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機械工学年鑑2020
-機械工学の最新動向-

7. 熱工学

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章内目次

7.1 伝熱および熱力学
 7.1.1 概説7.1.2 熱物性7.1.3 伝熱7.1.4 熱交換器
7.2 燃焼及び燃焼技術

 7.2.1 燃焼7.2.2 燃焼技術・燃料

 


7.1 伝熱および熱力学

7.1.1 概説

 熱工学は機械工学における基幹分野のひとつである.工業製品のみならず医療や気象など,取り扱う時間および空間スケールは対象によって何桁にもわたっており,の輸送と制御は今なお多くの解決すべき課題を有している.近年では,持続可能な社会の実現に向けた諸分野との連携の中において,,そしてより広い意味では,物質の輸送と反応,さらにはそれらが生起する場を構成する材料およびその空間構造と発現する諸性質を扱う熱工学の役割は極めて大きい.このような状況にあって,2019年の国内外における熱工学にかかわる状況を概観するために,主要な会議における動向について以下で示すこととする.
 国内においては,毎年,日本機械学会熱工学部門が主催する熱工学コンファレンスが開催されている.2019年は10月12日 (土),13日 (日)に名古屋工業大学において開催される予定であったが,台風19号の襲来により残念ながら開催中止となった(1).オーガナイズドセッションとしては,「外燃機関・排利用技術」,「火災爆発」,「電子機器・デバイスのサーマルマネジメント」,「多孔質体内の伝熱・流動・物質輸送現象とその応用」,「乱流伝熱研究の進展」,「機器設計のためのラピッドシミュレーション」,「燃料電池・二次電池関連研究の新展開」,「マイクロエネルギーの新展開」,「バイオマスの変換における熱工学」,「凝固融解伝熱および結晶成長の新展開」,「ふく射輸送制御」,「未来型エネルギー変換・推進システムのための燃焼研究」,「沸騰凝縮伝熱および混相流の最近の進展」,「熱工学コレクション2019」が企画されており,基礎研究から応用研究にわたる熱工学が関わる領域の広さが見て取れる.
 国外については,2019年12月に第2回環太平洋熱工学会議 (The 2nd Pacific Rim Thermal Engineering Conference,PRTEC2019)が,米国ハワイ州において開催された(2).この会議は,1983年から4年ごとに日米で実施されてきた日米熱工学合同会議(ASME-JSME Thermal Engineering Joint Conference,AJTEC)が2016年に新たな枠組みに変更され,第1回環太平洋熱工学会議(The 1st Pacific Rim Thermal Engineering Conference,PRTEC2016)として実施されたことに続いての開催である.「Fundamentals of Heat and Mass Transfer」,「Heat and Mass Transfer in Energy Systems」,「Micro/Nano Scale Phenomena and Thermo-Physical Properties」の大セッションで構成され,その中に,「Convective」,「Computational」,「Phase change」,「Radiative」,「Biological」,「Manufacturing」,「Measurements」,「Thermo-Physical」,「Combustion」,「IC Engine」,「Energy Devices」,「Air Conditioners & Refrigeration」,「Nano and Molecular Scale Systems」,「MEMS」,「Thermal Properties at the Micro/Nano-scale」などのキーワードを有する各セッションにおいて,合計400件ほどの講演発表が行われ,約500名が参加した.表1-1にPRTEC2019で発表された一般セッション領域ごとの件数を,2016年に開催されたPRTEC2016(3)と比較して示した.ここでは,プログラムに掲載された件数を集計した.国別の動向として特徴的なものを追記すると,「Combustion」関連における日本からの発表の割合が高いこと(2016年の50%から2019年は80%に増加)があげられる.これは「Energy Devices」でも同様であり(2016年の30%から2019年は48%に増加),日本における熱工学エネルギー関連分野の関わりが深く,学術研究において継続した取り組みがなされていることを示している.燃焼関連については,国内では,戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「革新的燃焼技術」(4)や自動車用内燃機関技術研究組合(AICE)(5)などの産学官連携が学術基盤の形成に貢献しているのではないかと考えられる.その一方で,「Air Conditioners & Refrigeration」に関するセッションでは,日本,アメリカ,韓国以外の国(主にアジア諸国)からの発表が増加(2016年の10%から2019年は38%)していたことは興味深い.また,「Radiative Heat Transfer」のセッションでは,米国からの発表が増えた(2016年の33%から2019年は60%に増加)ことも記しておく.「ナノ・マイクロ物性」においては日本からの発表が占める割合が顕著に増加している(2016年の44%から2019年は70%).「ナノ・分子スケール輸送」とともに発表件数自体も増加しており,JST-CREST「ナノスケール・サーマルマネージメント基盤技術の創出」(6),JST-さきがけ「輸送のスペクトル学的理解と機能的制御」(7)などが研究領域を牽引する役割を果たしているように思われる.
 熱工学は,や物質の輸送機構を明らかにし,工学へと展開していく役割を担っている.近年は物理的視点に加えて,反応や発,さらには系に含まれる物質の化学構造に着目して,それらがおよび物質輸送に与える影響を明らかにするという化学的な視点がますます求められている.材料科学,分析技術,シミュレーション技術の進展と相まって,機械工学を基盤とする研究者ならびに技術者への期待と要求はさらに高まっているように感じる.このような状況にあっては,シンポジウムなどの学会活動は,人が集まり議論する場,新たな刺激や着想が得られる場,として重要であり,それらに応えられるか否かもまた我々研究者ならびに技術者にかかっているではないかと考える.

表1-1 PRTEC2019とPRTEC2016での各領域発表件数の推移

〔津島 将司 大阪大学〕

参考文献

(1)日本機械学会 熱工学コンファレンス2019, 日本機械学会
https://www.jsme.or.jp/conference/tedconf19/ (参照日2020年4月6日)
(2)The Second Pacific Rim Thermal Engineering Conference
https://www.jsme.or.jp/ted/PRTEC2019/(参照日2020年4月6日)
(3)The First Pacific Rim Thermal Engineering Conference
https://www.jsme.or.jp/ted/PRTEC2016/(参照日2020年4月6日)
(4)戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「革新的燃焼技術」
https://www.jst.go.jp/sip/k01.html(参照日2020年4月6日)
(5)自動車用内燃機関技術研究組合(AICE)
https://www.aice.or.jp/(参照日2020年4月6日)
(6)JST-CREST「ナノスケール・サーマルマネージメント基盤技術の創出」
https://www.jst.go.jp/kisoken/crest/research_area/ongoing/bunyah29-2.html(参照日2020年4月6日)
(7)JST-さきがけ「熱輸送のスペクトル学的理解と機能的制御」
https://www.jst.go.jp/kisoken/presto/research_area/ongoing/bunyah29-3.html(参照日2020年4月6日)

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7.1.2 熱物性

 本項では,物性関連の研究動向の紹介,ならびに2019年に開催された国内外のシンポジウムにおける状況について解説する.
 物性分野におけるここ数年の潮流として,ナノマテリアルの新規開発の一翼を担うような,分子設計,配向制御,物性デザインや物性発現のメカニズム解明などの基礎的研究が非常にアクティブである.特に,2017年にナノ結晶でフォノンの伝播を制御できることが実験的に初めて観察され(1),さらに2018年以降は機械学習を援用することで優れた物性を有するナノ材料デザインの可能性が示されており(2)-( 4),多方面からの物性研究は今後もますます進展していくことが予測される.
 物性は幅広い学術・産業分野において必要とされる分野であるため,特定の論文誌を挙げて紹介することは非常に難しいが,物性を専門としたジャーナルとして,International Journal of Thermophysicsを挙げることができる.この論文誌は,2019年には110報の論文が発表されており,種々物質・材料・混合物の熱伝導率粘性率拡散係数の測定(5)-( 7),物性関式の作成(8),測定理論や装置の改良(9),フォノン輸送の計算(10),ヒト皮膚の光学特性測定(11)やラットのヘモグロビン値推定(12)など,多岐に渡る内容について研究が行われている.
 本部門主催行事である10月の熱工学コンファレンスは(13),名古屋で開催予定であったが,超大型の台風19号のために開催中止となり,講演論文は発表扱いとなった.本コンファレンスでは,ナノ粒子懸濁系の物性や,赤外線を用いた放射物未知の物体表面の温度測定法,放部材の熱伝導率評価,様々な電デバイスのシミュレーションや試作デバイスの性能評価,高度なふく射制御に関するものなど,物性の観点からの研究例が見られた.また,物性としての表現が難しい表面性状・濡れ性に関する研究例は多く,沸騰ヒートパイプ性能への影響の調査なども物性が関連した重要な研究といえる.他にも,9月に秋田で開催された本学会の年次大会(14)におけるワークショップやOS企画でも,CFRPシートの熱伝導計測や,固液界面における輸送機構の分子動力学計算などの関連研究発表が見られた.
 また,本学会と,韓国機械学会(KSME),アメリカ熱流体学会(ASTFE)主催の,第2回環太平洋熱工学会議(The Second Pacific Rim Thermal Engineering Conference, PRTEC2019)が12月にマウイ島(米国ハワイ州)にて開催された(15).日本,韓国,アメリカはもちろんのこと,他にも多くの国から研究者が集い,数多くの研究発表と活発な議論が行われた.Topic (c-3)Thermal Properties at Micro/Nano-scaleでは6セッションが企画された上,「Emerging Topics in Nanoscale Thermal Transport」と題したパネルディスカッションが開催され,ナノ構造と輸送に関する最先端の研究事例紹介と今後についての議論がなされた.
 他学会の動向として,日本伝熱学会主催の日本伝熱シンポジウム(16)が5月に徳島にて開催された.ここでは,伝熱研究へのMEMS応用,ふく射輸送,ナノスケール動態の理解と制御技術による革新的材料・デバイス技術の開発など,物性に関連が深いOSの他,一般セッション「物性」も企画され,基礎から応用に渡るまで様々な発表が行われた.
 物性を専門とした学会として,日本熱物性学会主催の第40回日本熱物性シンポジウム(17)が10月に長崎にて開催された.ここでは,高温融体物性と材料プロセス,宇宙に関わる物性と制御,ナノスケール物性の評価,高分子系サーマルマネージメント(放熱や蓄熱など)材料や部材の開発と評価,材の物性計測と評価,食品ならびに生物資源における物性,マテリアルズインフォマティクスに関わる物性データベースと技術,熱流計測と熱流センサーの応用のOSに加え,多くの一般セッションが開催された.建築材,断熱材,高分子材料や食品の各種物性,新測定技術開発に加え,マテリアルインフォマティクスと物性に関する発表も数多く見られた.国際会議では,第12回アジア熱物性会議(12th Asian Thermophysical Properties Conference, ATPC)(18)が,10月に西安(中国)で開催された.本会議は,アジア,欧州,アメリカで毎年会場を移して開催される国際会議シリーズで,約200名の参加者の下,熱力学性質の測定に関するものから新規計測技術開発まで幅広い発表がなされた.
 技術革新や新物質・新材料の発展のためには物性情報は必須であり,これからも物性研究の必要性はなくならないと思われるが,マテリアルインフォマティクスなど非常に新しい分野にも見られるようになっており,少し前の「誰かが発見・開発した材料の性質を測定する」後追い型ではなく,物性が先導するようなスタイルも散見され,今後の進展がますます期待される.

〔元祐 昌廣 東京理科大学〕

参考文献

(1)Marie, J. Anifriev, R. Yanagisawa, R. Voltz, S. Nomura, M. Heat conduction tuning by wave nature of phonons, Science Advance, Vol.3 No.8 e1700027 (2017)DOI:10.1126/sciadv.1700027.
(2)Yang, H. Zhang, Z. Zhang, J. Zeng, X-C. Machine learning and artificial neural network prediction of interfacial thermal resistance between graphene and hexagonal boron nitride, Nanoscale, Vol.10, pp. 19092-19099 (2018)DOI: 10.1039/C8NR05703F.
(3)Qian, X. Peng, S. Li, X. Wei, Y. Yang, R. Thermal conductivity modeling using machine learning potentials: application to crystalline and amorphous silicon, Materials Physics Today, Vol. 10, 100140 (2019)https://doi.org/10.1016/j.mtphys.2019.100140
(4)Wu, S., Kondo, Y., Kakimoto, M. Kakimoto, M. Yang, B. Yamada, H. Kuwajima, I. Lambard, G. Hongo, K. Xu, Y. Shiomi, J. Schick, C. Morikawa, J. Yoshida. R. Machine-learning-assisted discovery of polymers with high thermal conductivity using a molecular design algorithm, npj Computational Materials, Vol. 55, 66 (2019)https://doi.org/10.1038/s41524-019-0203-2
(5)Camarano, D.M., Mansur, F.A., Santos, A.M.M. L. Ribeiro, S. Santos, A. Thermal conductivity of UO2–BeO–Gd2O3 nuclear fuel pellets. International Journal of Thermophysics, Vol.40, 110 (2019). https://doi.org/10.1007/s10765-019-2574-5
(6)He, F. Qi, Z. Zhen, W. Wu, J. Huang, Y. Xiong, X. Zhang, R. Thermal conductivity of silica aerogel thermal insulation coatings. International Journal of Thermophysics, Vol.40, 92 (2019)https://doi.org/10.1007/s10765-019-2565-6
(7)Zangi, P. Rausch, M.H. Fröba, A.P. Binary diffusion coefficients for gas mixtures of propane with methane and carbon dioxide ,easured in a Loschmidt cell combined with holographic interferometry. International Journal of Thermophysics, Vol.40, 18 (2019). https://doi.org/10.1007/s10765-019-2484-6
(8)He, Y., Cao, C., Xu, J. et al. A new empirical equation for the specific thermal capacity of aqueous LiCl solutions in a wide range of conditions. International Journal of Thermophysics, Vol.40, 100 (2019). https://doi.org/10.1007/s10765-019-2558-5
(9)Gaiser, J. Stripf, M. Henning, F. Enhanced transient hot bridge method using a finite element analysis. International Journal of Thermophysics, Vol.40, 12 (2019)https://doi.org/10.1007/s10765-018-2476-y
(10)Xiong, R. Yang, C. Wang, Q. Zhang, Y. Li, X. Spectral phonon transport engineering using stacked superlattice structures. International Journal of Thermophysics Vol.40, 86 (2019)https://doi.org/10.1007/s10765-019-2552-y
(11)Kono, T. Yamada, J. In vivo measurement of optical properties of human skin for 450–800 nm and 950–1600 nm wavelengths. International Journal of Thermophysics, Vol.40, 51 (2019). https://doi.org/10.1007/s10765-019-2515-3
(12)Olvera Vazquez, S.J., Villanueva López, C., Macías Mier, M. Alvarado Noguez, M.L. Orea, A.C. Qualitative determination of hemoglobin in rats with septic shock by photoacoustic spectroscopy. Journal of Thermophysics, Vol.40, 66 (2019). https://doi.org/10.1007/s10765-019-2534-0
(13)日本機械学会熱工学部門, 熱工学コンファレンス2019講演論文集 (2019).
https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jsmeted/-char/ja
(14)日本機械学会, 日本機械学会2019年度年次大会講演論文集 (2019).
(15) Proceedings of The 2nd Pacific Rim Thermal Engineering Conference (PRTEC2019)(2019).
(16)日本伝熱学会, 第56回日本伝熱シンポジウム講演論文集 (2019).
(17)日本熱物性学会,第40回日本熱物性シンポジウム講演論文集 (2019).
(18)Proceedings of the 12th Asian Thermophysical Properties Conference (ATPC)(2019).

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7.1.3 伝熱

 2019年の伝熱関連研究の動向を概観するために,ASMEのJournal of Heat Transfer(vol. 141 Issue 1-12)に発表された論文についてトピックでの分類を行った.また日本機械学会論文集(85巻 869~880号)および機械学会熱工学部門と日本伝熱学会が共同編集を行う論文誌Journal of Thermal Science and Technology(JTST, vol. 14 Issue 1-2)に発表された論文のうち伝熱に関するものを抽出し,同様の分類を行った.以上の3誌の結果を表1-2にまとめる.表1-2は分類のカテゴリーも含めて機械工学年鑑2018,2019を踏襲しており定点観測的な意味づけもできるだろう.ASME J. Heat Transferの論文総数は212件であった.直近の3年では165件(2016),179件(2017),226件(2018)であったので,概ね近年と同程度である.「マイクロ・ナノ伝熱」「・物質輸送」の掲載論文が多いなど論文数の分布の傾向も近年と類似しているが,唯一,「熱交換器」が28件とここ3年(7件,6件,4件)に比べて大幅に多い.特集号が企画されたことも一因であるが,それに関する14件を差し引いたとしも倍増している.日本機械学会論文集とJTSTに掲載された伝熱関連論文は,それぞれ33件と14件であった.ただし機械工学年鑑2018,2019にならい,表1-2では燃焼分野の論文をその他に分類している.いずれも論文数が少なめであるため分野について明確な傾向を読み取ることは難しい.JTSTについては最近3年では毎年30~40件の論文が掲載されていたが,2019年は半減した.

 

表1-2 伝熱関係主要論文誌と分野別論文数(2019)

 

 国際会議における研究発表の状況について概観する.第7回アジア計算熱流体シンポジウム(The 7th Asian Symposium on Computational Heat Transfer and Fluid Flow ASCHT2019)は2019年9月3日から7日までの期間に東京理科大学(東京)にて開催された.本会議はアジア地区で2年ごとに開催され,今回は日本伝熱学会が主催し,アジア熱科学工学連盟(Asian Union of Thermal Science and Engineering AUTSE)と日本機械学会の後援のもと開催された.会議は2件のプレナリー講演,10件のキーノート講演,216件の一般講演で構成された.一般講演は14のトピックに分類され,中でもHeat Transfer and Fluid Dynamics,Multiphase and Multi-Component Flows,Micro/Nano Fluid Dynamics and Heat Transfer,Turbulence,Heat Exchangers はそれぞれ20件以上の講演がありこれら5つのトピックで一般講演の75%を占めた.これら以外にはFlow and Heat Transfer Control,Bio-Fluid Dynamics and Heat Transfer, Reacting Fluid Flows,Radiative Heat Transfer,Industrial Heat Transfer,Energy and Environmental Systems,Multi-Scale and Multi-Physics Modeling,Surrogate Modeling and Optimization,“Uncertainty Analysis, Parameter Estimation,Inverse Problems”のトピックが設けられた.数値計算を軸とする会議であり,解析手法やモデルの開発・検証や各種熱流動現象の数値解析結果が報告された.特に後者については商用の汎用シミュレーションソフトウェアを利用した研究報告も広がっている.

 第2回環太平洋熱工学会議(The Second Pacific Rim Thermal Engineering Conference, PRTEC2019)が2019年12月13日から17日までの期間にマウイ島で開催された.本会議はJSME,KSME,ASTFE(The American Society of Thermal and Fluids Engineers)の3者が共同で4年毎に開催する国際会議シリーズの第2回である.伝熱,熱物性,燃焼などを包含する会議であり,7件のプレナリー講演,15件のキーノート講演,370件を超える一般講演,2件のパネルセッションで構成された.一般講演については,第1回会議を踏襲し(a)Fundamentals of Heat and Mass Transfer,(b)Heat Transfer in Energy Systems,(c)Micro/Nano Scale Phenomena and Thermo-Physical Propertiesの3つのテクニカルトラックに大別され,さらにその下に設けられた計16のトピックに分類された.伝熱関連の講演を表1-2のカテゴリーに沿って分類したところ,・物質輸送,蒸発沸騰凝縮,マイクロ・ナノ伝熱の講演数が多いなどその分布は表1-2中のASME J. Heat Transferに比較的近く,伝熱研究に関する包括的な議論・情報収集が可能な会議と考えられる.

 国内会議における研究発表の状況について概観する.国内会議での講演は速報性が高く,国内の最新の研究動向を反映していると考えられる.第56回日本伝熱シンポジウムが2019年5月29日から31日までの期間にあわぎんホール徳島県郷土文化会館で開催された.近年の形式を踏襲した一般セッション,オーガナイズドセッション(OS),優秀プレゼンテーション賞セッションおよび特定推進研究特別ワークショップに加え,新しい試みである国際セッションも企画された.OSは新規に企画された「ふく射輸送」と「伝熱研究へのMEMSの利用」を含めて,「水素・燃料電池・二次電池」,「化学プロセスにおける熱工学」,「熱エネルギー材料・システムのための・物質輸送促進」,「乱流を伴う 伝熱研究の進展」,「燃焼伝熱研究の最前線」,「非線形熱流流体現象と伝熱」,「ナノスケール熱動態の理解と制御技術による革新的材料・デバイス技術の開発」,「人ととのかかわりの足跡」の10件が企画され,138件の講演があった.また一般セッションはバイオ伝熱沸騰凝縮,電子機器の冷却,強制対流ヒートパイプ.多孔体内の伝熱物質移動,計測技術,融解凝固,分子動力学, 混相流自然対流自然エネルギー,空調・熱機器,熱物性,ナノ・マイクロ伝熱,熱音響が設定され175件の講演があった.表1-2のカテゴリーに沿って分類したところ,マイクロ・ナノ伝熱,蒸発沸騰凝縮,燃料電池・反応,生体の物質移動,熱システムの講演数が多かった.

 熱工学部門主催の熱工学コンファレンス2019は2019年10月12, 13日に名古屋工業大学で開催される予定であったが,台風の影響で全日程が中止された.ただし日本機械学会の対処方針に沿い,講演論文は既発表として扱われ,講演論文集も発行された.本会議は発表の8割近くがOSの枠組みで予定されていた.OSは新規に企画された「乱流伝熱研究の進展」,「機器設計のためのラピッドシミュレーション」のほか,「外燃機関・排熱利用技術」,「火災爆発」,「電子機器・デバイスのサーマルマネジメント」,「多孔質体内の伝熱・流動・物質輸送現象とその応用」,「燃料電池・二次電池関連研究の新展開」,「マイクロエネルギーの新展開」,「バイオマスの変換における熱工学」,「凝固融解伝熱および結晶成長の新展開」,「ふく射輸送制御」,「未来型エネルギー変換・推進システムのための燃焼研究」,「沸騰凝縮伝熱および混相流の最近の進展」,「熱工学コレクション2019」の計14件であり,約40件の一般講演とあわせて講演論文数は180余りであった.実質的に継続されているOSが多いこともあり,論文数の多い分野の変化は大きくない.表1-2のカテゴリーに沿って分類すれば,蒸発沸騰凝縮融解凝固といった相変化に関する論文や,燃料電池・反応および電子機器冷却に関する論文が多いことが本会議の近年の特徴となっている.

 以上,2019年に発表された伝熱関連の研究論文と研究発表について,日本機械学会が発行する学術誌および,主催・後援する国際・国内会議を中心に概観した.全体を通じて,・物質輸送,蒸発沸騰凝縮,マイクロ・ナノ伝熱のカテゴリーに分類される論文・講演の割合が高かったことは,近年と同様の傾向であった.個人的には,中でもマイクロ・ナノ伝熱の研究は活発に展開されている印象で,PRTEC2019で企画されたパネルセッション “Emerging Topics in Nanoscale Thermal Transport”は象徴的と感じた.また沸騰における界面近傍現象など,マクロな系における局所現象に切り込む研究も従来通り盛んである.高い時間・空間分解能が要求され計測が困難な現象に対しては理論・数値計算は重要なアプローチである.一部では機械学習の利用あるいは組込みが実施されており今後の展開に注目したい.いっぽう測定が困難であることが数値解析への期待とその発展の理由のひとつではあるが,そこを押して一歩進めようとする実験的研究は今後さらに重要性を増すと思われる.ふたつの国内会議においては,それぞれ10以上のオーガナイズドセッションが組まれた.個々のトピックに関する先進的な議論が継続的に実施されており,その分野の研究を深化させる仕組みとして機能している.両会議において,伝熱に関するOSが新規にそれぞれ2件企画されたことは,今後の分野の発展を予感させるものであり期待したい.

〔岩井 裕 京都大学〕

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7.1.4 熱交換器

 2019年の国内外における熱交換器に関する研究動向について述べる.熱交換器に関連する研究は多岐に亘るため,対流や沸騰などの伝熱現象に関わる基礎研究の動向については前述の「伝熱」に譲り,ここでは熱交換器の構成要素や構造,ならびに熱交換器を構成要素とするシステムに関する研究の動向を中心に取り上げる.

 まず,国内における動向を調べるために,2019年に開催された熱工学関連の主な講演会を調査した.国内で開催された講演会のうち,第56回日本伝熱シンポジウム(5月・徳島),日本冷凍空調学会年次大会(9月・東京),熱工学コンファレンス(10月・愛知・台風により中止)を対象として,講演論文集のタイトルおよび緒言などを参考に「交換」または「熱交換器」をキーワードとして抽出した.

 第56回日本伝熱シンポジウムでは,「沸騰凝縮」,「空調・機器」,「自然エネルギー」,「自然対流」,「熱エネルギー材料・システムのための・物質輸送促進」のセッションにおいて,熱工学コンファレンスでは,「電子機器・デバイスのサーマルマネジメント」,「多孔質体内の伝熱・流動・物質輸送現象とその応用」,「外燃機関・排利用技術」のセッションにおいて,熱交換器に関する発表がなされた.これら2つの講演会では,具体的な応用を目指しながらも基礎的な伝熱現象に関する研究発表が多い.例えば,「多層マイクロチャンネル構造ヒートシンクの伝熱性能評価(1)」では,IGBTなどの電気デバイスの除を目的としてHFC-245faを冷媒とした高熱流束沸騰伝熱特性について報告している.「フィンレス熱交換器における空気側性能に関する研究(2)」では,ドレン排水性能を向上させるため従来の偏平多孔管の間のフィンを取り除き,偏平多孔管を密に並べたフィンレス熱交換器の提案がなされている.

 日本冷凍空調学会年次大会では,「熱交換器における技術展開」,「熱交換器の技術開発動向と開発事例」,「霜・雪・氷の諸現象と利用技術」,「吸収,吸着,ケミカル系の冷凍機・ヒートポンプ」,「デシカント・調湿・オープンサイクル空調」,「次世代冷凍システムの環境への貢献」のセッションにおいて,空調,冷凍の分野を対象として,熱交換器に関連する多数の発表が行われた.多孔管熱交換器に関しては,低GWP冷媒の沸騰熱伝達に関する研究,管材プレス成型の製作方法に関する報告,空気側の熱伝達特性に関する研究が挙げられる.また,ヘッダ管における気液二相分流特性,着霜除霜,吸着材に関する発表がされた.日本伝熱シンポジウムと日本冷凍空調学会年次大会に共通する話題としては,地熱利用での地中熱交換器伝熱特性や,地熱利用ヒートポンプシステムに関する研究が挙げられる.

 次に,学術雑誌の掲載状況より熱交換器の研究に関する国内外の動向を調査した.国内の雑誌は日本機械学会論文集,Journal of Thermal Science and Technologyであり,国外の雑誌はInternational Journal of Heat and Mass Transfer,International Journal of Thermal Science,Applied Thermal Engineeringである.国外の雑誌に関してはScienceDirectを使い,タイトルに「Heat Exchanger」を含む論文を調査対象とした.

 2019年の国内学術誌2誌での熱交換器の研究報告はわずかである.日本機械学会論文集では,航空機の空調システム設計に関する研究の2報のみであった.また,JTSTでは,ねじりテープを挿入した円管の熱伝達に関する研究の1報であった.

 国外学術誌3誌のタイトルに”Heat Exchanger”を含む論文数を表1-3に示す.Int. J. Heat and Mass Transfer では,4.2%の81報であり,楕円管フィンチューブ熱交換器やボルテックスジェネレーターによる伝熱促進,プレート熱交換器での低GWP冷媒蒸発特性に関する研究など,熱伝達特性や圧力損失特性の解析に関する研究が多い.Int. J. Thermal Scienceにおいても,コイル状のチューブ熱交換器熱伝達特性に関する研究(3報)や,ボルテックスジェネレーターによる渦生成による熱伝達解析(6報)などの熱伝達の解析に関する研究が多い.

 App. Thermal Eng.では,8.1%の131報が熱交換器に関する論文であり,具体的なアプリケーションを想定した基礎研究やシステム評価に関する研究が多い.地中利用に関する研究は16報,蓄熱に関する研究は9報,波形フィンやねじりテープ,オフセットフィンなどの伝熱促進手法を組み入れた熱交換器に関する研究は19報の報告がある.Printed Circuit Heat Exchanger (PCHE)に関する研究は7報あり,超臨界CO2流体に用いられるなどの実用に関する研究が目立つ.今後のエネルギーシステムにおいては,極低温や高温での交換や蓄熱技術の開発が重要となるであろうが,その点で,セラミック材料を用いた高温用プレートフィン熱交換器の実験的検証に関する研究(3)は興味深い.焼結炭化ケイ素を用いたプロトタイプで,800℃の高温での交換を実証している.また,再生可能エネルギー資源を使用したエネルギー貯蔵システムについてのレビュー(4)では,最新の技術開発事例が解説されている.

 表1-3に示す3誌の合計で237報の”Heat Exchanger”がタイトルにつく論文が発表されており,全論文に対する割合は5.8%と2017年から2019年で大きな変化はない.

表1-3 国外学術誌のタイトルに”Heat Exchanger”を含む論文数

〔松本 亮介 関西大学〕

参考文献

(1)西村 祐輔,岡島 淳之介,大内 琢也,小宮 敦樹,多層マイクロチャネル構造ヒートシンクの伝熱性能評価,第56回日本伝熱シンポジウム講演論文集(2019),B111.
(2)室伏 孝彦,東 朋寛,党 超鋲,飛原 英治,フィンレス熱交換器における空気側性能に関する研究,第56回日本伝熱シンポジウム講演論文集(2019),J114.
(3)Jürgen Haunstetter, Volker Dreißigacker, Stefan Zunft, Ceramic high temperature platefin heat exchanger: Experimentalinvestigation under high temperatures and pressures, Applied Thermal Engineering, Vol.151, No.25(2019), pp.364-372.
(4)Dimityr Popov, Kostadin Fikiin, Borislav Stankov, Graciela Alvarez, Mohammed Youbi-Idrissi, Alain Damas, Judith Evans, Tim Brown, Cryogenic heat exchangers for process cooling and renewable energy storage: A review, Applied Thermal Engineering, Vol.153, No.5(2019), pp.275-290.

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7.2 燃焼及び燃焼技術

7.2.1 燃焼

 本学会主催の燃焼関連の学術会議としては,ASME-JSME-KSME Joint Fluids Engineering Conference(AJKFluids2019)が7月にサンフランシスコで開催された.また,年次大会が9月に秋田で,The Second Pacific Rim Thermal Engineering Conference(PRTEC2019)が12月に米ハワイで開催された.10月に開催を予定していた熱工学コンファレンス2019は,台風19号の接近により全日程が中止となった.共催,または協賛学会としては,第56回伝熱シンポジウムが5月に徳島で,The 12th Asia-Pacific Conference on Combustion(ASPACC2019)が福岡で,第57回燃焼シンポジウムが11月に札幌で,第30回内燃機関シンポジウムが12月に広島で開催された.
 7月にサンフランシスコで開催されたAJKFluids2019では,Computational Fluid Dynamicsトラックの「Computational Turbulent Combustion」と「LES/DNS」,およびFluid Application & Systemsトラックの「Combustion」の各セッションにおいて,14件の燃焼関連研究の発表がなされた.小型のバーナを対象とした着火現象の解明といった基礎分野から,「京」コンピュータを活用した燃焼機器の大規模数値解析やガスタービン燃焼器燃焼振動の予測モデルといった応用分野まで,幅広い分野からの発表がなされた.
 秋田で開催された年次大会では,熱工学部門,動力エネルギーシステム部門,およびエンジンシステム部門等のオーガナイズドセッション「・流れの先端可視化計測」,「持続可能社会へ貢献するエンジン燃焼・潤滑・後処理技術」,「再生可能エネルギー」,「流体関連の騒音と振動」,および「流体機械の研究開発におけるEFD/CFD」において,30件を超える燃焼関連の研究が発表された.加えて,エンジンシステム部門企画のワークショップ「ディーゼル燃焼似性」において4件の話題提供がなされるとともに活発な討論が行われた.発表件数としては,ディーゼルエンジンを含むエンジン燃焼研究が20件以上と最も多く,エンジン燃焼に関連してバイオ燃料利用や水素利用等の発表も行われた.
 米ハワイで開催されたPRTEC2019では,基調講演として,内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)における「革新的燃焼技術」において研究が進められたMEMSセンサーを用いるエンジンの熱損失評価やディーゼル噴霧の構造分析に関する講演がなされた.一般セッションでは,「Fundamentals in Combustion」が7枠と最も多く,「Heat Transfer and Combustion in IC Engine」が2枠,「Heat and Mass Transfer in Combustion Systems」が「Turbulent Combustion」,「Measurement in Combustion System」,および「Combustion in Multiphase System」の3つの小セッションにわかれて1枠ずつの計12枠で40件を超える燃焼関連研究が発表された.水素やアンモニアを含む新燃料燃焼に関する研究や燃焼振動・騒音に関する研究発表が多く見られるとともに,化学反応メカニズムの構築や冷炎発生メカニズムの解明といった基礎研究,ガスタービン燃焼器やエンジンを対象とした応用研究,さらにはAI技術との連携研究など,様々な観点からの多様な研究発表が行われた.
 徳島で開催された伝熱シンポジウムにおける燃焼関連は,主に「燃焼伝熱研究の最前線」セッションにおいて5枠20講演,「非線形熱流体現象と伝熱」セッションにおいて2講演,「企業特別セッション」において企業内における燃焼シミュレーションの活用事例紹介などが行われた.基調講演として,SIP「革新的燃焼技術」の研究成果に関する講演がなされた.一般セッションでは,マイクロ燃焼燃焼振動に関する基礎研究,アンモニアや水素等の新燃料に関する研究,AI技術と連携した研究等の発表が行われた.
 福岡で開催されたASPACC2019では,プレナリー講演として,日本からは産学連携研究事業として行われた「燃焼解析プラットフォームの研究開発プロジェクト」についての講演がなされた.その他には,エンジン燃焼火災,先進的レーザー計測,電磁場による燃焼制御,ロケットエンジン燃焼などのプレナリー講演がなされた.一般セッションは13のColloquiumから構成され,「Gas-Phase Reaction Kinetics」,「Soot, Nanomaterials, and Large Molecules」,「Diagnostics」,「Laminar Flames」,「Turbulent Flames」,「Spray, Droplet, and Supercritical Combustion」,「Detonations, Explosions, and Supersonic Combustion」,「Solid Fuel Combustion」,「Fire Research」,「Stationary Combustion System and Control of Greenhouse Gas Emissions」,「Internal Combustion Engines」,「Gas Turbine and Rocket Engine Combustion」および「New Concepts」にわかれて,アジア太平洋地域を中心とする15ヶ国から394件の講演が行われた.一般セッションでは,アジア太平洋地域の特徴でもある石炭・バイオマス研究が盛んなこともあり,固体燃料燃焼に関する発表件数が50件以上と最大となっており,次いで,基礎的な研究分野である層流火炎や気化学反応理論, 噴霧燃焼,およびエンジン燃焼の分野が40件以上の発表を集めた.
 札幌で開催された燃焼シンポジウムでは,「燃焼現象の解明と推進機関への応用」と題して行われたのに加えて,基調講演として,「観測ロケットを用いたデトネーションエンジンの宇宙飛行実証」,「ISS「きぼう」での宇宙燃焼実験「Group Combustion」」および「噴霧燃焼の光学計測と数値計算」,招待講演として,「An experimental journey to quest for a general structure of laminar flames」および「Recent progress in experiments and diagnostics for combustion study -From mass spectrometry to laser spectroscopy-」と題して行われた.初日に特別企画として,若手ワークショップが企画され,「基礎研究から生まれるもの-乱流燃焼研究へのこだわり-」および「燃焼科学への紹介 NASAの”Vomit Comet”から”Dragon”まで」の2つが話題提供された.一般セッションに関しては,ほぼ例年通りの構成と比率であり,もっとも基礎となる「層流燃焼」が6セッションと多く,その次に「火災」「デトネーション」「乱流燃焼」「燃焼排出物」「着火消炎」「化学反応」といった分野が多かった.
 広島で開催された内燃機関シンポジウムでは,基調講演として,「Future Vehicle Powertrains -Employing New Engine Architectures and Connectivity-」および「SKYACTIVエンジンの進化と内燃機関の将来展望」の2講演が行われ,加えて,フォーラムとして,「次世代の移動体技術と燃料」および「将来の自動車用パワートレインと2ストローク対向ピストンガソリンエンジンの可能性」が行われた.一般セッションは,「SI機関」,「ノッキング・圧縮着火」,「ディーゼル噴霧」,「CI機関」,「潤滑」,「エンジン制御」,「ガスタービン・新コンセプトエンジン」,「ガス・水素エンジン」,「着火燃焼」,「冷却・壁面熱損失」,「数値計算」,「計測診断」,「2ストロークエンジン」および「後処理技術」にわかれ,102件の講演がなされた.特に,ディーゼル噴霧やディーゼル燃焼,基礎的な着火現象に関する研究発表が多く見られた.
 燃焼関連の学術雑誌としては,日本燃焼学会誌が4号,Combustion and Flameが12号発行されている.Combustion and Flameでは,機械学習を活用した素反応機構による数値計算やエンジン燃焼に関わる反応機構の提案,アンモニア燃焼に関する論文が注目を集めていた.Combustion Science and Technologyは12号発行され,ラージ・エディ・シミュレーション用の燃焼乱流燃焼モデルの研究や直接数値計算を用いる現象解明など,数値解析による研究が多くみられた.Progress in Energy and Combustion Scienceは6号発行され,バイオ燃料の利用技術や超音速燃焼に関する記事に注目が集まった.近年,オープンアクセスジャーナルが注目されてきているが,燃焼関連では新たにApplications in Energy and Combustion Scienceが発行された.

〔渡邊 裕章 九州大学〕

参考文献

(1)西村 祐輔,岡島 淳之介,大内 琢也,小宮 敦樹,多層マイクロチャネル構造ヒートシンクの伝熱性能評価,第56回日本伝熱シンポジウム講演論文集(2019),B111.
(2)室伏 孝彦,東 朋寛,党 超鋲,飛原 英治,フィンレス熱交換器における空気側性能に関する研究,第56回日本伝熱シンポジウム講演論文集(2019),J114.
(3)Jürgen Haunstetter, Volker Dreißigacker, Stefan Zunft, Ceramic high temperature platefin heat exchanger: Experimentalinvestigation under high temperatures and pressures, Applied Thermal Engineering, Vol.151, No.25(2019), pp.364-372.
(4)Dimityr Popov, Kostadin Fikiin, Borislav Stankov, Graciela Alvarez, Mohammed Youbi-Idrissi, Alain Damas, Judith Evans, Tim Brown, Cryogenic heat exchangers for process cooling and renewable energy storage: A review, Applied Thermal Engineering, Vol.153, No.5(2019), pp.275-290.

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7.2.2 燃焼技術・燃料

 二十世紀後半,われわれの暮らしと生産活動に必要な膨大な熱エネルギーを支えてきたのは,石炭石油天然ガスに代表される化石燃料であったことは紛れもない事実であり,燃焼技術は,微量汚染物質の排出を抑制しながら化石燃料から効率よく熱エネルギーを取り出すことに専念してきたともいえる(1)
 京都で開かれた国際連合気候変動枠組条約締結国会議(COP3,1997年)において, 温室効果ガスの排出削減計画が採択(2005年発効)されたが,参加国個々の思惑が錯綜し,ようやく2015年,COP21においてパリ協定合意が成立した.この結果,わが国は2030年の目標として,2013年度比26%の温室効果ガスの排出削減,長期的目標として2050年までに80%排出削減を目指す(2)とされている.
 CO2が真に地球温暖化の元凶であるかどうかの議論はさておき,政府が温室効果ガスの大幅削減計画を提示した以上,化石燃料を従来の形態のまま燃料として使い続けることがむずかしくなったことは否定できない.すなわち,化石燃料を空気中で燃焼させれば,必ずCO2が生成してしまうので,燃焼の前後のどこかで炭素あるいはその化合物を分離・固定しないかぎり,消費する化石燃料に比例したCO2がそのまま大気中へ排出されてしまう.したがって,燃焼技術は,これまでのように単なる燃やす技術ではなく,燃料の転換も含めた脱炭素型の発生プロセスを対象とする技術へ変化してゆくことが求められている.
 ガス中のCO2を固定・分離し,石油採掘増進剤として地下深くに圧入する技術(CCU)は,半世紀も前から米国で始まったが,実際に天然ガス採掘の随伴ガスであるCO2を海底深層部に貯留(CCS)したのは1990年代半ばのことである.以後,温暖化防止対策技術の一つとして注目され,カナダや米国においてCCUSを採用する大型石炭火力発電も操業を開始している.わが国では,苫小牧においてCCSの実証試験が行われ,2018年8月の時点で20万tのCO2が貯留されている(3).CCSは大型石炭火力発電に適した技術ではあるが,建設費が高額になることは避けられない.単純にCO2を長期にわたって貯留するだけのために発電コストがどれだけ上昇するか,経済性は引き続き大きな課題である(3)-(5).また,この技術は小規模分散燃焼機器や移動動力源に対して適用しづらく,運輸・交通部門や民生部門から排出されるCO2の処理に対しては解決策にならないと思われる.
 自動車用動力の電動化が急速に広まり,内燃機関からのCO2排出を抑制する機運が高まってきた(6)-(7).しかし,単に車載蓄電池を系統電力で充電するだけでは真のCO2ゼロにはつながらず,系統電力のエネルギー源が何であるかが問題として残る.これまで水素は燃焼性がよいにも関わらず,自然界に大量に存在する燃料ではないために,社会を支える1次燃料にはならなかったが,水力,風力,太陽光など,再生可能エネルギーから得られた電力を用いて水を電気分解すれば,カーボンフリー水素が得られることになり,燃料電池の燃料としても使用できる(8).さらに,化石燃料炭化水素を主体とした化合物あるいは混合物であるから,高温のガスガス化や改質過程において水素を生み出す.ここに先のCCS技術を組み合わせて炭素あるいはその化合物を取り除けば2次燃料としての水素が分離できる.
 東京工業大学グローバル水素エネルギー研究ユニット,第5回シンポジウム(9)において,脱炭素に向けた水素エネルギー社会が議論され,ブルネイの水素ガスを有機ケミカルハイドライドとしてわが国に輸送する国際水素サプライチェーン(10)や,オーストラリアの褐炭ガス化CCSで製造される水素のサプライチェーン(11)の建設・実証が進んでいることが取り上げられている.また,水素エネルギーに支えられた地域社会の電供給システムの実証事業も進んでいる(12)
 クリーン社会のエネルギーキャリアとして水素をみた場合,その物性からくるハンドリングの悪さは技術普及の障害になる.空中窒素の固定により合成されるアンモニアは,分子内に17.8%(w/w)の水素を含み,常温で8.5気圧程度の圧力液化するので,大量に輸送・貯蔵することが容易になる.燃焼に際して,このアンモニアから水素を分離・抽出することなく,アンモニアを直接燃料として使用できれば,脱炭素社会の有望な燃焼技術となる(13).2014年より5年間,内閣府戦略的イノベーションプログラム(SIP)「エネルギーキャリア」の研究課題としてアンモニア燃焼が取り上げられ,2019年3月に成果が報告された(14).当初懸念されたアンモニアの低燃焼性やNOx排出特性は,燃焼制御により克服可能であることが示されている.また,プログラム参加メンバーの個々の研究結果に関しては,日本燃焼学会誌に特集されている(15)
 バイオマス燃料は,もともと炭素を含むため,燃焼すれば必ずCO2の発生を伴うものであるが,森林再生過程で等しい分だけCO2が吸収されるカーボンニュートラルという考え方により,ゼロエミッションの再生可能エネルギーと定義されている.再生可能エネルギーを用いて発電された電力の固定価格買取制度(FIT)の創設以降,バイオマス・石炭混焼の大型火力発電が急速に広まったが,改めてCO2削減に対するその実効性評価と制度の再構築が進んでいる(16)(17).他方,地域社会の分散したバイオマス資源を有効活用するための小規模エネルギー変換技術の革新が求められており,バイオマスエキスポ2019(18)では,EU先進国からも多数の木質バイオマス電併給設備が紹介された.これまで実証段階で明らかになったことは,たとえ同一樹種であっても,植生地域・国によってバイオマスの燃料としての性状が複雑に異なることである.高度な燃焼技術の確立には,バイオマスの燃料としての規格の厳密化が不可欠であるといえる(19)

〔笹内 謙一 (株)PEO技術士事務所〕

参考文献 

(1)資源エネルギー庁,日本が抱えているエネルギー問題,2019年8月13日
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/energyissue2019.html,(参照日2020年2月25日)
(2)経済産業省,地球温暖化対策計画,2016年5月13日
https://www.meti.gp.jp/policy/energy_environment/global_warming/ontaikeikaku/ontaikeikaku.html(参照日2020年2月25日)
(3)中垣隆雄, Myers, Corey Adam, CCS, CCUSのレビューと技術展望, 日本機械学会誌, Vol.122, No.1203 (2019), pp.12-17.
https://www.jsme.or.jp/kaisi/1203-12/
(4)赤井誠, 短中期技術としてのCCS, 日本機械学会誌, Vol.122, No.1203 (2019), pp.4–5.
https://www.jsme.or.jp/kaisi/1203-04/
(5)秋元圭吾, パリ協定下におけるCCS・CCU技術の意義と課題,日本機械学会誌, Vol.122, No.1203 (2019), pp.6–11.
https://www.jsme.or.jp/kaisi/1203-06/
(6)塩路昌宏,水素社会の展望,日本燃焼学会誌,Vo.61. No.195(2019-2), pp.10-14.
(7)資源エネルギー庁新エネルギーシステム課,2019年水素エネルギーはどこまで広がっているか,自動車技術会誌,Vo.73(2019-10), pp.19-25.
(8)岡崎健,エネルギー源の多様化を基軸としたエネルギーのベストミックス―再生可能エネルギー導入拡大とCO2フリー水素の役割―,日本機械学会関西支部ステップアップセミナー2018教材, (2018.11.30).
(9)東京工業大学グローバル水素エネルギー研究ユニット 第5回シンポジウム「脱炭素に向けた水素導入の社会ビジョン」,2019年11月21日,東京工業大学蔵前会館.
(10)新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO),国際間水素サプライ実証事業,
https://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_100807.html (参照日2020年2月25日)
(11)資源エネルギー庁,石炭が水素を生む!?褐炭水素プロジェクト,
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/kattansuisoproject.html(参照日2020年2月25日)
(12)山口正人,水素専焼・混焼ガスタービンによる熱電供給実証事業の紹介,日本機械学会動力エネルギー部門NL No.62, (2019.9.15).
(13)赤松史光,2025年大阪・関西万博にカーボンフリー水素の炎で輝く第2の太陽の塔を!,大阪国際サイエンスクラブ会報,No.261(2020 Winter),pp.5-6.
(14)内閣府科学技術振興機構,戦略的イノベーション創造プログラムSIP.
http://www.jst.go.jp/sip/k04.html (参照日2020年1月10日)
(15)小林秀昭・ほか,特集―「アンモニア直接燃焼の社会実装に向けた取り組み」,日本燃焼学会誌,Vol.61, No.198 (2019-11), pp.277-330.
(16)資源エネルギー庁,FIT制度の抜本見直しと 再生可能エネルギー政策の再構築,(2019.4.22).
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/saisei_kano/pdf/013_01_00.pdf (参照日2020年2月25日)
(17)泊みゆき,バイオマスエネルギーの持続可能性とFIT,国際セミナー「森林バイオマスと気候変動の真実―木質バイオマスは温暖化防止に貢献するか」, NPO法人バイオマス産業社会ネットワーク,(2019.5.19).
https://www.gef.or.jp/wp-content/uploads/2019/04/5_Tomari.pdf (参照日2020年2月25日)
(18)バイオマスエキスポ2019,「バイオマス熱電エネルギーが先導する地域創生&防災まちづくり」,東京ビッグサイト,(2019.6.5). http://www.newenergy-news.com/?p=19340 (参照日2020年2月25日)
(19)澤井徹,固体バイオ燃料国際規格化研究会の立ち上げと今後の取り組み,第28回日本エネルギー学会大会 (2019.8.7)

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