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機械工学年鑑2020
-機械工学の最新動向-

11. 環境工学

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章内目次

11.1 環境工学を取り巻く状況
11.2 騒音・振動評価改善技術分野の動向
11.3 資源循環・廃棄物処理技術分野の動向
 11.3.1 ごみ処理状況
 11.3.2 地域循環共生圏における廃棄物処理
 11.3.3 地域における廃棄物処理施設
 11.3.4 プラスチック問題(海洋プラスチック,プラスチック国内処理問題)
 11.3.5 近年の大規模災害における廃棄物処理(台風15号,19号)
11.4 大気・水環境保全分野の動向
11.5 環境保全型エネルギー技術分野動向

 


11.1 環境工学を取り巻く状況

 我が国の近年の自然災害による被害は甚大で,2019年も令和元年房総半島台風や令和元年東日本台風などの42年ぶりの命名台風や九州地方の大雨などをはじめとした多くの自然災害による被害が出ている.世界においても,大規模な山火事,高潮,干ばつ,洪水,熱波,蝗害などが発生し,地球規模の気候変動との関連性が指摘されている.国連気候変動枠組条約締約国会議では,気候変動の要因と考えられている温暖化対策として,温室効果ガスの削減に向けた枠組みの構築や実施体制の強化が進められている(11.5節参照).また,温室効果ガス対策の一環で導入されている発電設備付きごみ処理施設では,高効率発電化やごみ無害化,熱電エネルギー供給,環境教育などが進められている.さらに,海洋プラスチック問題やアジア各国による廃棄物の輸入規制等の解決に向けたプラスチック資源循環戦略が2019年に策定されている.災害廃棄物の広域処理体制も整えられつつある(11.3節参照).大気環境光化学オキシダントやPM2.5の値が改善傾向にあるものの,その生成機構の複雑さや越境汚染と都市汚染の両方による影響などにより,汚染状況の改善は停滞している.自動車排出ガス規制では,試験モードがJC08からWLTCに変更され,船舶排出ガス規制では,「船舶による汚染の防止のための国際条約(MALPOL条約)」により2020年から硫黄分排出が厳格化されている(11.4節参照).騒音については,WHO欧州地域事務局による環境騒音ガイドラインが2018年に発表され,2019年に日本騒音制御工学会で詳細に解説されている.これによれば,夜間の道路交通騒音の勧告値は45dB,鉄道騒音は44dB,航空騒音は40dBなど,今後の日本における基準にも影響を与える可能性がある(11.2節参照).さて,2019年から2020年にかけては,新型コロナウイルスの感染が発生し,パンデミックを引き起こした.不衛生な環境だけでなく,一般の生活環境においても感染が広がり,今後の感染予防に向けて新たな取り組みが必須となっている.

〔佐藤 岳彦 東北大学〕

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11.2 騒音・振動評価改善技術分野の動向

 2018年10月10日にWHO欧州地域事務局から新しい環境騒音ガイドライン(Environmental Noise Guidelines for the European Region (2018))が発表された(1)-(3).2019年11月1日と2日に開催された日本騒音制御工学会では,オーガナイズドセッションにおいて,これらのガイドラインについて詳しい解説が行われた(4).このガイドラインでは,交通騒音(道路交通,鉄道,航空機)に加えて,風車騒音,レジャーなどの娯楽関連騒音の二つの騒音源が対象に含まれており,環境騒音による健康への影響に関するエビデンスが強化され,音源ごとに勧告値が示されている.例えば道路交通騒音に関しては,健康への被害が生じるとして,平均的な騒音暴露量に関する時間帯補正等価騒音レベルLdenの勧告値は53dB,夜間の騒音暴露量に関する夜間等価騒音レベルの勧告値は45dBであり,これらを下回るレベルまで騒音を削減するよう推奨されている.鉄道騒音に関しては,Ldenの勧告値は54dB,夜間の勧告値は44dBである.また,航空機騒音に関しては,Ldenの勧告値は45dB,夜間の勧告値は40dBとなっている.

 続いて,研究動向を紹介する.2019年6月25日から28日まで,International Workshop on Environmental Engineering 2019と日本機械学会第29回環境工学総合シンポジウムが沖縄県名護市の万国津梁館で同時開催された.基調講演3件と招待講演21件,一般講演132件,ポスターセッション50件の発表があった.そのうち騒音振動の分野に関しては,騒音振動評価・改善技術分野のオーガナイズドセッションがあり,講演発表とポスターを合わせて58件の発表があった.騒音振動の実験・解析技術が29件,騒音振動の改善技術が13件,ポスターセッションが16件であった.自動車や鉄道関係の騒音振動の制御や解析,固体壁の振動騒音の制御,吸音や消音関連技術などが報告された.計算機の性能向上に伴い大規模数値解析が可能となり,新しい知見が得られている印象を受けた.

 そのほか音響学会研究発表会が,春季(2019年3月5-7日)と秋季(2019年9月4-6日)に開催された.両方を合わせて619件の講演と478件のポスター発表があった.そのうち講演発表では道路交通騒音や航空機騒音などの「騒音振動」が57件,吸音や固体音などの「建築」が51件,音源分離やアレー信号処理などの「電気音響」が79件,医療用や計測などの「超音波」が59件,ニューラルネットワークや深層学習などを用いた「音声認識」が129件であった.
 国際会議の動向については,2019年7月8日から11日まで,第26回International Congress on Sound and Vibration(ICSV26)がカナダのモントリオールで開催された.15のテーマについて,115のセッションが組まれ,699件の講演論文とポスターの発表が行われた.振動騒音の伝搬特性などに関するものが118件,音響メタマテリアルやABH(音響ブラックホール)などの音響材料関係が69件,空力騒音燃焼騒音,航空機騒音などの機械の騒音振動関係が69件となっている.また,ANC関連は51件であり,自動車の振動および騒音の低減や各種機械への適用など,実製品へ適用した例が数多く報告された.全体的には昨年と同様に数値シミュレーションを用いた取り組みやマイクロホンアレイによる音源探査を利用した実験解析が多く見られた.次回は2021年7月にチェコのプラハで行われる.

 2019年6月16日から19日まで,第49回国際騒音制御工学会議(Inter-Noise 2019)がスペインのマドリードで開催された.本会議は,今回で49回目を迎える音響,騒音振動に特化した国際会議である.今回のテーマは「Noise Control for a Better Environment」で,17のテーマについて95のセッションが組まれ,897件の講演発表が行われた.講演では,建物関係の騒音振動が147件で,室内の音響特性の改善や建物内の構造伝達騒音の低減などが報告された.そのほか,防音壁や都市の騒音マップに関するものが121件,タイヤ騒音や電気およびハイブリッド自動車騒音などの車両騒音振動関係が83件となっている.また,ABHを含む振動音響関係が昨年よりもますます増加し84件となった.音響メタマテリアルのエンジン騒音への適用など,実製品へ適用した例が報告された.2020年はオンラインで8月に開催される.

 近年,音響メタマテリアル分野やニューラルネットワークおよび深層学習の分野が注目を集めており,年々発表件数が増加している.なお,WHOから新しい環境騒音ガイドラインが発表されたことに伴い,交通騒音などの環境騒音に関する分野の発表件数も増加しつつある.

〔濱川 洋充 大分大学〕

参考文献

(1)WHOガイドライン
http://www.euro.who.int/en/health-topics/environment-and-health/noise/environmental-noise-guidelines-for-the-european-region(参照日2020年3月30日)
(2)Environmental Noise Guidelines for the European Region (2018)
http://www.euro.who.int/en/health-topics/environment-and-health/noise/publications/2018/environmental-noise-guidelines-for-the-european-region-2018(参照日2020年3月30日)
(3)Environmental Noise Guidelines for the European Region – Executive summary (2018)
http://www.euro.who.int/en/health-topics/environment-and-health/noise/publications/2018/environmental-noise-guidelines-for-the-european-region-executive-summary-2018(参照日2020年3月30日)
(4)欧州WHOによる環境騒音ガイドライン(2018)の解説,公益社団法人日本騒音制御工学会研究発表会講演論文集,1-1-01~06,2019年11月,pp.1-19.

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11.3 資源循環・廃棄物処理技術分野の動向

 2018年に閣議決定された第五次環境基本計画に基づき、地域循環共生圏の創造や世界の範となる日本の確立に向けた環境・経済・社会の統合的向上に関する活動が継続されている.プラスチック問題に関しては国際的な目標の共有化が実現し、解決に向けた世界的動向が見られた.2020年の大規模災害は台風による水害が広域に発生し、災害廃棄物への対応が継続している.

11.3.1 ごみ処理状況

 一般廃棄物におけるごみ処理施設数は2019年3月末時点で1082施設(前年度1103施設)と減少傾向にある一方、地球温暖化対策の一環として導入されている発電設備を有する施設数は379施設(前年度376施設)と増加傾向であり、平均発電効率も13.58%(前年度12.98%)と向上している(1).発電効率の高効率化技術として、圧力波式スートブローやショットクリーニング装置等が導入されており、高圧蒸気消費の削減、高温腐食対策によって従来よりもエネルギー効率の高い施設が竣工している.

11.3.2 地域循環共生圏における廃棄物処理

 持続可能な開発目標(SDGs)やパリ協定等の環境・経済・社会の課題に対して国際的な活動が展開される中で地域循環共生圏が提唱され、廃棄物処理のあり方について様々な検討がされている.第四次循環型社会形成推進基本計画では少子高齢化による人口減少問題や老朽化した社会資本の維持管理・更新コストの増大による廃棄物処理の非効率化が課題として示され、廃棄物処理施設整備計画において廃棄物の広域処理等を計画に進めるべきとされた.この背景に加え、地震や台風のような大規模災害によって発生する災害廃棄物処理にも対応すべく、2019年3月に環境省より持続可能な適正処理の確保に向けたごみ処理の広域化およびごみ処理施設の集約化について通知が発行され、安定的かつ効率的な廃棄物処理体制の構築が推進されている(2)

 また、人工知能(AI)や情報通信技術(ICT)による運転支援システムやIoT技術を用いた遠隔監視支援システムの開発が進められ、施設運転員の作業負荷低減に一定の効果を示しており、地域循環共生圏の創造に貢献する技術開発・検証が継続している.

11.3.3 地域における廃棄物処理施設

 廃棄物処理施設に求められる機能はごみ無害化に加えて熱電エネルギー供給や環境教育・学習機会の提供等も加えた多面的価値の創出が求められている。2000年代以降、廃棄物発電が有するボイラ過熱蒸気条件は400℃クラスであったが、2020年1月に450℃クラスのボイラを有する施設が竣工しており、今後も次世代型の高効率廃棄物発電施設の展開が期待される.メタン発酵技術を用いたや都市ガス原料化や回収した熱源をLNG気化に利用する等、発電以外にも廃棄物由来の燃料化熱源利用する計画・事例は継続的に展開されており、廃棄物処理施設の機能が多様化している.

11.3.4 プラスチック問題(海洋プラスチック,プラスチック国内処理問題)

 第四次循環型社会形成推進基本計画を踏まえ、海洋プラスチック問題やアジア各国による廃棄物の輸入規制等の課題に対応するため2019年5月にプラスチック資源循環戦略が策定された.この戦略は3R+Renewableを基本原則とし、2030年までにワンウェイプラスチックを累積25%排出抑制や容器包装の6割をリユース・リサイクルする等のマイルストーンを設けている.2019年G20大阪サミットでは2050年までに海洋プラスチックによる新たな汚染をゼロとすることを目指す「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」が共有され、大阪首脳宣言が採択された.アジア各国による廃棄物の輸入規制を受けて、日本国内の廃プラスチック処理が逼迫している中で2019年5月に廃プラスチック類等に係る処理の円滑化等について環境省より通知が発行され、各都道府県に対して処理手続きの合理化や不法投棄監視強化、また緊急避難的措置として一般廃棄物処理施設において産業廃プラスチック類受入れの検討要請があった(3)

11.3.5 近年の大規模災害における廃棄物処理(台風15号,19号)

 台風15号および19号によって災害廃棄物が約180万t発生した.2016年から2018年に策定された地域ブロックでの災害廃棄物対策行動計画に基づき広域処理が進められ、2020年3月から9月にかけて処理を完了させる目標のもとで21都道府県の自治体で処理が進行している.広域処理では海上や鉄道輸送インフラを活用することで、地域ブロック間での災害廃棄物輸送も実施された.この災害廃棄物処理体制の中で有効に機能した点の展開や検討課題とその対応方針案の整理・検証が進められている.

〔森田 拓之 川崎重工業(株)〕

参考文献

(1)一般廃棄物の排出及び処理状況等(平成30年度)について,環境省
https://www.env.go.jp/recycle/waste_tech/ippan/h30/data/env_press.pdf (参照日2020年4月17日)

(2)持続可能な適正処理の確保に向けたごみ処理の広域化及びごみ処理施設の集約化について,環境省
http://www.env.go.jp/recycle/040109.pdf (参照日2020年3月14日)
(3)廃プラスチック類等に係る処理の円滑化等について,環境省
https://www.env.go.jp/recycle/pura_tuti_R10520.pdf (参照日2020年3月14日)

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11.4 大気・水環境保全分野の動向

 大気環境についての環境省からの最新の報道発表は,原稿執筆時(2020年3月初旬)において,2017年度の大気汚染状況資料(1)である.一般大気環境測定局(一般局)および,自動車排出ガス測定局(自排局)での測定結果を中心に近年の状況をまとめる.

 窒素酸化物(NOx)については,環境基準達成局の割合がほぼ100%で推移している.濃度測定値は直近の10年間でも減少を続けている.非メタン炭化水素(NMHC)についても,大気中の濃度はNOx同様,直近の10年間を見ても明らかに減少しており改善が見られる.二酸化硫黄,一酸化炭素は,ともに環境基準を十分下回る状態で近年変化していない.

 光化学オキシダントについては,測定が開始された1970年代以降,基準値の達成率は常に0%に近い.ただし,注意報発令レベルの超過割合が多い関東地域,東海地域,阪神地域,福岡・山口地域では,域内最高値が,2010年代には緩やかに低下してきている.光化学オキシダントの生成に寄与するNOxやNMHCの濃度が比較的大きく減少しているにも関わらず状況が中々改善しないのは,オキシダント生成機構の複雑さに原因がある.例えば,NOxが10 ppb前後以下の微量であった場合,光化学オキシダントの生成速度とNOx濃度との間に負の相関が現れることが報告されている(2).つまり,完全なゼロエミッションを実現しない限りは,光化学オキシダントも十分に減少しない可能性がある.

 微小粒子状物質(PM2.5)については,観測値が環境基準を達成した測定局の割合は,2013年度の20%未満から上昇を続け,2016年度には一般局,自排局ともに約90%となったが,2017年度には改善傾向が停滞した.自排局で測定されるPM2.5濃度の方が,一般局での値よりも高濃度側に偏っていたことから,自動車からのPM発生抑制が引き続き有効かつ必要であることがわかる.

 中国大陸からの越境汚染の影響が従来から懸念されており,長崎県西方沖の福江島では島内に目立った発生源がないにも関わらず,2016年度においても基準値以上の光化学オキシダントおよびPM2.5が観測された(3).しかし,PM2.5の環境基準未達の測定局が,所謂太平洋ベルト地帯の自排局に集中している実態(1)からすると,国内の発生源対策が引き続き重要であるといえる.

 自動車排出ガス規制における最近の動向としては,ガソリン・LPG,およびディーゼル駆動のオンロード車に対して,2018から2019年度に渡って試験モードがJC08からWLTCに変更されたこと,ディーゼル特殊自動車(オフロード車)への規制が,定格出力19kW以上560kW未満の全出力区分に達したことである(4)

 航空機の排出ガスに関しては,国際民間航空機関(ICAO)において「国際民間航空条約付属書 16」が定められ,NOx,HC,及び煤煙の排出基準が規定されている(5)(6).NOxについては,第6回大気環境保護委員会(2004年)で合意された基準値を2026年までに60%以上下回ることが現在の目標となっている.煤煙については,従来から煤煙度を用いた規制が実施されているが,これに加えて,新たに不揮発性PM(nvPM)の質量を基準とした排出規制が,2020年1月1日以降に製造される一部のエンジンについて始まる.

 船舶の排出ガスに関しては,国際海事機関(IMO)にて採択された「船舶による汚染の防止のための国際条約(MALPOL条約)」の付属書VIに排出ガス基準が規定されている.NOxについては,2016年に発効した第3次規制を受けている.また,燃料中の硫黄分を0.5質量%以下とするよう2020年1月1日から厳格化された(7)が,これにはSOx排出抑制の意味がある.

 環境について原稿執筆時点では,2018年度の測定結果をまとめたものが環境省から発表されている(8).総水銀,アルキル水銀を含む27の「健康項目」については,全国の測定地点のうち99.1%の地点で環境基準が満たされており,2017年度並みである.

 生物学的酸素要求量(BOD),化学的酸素要求量COD)などを含む「生活環境項目」として指定される項目について,河川においては約95~100%の測定地点で環境基準が満たされている.一方,湖沼,海域においては,COD,全窒素および全燐の環境基準達成率が河川よりも相対的に低く,引き続き改善が必要である.

 発がん性物質である トリハロメタン生成能について,河川429地点,湖沼65地点において測定された濃度は0.047 mg/Lであり,1997年度以降同程度の値を推移している.

〔吉田 恵一郎 大阪工業大学〕

参考文献

(1)平成29年度 大気汚染状況について,環境省
https://www.env.go.jp/press/106609.html(別添1~4あり)(参照日2020年3月1日)
(2)戦略的創造研究推進事業(CREST)平成11年度採択研究課題 地球変動のメカニズム 研究終了報告書,
梶井 克純,化学的摂動法による大気反応機構解明,pp.1–61.
(3)大気環境学会編,大気環境の事典(2019年),pp.314–315.
(4)自動車排出ガス規制値,環境省
https://www.env.go.jp/air/car/gas_kisei.html(参照日2020年3月1日)
(5)平成24年 船舶・航空機排出大気汚染物質削減に関する検討調査 報告書,環境省
https://www.env.go.jp/air/car/ship_%20plane/(参照日2020年3月1日)
(6) ICAO Environmental Report 2016.pdf, International Civil Aviation Organization
https://www.icao.int/environmental-protection/Pages/env2016.aspx(参照日2020年3月1日)
(7) Prevention of Air Pollution from Ships, International Marine Organization
http://www.imo.org/en/OurWork/Environment/PollutionPrevention/AirPollution/Pages/Air-Pollution.aspx(参照日2020年3月1日)
(8)平成30年度公共用水域水質測定結果,環境省
http://www.env.go.jp/press/files/jp/113086.pdf(参照日2020年3月1日)

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11.5 環境保全型エネルギー技術分野動向

 2019年12月2日から15日まで,スペイン・マドリードにおいて,大気中の温室効果ガスの濃度を安定化させることを究極の目標とする国連気候変動枠組条約の第25回締約国会議(COP25),京都議定書第15回締約国会合(CMP15),パリ協定第2回締約国会合(CMA2)等が行われた.COP24で2020年以降のパリ協定の本格運用に向けてパリ協定の実施指針を採択したことは,パリ協定のモメンタムを維持し,世界全体で気候変動対策を進めていく上で重要な成果である.COP25では,COP24で合意に至らなかった市場メカニズムの実施指針に関して,完全合意はできず,COP26での採択に向け,引き続き論議されることとなった (1)温室効果を持つガスとして代替フロン(HFC)に対する世界的な問題意識が高まる中,2016年の第28回締約国会議(MOP28)でモントリオール議定書が改正され,日本のハイドロフルオロカーボン(HFC)生産・消費量削減目標(2029年までに70%削減,2036年までに85%削減),およびパリ協定での日本のHFC排出量削減目標(2030年までに2013年比で32%減となる約1020万CO2-t削減)が示された(2).そして,2019年にモントリオール議定書のギガリ改正の発効を迎え,先進国グループに属する我が国は2019年から段階的に大幅な削減が求められている.このような状況の中,経済産業省は技術開発マネジメント機関(NEDO)を通じてエネルギー環境技術,産業技術の開発・実証を推進してきている.我が国のHFC削減に貢献することを目的として,2018年度より,地球温暖化への影響が極めて少ない冷媒(以下「次世代冷媒」という.)及び次世代冷媒に対応した機器の開発基盤を整備する共通基盤的な「省エネ化・低温室効果を達成できる次世代冷媒・冷凍空調技術及び評価手法の開発」プロジェクトが立ち上げられ,冷凍空調機器に使用する次世代冷媒の性能評価および安全性・リスク評価手法の開発が実施されてきている.また,これらの研究開発成果を,国際データベースへの登録や業界の実用的な安全基準,国際規格化・国際標準化等へ結びつける取り組みによって,次世代冷媒やその適用機器の実用化および普及を推進している.これに加えて,2019年度より,次世代冷媒が一部では適用されているものの普及に至っていない領域に対し,新しいシーズ技術を踏まえた幅広い対策を実施し,多方面から可能な限り迅速な普及を後押しするための研究開発等が行われている(3)

 一方フロン排出抑制法に基づく国のフロン類使用見通しは,2020年は,4340万CO2-t, 2025年度は3,650万CO2-tとなっており,2029年以降の目標達成には新たな対策が要求されている.環境保全型エネルギー技術分野では温室効果ガス排出の削減の目標に向けて一層取り組みを強化していくことが重要課題である(3) (4)

 2018年7月3日に閣議決定された「第5 次エネルギー基本計画」(5)では,「我が国のエネルギー消費の現状においては,熱利用を中心とした非電力での用途が過半数を占めて」おり,「エネルギー利用効率を高めるためには,熱をより効率的に利用することが重要で,そのための取組を強化することが必要になっている」と示している.このうち再生可能エネルギー熱については,コスト低減に資する取組を進めることで,コスト面でもバランスのとれた分散型エネルギーとして重要な役割を果たす可能性があるとの位置付けとなっている.経済産業省の「再生可能エネルギー熱利用技術開発」(2014~2018 年度)(6)では,地中熱利用技術及び各種再生可能エネルギー熱の利用について,蓄熱利用等を含むシステムの高効率化,評価技術の高精度化等に取り組み,再生可能エネルギー熱利用の普及拡大に向けトータルコストの低減が進められていると示している.そこで,低炭素社会,更には脱炭素社会の実現に資する再生可能エネルギー熱利用の普及拡大を目指し,2019年の実施方針(7)では,中間目標とし2023年度までの可能な限り早期にトータルコストを20%以上低減(投資回収年数14年以下)させる可能性を実験等で示す計画を立てている.また,最終目標としては,2030年までに地中熱,太陽熱等の再生可能エネルギー熱のシステム全体のトータルコストを30%以上低減すること(投資回収年数8年以下)を最終的なアウトカム目標とし,技術開発を進める計画を示している.

 省エネルギー技術として世界を大きく変えつつある人工知能やIoTといった,いわゆる「第四次産業革命」の分野に対し注目されつつある.センサーやビッグデータ解析等の技術の進化により,新たな価値を生み出すIoT(Internet of things)によるデジタル・トランスフォーメーションが加速している.IoT の活用は,社会インフラの効率化や高付加価値化にもつながるものと期待されている.2019年12月に経済産業省は「戦略的省エネルギー技術革新プログラム」(8)で省エネルギー型経済社会の構築及び産業・国際競争力の強化に寄与することを目的として,「省エネルギー技術戦略」に掲げる「重要技術」を中心に,高い省エネルギー効果が見込まれる技術開発を計画している.基本スキームとしては,8年以内の事業期間で,「インキュベーション研究開発フェーズ」,「実用化開発フェーズ」,「実証開発フェーズ」の3つの技術開発フェーズを設け,「熱エネルギーの有効利用・高効率熱供給」に関する革新的な技術開発, 「電力需給の調整力・予備力及び高効率電力供給」に関する革新的な技術開発, 「省エネ型データセンター」に関する革新的な技術開発等への支援が計画されている.

〔鄭 宗秀 早稲田大学〕

参考文献

(1)地球環境・国際環境協力, 環境省,https://www.env.go.jp/press/107538.html(参照日2020年4月3日)
(2)次世代冷媒(グリーン冷媒)とその適用機器の開発に着手―冷凍空調機器への次世代冷媒の普及促進を目指す, 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構, https://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_101109.html(参照日2020年4月3日)
(3)NEDO環境分野の取り組み2019,国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構,https://www.nedo.go.jp /content/100896380.pdf(参照日2020年4月3日)
(4)フロン排出抑制法の解説,第3章フロン排出抑制法の概要, 経済産業省,https://www.meti.go.jp/policy /chemical_management/ozone/elearning/instruction/3/ref.html(参照日2020年4月3日)
(5)第5次エネルギー基本計画,経済産業省・資源エネルギー庁,www.enecho.meti.go.jp(参照日2020年4月3日)
(6)再生可能エネルギー熱利用技術開発, 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構, https://www. nedo.go.jp/activities/ZZJP_100067.html(参照日2020年4月3日)
(7)再生可能エネルギー熱利用にかかるコスト低減技術開発, 研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構, https://www.nedo.go.jp(参照日2020年4月3日)
(8)省エネルギー分野横断的公募事業, 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構, https://www.nedo.go.jp/ koubo/DA1_100272.html(参照日2020年4月3日)

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