y., Hitosugi, M., The Effects of Inboard Shoulder Belt and Lap Belt Loadings on Chest Deflection, Stapp Car Crash J, Vol.62 (2018), pp.67–91.
(3)Agnew, A. M., Murach, M. M., Dominguez, V. M., Sreedhar, A., Misicka, E., Harden, A., Bolte, J. H. 4th, Kang, Y. S., Stammen, J., Moorhouse, K., Sources of Variability in Structural Bending Response of Pediatric and Adult Human Ribs in Dynamic Frontal Impacts, Stapp Car Crash J, Vol.62 (2018), pp.119–192.
(4)Murach, M. M., Kang, Y. S., Bolte, J. H. 4th, Stark, D., Ramachandra, R., Agnew, A. M., Moorhouse, K., Stammen, J., Quantification of Skeletal and Soft Tissue Contributions to Thoracic Response in a Dynamic Frontal Loading Scenario, Stapp Car Crash J, Vol.62 (2018), pp.193–269.
(5)Yoganandan, N., Chirvi, S., Pintar, F. A., Banerjee, A., Voo, L., Injury Risk Curves for the Human Cervical Spine from Inferior-to-Superior Loading, Stapp Car Crash J, Vol.62 (2018), pp.271–292.
(6)Zhou, Z., Li, X., Kleiven, S., Shah, C. S., Hardy, W. N., A Reanalysis of Experimental Brain Strain Data: Implication for Finite Element Head Model Validation, Stapp Car Crash J, Vol.62 (2018), pp.293–318.
(7)Matsui, Y., Oikawa, S., Front Airbag Deployment Rates in Real-World Car Accidents in Japan and Implications for Activation of Accident Emergency Calling System, Stapp Car Crash J, Vol.62 (2018), pp.393–413.
(8)McNamara, K. P., Jones, D. A., Gaewsky, J. P., Putnam, J. B., Somers, J. T., Weaver, A. A., Stitzel, J. D., Validation of a Finite Element 50th Percentile THOR Anthropomorphic Test Device in Multiple Sled Test Configurations, Stapp Car Crash J, Vol.62 (2018), pp.415–442.
(9)Song, E., Petit, P., Uriot, J., Modelling of an Adjustable Generic Simplified Vehicle for Pedestrian Impact and Simulations of Corresponding Reference PMHS Tests Using the GHBMC 50th Percentile Male Pedestrian Simplified Model, Stapp Car Crash J, Vol.62 (2018), pp.443–487.
(10)Hayashi, S., Nakadate, H., Zhang, Y., Mekata, K., Yamashita, K., Nakayama, S., Kohmura, E., Matsui, Y., Ji, H., Aomura, S., Reproduction Analysis of Injury Condition Using Finite Element Modeling of the Head in Cases With Traumatic Higher Brain Dysfunction Caused by Traffic Accidents, IMECE2018-86945.
4.4 リハビリテーション工学・福祉工学
内閣府がまとめる平成30年版高齢社会白書(1)によれば,2017年10月1日現在の65歳以上人口は3,515万人を数え,総人口1億2,671万人に対して27.7%を占める.このような超高齢社会において,我が国では「一億総活躍社会」「働き方改革」などの対策を進めており,厚生労働省は2018年4月に「介護ロボット開発・普及推進室」を設置し,現場のニーズに即した実用性の高い介護ロボットの開発と普及の好循環を創出することによる介護現場の革新を目指している(2).このように,高齢者の生活の質(QOL:Quality of Life)の向上をはかり,日常生活動作(ADL:Activity of Daily Living)を低下させないためにはリハビリテーション工学・福祉工学の発展が不可欠であり,それを支える我が国の環境は充実しつつある.
このことも一因であろうか,本学会の2018年度年次大会(2018年9月,大阪)では福祉技術に関する特別企画が多数催された(3).例えば,「ロボットと共存する日本の将来社会に向けて」と題する特別講演や,「人をサポートする最新テクノロジー」と題する市民フォーラム,「医療・バイオに展開するロボティクス・メカトロニクス」と題する基調講演,「医療・福祉・教育分野のためのアクチュエータおよびデバイス研究開発」と題するワークショップなどが開催された.また,最新の研究発表に関しても本大会では「診療技術と臨床バイオメカニクス」と題するオーガナイズドセッションで18件もの発表がなされており,それらの研究成果はリハビリテーションや福祉に直接貢献するものも多く,学会員の関心の高さが窺えた.
第31回バイオエンジニアリング講演会(2018年12月,福島)では,「福祉工学」のオーガナイズドセッションが立ち上げられ,5件の発表があった(4).本セッションでの発表は,歩行訓練システム,嚥下機能計測,握り心地評価,移乗介助,義足膝接手機能のシミュレーションと,非常にバリエーションに富むものであり,本研究分野の幅広さと懐の深さが感じられた.
世界的な動向に目を転じても事情は大きく変わらないようだ.例えば15th International Symposium on Computer Methods in Biomechanics and Biomedical Engineering and 3rd Conference on Imaging and Visualization(CMBBE2018, 2018年3月,リスボン(ポルトガル))では,リハビリテーションや装具に注目したセッションが立てられるとともに,多くの研究が目指すゴールは広義な福祉であった(5).
さて,リハビリテーション工学・福祉工学に対しては,当然ながら医学系の研究者たちも盛んに取り組んでいる.第33回日本整形外科学会基礎学術集会(2018年10月,奈良)では,2日間に全体で54のセッションが立てられ,診察や治療技術に関する研究に加えてリハビリテーションに関する発表も多数見受けられた(6).また,医学者だけでなく理学療法士(PT: Physical Therapist)や作業療法士(OT: Occupational Therapist)も多数参加する日本リハビリテーション医学会第55回学術集会では,ロボットを用いたリハビリテーションに関する教育講演や特別セッションが複数設けられた(7).
しかし,医学系学会への工学者の学会参加はいまだ少なく,力学の観点からの発表は非常に限られているのが現状である.以前に比べ,医学と工学の垣根は大幅に低くなったように感じられるが,より密接な医工連携を通じてリハビリテーション工学・福祉工学を新たな視点で見つめなおし,相互の知見を共有することによって,本分野のさらなる発展に繋がると期待される.
〔小関 道彦 信州大学〕
参考文献
(1)平成30年高齢社会白書,内閣府
(2)厚生労働省報道発表資料 https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000201028.html(参照日2019年4月8日)
(3)日本機械学会, 2018年度年次大会講演論文集,(2018).
(4)日本機械学会, 第31回バイオエンジニアリング講演会講演論文集,(2018).
(5)The Proceedings of 15th International Symposium on Computer Methods in Biomechanics and Biomedical Engineering and 3rd Conference on Imaging and Visualization,(2018).
(6)日本整形外科学会誌, Vol.92, No.8,(2018).
(7)日本リハビリテーション医学会第55回学術集会抄録集,(2018).
4.5 治療機器
手術治療においてロボット外科手術が臨床で広く用いられるようになり,日本外科学会が遠隔手術のガイドライン作りに着手し,日本でも熟練医師が離れた位置の病院にある手術ロボットを遠隔操作し患者を手術することが行われようとしている.現在ロボット外科手術に広く用いられている手術手技は,シャフトが硬く曲がらない内視鏡および手術ツールを用いた,腹腔鏡手術に代表される硬性鏡手術である.近年,硬性鏡以外の手術手技と低侵襲医療機器に対してロボティクス化が試みられ,具体的な広がりを見せ始めている.
例えば,先端が柔らかい針金状のガイドワイヤーと,高分子製のチューブであるカテーテルを血管内に挿入し,狭心症や心筋梗塞の原因となる心臓周囲にある冠動脈の血管内狭窄を,バルーン(風船)を搭載したカテーテルを用いて血管内から狭窄部を広げる治療は,経皮的冠動脈インターベンション(PCI)と呼ばれ近年手術件数が増加している.血管の位置と走行,およびガイドワイヤーとカテーテルの血管内における位置関係は,放射線を用いた透視と血管造影によるため,ある程度の被ばくが避けられない.繰り返しそのような環境に曝される医師のリスクを減らすため,放射線被ばくを防ぐ防護壁越しに,患者近くに設置されたロボットを操作しガイドワイヤーとカテーテルを操作するロボット支援PCIが実現され,例えばCorindus Vascular Robotics社のCorPathシステムがFDAに承認され臨床の現場で使われている.操作性において熟練医師の技術を越えるものではないが,今後,機構の改善,多くのセンサシステムの搭載,およびインターフェースの改善などにより,熟練医師に匹敵,または熟練医師にも難しい手技を実現できるようになる可能性を秘めている.
また,その他の低侵襲手術手技として,シャフトが柔らかく体内で屈曲できる内視鏡は軟性内視鏡と呼ばれ,口や鼻の穴から胃などの上部消化管の中へ,また肛門から逆行性に腸内へ挿入され,消化器内のポリープやがんを探し,その場で病変部を除去する手術を行うことができ,近年広く臨床の現場で行われている.軟性内視鏡は医師が屈曲操作ノブの付いた把持部を手に持って操作するが,操作部の保持と移動および屈曲操作をロボティクス化し,内視鏡の保持,挿入操作の安定性を向上させるとともに,操作精度を上げることが試みられている.
2018年11月8日-10日に開催されたSMIT2018-IBEC2018 Joint Conference(Seoul, Korea)(1)では,低侵襲医療における様々な手術ロボットの開発について発表がなされ,また2018年11月9日-11日に開催された日本コンピュータ外科学会大会(奈良)(2)では,前述のPCI手技のロボティクス化を意識したコントロールケーブルの発表と機器展示があり,また,様々な医療ロボティクスについて研究発表がなされた.
これらは患者の体外におけるロボティクス化であるが,まだ実用化には段階を踏む必要はあると思われるものの,体内で動作,治療を行う治療機器およびロボットも様々な施設で研究開発が試みられている.前述の日本コンピュータ外科学会においても,治療機器に搭載することを目指したマイクロセンサ,マイクロアクチュエータの発表がみられ,2018年10月30日-11月1日に開催された「センサ・マイクロマシンと応用システム」シンポジウム,更に同時開催のマイクロ・ナノ工学シンポジウム(札幌) (3)においては,体内における計測診断を目指したマイクロセンサ,低侵襲医療機器と組み合わせ治療をアシストするセンサシステムなどについて多くの発表がみられた.また,2018年1月21日-25日に開催のMEMS 2018(Belfast, Northern Ireland, UK)(4)でも,検査,治療中に体内でセンシングを行うマイクロセンサの発表がみられている.
治療の対象である人体の臓器,生体組織は柔らかく弾性を持ち,また表面は滑り性を有し,臓器,組織ごとにその形態や特徴が様々異なる.また,それら臓器に対する手術手技は様々であり,病的な狭窄部の拡張,術野を確保するための圧排,さらに挙上,切開,剥離,止血など多岐にわたる.治療機器とそのシステムの更なるインテリジェント化,ロボティクス化に伴い,治療対象とする臓器,組織の形状と特性に適したハンドリング,精緻な治療介入が可能となり,将来は熟練医師でも難しかった,短時間で,安全かつ精緻な,患者に優しく,また術者との連携をより密にした治療機器が開発されると予想され,本年はそのような機器の発展と要素技術の萌芽が多くみられた年であった.
〔芳賀 洋一 東北大学〕
参考文献
(1)SMIT2018-IBEC2018 Joint Conference
http://www.smit2018.com/(参照日2019年7月14日)
(2)第27回日本コンピュータ外科学会大会
http://jscas27.jp/(参照日2019年7月14日)
(3)第35回「センサ・マイクロマシンと応用システム」シンポジウム
http://www.sensorsymposium.org/2018/index_j.html(参照日2019年7月14日)
(4) The 31st IEEE International Conference on Micro Electro Mechanical Systems (MEMS 2018)
https://www.mems2018.org/(参照日2019年7月14日)
4.6 ティッシュエンジニアリング
さまざまな定義はある中で,ここでは細胞から臓器までを視野に入れた広い意味からのティッシュエンジニアリングの状況に関しての動向を示す.臨床への速やかな展開を期待されているiPS細胞やES細胞を利用する幹細胞技術研究の進展の中で,治療への架け橋としてティッシュエンジニアリングの技術開発に対する高い要請もあり,幅広い研究開発が推進されている(1).特に,2018-2019年はさまざまな臨床研究への承認が進んだ年となった.シート状の細胞を利用した治療技術に関しては,皮膚治療のための製品や,自己筋肉細胞由来の心筋細胞シートなどすでに臨床利用可能なものとして商品化されており,さらに網膜シートなどは大きな成果を示しつつある.こうした中,2018年には重症虚血性心筋症の患者に対して他家由来のiPS細胞により作成される心筋細胞シートを作成し移植する治療法(2)に関して,臨床研究が開始されることとなった.また,ES細胞由来の肝臓細胞を移植することで高アンモニア血症を生じる先天性代謝異常症の治療として利用する臨床研究に関しても準備が進んでおり,細胞,組織と着実に患者に届く医療に向けて精力的な研究がすすめられている.特に細胞をさまざまな形で体内に移植する治療に関しては,細胞治療として幅広い注目が集まっており,前述の肝臓細胞や1型糖尿病治療のための膵島細胞などの臨床利用が進められようとしている.しかしながら,こうした細胞は研究用に用いられている細胞株などとは異なり,非常に虚弱であり細胞をやさしく取り扱うための技術開発(3)が求められており,機械学会バイオエンジニアリング部門に関連するJBSEにおいてもいくつかの報告がなされている.さらに,免疫細胞にキメラ抗原受容体を発現させ,体外で増殖させ,体内に戻し治療を行う免疫療法であるCAR-T療法が2019年に入り国内においても承認(4)され,その治療に期待が集まっている.しかしながら,患者由来の免疫細胞を体外で培養し,移植する必要があり,そのコストや納期など課題も多く,こうした治療を誰にでも届く医療とするためには品質管理,量産,低コスト化などまさに機械工学からの貢献が求められており,ここでは詳述はできないが各社から細胞製造プロセス技術が提案,紹介された年となった.
そして,組織から臓器への展開に向けて基礎研究も精力的にすすめられている.国内でも研究が承認された動物の体内を利用して臓器を構築する胎生臓器ニッチ法やキメラを利用する技術の紹介は他誌にゆずるが,工学的な技術により臓器機能を再構築するための研究も精力的にすすめられている.単独の細胞や細胞シートだけでは複雑な臓器機能を実現することが難しく,より多くの細胞を有機的に機能させるために血管構造を有する組織への展開が求められている.規模が大きくなることで,酸素や栄養などの供給が必要不可欠となりそのための血管機能が重要不可欠である.こうしたことから,特に組織内に血管を誘導するための研究(5),臓器再生への足場として臓器から細胞を取り除いた脱細胞化に関する研究(6)など,機械工学的な側面からも幅広い取り組みが進められている.そらに,構築された臓器を体外で維持し,さらには再生をはかるために,移植医療用の臓器保存技術を基盤とし体温で血液を灌流する恒温臓器機械灌流技術の臨床研究(7)も進展しており,確実にいのちをつなぐことができる移植医療への架け橋として幅広い研究がすすめられている.
ティッシュエンジニアリングの分野においては細胞工学から組織へと進展し,組織のみならず血液などの流れと機能との相互作用を考える臓器工学への展開がはじまっており,いっそうの機械工学からの貢献が求められている.
〔小原 弘道 首都大学東京〕
参考文献
(1) 再生医療研究開発2019基礎研究の早期実用化を目指して,2019.01,国立研究開発法人 日本医療研究開発機構
(2) iPS細胞から作製した心筋細胞による臨床研究の開始について,2018年5月16日、厚生労働省の再生医療等評価部会
(3) 絵野沢 伸,細胞移植は臓器移植に代わることができるか-肝細胞移植を例に-,Organ Biology Vol.25 NO.2 2018, DOI: 10.11378/organbio.25.129.
(4) PMDA 再生医療等製品(添付文書) http://www.pmda.go.jp/safety/info-services/ctp/0001.html(参照日2019年4月8日)
(5) Song HG, Rumma RT, Ozaki CK, Edelman ER, Chen CS. Vascular Tissue Engineering: Progress, Challenges, and Clinical Promise. Cell Stem Cell. 2018;22(3):340–354. DOI: 10.1016/j.stem.2018.02.009.
(6) Taylor DA, Sampaio LC, Ferdous Z, Gobin AS, Taite LJ. Decellularized matrices in regenerative medicine. Acta Biomater. 2018;74:74–89. DOI: 10.1016/j.actbio.2018.04.044.
(7) Nasralla D, Coussios CC, Mergental H, et al. A randomized trial of normothermic preservation in liver transplantation. Nature. 2018;557(7703):50–56. DOI: 10.1038/s41586-018-0047-9.