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機械工学年鑑2020
-機械工学の最新動向-

14. 設計工学・システム

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章内目次


14.1 総論
14.2 最適設計
14.3 サービス工学・知識工学
14.4 ヒューマンインタフェース・感性設計
14.5 マルチスケール計算・設計技術
14.6 設計教育

 


14.1 総論

 設計工学・システム部門(以下,本部門)は,設計工学とシステム工学が統合・融合された分野横断的色彩が強い部門組織である.本部門が対象とする分野及び領域は,設計学・設計方法論・設計知,最適設計,製品開発・情報管理,設計組織,サービス工学,システム工学ヒューマンインタフェース感性工学人工物工学など,多岐にわたっている.最近は,人工知能,IoT,VR/AR 技術を取り入れた設計の新しい分野への展開やマルチスケール計算・設計技術を取り入れた材料設計の展開など,対象領域はますます拡大している.とくに,人が幸せな気持ちになるのを支援する技術,感性や感動など価値を飛躍的に向上させるDelight設計,魅力価値設計技術は,豊かで質の高い生活を支える生活基盤技術であり,システムエンジニアリング技術,デジタルエンジニアリング技術とともに,本格的な設計工学・システム技術として産業分野への展開が期待されている.
 2019年の本部門活動として,年次大会,部門講演会,シンポジウムなどの企画・開催や国際事業の企画・開催を通じて,本部門の関連技術情報の共有および活発な議論を実施してきた.

 国内活動として,9月8日(日)から11日(水)にかけて,秋田大学手形キャンパスにて開催された年次大会(1)においては,部門単独セッションとして「設計工学・システム部門一般セッション」,「ヒューマンインタフェース」,「つながる社会の機械工学」,他部門との合同セッションとして,「解析・設の高度化・最適化」,「環境生産システムの最適化制御」,「生産システムの安全知能設計」,「交通・物流機械の自動運転」の企画・実施に加えて,オーガナイズドセッション4件,基調講演1件,ワークショップ3件,先端技術フォーラム1件,「機械に生命を吹き込むIoT 」,「Beyond the paradigm of Industries 4.0 and Society 5.0」の市民フォーラム2件を実施してきた.これらの企画・実施の中で,分野横断による技術連携についても議論され,今後の新しい分野や技術創出への期待が高まった.また,第29回設計工学・システム部門講演会(2)は,東北大学片平キャンパスにて9月25日から27日にかけて開催された.発表件数130件,参加者数206名で,オーガナイズドセッション・一般セッションに加えて,D&Sコンテスト,特別講演4件,チュートリアル1件を実施した.さらに,1DCAE・MBDシンポジウム2019(3)は,12月4日から5日にかけてミューザ川崎 市民交流室にて開催され,キーノート9件,一般講演24件が実施された.分野横断型のものづくりへ展開のための情報交換の場として初めて企画され,2日間の一会場での開催となったが,参加者数は154名と盛大なシンポジウムであった.

 国際会議として,2019年9月22日から23日にかけて東北大学片平キャンパスで開催されたiDECON(4)においては,パラレルセッションで43件の発表,2件の基調講演が実施された.本国際会議は日本とマレーシアの学術交流の場として2010年からマレーシアで隔年開催されてきたが,2019年は第8回目と日本側主催の年にあたり,日本での開催となった.また,分野横断の国際会議の企画として,日本機械学会設計工学・システム部門と生産システム部門の共催で開催された.設計工学に関する日中韓の国際会議であるACDDE2019(Asian Conference on Design and Digital Engineering 2019)(5)は,7月7日から10日かけてマレーシアのペナンで開催され, IoT,VR/ARや設計工学とデジタルエンジニアリングの分野の研究者が集まった.2019年は産業分野全般における従来の計算設計から,第4次産業革命問題までに拡張され,ACDDEを含む3つの国際会議がi3CDE(International Congress and Conferences on Computational Design and Engineering)に統合された.i3CDEは5テーマ(スマート設計,建設ITおよびBIM,計算設計とエンジニアリング,新しいメディアインタラクション,スマート製造)に設定され,その中の「計算設計とエンジニアリング」テーマをACDDE2019のテーマとして開催された.さらに,昨年から企画されている日独シンポジウムJGIoT-DSA2019(Japanese-German Symposium on IoT design, systems and applications 2019)(6)は,日本機械学会設計工学・システム部門とドイツ研究チームとの共催で, 1月7日から8日にかけてドイツ・デュースブルグエッセン大学デュースブルグキャンパスにて開催された.JGIoT-DSA2019では,IoTに共通する課題を明らかにし,それぞれの異なる視点からのデジタルへの変革に関する将来展望について活発な議論が行われた.

 今後は,高度メディア社会,超高齢社会という急激な社会構造の変革の中で,第4次産業革命の技術革新など,世界に先駆けた新たな価値の創造や,イノベーションを生み出すシステムづくりが重要な課題になると考えられる.このようなシステムつくりは,本部門の得意とする重要な分野であるとともに,今後も国内外で講演会,シンポジウムの企画・開催など,活発な事業活動を分野横断で展開していく計画であり,本部門の存在価値はますます高まっていくと考えられる.

〔山崎 美稀 (株)日立製作所〕

参考文献

(1)日本機械学会2019年度年次大会,https://www.jsme.or.jp/conference/nenji2019/ (参照日2020年4月8日).
(2)日本機械学会 第29回設計工学・システム部門講演会(D&S2019), https://www.jsme.or.jp/conference/dsdconf19/(参照日2019年5月8日).
(3)1DCAE・MBDシンポジウム2019,https://www.jsme.or.jp/dsd/1dcaembd/(参照日2020年4月8日).
(4)International Conference on Design and Concurrent Engineering 2018 (iDECON 2018) http://idecon2018.utem.edu.my/(参照日2019年5月8日)
(5)2019 Asian Conference on Design and Digital Engineering (ACDDE2019),  http://www.i3cde.org/acdde2019 (参照日2019年4月8日)
(6)IoT設計,システムと応用に関する日独シンポジウム2019(JGIoT-DSA2019),https://www.jsme.or.jp/event/2019-44689/(参照日2019年4月8日)

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14.2 最適設計

 2019年に実施された部門講演会では,「設計と最適化」セッションに21件,「多目的設計最適化設計探査と実問題への適用」に9件の計30件の論文発表があった.このうち,産業界の方が著者あるいは共著者となっている論文が9件あり,プラスチック射出成形プロセス,車体構造,自動車ブレーキ,産業用電動機,鍛造成形プロセスの設計への適用を見据えた研究などが発表された.また,スペースデブリ投棄軌道設計や観測ロケット設計など航空宇宙工学に関する応用研究も発表されている.基盤的な研究としては,トポロジー最適化や多目的最適化,サロゲートモデル,ロバスト最適化,進化計算,不確定性定量評価などに関する研究が発表された.

 日本機械学会論文集では多目的進化アルゴリズムを使った複数車種の車両構造同時最適化(1),逐次近似最適化を使ったプラスチック射出成形(2),接着構造の形状最適化(3),大規模骨組み構造の部材配置と断面積の同時最適化(4),非定常非圧縮粘性流れのトポロジー最適化(5)などの論文が発表されている.日本機械学会が発行するJournal of Advanced Mechanical Design, Systems, and Manufacturingには,差分進化を用いたギアの最適化(6),実行不可領域を持つ最適化問題の大域的探査法(7),進化アルゴリズムを用いたエレベーターロープ制御装置の最適化(8),勾配法をもちいた梁の最適化(9),勾配法を用いた積層複合シェル構造の最適化(10),アイドラーの多目的設計最適化(11)などの発表論文が掲載された.最適化手法の実問題への応用に関する研究論文が多かった.

 ASMEのIDETC-CIE 2019では最適設計に関連した論文が100件近く発表されている.タイヤホイールとブレーキのトポロジー最適化,多材料を用いたトポロジー最適化,建築物の多目的最適化,電動推進システム最適化,ロバスト設計最適化,ベイジアン最適化,複合領域最適化などに関する研究発表があった.全体としてはトポロジー最適化に関する論文が多かったようである.

 近年,実問題に即した最適化ベンチマーク問題を使って最適化アルゴリズムを評価することの重要性が世界的に認識されつつある.日本でも,実問題に即した設計最適化ベンチマーク問題が提案され一般に公開されている(12)(13).また,進化計算学会の主催でそのベンチマーク問題を利用した進化計算のコンペティションが開催されて活況であった.
 産業界の競争力強化にむけて,最適設計が産業界でますます重要視されてきている.大手企業では最適設計の技術を用いていない企業はないといっても過言ではないと思われる.これまで産業界で用いられる市販の最適化ソフトウェアは海外製のものが多かったが,文部科学省HPCI戦略プログラムで開発された進化アルゴリズムをベースとした多目的設計最適化ソフトウェアがヴァイナス社から発売開始されている.

〔大山 聖 宇宙航空研究開発機構〕

参考文献

(1)大山 聖, 小平 剛央, 立川 智章, 渡辺 毅, 釼持 寛正, 多目的進化アルゴリズムとFEM構造解析を用いた複数車種の車両構造同時設計最適化, 日本機械学会論文集, Vol.85,No.879,(2019), DOI: 10.1299/transjsme.19-00293
(2)石附 亮人, 北山 哲士, 高野 昌宏, 久保 義和, 合葉 修司, 型温加熱冷却成形におけるウェルドラインとサイクルタイムの多目的最適設計, 日本機械学会論文集, Vol.85,No.873,(2019), DOI: 10.1299/transjsme.19-00040
(3)飯森 理人, 渋谷 陽二, 田中 展, 劉 陽, 不変量破損則に基づく多軸応力場での接着界面形状最適化, 日本機械学会論文集, Vol.85,No.870,(2019), DOI: 10.1299/transjsme.18-00409
(4)村上 英治, 河村 幸太郎, 関口 泰久, 澤 俊行, 部材の断面積を考慮した配置最適化手法の大規模骨組み構造への適用, 日本機械学会論文集, Vol.85,No.873,(2019), DOI: 10.1299/transjsme.18-00403
(5)古口 睦士, 矢地 謙太郎, 山田 崇恭, 泉井 一浩, 西脇 眞二, レベルセット法に基づく埋め込み境界法を用いた非定常の非圧縮性粘性流れのトポロジー最適化, 日本機械学会論文集, Vol.85,No.873,(2019), DOI: 10.1299/transjsme.18-00423
(6)Wen-Yi LIN, Kuo-Mo HSIAO, Jun-Yu KE, Optimum design of involute tooth profiles for K-H-V planetary drives with small teeth number differences, Journal of Advanced Mechanical Design, Systems and Manufacturing, Vol.13, No.1, (2019), DOI: 10.1299/jamdsm.2019jamdsm0007
(7)Naohiko BAN, Wataru YAMAZAKI, Development of efficient global optimization method for discontinuous optimization problems with infeasible regions using classification method, Journal of Advanced Mechanical Design, Systems and Manufacturing, Vol.13, No.1, (2019), DOI: 10.1299/jamdsm.2019jamdsm0017
(8)Xuan Thuan NGUYEN, Nanako MIURA, Akira SONE, Optimal design of control device to reduce elevator ropes responses against earthquake excitation using Genetic Algorithms, Journal of Advanced Mechanical Design, Systems and Manufacturing, Vol.13, No.2, (2019), DOI: 10.1299/jamdsm.2019jamdsm0038
(9)Gang HE, Kang GAO, Jun JIANG, Ruifeng LIU, Qian LI, Shape optimization of a flexible beam with a local shape feature based on ANCF, Journal of Advanced Mechanical Design, Systems and Manufacturing, Vol.13, No.3, (2019), DOI: 10.1299/jamdsm.2019jamdsm0059
(10)Masatoshi SHIMODA, Yoshiaki MURAMATSU, Motoki UMEMURA, Material-orientation optimization for tailoring thermal deformation of laminated composite shell structures using a parameter-free approach, Journal of Advanced Mechanical Design, Systems and Manufacturing, Vol.13, No.4, (2019), DOI: 10.1299/jamdsm.2019jamdsm0083
(11)Jinhu SU, Wenjun MENG, Xiaoxia ZHAO, Multi-objective optimization design and reliability analysis of idler with hollow step-shaft, Journal of Advanced Mechanical Design, Systems and Manufacturing, Vol.13, No.4, (2019), DOI: 10.1299/jamdsm.2019jamdsm0084
(12)小平 剛央, 釼持 寛正, 大山 聖, 立川 智章, 応答曲面法を用いた複数車種の同時最適化ベンチマーク問題の提案, 進化計算学会論文誌, Vol.8,No.1,(2017), DOI: https://doi.org/10.11394/tjpnsec.8.11
(13)大山聖,多目的進化アルゴリズムの最前線,日本機械学会誌,Vol.123,(2020)
https://www.jsme.or.jp/kaisi/1217-14/

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14.3 サービス工学・知識工学

 設計工学分野におけるサービス工学,知識工学のトレンドとして,2つの方向性を挙げることができる.1つは,設計対象の拡大である.古くは,ハードウェアの設計だけでなく,サービスや製品とサービスの組み合わせ(製品サービスシステム)も設計対象とする提案を掲げて「サービス工学」が設計工学・システム部門の主要テーマの1つとなり,環境問題解決やサステナビリティの実現に向けて「エコデザイン」「ライフサイクル設計」が同じく主要テーマの1つとなった.ここ数年の傾向を見ても,設計における時間変化を明示的に取り扱うことを提案する「タイムアクシスデザイン」,設計過程に様々なステークホルダーの関与を促す「コデザイン」「インクルーシブデザイン」,ユーザのニーズによりきめ細かく対応する「マスカスタマイゼーション」「個人化設計」,従来から設計方法論の中でその取り扱い,モデル化が大きな問題となっている場や文脈を扱おうとする「コンテキスト」を明示的に扱う設計方法論,製品単体の設計ではなく,より大きな設計対象を扱おうとする「製品アーキテクチャ」設計,「System of systems」,日本機械学会技術ロードマップ委員会と連携してロードマップの設計方法論を探る動き,などを挙げることができる.これらの多くは第29回設計工学・システム部門講演会(1)でも議論された.一方で,例えばEUは,サステナビリティの実現とデジタル技術を車の両輪とした産業戦略を取るとする「欧州グリーンディール」(2),「欧州新産業戦略」(3)を提唱し,その柱として,大量生産大量廃棄型経済から,資源を循環させ,物質的な消費と成長や豊かさを切り離す「サーキューラーエコノミー」政策(例えば参考文献(4))が進められている.サーキューラーエコノミーの実現するためには,まさに「サービス工学」,「ライフサイクル設計」,デジタルエンジニアリング,IoTを含む「デジタル革命」の3要素の高度な統合が必要である.欧州では様々な研究が強力に推進されているが,我が国の学会,当部門での研究活動に大きな変化は見られていない.今後は重要性が増すテーマであると考えられる.

 もう一つのトレンドが,デジタル革命の進展である.設計工学・システム部門では,デジタル技術の発展とともに「デジタルエンジニアリング」が早くから部門の重要なテーマに位置づけられてきた.また,機械の動作メカニズムをモデル化し,制御と機構を統合的に設計可能にする「モデルベースト設計」が産業界を中心に発達してきた.近年のAIブームは機械学習・深層学習の成功に負うところが大きく,当部門でも設計システム工学へのこれらの技術の応用に関する研究が多く行われている(1)知識工学は従来から設計者,技術者,ユーザなどの知識を記号として計算機で表現することを基本としてきた.深層学習が大量のデータを学習することにより,人間の知的判断を模擬,代替しようとするアプローチであるのに対し,古典的な知識工学記号処理,記号の推論により知的判断を支援,自動化を試みてきた.その限界が明らかになったのが1990年代後半までの第2次AIブームであった.根本的な問題の一つは,記号と現実世界との対応付けができない,いわゆる「シンボルグラウンディング問題」である.しかし,世の中のデジタル化が進み,多くの製品がCyber Physical SystemCPS)になりつつある現在において,記号をCPS上のデータや計算機処理としてグラウンディングすれば,CPSを介して現実世界に対応付けることが技術的に可能になってきた.このような形で,知識工学,デジタル技術,データドリブンアプローチ,機械学習・深層学習が連携を深め,大きな発展をする兆候が見られる.そこにおいては,デジタル化された社会における人と,計算機を含めた機械の役割分担が再度問い直されると考えている.

〔梅田 靖 東京大学〕

参考文献

(1)第29回設計工学・システム部門講演会講演論文集,(2019).
(2)The European Green Deal, European Commission
https://www.eea.europa.eu/policy-documents/communication-from-the-commission-to-1, (参照日2020年6月14日).
(3)A New Industrial Strategy for Europe, European Commission:
https://ec.europa.eu/info/sites/info/files/communication-eu-industrial-strategy-march-2020_en.pdf, (参照日2020年6月14日).
(4)Circular Economy Action Plan, European Commission:
https://ec.europa.eu/environment/circular-economy/pdf/new_circular_economy_action_plan.pdf, , (参照日2020年6月14日).

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14.4 ヒューマンインタフェース・感性設計

 ヒューマンインタフェースとは,人間が使用するのに必要な安全性,信頼性,利便性などをもった機械システムを,人間の知覚,認知,行動を熟知したうえで,利用者と機械を含んだ系をシステム的にとらえて構築・研究する分野である.インタフェースを人間と外界との相互作用と考えると,機械と人間だけでなく,日常の生活空間の設計などあらゆる分野にわたる考えである(1).近年では,知的機能と感情的機能とがクロスオーバーする領域で起こる現象,「温かい認知」現象に焦点を当てたインタフェースの開発が一つの潮流となっている(2).この流れの中で日本機械学会誌2019年7月号において,「感性認知工学の可能性」特集号が発刊されている.この中で,綿貫は,工学設計の分野においては,超高齢社会への対応が急務であり,かつ,安全・安心ばかりでなく快適の確保が重要であること.さらに,このような状況において,人間の認知・判断・行動の解明をはかるとともに,感性や感情を考慮することはこれらの解決へのアプローチのひとつとなり得るものであると述べている(3).また,松岡らは,自動車のブレーキに着目し,『安全』は担保したうえで,減速時を主軸に置いた,車間距離,車速,ブレーキ操作のタイミング,発生減速度および発生時間などの考え方を,いかに個々の感性に合ったものにするかが,自動車の魅力の一つである『自動車を意のままに操っている』感覚を付加することが重要であり,その方法論について述べている(4).しかしながら,人間の知覚,認知,感性,行動は,個々人ごとに異なり,それに合わせることの重要性と困難さは明白である.さらに,Tod Roseは,その著書”The end of average”の中で,これまで人間―機械系の設計変数の代表的な指標としての平均値の危険性について記述している(5).ここでは,様々な分野で平均値を示す個人の存在が皆無であり,平均値を用いることが誰のためにもならないと述べている.このことは,感性についても同様であり,ヒューマンインタフェース感性工学の未来は,まさに個々人の知覚・認知・感性・行動に基づいた設計のアプローチ,さらに設計論の確立が求められている.

〔大久保 雅史 同志社大学〕

参考文献

(1)ブリタニカ国際大百科事典
(2)海保 博之,「温かい認知」の心理学―認知と感情の融接現象の不思議 (日本語) 単行本 – 1997/7/1.
(3)綿貫 啓一,感性認知工学の新潮流,日本機械学会誌「感性認知工学の可能性」,vol.122,2019.
https://www.jsme.or.jp/kaisi/1208-06/
(4)松岡 正憲,椎窓 利博,綿貫 啓一,将来のブレーキ開発における感性評価,日本機械学会誌「感性認知工学の可能性」,vol.122,2019.
https://www.jsme.or.jp/kaisi/1208-16/
(5)トッド ローズ,平均思考は捨てない,早川書房,2017.(原著)Tod Rose, The end of average, Penguin (2017/1/26)

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14.5 マルチスケール計算・設計技術

 近年,ナノ産業の研究開発の新しいパラダイムとして,マルチスケールでの理論モデルと先端IT技術を融合させたマルチスケール計算・設計技術が大きな流れを作っている(1).マルチスケール計算技術は,量子力学解析技術,大規模計算技術,分子動力学解析技術,メソスケールシミュレーション技術がScale bridging(2)を介して統合される計算技術を意味する.また,ナノ産業分野での計算科学の価値を創出するための重要な技術の一つである.マルチスケール計算・設計技術は,これらの計算技術とナノ物性のビッグデータに対するdata mining技術を組み合わせて発展させるもので,より幅広い分野で活用できる設計プラットフォームが構築できる.適用可能な計算科学分野として,次世代エネルギー,ナノバイオ分子,機能性IT素材分野などがあり,今後もより幅広い分野への適用が期待される.計算プロセスにおいては,第一原理計算を介して電子構造と分子レベルの物性を把握し,これを利用して多くの分子で構成されMolecular assemblyの挙動(3)をシミュレートし,semi-macroscopic構造と物性を予測する.これにより,学術的なナビゲーションの領域を越えて実効性のある計算・設計技術に発展すると考えられる.

 特に,マルチスケール計算技術は,個々の原子や分子の挙動観察を通してこれらを制御することができる方案も探索可能である.原子,分子を一つずつ個別に操作するということは,単純に必要な原子構造が作れることだけを意味するものではない.原子レベルでの操作が可能になると量子閉じ込め効果により,全く新しい機能を持つ材料を設計することも可能になる.また,マルチスケールでの現象を根本的なメカニズムにより理解するためにも非常に有用な計算技術である.一方で,ナノスケールでの現象観察・把握のために,過去30年間,様々な実験的手法が探求され,Scanning Tunneling Microscope,Atomic Force Microscope,高分解能透過電子顕微鏡などの先端実験手法の開発が行われてきた.それにもかかわらず,ナノスケールでの実験的観察は,まだ限られており,原子の動的挙動を観察し,物質の表面で起こる電子の動きや,あるいは化学反応現象自体を観察することは難しいといえる.したがって,マルチスケール計算技術は,実験的観察が持つ限界を突破することができる研究方法であり,研究開発の効率化を促進するだけでなく,開発が成功するかどうかにも直接的に影響する重要な技術であり,その期待はますます大きくなっていくと考えられる.

 今後,マルチスケール計算・設計技術は,ナノ産業の研究開発の過程中で実験技術と一緒に重要な二つの軸として作用すると期待されている(4).その上,プラットフォーム開発により,計算に慣れていない実験研究者も簡単に高難易度の計算技術を活用することができる設計インフラストラクチャに発展すると考えられる.このような産業価値を向上させるためには,より迅速で正確な計算方法の開発,より幅広い分野で活用できる様々な原子間ポテンシャルの開発などの計算環境の構築が重要な課題である.具体的に開発すべき技術として,様々な原子間ポテンシャルデータベースと連動を通じたシミュレーションツールの適用範囲の拡大(5),第一原理計算の精度と速度の促進(6),分子動力学技術のTime scale拡大(7)あるいは代替の方法論の開発,High throughput calculation(8)を通じた自動化された素材の物性データベース構築,素材情報学を利用した素材設計プラットフォームの構築などが必要である.また,これらの開発技術を用いて,様々なナノテクノロジーの開発に広く活用できる計算・設計技術を実装して,その結果が蓄積されるデータベースを構築する.さらに蓄積データベースから意味のあるデータを導出するためにData mining技術を組み合わせすることにより,マルチスケール計算・設計技術が確立されて行き,産業的価値が向上されることになると考えられる.

〔山崎 美稀 (株)日立製作所〕

参考文献

(1)Taking the experiment to cyberspace, Popular Science Background, Nobel Prize in Chemistry,2013. http://www.nobelprize.org/nobel_prizes/chemistry/laureates/2013/popular-chemistryprize2013.pdf
(2)M. Praprotnik, L. D. Site, and K. Kremer,“Multiscale Simulation of Soft Matter: From Scale Bridging to Adaptive Resolution”, Annual Review of Physical Chemistry,Vol. 59:545-571,2008.
(3)J. Fan, S. W. Boettcher,C.K. Tsung,Q. Shi,M. Schierhorn and G. D. Stucky, “Field-Directed and Confined Molecular Assembly of Mesostructured Materials: Basic Principles and New Opportunities”,Chem. Mater. Vol.20, 3, 909-921,2008.
(4)G. Ceder and K. Persson,“How Supercomputers Will Yield a Golden Age of Materials Science”, Sci, Am., 309(6), 1,2013.
(5)M. Kazutoshi and O. Hiroshi,“Interatomic potential construction with self-learning and adaptive database”,Phys. Rev. Materials 1,053801,2017.
(6)F. Ercolessi and J. B. Adams,“Interatomic Potentials from First-Principles Calculations: The Force-Matching Method”, EPL 26, 583, 1994.
(7)J. A. Morrone, R. Zhou, and B. J. Berne,“Molecular Dynamics with Multiple Time Scales: How to Avoid Pitfalls”, J. Chem. Theory Comput.,6,1798–1804,2010.
(8)C. R. G. Jacas, L. A. Mendoza, R. G. Pérez,Y. M.Ponce,“Multi‐Server Approach for High‐Throughput Molecular Descriptors Calculation based on Multi‐Linear Algebraic Maps”,Chem. Mater. Vol.34, 1, 60-69,2014.

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14.6 設計教育

 2019年度年次大会(秋田大学,2019年9月8~11日)において,先端技術フォーラム「Society5.0 を支える人と人工物システム・サービスの計算情報科学基盤創成へ向けて」や,ワークショップ「IoT・サイバーフィジカルシステム(CPS)時代に向けた産学連携の取り組み事例」などが開催されているように,現在および将来の設計は,個別の製品やサービスだけでなく,人の生活や社会をより良くするための,Society 5.0,IoT(internet of things),サイバーフィジカルシステム(cyber physical system)といった大規模で高度なシステムを構想できることが必要となっている.

 一方,近年の研究により,深層学習や機械学習などのキーワードに代表される人工知能(artificial intelligence, AI)が,人間と同等かそれ以上のタスクを実行できる可能性が学術的にも実用的にも注目されている.設計においても,定型的知的作業や既存の製品やサービスの内容を従来のアプローチの延長線上で改良,最適化する設計は,AIにより実行できるようになる可能性がある.そのような中で人間の設計者には,ITやAIをツールとして駆使して,人間にしか発想できない創造的,革新的な設計を行うことが必要であり,それができる人材を育成する設計教育が必要である.そのような背景において,第29回設計工学・システム部門講演会(東北大学,2019年9月25~27日)(1)では,「設計教育,設計理論・方法論,多空間デザインモデル」,「設計と AI・知識マネジメント」,「デジタルエンジニアリング」,「情報・知能・システムデザイン」などのセッションにおいて研究成果の発表と活発な議論が行われ,会誌においても「機械工学とインフォマティクス」(2)などの特集がなされている.

〔村上 存 東京大学〕

参考文献

(1) 第29回設計工学・システム部門講演会講演論文集,(2019).
https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jsmedsd/2019.29/0/_contents/-char/ja
(2) 特集「機械工学とインフォマティクス」,日本機械学会誌,Vol.122,No.1210 (2019).
https://www.jsme.or.jp/kaisi-volno/no-1208/

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