5.材料力学
5.1 まえがき
機械工学の要となる基礎学術分野の一つをなす当部門は多岐にわたる研究領域で構成されている.その中から本年は,次の4領域について取りまとめた.
まず,「形状記憶材料」については関連する分科会「形状記憶材料の特性向上と実用化に関する分科会」があり2024年度中に終了予定となっているため現状の動向をご報告いただいた.「チタン系金属に関する産業界と学術界の動向」はhcp金属の機能・性能の発現と向上に関する研究分科会のメンバーに現状の動向をご報告いただいた.
また,2023年から機械材料・材料加工部門と部門講演会をコロケーション開催している関係もあり,2024年度は部門単独開催となったM&P部門講演会においてもセッション単位での協力が実現している.その中から「実験力学と計測技術」,「異分野融合」の2セッションについて動向をご報告していただいた.
〔佐藤 知広 関西大学〕
5.2 形状記憶材料
5.2.1 概況
形状記憶材料における材料力学は,マルテンサイト変態により生じる形状記憶効果の熱的および機械的性質を連続体力学に基づいて構成式として示し,機械要素設計に資することを目的とする.1950年代に形状記憶合金の研究が始められてから,電子顕微鏡学,結晶学,状態図,転位論,電子論,破壊力学,熱物性に関する研究成果によって形状記憶効果の構成式はupdateされ,工業製品の製造・開発と品質管理において技術の向上に役立っている.
従来の形状記憶材料研究は,大学,研究機関,および大手材料メーカーが主体となって物性調査を進めてきたが,近年ではニッケル・チタン(Ni-Ti)系合金の医療分野(ステント・カテーテル・ワイヤガイド・矯正歯科等)における急速な市場拡大に伴い,欧米の中小精密機械サプライチェーンによる医療デバイスのプロトタイプ出品が活況である.医療の他に将来的に市場の成長が見込まれている分野として,3Dプリンタ技術(あるいはlaser bed fusion, additive manufacturing),土木・建築材料,弾性熱量効果(elastocaloric effect)がある.
この傾向は最近の学会発表に現れている.形状記憶・マルテンサイト変態をメインテーマとする国際的な学術講演会は
・International Conference on Martensitic Transformations: ICOMAT since 1976,
・European Symposium on Martensitic Transformations: ESOMAT since 1989,
・Shape Memory & Superelasticity Technologies: SMST since 1992,
があり,それぞれ3~4年おきに開催されている.講演が最も多いICOMATは日本機械学会の協賛・後援事業として2011年に13th大阪が行われ,2022年の16th韓国を経て2025年9月に17thプラハ(チェコ)が予定されている(1).SMSTとESOMATは2024年に開催され,SMST10thが5月にポルトガル(2),ESOMAT13thが8月にイタリアであった(3).講演数はESOMATが147件(日本10件),SMSTが42件(日本2件)で,そのセッション別の講演数を図5-2-1-1に示す.図では,金属物性よりのセッションを左側に,実用研究を右側に示す.かつて国際会議では金属組織学と機械的性質に関する講演がほとんどであったが,近年,3Dプリンタ,医療デバイス,産業デバイス,熱量材料といった実用研究の比重が年々高まっている.

図5-2-1-1 ESOMAT2024(青)およびSMST2024(赤)におけるテーマ別講演数
表5-2-1-1にESOMAT2024における国別の発表件数を示す.ESOMATは伝統的に基礎研究の講演が多く,鉄鋼を含むマルテンサイト変態一般に関する研究発表が多い.SMSTは産業界主導で,SMST2024では19社の企業スポンサーが参画し,アメリカ9社,ドイツ5社,日本は1社(㈱古河テクノマテリアル),スイス,韓国,イングランド,インド各1社であり,欧米中心である.
〔加藤 博之 北海道大学〕
表5-2-1-1 ESOMAT2024における国別講演数
| 29件 | イタリア(ESOMAT2024開催国) |
| 23件 | ドイツ,チェコ(ICOMAT2025予定) |
| 11件 | フィンランド |
| 10件 | ポーランド,日本(東北大,東京科学大,九州大) |
| 9件 | アメリカ合衆国 8件以下略 |
5.2.2 産業動向
産業分野におけるTi-Ni系形状記憶合金で,形状記憶効果の特性を利用した代表的な応用製品に混合水栓サーモスタットが挙げられる.温度センサとアクチュエータの機能を同時に果たす,ばね形状にしたTi-Ni合金と圧縮ばねを組み合わせたカートリッジが配置された混合水栓(1)は,長年問題とされていた断続的に温水シャワーを使用する際に発生するオーバーシュートを抑制する画期的な技術(2)で,1994年に東陶機器が販売開始したことを皮切りに,他の大手住宅設備機器メーカーでも採用された.このばね形状にした形状記憶合金が温度センサとアクチュエータを同時に果たす機能は,他にもガス給湯器用水量調整弁用や住宅用床下換気口のような住宅設備や炊飯器の温度調圧弁,新幹線台車歯車装置の油温調整ユニット(3)といった様々な分野に応用され,2024年時点でも継続して利用されている.しかしながら,これらの製品はどれも20年以上前に開発されたもので,ここ20年くらいは世界的にもばね形状の形状記憶効果を利用した応用製品は出て来ていないようである.理由の一つに,工業製品としての耐用年数を考慮した場合,繰り返し熱サイクル疲労性能を満たすためには,変形量と温度レンジに制限のあるR相から母相への相変態になるような,ばねの作動ストロークと発生力に設計(4)する必要があり,製品化するために必要な要求性能とTi-Ni合金性能のギャップを埋められないことによるものと考えられる.一方で,近年スマートフォン内蔵カメラの手振れによる画像の乱れを抑制する機能に,Ti-Ni合金ワイヤに直接電流を印加して発熱,通電を止めて冷却する方法で母相⇔マルテンサイト相に変態させる通電アクチュエータワイヤが採用(5)-(7)され,時代に即した製品が開発されている.製品には直径25~30 µmと細いワイヤが使用されており,今後この分野を大きく展開するためには,Ti-Ni合金の極細線加工技術のさらなる開発が必要になると考えられる.
Ti-Ni系形状記憶合金のもう一つの特性である超弾性を利用した製品は,古くはブラワイヤや携帯電話のアンテナ用芯材等に応用(8)されてきたが,ここ20年の主流は医療分野で,歯列矯正ワイヤ,ガイドワイヤ,ステント等の多くの製品に応用されており,市場調査会社のレポートによると医療分野は形状記憶合金の世界的なシェアの4割以上を占めているとの報告(9)がある.海外に目を向けると,2023年にレーザーカットによるステント加工に着手しているResonetics社は,これまでTi-Ni合金製品の製造販売を世界的に牽引していたMemry社とSAES Smart Materials社を買収し,医療製品の製造を包括的に取り組むことを公表(10)し,2024年にはワイヤ製造業種から医療用Ti-Ni合金ワイヤを提供しているFort Wyne Metal社は,自社でのインゴット製造技術に取組み前年から生産量を倍増させ,さらに新たな溶解設備を導入すると発表(11)していることからも,今後も成長を維持する分野であると考えられる.医療分野において5.2.1項で紹介されたSMSTでは,以前は疲労試験における破断回数や破壊の起点となる非金属介在物について議論されていたが,2024年開催では,人工心臓弁を想定した数十億サイクルの高サイクル疲労破壊について,破壊力学的な考察をする報告が目立っている.
形状記憶合金の新たな分野の用途として,人工衛星の打ち上げ時に収納した太陽電池パネルを宇宙空間で展開させるアクチュエータ等の宇宙分野の研究が世界的に進んでいる(12).国内においては,宇宙機に関するシステム・装置設計を得意としているウェルリサーチ社はCu-Al-Ni単結晶超弾性合金を使用した衛星搭載用の防振ダンパーの製品化(13)に成功し,X線分光撮像衛星の冷凍機発生振動擾乱低減用の防振装置として採用実績がある.宇宙ビジネスは世界的に益々盛んになると言われているので,将来この分野についての多くの用途開発製品が生まれることが期待される.
〔喜瀬 純男 古河テクノマテリアル〕
5.2.3 成長分野のトピックス
5.2.3.1 形状記憶ポリマーによる3Dプリンティング
低温では硬く,高温では柔らかい特性を示す形状記憶ポリマー(SMP)は,その特性から形状固定性や形状回復性といったユニークな変形特性を示し,応用を含め研究が行われている.一方で,熱可塑性樹脂を溶融させ任意形状の構造体を作製可能な熱溶融積層造形(FDM)3Dプリンタは,産業分野などにおいて新たな製造プロセスとして注目を浴びている.FDM 3Dプリンタによる造形では,積層中に内部応力が生じるため,造形された材料は造形後の刺激(温度,電気,光など)により形が変形する.これは,変形に時間経過が含まれることから4Dプリンティングとも呼ばれ,ゲル材など様々な材料においてその特性が調査されている(1)-(3).FDM 3Dプリンタの場合,高温のノズルにより材料が溶融,走査され,その後冷却される工程となるため,ノズル温度,走査速度,冷却速度などが造形物の特性を左右する.SMPの応用において,FDM 3Dプリンタを用いれば,任意形状を簡単に作製することが可能であり,例えば,格子状に造形されたSMPは,エネルギー吸収材に応用できる.さらに,SMP特有の性質である形状回復性を利用すれば繰返し使用可能な緩衝材などの開発が可能である.また,FDM 3DプリンタにてSMPを造形した場合,前述の4Dプリンティングと同様に,高温ノズルの走査により造形されたSMPに予負荷を与えることが可能であり,加熱にてその形状変化が生じるため,これを利用したアクチュエータが開発可能である.また,自己拡張もしくは自己格納可能な展開構造物も開発でき,宇宙などへの応用も期待される(4).最近では,FDM 3Dプリンタを利用し,他の材料と組み合わせた(例えばSMPとCNTや,SMPとSMA)複合化が行われており,さらなる発展が期待される(5).
〔武田 亘平 愛知工業大学〕
5.2.3.2 土木・建築分野
形状記憶合金を使用した建造物へのニーズが2000年以降世界的に高まり,多くの研究成果が報告されている(1).実際にアメリカでは,サイーディ(ネバダ大学)らを中心としたプロジェクトが,シアトル市郊外の高速道路の橋脚と桁の鉄筋の一部をTi-Ni超弾性合金に置き換え耐震補強する,世界初の取り組みが行われ2019年に工事が完了し,一般の車両が通行している(2).同じく2019年にはスイス連邦材料科学技術研究所(EMPA)からは,Fe-Mn-Si合金の大きなヒステリシス特性を利用してセルフセンタリング処理した部材を用いて,築113年の老朽化した橋の補強を試験的に実施したことが報告(3)されている.また構造工学の専門誌Engineering Structuresでは2022年に形状記憶合金の構造分野への応用と将来性についての特集号(4)が組まれたことからも,世界的に注目度の高さが伺える.
国内においては,1990年代に石田(東北大学)らが状態図の研究から見出したCu-Al-Mn合金(5)は,Ti-Ni合金よりも加工性が良好で,建築材料に必要な太径への加工が出来ることから,2000年以降,荒木(京都大学)らは耐震技術への応用について研究(6)に取り組み,同時期に貝沼・大森(東北大学)らは,Cu-Al-Mn合金の課題の一つである結晶粒界破壊の抑制を,少数の結晶粒が他の結晶粒に比べて高速で成長する異常粒成長を繰り返すことで結晶粒を大きくさせるサイクル熱処理法で単結晶化させる技術を開発した(7).この方法は通常単結晶を製造するチョクラルスキー法やブリッジマン法のような特殊な設備で時間をかけて作るのではなく,汎用の熱処理炉で熱処理出来るため低コストで単結晶部材を作製できるという産業的なメリットがある.さらに喜瀬(古河テクノマテリアル)らは,超弾性以降の塑性変形・破断において,90%以上の破断伸びを示す結晶方位の存在(8)を明らかにした.これらの技術を融合させた部材を木造住宅用耐力壁(9)の一部に配置した製品が,2022年から積水ハウスのグループ会社から発売され(10),建築分野で成果を上げている.また,土木分野について,藤倉(宇都宮大学)らのグループが橋脚の耐震補強技術の研究開発に取組んでおり,今後も活発な研究開発を進め国土強靭化に寄与する技術になることが期待される.
〔喜瀬 純男 古河テクノマテリアル〕
5.2.3.3 Elastocaloric冷却器
形状記憶合金のelastocaloric効果(弾性熱量効果)とは,応力誘起マルテンサイト変態に伴う潜熱(Latent heat)による試料温度の変化を指す.この現象は1980年代からlatent heat effectとして知られており,試料温度の熱電対による多点測定が行われていた.2006年にPieczyska(IPPT,Poland)と戸伏(愛知工業大学)は共同研究で,サーマルカメラを用いてマルテンサイト変態の進行を二次元に可視化する先駆的な実験を行っている(1).
2008年前後から,この潜熱のヒートポンプを冷却器として用いるelastocaloric 冷却の研究が始まった.図5-2-3-3-1の Google Scholar® による年度別の記事数とMaryland大による文献調査(2)が示すように,記事と論文は指数関数的に増加している.同大の別の論文(3)によれば2024年の米国の特許数は10件であった.ここ数年の冷却器の開発は中華人民共和国,アメリカ合衆国,欧州の大学で活発であり,2024年はドイツSaarland大が冷却器を公開し注目を浴びた(4).学術誌では,これまで出版された論文はelastocaloric 冷却の原理と冷媒となる形状記憶材料の物性研究が多かった.前出の国際会議およびNature誌(5)とScience誌(6)の記事から,今後は成績係数を指標として冷却効率の向上を目指した冷却器の設計が主要な課題となると予想される.
〔加藤 博之 北海道大学〕

図5-2-3-3-1 Google Scholar® における年別の記事の検索件数(青はelastocaloric のみで検索,赤はelastocaloricかつmartensitic),およびMaryland大の調査(2)による年度別の形状記憶合金のelastocaloric効果に関する学術誌論文の数で,2023年は110論文を数える.
5.3 チタン系金属に関する産業界と学術界の動向
5.3.1 はじめに
2014年度に日本機械学会材料力学部門において「hcp金属の実験,解析,特性評価技術に関する調査研究分科会」の設置が認められてから早10年以上の年月が経過した.ご存じの通り,チタン,マグネシウム系金属に代表されるhcp構造を有する金属材料は,軽量性,耐熱性,生体適合性を有するものが多く,一般工業材料や耐熱材料,生体材料として多くの製品や部材に用いられる一方で,新材料の開発も盛んである(1).長年,機械工学分野において材料に関する研究を実施してきたが,日本機械学会あるいは機械工学分野から見た材料研究と,素材関連の学協会から見た材料研究には大きな隔たりがあると感じてきた.漠然と存在する両分野の狭間を埋めることにより,hcp金属関連の研究をさらに発展,拡大していくことができるのではないか,というのが分科会を設置した動機の一つでもある.幸運にも分科会設置に賛同して頂ける方が多く,2014年度に設置したフェーズⅠから2025年度末まで継続を予定しているフェーズⅣまで途切れること無く分科会の活動が維持されている.残念ながら,分科会設立当初にもう一つの代表的なhcp金属であるマグネシウム系金属の研究者や学協会から参加を希望される方が少なかった.したがって,分科会の名称等ではhcp金属・・・となっているものの実質的にはチタン系金属に関する分科会になっている.
2023年度に設置が認められた「hcp金属の機能・性能の発現と向上に関する研究分科会」(フェーズⅣ)では,これまでの分科会活動の成果を基にhcp金属の優れた機能や性能を向上させる手法について,学術面と実用面の両面から検討することを目指しており,2025年度も活動を継続する予定である.5.3節では,最近の産業界の動向,学術界の動向(実験分野),学術界の動向(解析分野)について分科会メンバーに執筆して頂いた.
〔多田 直哉 岡山大学〕
5.3.2 産業界の動向
チタンは優れた耐食性を有し発電所の復水器など海水を用いる熱交換器にはかなり使用されている.特に板式熱交換器(Plate Heat Exchanger:PHE)は船舶,臨海部などで海水を用いるものはチタンが多く採用されている.その加工にはプレス成形性が重要であり,日本のチタンメーカーが得意とするところである.また,苛性ソーダなどの化学プラントにも使用されている.また,チタンは人体に優しく金属アレルギーの発生の少なく,眼鏡,時計,医療にも広がってきている.ナイフなどの刃物から人体を守る防刃チョッキやヘルメット.さらに自動車の燃料電池のセパレータや最近では水素製造装置にも採用されている.
日本国内では上記のような非航空機分野での使用が多いが,世界的には約半分が航空分野で使用されており,その多くは軽くて高強度を有するTi-6Al-4Vというチタン合金である.
このように様々な分野でチタンが用いられるようになってきているが,1952年に国内でチタンが工業生産を開始されてまだ70年程度の新しい金属である.
その製造プロセスは,チタン鉱石を還元してスポンジチタンと称する金属チタンとし,それを真空中で溶解してインゴットとする.そのインゴットを鍛造,圧延等で,板や棒,線などに加工する.スポンジチタンとは,写真5-3-1に示すように,鉱石を還元して金属チタンとして還元炉から取り出した状態がスポンジ状なので,そのように称されている.チタン鉱石は南アフリカ,インド,カナダなどから輸入されている.この鉱石から金属であるスポンジチタン(写真5-3-1)を製造するメーカーは,国内に(株)大阪チタニウムテクノロジーズおよび東邦チタニウム(株)の2社があり,2025年4月現在,日本,米国,欧州のいわゆる西側諸国で,このスポンジチタンを工業生産しているのは国内の2社のみである.なお,西側諸国以外では,中国が世界の半分を超える生産能力を有していると言われており,次いで日本,ロシア,カザフスタンと続く.以前は,米国でもスポンジチタンを製造していたが,2020年に生産を取り止めた.また,ウクライナにはチタン鉱石が産出し,スポンジチタンも製造されていたが,2022年のロシアによるウクライナ侵攻後,ウクライナからのスポンジチタンの輸出はほぼ無くなっている.また,それ以前はロシアから米国,欧州へチタンが輸出されていたが,侵攻後はロシアからの米国,欧州への出荷はほとんどなくなっている状況である.なお,中国が世界のスポンジチタンの生産能力の半分を占めるが,軽くて強いチタンは航空機の製造に必須の素材であり,その多くの素材には品質等に関する認定・承認が必要で中国材は品質問題,認定のためか,米国を含めあまり輸出されていない.

写真5-3-1 スポンジチタン
(炉から取り出した状態)

写真5-3-2 スポンジチタン
(破砕した状態)
チタンと同じ非鉄金属であるアルミニウムやマグネシウムは,国内では製錬されておらず,地金が輸入されている中,チタンについては国内の2社が西側諸国の多くのチタンを担っているという特異な状況にある.
スポンジチタンの日本での出荷量の推移を図5-3-1に示す.冒頭で述べたように国内でのチタンの工業生産が1952年に開始され,2008年のリーマンショックや,2013年の米国ボーイング社でのB787飛行機の量産遅れ,さらに2020年頃からのコロナ禍などで急激に出荷が下がっているものの概ね右上がりに出荷数量は伸びて来ている.最近でみると2021年は44千㌧,2022年:55千㌧,2023年:59千㌧,そして2024年1~9月が40千㌧で年換算すると53千㌧となっており,コロナ禍が収束に向かいつつあった2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻後,日本のスポンジチタンの出荷は急増してきた.ただ,2024年で頭打ち感がでている.これは2024年上期に米国ボーイング社の品質問題やストライキによる影響があった一方,国内のスポンジメーカー2社は能力的にフル操業が続いており,スポンジチタンメーカーの(株)大阪チタニウムテクノロジーズは生産能力増強対策を2024年9月に公表した.330億円の投資で現状の4万トン/年を5万トン/年へアップさせ,2027年度末に完成予定.東邦チタニウム(株)も現状のボトルネックを解消して3千トンの能力アップする計画である.また,東邦チタニウム(株)は,2016年にサウジアラビアにスポンジチタン製造の合弁会社を設立して2019年に製造開始しその生産能力は15千㌧である.

図5-3-1 スポンジチタンの出荷量推移
スポンジチタンを真空などの無酸化雰囲気中で溶解してインゴットを製造し,インゴットを鍛造,圧延して板,棒,線などの展伸材を生産している.
鉄鋼の多くは連続鋳造で熱延スラブを製造し,それを熱間圧延して熱延コイルを製造している.チタンは酸素との結びつきが強く,大気中での鋳造ができないので真空中,或いは不活性ガス雰囲気中で溶解する.その溶解方法としては写真5-3-2で示したスポンジチタンをプレスで固めてそれを電極としてアーク溶解する消耗電極式真空アーク溶解(VAR)や,バラ原料でも塊状の原料でも形状は問わず,またスクラップを多く原料として使用できる電子ビーム溶解(EB),また高温真空だと蒸発する成分も使用できるプラズマ溶解などがある.現在,多く用いられているのはVARである.EB溶解では多量のスクラップが原料として使用できることと,溶解インゴットの断面形状が円形,矩形でも可能であり,EB溶解で熱延スラブを製造して,鍛造せず直接熱延するプロセスも実現している.その熱延コイルを冷間圧延して薄板製品を製造している.また,インゴットを鍛造してビレットとしてそれを圧延して棒,線材を製造している.これら溶解以降の鍛造,熱延工程などは,鉄鋼の生産設備を用いることができ,日本では(株)神戸製鋼所,日本製鉄(株),大同特殊鋼(株),JFEスチール(株)および愛知製鋼(株)がチタンの板製品,棒製品,線材などを製造・出荷している.熱延等の優れた鉄鋼設備を用いてチタン製品を製造,品質管理をしており,その品質は世界的に高い評価を得ており,冒頭に示した板式熱交換器などに日本のチタン薄板が採用されている.
チタンは海水中では白金並の耐食性を有しており,原子力,火力発電所の復水器でのチタン溶接管に多く採用されている.しかしながら,2011年の東日本大震災以降,原子力発電所は建設されず,それまで国内外の発電所復水器向けチタン溶接管を製造出荷していた(株)神戸製鋼所および日本製鉄(株)が相次いでチタン溶接管の製造事業から撤退した.現在,日本国内で発電所復水器用チタン溶接管を製造できるメーカーがない状況にある.
板,棒,線の製品を展伸材と称しており,2021年の12千トンから2022年は14千トンと増加したものの2022年:14千㌧,2023年:14千㌧と横ばいであったが,2024年は11千㌧へ減少した.このレベルは2008年のリーマンショックで落ち込んだ数量を下回るものとなった.スポンジチタンは西側諸国の特に航空機向けに関しては国内2社が担っている一方,国内の展伸材の多くは非航空機向けのPHEや電解,化学プラント向けが多く,市場では安価な中国材との競争に晒されている.価格的にも国内のスポンジチタンは旺盛な需要もあり比較的高値と言われ,それをメインに使用する国内展伸材も高値となり,安価な中国材との価格差は拡がっている可能性がある.

図5-3-2 展伸材の出荷数量の推移
最後に,カーボンニュートラルに向けた対応について示す.上述のように鉱石から溶解,加工等を経たチタンの板,棒,線などの製品に至るまでにチタンでも二酸化炭素を排出する.チタンに限らず鉄鋼,アルミニウムでも鉱石から純金属を製錬する際に多くの二酸化炭素を排出する.チタンでも国内の工場で鉱石を製錬してスポンジチタンを得る際に多くの二酸化炭素を排出する.その後,鍛造,圧延等でも二酸化炭素を排出するので,日本のチタン産業として,どの程度の二酸化炭素を排出しているか,その算定を目的として日本チタン協会に2021年にカーボンニュートラル分科会を設置した.その活動によって2024年にはその排出量がほぼ算定できている.一方,チタンは軽くて耐食性に優れて高い強度を有する特性から航空機等に使用されており,チタンを使用することによる二酸化炭素軽減といった貢献度について検討中である.併行して,カーボンニュートラル向けた行動計画を策定しているところである.
チタン産業界について,日本機械学会のみなさまは,あまりご存知ないと思い,工業生産開始時期より説明させて頂いた.上述のようにチタンは他の金属に比べると若い金属であり,既に様々な分野で採用されているもののまだ活用の余地があると考えている.一方,2011年の東日本大震災以降,原子力発電所の建設が滞っている中,発電所の復水器に使用されるチタン溶接管は今現在,日本国内では製造できなくなっている.さらに2022年のロシアによるウクライナ侵攻後,チタンのサプライチェーンは大きく変わっており,国内のスポンジチタンメーカーは生産能力の増強を発表している.一方,2024年の板,棒等の展伸材の出荷量は2008年のリーマンショックで落ち込んだ時を下回ったレベルとなっている.今後,展伸材の出荷が回復するのか,不透明である.このように2024年はチタン産業界にとって節目となる年となるかもしれない.
〔木村 欽一 一般社団法人日本チタン協会〕
5.3.3 学術界の動向
5.3.3.1 実験分野
2024年にJ-stageで公開されたチタン系材料の機械的特性に関する報告を調査すると,用途としては生体材料を想定したものが多い.それに伴って,従来の機械部品などに用いられる場合に比べて,製造方法や加工方法も多岐に渡っている.
最も代表的な例は積層造形法(AM: Additive manufacturing)であり,角谷ら(1)は,積層造形によるチタン製下顎骨再建プレートの開発に関連して詳細な実験を行い,レーザー積層造形によるプレートは,既存のチタン展伸材と同等の特性を示すこと,酸-加熱処理によって骨に直接結合する性質があることを明らかにしている.
仲井ら(2)は,局所熱処理によって部分的にヤング率が異なる脊椎固定用β型チタン合金ロッドを開発し,有限要素法によってその有用性を明らかにするとともに,実際に作製したロッドのヤング率を実験によって詳細に調べている.
亀山(3)は,チタンを生体材料として用いる場合に,微粒子ピーニング(FPP: Fine particle peening)によって,材料表面に様々なテクスチャを創製することで,細胞の接着を促進させたり,接着位置を限定することが出来たことを報告している.
チタンを生体材料として用いる場合,ヤング率の違い(チタン:約100GPa,生体骨:10~30GPa)によるストレスシールディングが問題となる場合が多い.中山ら(4)は,1本のチタン繊維から常温圧縮せん断法によって多孔質材料を作製し,作製条件によって曲げ弾性率や曲げ強さ,空孔率が変化することを報告している.
hcp構造を有するチタンは,機械的特性に及ぼす結晶配向性などミクロ組織の影響が大きく,これまでにもEBSD法を用いた結晶方位・転位密度解析などが盛んに行われてきた.最近では,カメラの高性能化やコンピュータの高速化によって,菊池パターンの微小なシフトから結晶回転や弾性ひずみを測定するが可能となっている(HR-EBSD法).山﨑ら(5)はHR-EBSD法によって,チタンの微細組織中の任意の位置から応力-ひずみ線図を取得できること,ひずみのせん断成分や結晶回転軸など多くの重要なパラメータも同時に得られることを示し,チタンの塑性変形研究に有用な情報となる可能性を示唆している.
微細組織の解析には,X線回折で得られたプロファイルから転位組織を評価する手法(ラインプロファイル解析)も有効である.山中(6)は,放射光と中性子を用いたラインプロファイル解析を行い,AMで作製したα+β型チタン合金の相変態に起因した転位組織や集合組織の形成を観察することに成功している.
AMで作製した部品は,多孔質な内部や製造時に生じた空孔などから破壊する可能性がある.そのため,内部の構造や応力・ひずみを非破壊的に評価することが重要である.放射光や中性子は高い透過性を有することが特長であり,今後は,X線CTによる内部構造の解明や3D-XRDによる内部組織の解析などが期待される.
〔清水 憲一 名城大学〕
5.3.3.2 解析分野
コンピュータ演算能力が成熟した現在,多大な計算コストが必要であったhcp構造を有するチタンおよびチタン合金の変形や成形に関する解析検討が国内外問わず,マクロスケールやメゾスケール理論に基づいて活発に行われている.有限要素法(FEM)を用いた従来のマクロスケール理論においては様々な変形や成形解析(レーザーピーニング解析(1),ナノインデンテーション解析(2),切削加工解析(3),高速衝突解析(4)など多様な機械分野における解析)が行われ,メゾスケールでは結晶塑性理論に基づいた解析検討(5),アディティブマニュファクチュアリングに関する検討(6)が行われている.さらには,昨今注目を集めているコンピュータ演算能力を有効活用することで検討可能な機械学習・Artificial neural network(ANN)との連成を行ったFEMを使用した解析(1)も行われている.この機械学習などと連携したFEM解析は,従来の視点とは異なる角度からのチタン系材料の応答を解析検討できる可能性があるツールであるため,様々な発展・展開が想定される.次に松江市で開催された14th Asia-Pacific Conference on Fracture and Strength (APCFS 2024)(7)(2024年11月25日-29日)について報告する.本国際会議は日本,韓国そして中国の機械学会の主催により隔年開催される材料の破壊と強度に関するアジア太平洋会議であり,今回は日本機械学会の後援で実施された.同会議では,チタン系金属が有するhcp結晶構造に関する検討である「Non-dislocation hardening mechanism of polycrystalline HCP metals under inhomogeneous deformation」など,hcp金属の不均一変形に関する口頭発表があり,この分野がアジアにおいて更なる展開を示すことを実感させるものである.
以上のように解析的な検討に関しては非常に活発な報告されている.今後も,測定精度が著しく向上しているDigital image correlation(DIC)を用いたひずみ計測(8)や小型X線装置などを用いた残留応力計測(9)などの実験技術と数値解析技術との連携を密にすることや,機械学習やANNとの連携を用いることで,実際のチタンおよびチタン合金の複雑な変形や力学的応答に関する現象に関する解析精度を格段に向上していくことが期待される.
〔上森 武 岡山大学〕
5.4 実験力学と計測技術
実験力学は,材料や構造物,生体組織などの力学的挙動を実験的に解明する学問分野であり(本来,流体も含まれるが,ここでは省略する),2024年も各領域で活発な研究が展開されている.最近の実験力学の研究領域およびそれに付随する計測技術分野を俯瞰すると,高性能な計測技術やデータ解析手法の進歩に伴い,これまでは困難であった現象の観測や新材料の挙動解明が可能になっている.特に,デジタル画像相関法(Digital Image Correlation:DIC法)に代表される光学的全視野計測技術への超高速度カメラ,X線イメージングなどの導入により,材料や構造の破壊過程を高い時間・空間分解能で捉える研究などの進展が代表的成果と言える.具体的には,超高速X線イメージング技術と改良ホプキンソン棒試験装置を組み合わせ,コンクリートや岩石の動的破壊挙動をその場観察することに成功した報告が,筆者の目を引いた(1).この研究ではX線画像からDIC解析を行い,高速荷重下でのき裂の生成・進展挙動を定量的に評価し,界面破壊から粒内破壊への遷移が衝撃速度に依存する現象の解明に成功している.これは,高速度・高解像の計測技術の進展の恩恵により,構造・材料力学分野において重要な破壊メカニズムのさらなる詳細な解明が進んだ一例と言える.
また,最近のトレンドを反映し,き裂の進展検出に機械学習を応用する研究も報告されている.Riedelらは,高速度カメラ画像と機械学習を融合し,強化ガラス板の破壊挙動の画像から,き裂進展を自動検出する機械学習手法を提案している(2).これまで,ガラス破壊の高速度画像から精密にき裂位置を抽出することは困難であったが,高い信頼性でき裂のセグメント化に成功し,き裂の解析作業を大幅に効率化している.この研究は,高速度撮影と機械学習というAI分析の組み合わせにより,ガラスなどの脆性材料の破壊挙動を詳細に把握できることを意味しており,構造・材料力学の高速破壊の研究において,新たな方向性を示す成果になる可能性を秘めている.ダイナミックな荷重下における材料挙動に関して,スタンダードなアプローチと異なる研究成果を一つ取り上げたい.Hannahらは,防護用途で用いられる超高分子量ポリエチレン複合材料の高速衝撃試験において,改良版の実験計画法(Orthogonal array testing)を用い複数パラメータの影響を効率的に分析している(3).そして,X線CTによる内部損傷観察からDamage angleを提唱し,それが衝撃性能を予測する上で有効であることを示している.これらの知見は,複合材料さらには最近のトピックであるメタマテリアルの最適設計や安全率評価に直結すると考えられ,材料力学分野において新しくかつ重要な技術であると考える.
生体力学における実験分野でも興味深い進展が見られる.マクロスコピックな視点では,個人的には若干プリミティブな実験力学的研究に思えるが,生体組織や骨の破壊特性の研究が,法科学への貢献へと波及するのを見た.Schwabらは人体の大腿骨などを実弾で射撃し,銃創時の骨折パターンを詳らかに検証している(4).さらに本研究成果は既存の研究から一歩進んでおり,巧妙なゲルで筋肉組織を模擬し,その軟組織の有無で骨折形態が異なることを定量的に評価している.この成果は,法医実験に基づく銃創分析の指針を提供するとともに,生体組織を含む複雑な環境下での実験力学的研究の重要性を示すものと言える.マイクロスコピックな視点では,細胞や軟組織の力学特性計測,医用デバイスの耐久試験などに進展が見られた.González-Cruzらは,脳損傷の一種である持続的圧迫損傷(SCI)に着目し,ラットの大脳皮質細胞を用いたこれまでにないSCIのin vitroモデルの構築に成功するとともに,遠心分離による実験および有限要素解析を駆使し,圧迫による細胞死と神経突起の破壊が,圧力・ひずみに依存して進行することを示している(5).これは,脳科学研究における高スループットなSCI研究のプラットフォームとして有用であると言える.このように,生体力学ではマクロからミクロまでの幅広い実験力学的研究が展開され,医療・福祉分野への波及効果とともに実験力学の適用範囲がさらに拡大している.
先に取り上げたいくつかの研究成果にも言えるが,2024年の実験力学分野における顕著な潮流の一つは,AI(人工知能)技術との融合と言える.機械学習や深層学習を活用することで,実験データの解析効率や精度を飛躍的に高め,従来では困難であったパターン認識を可能にしたりする試みが報告されている.2023年後期のレビュー論文であるが,機械学習の進展が固体の実験力学に新たな機会をもたらし,実験計画の最適化,データ解析の自動化,不確かさの定量評価,逆問題の解決に寄与し始めていることが示されている(6).このレビュー論文では,実験力学の様々な領域で機械学習などの技術が応用され,破壊力学,ナノマテリアル,生体力学,建築構造学などの分野での有意義な成果が紹介されているので参照されたい.学術誌にもその動向は反映されており,例えば,実験力学系のジャーナルの一つであるStrain誌は,2024年春に「New Trends in Machine Learning, Data-Driven Approaches, and High-performance Computing for Experimental Mechanics」をテーマにした特集号を企画し,実験データの高度解析に焦点を当てた論文を紹介している(7).これは,実験力学分野のコミュニティ全体でAI技術への期待が高まっている証左と考えている.特に具体的な応用例として,筆者の私見になるかもしれないが,前述でも取り上げた画像計測×AIの組み合わせが最たる例と言える.DIC法では近年,従来のピクセルマッチングアルゴリズムに代わり深層学習を用いる試みが活発である.また,X線を用いたDIC法にもAIが貢献しており,FayadらはX線で撮影した重ね合わせ画像から複数物体の独立変位場を計測する「Path-integrated DIC: PI-DIC」アルゴリズムを開発し,AIによる合成参照画像を活用することでその精度向上を報告している(8).すなわち,製造誤差などに起因する画像の偏りを機械学習で補正し,独立的な物体間の変位をX線投影画像列から高い精度で計測することに成功している.これは,光学カメラの設置が困難な過酷環境(内部構造を含む複数部品の同時計測など)でも,AI支援DICによって全視野計測が可能になることを示唆している.これらの研究成果およびAIの急速な普及から演繹的な推論をすると,実験の自動化・フィードバック制御へのAI技術の適用も容易に想像でき,強化学習などを用いて実験装置をリアルタイムに制御し,最適な荷重プロセスや振動制御を自律的に実行することは可能であると考える(自律実験システム).そして,AIが実験中に得られるセンサーデータを解析して,次の荷重条件を判断し,効率的に材料の降伏点や疲労寿命を特定するようなフィードバック実験が実現できると考える.AIによる自動計測・制御は実験効率と再現性を飛躍的に高めるポテンシャルを有しているため,今後の発展が期待される分野と言える.
以上,実験力学と計測技術に関する一部の研究成果を恣意的に取り上げただけかもしれないが,2024年に得られた研究成果を客観的にみると,いくつかの課題,すなわち進むべき方向性が見えてくる.一つに,実験データとAIモデルの適切な融合におけるマルチモダリティ(異種計測データの統合性)やマルチフィデリティ(異なる精度・尺度のデータ融合性)への対応である.先に取り上げたレビュー論文(6)でも議論されているが,複数種類の実験データを統合して機械学習に適用する際の課題が存在し,データ前処理やモデルのロバスト性の向上が必要とされている.具体的な例としては,光学計測と音響計測を組み合わせた損傷検出,マイクロスケールとマクロスケール試験データを統合した材料モデルの構築など,複雑多岐なデータ融合に耐え得るAI手法の開発が求められる.もう一つに,AIモデルの物理的整合性の確保も重要である.ブラックボックス的な深層学習モデルでは,たとえ巧妙な結果が得られたとしても,物理法則との整合性が取れない場合もあり得,これを克服するような物理的リーズナブルな制約を組み込んだ物理インフォームドマシンラーニング(PINN: Physics-informed Neural Networkなど)のさらなる活用が期待される(9).一方,計測技術そのものの進歩も実験力学の研究領域を押し広げる原動力と言える.より高速・高精度・非接触で計測できるセンサーの開発は,その最たる例と言える.さらに,材料や構造物のデジタルツインと実験をリアルタイムに連携させる研究も,さらなる進展が期待される.実験で得たデータを即座にデジタルモデルにフィードバックし,シミュレーションと実験を相互補完的に走らせることで,従来にないスピードで設計最適化や安全評価が行えるようになる可能性がある.総じて,実験力学分野は,依然としてDIC法が様々な領域で基軸的ツールとして利用されているが,それに加えて,今回述べたような高度化する計測技術とAI駆動のデータ解析による大きな波が来ていることを感じている.その先には,複雑化する社会インフラや新素材の安全安心を支えるための,いわゆるスマートな実験基盤の構築が期待され,実験力学分野は一つの道として,これからもシミュレーションやAIと補完し合いながら,実世界の力学現象の解明に不可欠な役割を果たすと考える.
〔森田 康之 熊本大学〕
5.5 異分野融合
異分野融合や学際のような協働型の研究推進は,1990年代後半から始まっており,専門分野に関わらず重要な取り組みである(1).日本機械学会の代表的な異分野融合は,年次大会における部門合同セッションであるが,材料力学部門においては,A-TS 03-28「材料力学における異分野融合に関する研究会(異分野融合研究会)」が2015年から活動している.材料力学は,機械工学における基礎学問の1つでありながら,同時に,ものづくりの設計における土台である.高度に発達した現代社会では,材料力学のみでものづくりの設計に関わる種々の問題解決は不可能になっている.そこで,材料力学に縛られず,多様な知識を得るために異分野融合研究会が設立され,他分野を巻き込む=異分野融合を旗印に,分野の枠を越えて産業界および学界で問題共有とその解決を目指している.本節では,2024年に催されたM&P2024 機械材料・材料加工技術講演会(2024年はM&M材料力学カンファレンスがAPCFS2024として行われたため)にて,異分野融合研究会が企画したOS「異分野の研究に耳を傾けよう! 材料力学,機械材料,材料加工における融合セッション」から研究成果(20件)を紹介する.
異分野融合研究会の設立メンバーが,衝撃工学の専門家が多いため,まずは,この分野に関連する研究を示す.日常生活で起き得る低速衝撃速度に関する研究としては,ポリプロピレンフィルムに対する突き刺し変形・破壊特性の速度依存性評価(2),スポーツ用のCFRPで求められる曲げ弾性率の速度依存性評価(3),加熱することでゲル化するという特殊な性質を有するメチルセルロースの温度およびひずみ速度依存性(4),体心立方構造を有するSCM435の水素脆化挙動に対する幅広いひずみ速度の影響(5)が報告された.多くの研究が高分子材料を対象としており,衝撃工学の分野では,学術研究の興味が金属から未知な領域が多い非金属に移っていると思われる.スペースデブリなどの高速衝撃の分野では,巨大ひずみ加工の一種である高圧スライド加工により強化されたアルミニウム合金6061シートの超高速衝撃破壊挙動(6)が報告された.このOSでこれまでにない発表として,数学を専門とする研究者が機械工学に興味を持っていただき,偏微分方程式の立場からみた固体の動的変形に関する数学解析の諸問題(7)という内容が紹介された.
構造に関する研究は非常に活発であった.自然界の材料には無い特異な機械的性質を持たせた双安定構造を持つメカニカルメタマテリアルの圧縮特性のひずみ速度依存性(8),マイクロラティス構造の衝撃吸収材への応用のための動的陽解法FEMを用いた圧縮特性評価(9),ラティスサンドイッチパネルに対する熱座屈のFEM評価(10),ランダムセル構造の圧縮特性に関する周期性(11)やせん状人工欠陥の影響(12),PBF-LB/M造形による海綿骨模倣構造の作製時の積層方向と負荷方向の力学等方性(13)が報告された.また,実用的な研究で,鉄道と自動車の衝突に関連する踏切事故対策として,リブ付き円管衝撃吸収要素の実験および解析(14)や,早期復旧を目的とした交換可能な鉄道車両用衝撃吸収構造の試作とその実験的評価(15)が行われている.
破壊関連では,短繊維強化熱可塑性プラスチックに対するCharpy衝撃強さの評価(16),寸法効果則に基づくCFRP積層材のモードI面内き裂進展特性評価(17),フェーズフィールド法による高速き裂進展の有限要素解析が報告された(18).
異分野融合ならではとして,スポーツの観点からソフトテニスの巧拙に及ぼすグリップ把持の実験的評価(19),電気化学的観点からガルバノスタットメーターを用いたエポキシ樹脂硬化反応評価(20),自動車工学の観点からインテリジェントタイヤの測定高精度化のための有限要素モデルの構築(21)が報告された.
上記のように,幅広い研究が報告されており,「異分野の研究に耳を傾けよう」という行動が材料力学分野における異分野融合の進展に繋がることを期待する.
〔山田 浩之 防衛大学校〕