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機械工学年鑑2020
-機械工学の最新動向-

18. 情報・知能・精密機器

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章内目次


18.1 入出力装置
18.2 ホームエレクトロニクス機器
18.3 医療福祉機器
18.4 知能化機器
18.5 柔軟媒体ハンドリング
18.6 社会情報システム・セキュリティ
18.7 生体知覚・感覚機能の機械システム応用
18.8 IoT

 


18.1 入出力装置

 「事務機械出荷実績」(1)によれば,2019年の事務機械総出荷額(一般社団法人ビジネス機械・情報システム産業協会会員企業のみの集計)は1兆5,954億円(対前年比108.7%)であった.2016年に1割近くの減少となって以降は安定した実績を示しており,2019年は対前年比10%近い増加となった.国内外別では,国内が3,646億円(同103.2%),海外が1兆2,308億円(同110.4%)であり,国内向けが減少となった前年と異なり,いずれも増加を示した.複写機・複合機とページプリンタの総出荷額は,それぞれ8,349億円(同94.4%)と4,264億円(集計法変更のため前年との対比不可)である.

 電子写真方式出力装置では,2019年前半に,主要メーカーが揃ってオフィス向け複合機のラインナップを一新した.いずれも,「働き方」の変化を実現するユーザーインターフェースの改良やセキュリティ強化などの付加価値を特長として前面に出している.デジタル印刷市場向けの製品では,省人化に貢献する自動調整,検品オプションや特色バリエーションの拡大による高付加価値化の傾向が見られた.

 インクジェット方式の出力装置では,長年電子写真方式に対して苦戦をしいられていたオフィス市場で,主要メーカーが高速複合機の国内販売を始め,これまでに合計3社が参入を果たした.デジタル印刷では,中間媒体に印字して水分を除去したのちに用紙に転写する中間転写方式の高速機が商用運転を開始したのをはじめ,引き続き様々なメーカーの参入が活性化している.さらに,ハンディプリンタやネイルプリンタなど,小型化・ダイレクトプリントを特長とするアプリケーションへの展開も精力的になされている.

 技術開発では,電子写真技術に関する微小放電計測や,光弾性法の応用,フィルム摩耗の解析,紙粉と摩擦特性の解析など,計測解析技術の発表が多くみられた.インクジェット技術領域でも,ここ数年の傾向と同じく,インクと用紙のインタラクション(着弾,インク増粘)に関する解析,シミュレーションの報告が盛んであった.

 ペーパーレス化が叫ばれている中で,用紙出荷量は2018年度までの集計で過去5年以上横ばいとなっている.引き続き高付加価値化を軸とした出力装置開発と,高品質化のための解析技術開発の精力的な取り組みが期待される.

〔中山 信行 富士ゼロックス(株)〕

参考文献

(1)事務機械出荷実績,一般社団法人ビジネス機械・情報システム産業協会
http://www.jbmia.or.jp/statistical_data/index.php (参照日2020年4月2日)

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18.2 ホームエレクトロニクス機器

 一般社団法人 日本電機工業会の発表によると,2019年の冷蔵庫・洗濯機・エアコンなどの白物家電の国内出荷額は,約2.5兆円,前年比102.7%となり,4年連続のプラスとなった.7月は天候不順の影響を受け落ち込んだものの,10 月からの消費税増税の影響で主要製品において高付加価値製品を中心とした増加もあり,1997 年以降では最も高い出荷金額となった.

 洗濯機では,昨年同様にまとめ洗いや大物洗いへのニーズが高く,引き続き大容量へとシフトしている.一方,冷蔵庫では,少人数世帯の増加もあり401L以上の大容量クラスへのシフトは落ち着きをみせている.掃除機では,「キャニスター形」の台数構成比が減少し,初めて5割を下回った一方で,「たて形(スティック型)」の構成比が伸長している(1)

 また,モノとインターネットをつなぐIoT(Internet of Things)の普及が進み,ユーザー音声を認識可能な「スマートスピーカー」を介して操作可能な家電製品や,ホームネットワークを経由してパブリックネットワークに接続し,屋外からでも操作可能な家電製品などが市場に増加した.さらに,ヘルスケアやウェルネスへの関心の高まりを受け,休息や睡眠をサポートする機器も登場している.今後は,これらの製品をより高度に連携させ,生活サービスとして提供するビジネスの動きがますます活発化すると予想される.

〔松井 康博 (株)日立製作所〕

参考文献

(1)一般社団法人 日本電機工業会,民生用電気機器 2019年12月度ならびに2019年(暦年)国内出荷実績,ニュースリリース(2020-1).

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18.3 医療福祉機器

 前年の年鑑でも言及されているが,寡占状態を維持している手術ロボット da Vinci (1)は,内外にて引き続き展開し続けている.特に単孔からロボットが体内に入り,体内で内視鏡と鉗子のロボットが動くda Vinci SP型が今後市場に出てくる段階である.また,ポストda Vinciとして引き続き多くの企業から同様のシステムが出てくる状況である.特に2019年はMedtronics社も開発を表明している.国内外の大手・ベンチャー系医療機器企業が本格的に参画することで,シェア争いが一層激しくなり,更なる普及および価格下落などが予想される.しかしながら,あくまでロボットによる手術により患者がどれほどのメリットを得たかが今後は議論の的となり,医療ロボットの本質的な活用が問われることになるであろう.

 また,AI(人工知能)による自動診断機能が入った診断機器が本邦の規制当局から認可を得て,世に出回り始めている.国内初のAIによる診断支援を行う医療機器として,大腸内視鏡診断支援ソフトウエア“EndoBRAIN”(オリンパス社製)(2)が2019年3月に発売された.数万枚の症例画像に対してSVMによる機械学習を行ったもので,使用者のデータは学習には反映されない.また,深層学習(Deep Learning)による脳動脈瘤の検出・医用画像解析ソフトウェア“EIRL aneurysm”(エルピクセル社)(3)が2019年9月に認可されている.出力結果の判断がブラックボックスであるDeep LearningによるAIが認可を得たことで,今後益々AIによるプログラム医療機器が増加すると予測されるが,今後はブラックボックスではない「説明可能なAI(XAI)」がこの分野では重要となる.AIとロボットの進化に伴い,手術の自動化やHMIの研究が昨年に引き続き増えて来ており,本学会においても深く議論がなされることが考えられる.
 一方で,福祉機器開発については扱う技術分野の裾野が広く,本学会にとっても関心は高い状態である.テーマの傾向としては,昨年に引き続き生体情報の新しいセンシング,知能化技術が演題として取り上げられており,個別対応化などの研究が進んでいる.

 また,医療・福祉機器の共通基盤として高速通信技術の5G技術の実用展開が挙げられる(4).5Gは低遅延通信,安定,高品質な高速ワイヤレスネットワークを提供する.遠隔診断・遠隔医療や遠隔介護などの実証テーマ研究が進められており,5Gの一般への普及により,遠隔をキーワードにした医療福祉機器が今後出てくるものと考えられる.

 2019年度末は,COVID-19による影響により,あらゆる場面で様々な課題が表面化,顕在化した.特に各国の医療現場の混乱・感染症対策,遠隔診療,リモートワークなどに対して,情報機器・機械分野も大きく貢献しなければならない.特に介護の現場では既存のロボット技術などの導入が即時に求められており,学問のみならずフィールドでの実践は産官学で解決しなければならない.

 本稿が掲載される頃にはCOVID-19が終息を迎えていることを祈念する.

〔正宗 賢 東京女子医科大学〕

参考文献

(1)Intuitive Surgical社
https://www.intuitive.com/
(2)オリンパス社 Endbrain
https://www.olympus.co.jp/news/2019/nr01157.html
(3)エルピクセル社 EIRL aneurysm

医用画像解析ソフトウェア EIRL aneurysm (エイル アニュリズム)を発売


(4)NTTドコモ 5G
https://www.nttdocomo.co.jp/biz/special/5g/
(参照日は全て2020年5月6日)

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18.4 知能化機器

 民生機器の付加価値を高めるため,人工知能技術の応用が注目されている.人工知能技術は,ソフトウェアにより,比較的低コストでの導入が期待できる.一方,何か使えそうだが,具体的にどのように実装できるのかについては,まだ模索の段階であるといえる.人工知能技術は万能なイメージをもたれやすい.しかし,現実的には,用途や精度,許容される計算リソースなどを考慮し,ターゲットを限定したアルゴリズムの選択・適用が肝要である.

 2016年頃から,種々の機械学習フレームワーク(プログラムライブラリ)が公開され,画像処理音声認識の導入事例が飛躍的に増加した.これに伴い,書籍や解説記事が充実してきており,比較的容易にサンプルプログラムを実装できるようになっている.人工知能における主要な技術分野である機械学習は,一般に,教師あり学習,教師なし学習,強化学習の3種に分類される.近年,メディア等で話題となっている深層学習(ディープラーニング)は,教師あり学習に分類され,識別や予測を実現するものである.また,AIスピーカーなどに実装されている音声認識技術も,一般に,この教師あり学習システムにより構成されている.

 教師あり学習では,学習データセットを事前に準備する必要がある.すなわち,入力情報と,それに対応する正解値(教師信号)のセットをできるだけ多数を集めなければならない.民生機器へ機械学習を適用するためには,このデータセットをどのように準備するか(できるのか)が重要となる.

 例えば,眼鏡の似合う度合いを定量評価が可能なJinsBrainは,3000名のスタッフが様々な人が眼鏡を掛けた顔画像(60,000件)に対する似合い度評価を事前にアンケート集計している(1).ここでは,学習用画像を入力情報とし,その正解値(教師信号)をスタッフのアンケート評価値として機械学習を実行する.このようにして学習された学習器は,未知の顔画像(眼鏡をかけた新規の顧客)に対して,もしスタッフたちが直接判定した場合に,どの程度の評価値が与えられるかを予測できる.

 このように人工知能技術の応用において,アルゴリズムの選定のみでなく,学習データセットの確保も重要となる.また,機械学習により弾き出される結果は,学習データセットの傾向を踏まえた予想に過ぎず,何か新しいものを生み出しているわけではないことに注意が必要である.しかし,適切なポリシーにより,用途を明確にして設計された人工知能技術は,高い柔軟性,頑強性が期待できると考える.

〔五十嵐 洋 東京電機大学〕

参考文献

(1)JinsBrainホームページ,株式会社ジンズホールディングス
https://brain.jins.com/ (参照日2020年5月30日)

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18.5 柔軟媒体ハンドリング

 インターネットの高速化・大容量化と情報端末装置の小型化の進展,そして環境問題に関連したペーパーレスへの取り組みなど,私たちの日常生活にもデジタル化の波が押し寄せている.このような状況に対応して,ここ数年における紙媒体やフィルムなどを取り扱う柔軟媒体ハンドリングの研究や技術開発の取り組みは,柔軟媒体のハンドリングを活用した新たな製品展開への取り組みと従来技術の一層の深化への取り組みの二つが主流となっている.新たな製品展開への取り組みの具体的な内容は,①印刷技術を用いて電気回路やセンサなどを製造するプリンティッドエレクトロニクス(PE)に関する研究,②より薄いフィルムを高信頼に取り扱う技術に関する研究,③冊子類の取扱いに関する研究,④高分子ナノシートといった医療応用の分野に向けた研究などである.また, 従来技術の一層の深化への取り組みとは,依然として変わらない経験的知識に基づくフィルムや紙媒体などの柔軟媒体の処理に学理や実験を導入して根本的な信頼性確保は生産性向上を目指した研究などである.

 このような状況を反映して,2019年に開催された機械学会の講演会における柔軟媒体ハンドリング分野でも印刷プロセスを用いた高機能フィルムの開発に関する発表と,解析や実験に基づくフィルムや紙媒体,冊子などのハンドリングの高機能化や高信頼化に関する発表がなされた.高機能フィルムに関する事例として,フレキシブルエレクトロニクスを用いたモニタリングシステム開発の事例(1)ロール・ツー・ロールと印刷技術を利用した圧力センサやナノシーとなどの創生に関する事例(2)-(4)の発表がなされた. また柔軟媒体ハンドリングの高機能化や高信頼化に関係する内容として,フィルムのフラッタ発生を抑制する研究事例(5)(6),幅方向の厚み分布を考慮した巻取りフィルム内部の熱応力解析(7),紙媒体の幅広い剛性に対応した冊子めくり技術(8),フィルムに発生するシワの実験的検討(9)などが発表された.

 ここ数年,柔軟媒体ハンドリングに関する発表の件数は増加せず,また2019年のカット紙に関する研究事例の報告はなかった.また,カット紙やウェブなどの変形やシワといった柔軟媒体そのものに関する基礎的な研究事例も少なく柔軟媒体ハンドリングに関する研究活動が低下していると考えられる.柔軟媒体ハンドリング技術は今後のIoT社会を支えるコア技術の一つになる可能性が大きく,さらに薄く,長く,広いフィルムを高信頼に取り扱うハンドリング技術を実現する必要がある.そのためにも,柔軟媒体ハンドリングを用いた応用分野の研究だけでなく,摩擦や媒体のシワといった従来からの課題に対する基礎的な研究とこれら課題を解決する新たなブレークスルー技術開発の両分野への取り組み強化が必要と考える.

〔吉田 和司 山陽小野田市立山口東京理科大学〕

参考文献

(1)(№19-8)大矢貴史,大友春輝,小川隼人,菊池鉄太郎,佐々木大輔,清水達也,福田憲二郎,染谷隆夫,梅津信二郎,フレキシブルエレクトロニクスを利用した生体情報モニタリングシステムの開発,IIP2019情報・知能・精密機器部門(IIP部門)講演会 講演論文集(2019年),2C07
DOI: 10.1299/jsmeiip.2019.2C07
(2)(№19-8)池田祐太,橋本巨,砂見雄太,ロール・ツー・ロール・プリンティッド・エレクトロニクス技術の発展を目的とした基礎検討, IIP2019情報・知能・精密機器部門(IIP部門)講演会 講演論文集(2019年),2D02
DOI: 10.1299/jsmeiip.2019.2D02
(3)(№19-8)田島伸一,橋本巨,砂見雄太,多孔質ナノシートの大量創製に関する検討, IIP2019情報・知能・精密機器部門(IIP部門)講演会 講演論文集(2019年),2D03
DOI: 10.1299/jsmeiip.2019.2D03
(4)(№19-1)玉田麻樹雄,砂見雄太,1,4-ジヒドロキシアントラキノンを用いた多孔質炭素薄膜の特性評価,日本機械学会2019年度年次大会講演論文集(2019年),S16211P
DOI: 10.1299/jsmemecj.2019.S16211P
(5)(№19-1)河端茜,廣明慶一,武田真和,渡辺昌宏,局所的に噴流を受ける細長いウェブの空力加振応答,日本機械学会2019年度年次大会講演論文集(2019年),S16209P
DOI: 10.1299/jsmemecj.2019.S16209P
(6)(№19-1)高橋輝,廣明慶一,武田真和,渡辺昌宏,シートの両側に配置したノズルからの流体吹出し吸込みによるシートフラッタのアクティブ制振,日本機械学会2019年度年次大会講演論文集(2019年),S16210P
DOI: 10.1299/jsmemecj.2019.S16210P
(7)(№19-1)西田武史,橋本巨,砂見雄太,薄膜フィルムを用いた巻取りロール内部の非定常熱応力,日本機械学会2019年度年次大会講演論文集(2019年),S16212P
DOI: 10.1299/jsmemecj.2019.S16212P
(8)(№19-8)柴田亨,宮坂徹,高剛性用紙を含む冊子ページめくり装置の検討, IIP2019情報・知能・精密機器部門(IIP部門)講演会 講演論文集(2019年),2D01
DOI: 10.1299/jsmeiip.2019.2D01
(9)(№19-8)吉田和司,鵜飼優也,餌原大盛,二軸間のフィルムにおけるシワ発生に関する基礎実験, IIP2019情報・知能・精密機器部門(IIP部門)講演会 講演論文集(2019年),2D04
DOI: 10.1299/jsmeiip.2019.2D04

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18.6 社会情報システム・セキュリティ

 国内のシステムインテグレーション,ネットワークインテグレーション市場は,既存システムのリプレースに加え,新規領域となるAI(人工知能)やIoTなどのデジタルトランスフォーメーションへの取り込み拡大により,2.4%前後での堅調な推移が見込まれる.こうした中,サイバー攻撃は年々高度化/多様化しており,常に進化する攻撃に対してセキュリティ強化を行うことが求められ,大手,超大手企業での投資を中心に拡大し,2018年度の5,016億円から2023年度には6,617億円に年々増加していくとみられる.新たなセキュリティビジネス領域として,IoT,クラウドコンピューティング,5G,サプライチェーンを挙げており,既存のセキュリティビジネスの拡大に加え,ガイドラインや法規制への対応,新たなビジネス領域へのセキュリティ需要の台頭がセキュリティ市場拡大に大きく寄与されると期待される(1)

 産業制御システムを狙って起こされた重大なインシデントは2019年はなかったと言われる一方で,そこまでには至らないインシデント件数は世界的には急増している.産業制御システムの既知の脆弱性を狙うパスワードスプレー攻撃(一定回数のログインエラーが起きると一定時間ロックされるアカウントロックを回避することで,不正なログイン試行を検知されない)が増えている.また散発的な産業制御システムへの影響として,ノルウェーの金属エネルギー巨大企業が,3月にランサムウェアLockerGogaに感染して操業が停止した.米国の拠点が最初に感染し,その後,他の拠点にも感染が拡大し,40か国3万5千人の従業員と数千台のコンピュータに影響し,おおむね約1週間をかけて復旧した.また,日本の眼鏡レンズメーカのタイにある主要工場が,2月に仮想通貨をマイニングするマルウェアに感染し,3日間にわたり生産ラインの一部がダウンした(2)

 経済産業省は4月に,サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させることにより実現される「Society 5.0」や,様々なつながりによって新たな付加価値を創出する「Connected Industries」における新たなサプライチェーン全体のサイバーセキュリティ確保を目的として,産業に求められるセキュリティ対策の全体像を整理した「サイバー・フィジカル・セキュリティ対策フレームワーク(CPSF)」を発表した.今後,CPSFの実装に向けて,各産業分野において,産業構造や商習慣などの観点から守るべきもの,許容できるリスクが異なるという実態を踏まえ,CPSFを主要な産業分野に展開し,各産業分野で求められる具体的なセキュリティ対策の検討が推進される (3).また重要生活機器連携セキュリティ協議会(CCDS)は,これからのIoT社会における安心して使用できる製品のセキュリティ基準や,製品がそのセキュリティ基準を満たすことを検証するスキームを目指して,日常生活で利用する様々な機器が横断的につながる世界において,あるべきセキュリティ対策について検討を重ね,IoT機器共有の要件に対するサーティフィケーションプログラムを10月に開始した(4)

〔甲斐 賢 (株)日立製作所〕

参考文献

(1)富士キメラ総研,2019ネットワークセキュリティビジネス調査総覧 市場編(2019年10月)
(2)宮地利雄,制御システム・セキュリティの現在と展望~この1年間を振り返って~,
https://www.jpcert.or.jp/present/2020/ICSR2020_02_JPCERTCC.pdf (参照日2020年3月30日)
(3)経済産業省,サイバー・フィジカル・セキュリティ対策フレームワーク(CPSF)を策定しました
https://www.meti.go.jp/press/2019/04/20190418002/20190418002.html (参照日2020年3月30日)
(4)重要生活機器連携セキュリティ協議会,IoT機器向けサーディフィケーションプログラムキックオフイベントのご案内, https://www.ccds.or.jp/public/document/other/20191030_サーティフィケーションプログラム_記者発表会_配布資料.pdf (参照日2020年3月30日)

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18.7 生体知覚・感覚機能の機械システム応用

 知能機械を考える上で,自律的に動作するロボットのような機械システムだけでなく人間の知覚・認知機能などと何らかの関係を持ちながら人間のタスク実行を支援する機械システムの視点も重要である.人間がタスクを実行するプロセスは,一般的に,知覚・認知・判断・動作などの直列的な機能接続によって表現されることが多い.後者の視点は,この各機能に対して機械が人間の機能を補完的に支援する枠組みである.例えば,暗視カメラシステム(ナイトビジョン)やレーザーマイクロフォンなどは,人間の視覚・聴覚機能を拡大する機械システムといえる.

 こうした人間の知覚機能を拡大する機械の設計においては,光や振動と言った,人間が知覚する物理量が明確に規定されているため,機械システム設計時の要求仕様が明確に記述することができ,機械システムとしての設計方法論は,比較的確立されている場合が多い.一方,上記の機能接続の後部にあたる動作機能を補完的に支援する機械の設計においては,人間の知覚・認知・判断プロセスの結果としての動作であることから,動作が誘発された状況を知覚・認知し,操作意図を陽に表しながら動作の支援戦略を設計することが必要となる.しかし,機械システムの中に,人間の内省的に発現する操作意図を陽に表象することは容易ではない.そこで,この知覚・認知・判断プロセスをどのように動作支援に関係づけるかが重要な課題となる.

 例えば,高齢者などの身体弱者などに対するパワーアシストロボットの設計においては,人間の動作を支援するために,最適な動作範囲を設定する必要がある.この動作範囲は,その利用される状況によって変化することから,周囲環境を観察しながら動作範囲を規定する動作支援が必要となる.まさに生体知覚,感覚機能からの情報を機械システムに入力し,それらの情報から動作範囲や挙動軌道などの支援戦略を決定する機能が,機械システムの重要な設計要素となる.生体知覚,感覚をデバイスによって機械システムに入力し,動作支援戦略を決定するエンジンとしてAIやさまざまな学習機能が適用されている(1).非線形性が強く,数理モデル化が容易ではない認知・判断プロセスを動作支援につなげる方法は,今後,ますます脚光を浴びる研究分野であると考えられる.

 人間の動作を支援する場合,上述したように,外骨格型フレームによって動作範囲を制御する方法が一般的である.一方において,制御目標の動作を誘発するような情報を生体知覚に入力し,運動錯覚という形で,目標とする動作に制御する方法がある.例えば,皮膚の上から振動刺激を与えると,刺激を受けた部分の筋肉や腱が伸ばされたような感覚を受ける運動錯覚を利用して動作アシストを行う研究(2)がある.この場合,一般的に,人間の動作を直接的に支援制御する代わりに,運動錯覚という知覚に作用させ,通常の人間の動作機能に影響を与える人間と機械のかかわり方である.リハビリテーション用の動作を誘導する手段や状況を人間に知らせる認知支援などの方法として,知覚系に関与して結果的に動作を制御するアプローチは興味深い.こうした研究は,生体知覚・感覚機能適用の機械システムへの適用研究において,人間の動作支援に繋がる新しい研究の視座を示している.

〔高橋 宏 湘南工科大学〕

参考文献

(1)ホウユエ,木口量夫,ファジィQ学習を用いた上肢外骨格型パワーアシストロボットの認知アシスト,日本機械学会2019年度年次大会,J16213,(2019)
DOI: 10.1299/jsmemecj.2019.J16213
(2)本田功輝,木口量夫,荷重条件下の上腕二頭筋への振動刺激による肘関節動作変更に対する周波数変化の影響に関する研究,日本機械学会2019年度年次大会,J16215,(2019)
DOI: 10.1299/jsmemecj.2019.J16215

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18.8 IoT

 あらゆるモノをインターネットに接続し,新しいサービスを創造,提供するIoT(Internet of Things)技術が注目を集めている.このIoT技術はデジタル技術を基礎とする第四次産業革命の中核技術の一つに挙げられており,将来の社会を変革する大きな原動力となる可能性を有している.近年では特にスマートフォンに代表される携帯情報端末の普及に伴い,多くの情報を手元で取得,コントロールできる環境が確立されている.この社会的基盤は,インターネットを中心とした通信手段により文字,音声,映像等の情報をヒトを繋ぐコミュニケーションツールとして利用されてきたが,モノとモノを直接繋ぐ手段,つまりセンサ等により得られたデータを直接インターネットにより伝達,AI等により判断することで人を介さずに得られた情報を活用・制御する技術環境が生まれてきた.このIoT関連技術は単なる産業用の技術としてではなく,特にSustainable Development Goals(SDGs:持続可能な開発目標)を実現するための中核技術としても期待されている.一方,IoT技術そのものの定義についてはまだ明確な定義がなく,その技術分野や要素技術については今後実用化が進むにつれ変化していく可能性があるが,一般的に以下の階層に分類することができる(1)

1. 機能性デバイス:マイクロセンサ,センサノード,駆動電源
2. ネットワーク:インターネット,無線通信,データストレージ,クラウド
3. データ分析:ビッグデータ,人工知能(AI),情報セキュリティ
4. アプリケーション:IoT応用プロダクト,サービス

 近年のAI技術の進展,およびビッグデータやクラウドコンピューティングの利用拡大により,情報処理分野におけるIoTのコア技術が近年急速に進展してきた.この技術を従来の各種家電製品,自動車をはじめとする輸送技術,また建築物等に導入することで,ライフスタイルに直接関係するサービス・プロダクトの革新が期待されている.特に製造プロセスや流通等の分野においてIoT技術がその効率化,低コスト化に大きく寄与すると予想されている.

 機械工学と特に関連の深い分野として,センサやアクチュエータ等の機能性デバイスの技術分野が挙げられる.特に無線通信機能を実装したセンサ素子(センサノード)の開発に加え,多数のセンサノードを駆動するための電力源として環境発電(エナジーハーベスト)技術の実現が求められており(2) ,自立駆動可能な機能性マイクロセンサ技術の進展はIoTの全体像を左右する重要なIoT基盤技術と位置づけられる.

 以上,IoT技術は現在最も注目されている技術イノベーションとして世界的な技術開発競争が繰り広げられており,その標準化,デファクト化に向けた活発化している.個別の要素技術の性能向上のみではなく最終的なサービス・製品形態,また各技術階層との整合性を意識した研究開発体制の構築必要となる.特にIoTの実用化において,情報セキュリティやプライバシーに関する技術の重要度が増すと予想され,体系的な技術開発が今後求められる.

〔神野 伊策 神戸大学〕

参考文献

(1)神野伊策,特集「機械工学が拓くIoT技術」,日本機械学会誌, Vol.121, No.1201 (2018), pp.4–5.
(2)神野伊策,谷 弘詞,橋口 原,IoT電源としての振動発電技術,日本機械学会誌, Vol.121, No.1201 (2018), pp.22–25.

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